雨の塔





 世界はずっと雨だった。


 茨の中にある搭には梯子も入口もなかった。その塔にいるのは遠くを見つめて泣き続ける女神だった。茨を警戒しながら塔の下の男は女神に声をかける。


「何故泣いている。その塔の中はそれほどに苦しみに溢れているのか」


 男は飢えと寒さに震えていたし、家も無かった。


 女神は窓から身だけ乗りだして男を見ながらも泣き続ける。


「どうして泣かずにいれましょうか。貴方がそんなに飢えているのに。この身に不幸はなくとも貴方はとても可哀想だわ」


「哀れずとも良い。女神はそれらしく悠然と光を放っていれば良いのだから」


 男は慰めたが女神は泣き続けた。


 仕方ないので女神を安心させるべく、男は必死に森で食べ物を得て寒さを凌ぐ服をこしらえ、家を手作った。










 塔の女神はまだ泣いていた。


「俺はなんとか苦しみから逃れた。もう心配せず泣きやむといい」


 女神は遠くを指さして泣き続ける。


「あちらにある町では日夜、人が争い傷つけあっています。この身に遠い出来事であろうとも彼らはとても苦しそうだわ」


「この森に血の汚れが及ぶことはなかろう。女神はただ戦の静まりを祈るだけで良いのだが」


 男が女神の視線をそらせようとしてみたが女神はけしてそらさず泣き続けた。


 仕方ないので女神の心を和らげるべく、男は戦を沈める英雄として剣を振るい争いを終結させた。










 それでも女神は瞳を零すが如く大粒の涙をこぼし続ける。


「戦は終わったのだ。貴方の心を煩わせるものはもうなかろうに」


 女神は耳をすまして空を見上げる。


「愛する人の喪失を嘆き、愛する人を残す不安が渦巻いているのです。この身に知らぬ別れであろうとも彼らは絶望しているわ」


「戦争とは必ず誰かが絶望するが関係なかろう。女神は安らかな眠りを得られるよう天に歌を贈るだけだ」


 耳をすませ鎮魂歌を捧げながら延々と涙は茨に落ちる。


 仕方ないので女神が落ち着くように、男は戦で死した者達全てを慰問し人々を慰めた。










 いかようにしても女神の嘆きは止まらず涙で目を腫らしている。


「仕方なきこと、そう人は歩み続けるというのに、貴方は何故他人をおもんばかり泣くことしかしないのか。貴方の涙を晴らすには塔の周りの茨を退かせて塔から引きずりおろさねばならぬらしい。そこから全てを見渡す女神よ、地に降りよ」


 溜息をついて男は茨を切り裂き塔へ近づいていく。


 女神は驚き首を振る。


「私は声を聞くための警鈴。輪廻の道を見るもの。大地のうねりを伝える歯車。世界を潤す雨の女神が地に降りては全てが狂う」


 男は茨を切り開くと塔を登り苛立ちを向ける。


「では貴方の嘆きはいつ終わるのか」


 女神はハラハラと男の姿を見守りながら両手を握りしめる。


「私に平穏は訪れないでしょう。全ての嘆きが消え去ることがないように。泣くことしか出来ぬのなら、せめて懸命に涙で大地を潤わせるのが宿命なのですから」


 塔の窓まで手を伸ばした男は肩で息をしながら塔の中へ足を踏み入れる。女神はその身を案じ、無事に訪れた男の姿に顔を覆って涙を流す。


「全ての嘆きはそれぞれに任すが当然のこと。結果とはみな自分で責任を持ち大切にすべき1つの心であるべきだ。だから貴方も他人よりもまず自分の喜びを求める必要がある。嘆きしか知らぬから天は雨ばかりふるまうのだ」


 女神の手を取り男は笑った。


「こんなにも貴方の幸せを願っているのに、1度の笑顔も見せないとはあまりにも俺が哀れだろう。泣きそうだ」


 困ったように女神は涙を拭い、はにかみながら微笑んだ。


 世界は雨を止めて一時空を晴れわたらせ、虹を浮かべて輝いた。



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