アラビアンナイト




 とある所に、とある娘が好きでめっさたまらん王子様がいました。傾倒し過ぎて振られても逃げられても監禁してヤッち・・・・・こほん。


 とにかく娘に恋した王子様が寝ても覚めても使い物にならないものだから、家臣はとりあえず欲求不満なんだろうから女あてがっときゃ良いだろうとばかりに王子様の部屋へ若い娘を送り込みました。その娘達を王子様がどうしたかは知ったこっちゃありませんが、王子様の娘への気持ちは半端無くて解決にはなりませんでした。


 ラット王子に送り込む娘もそろそろ尽きてくる家臣は、どうにかその王子が恋する娘の心を王子様に向けられないものかと悩んだりもしましたが、その娘ときたら超頑固で有名だし、懇願しようものなら今度の会議で実権を握りにきかねません。


 だいたい父親の大臣が勝手な事すんなやと怒鳴り込みがてらに首を絞めにやってきそうで、もうどないせいっちゅうねんと家臣達はお手上げ侍です。


 そんな折りに娘の厄介な懐刀の男がこんな取り引きを仕掛けてきました。


「仕事が手につかないんなら、したくなるように仕向けりゃいいじゃん。成功したら政策の予算増やしてくれよ」


 すると不思議な事が起こりました。


 ラット王子が普段は嫌がる仕事内容にも意欲的でスピーディにこなしてしまいます。臣下への押しつけもサボりもありません。元々やれば出来る男です。あの娘の尻さえ追っかけてなければ割と堅実なやり手なのです。アグレッシブです。カリスマ王子です。もう勘弁してください。


 ひとまずラット王子のやる気を出すことに成功したので、政策の予算アップしてくれと言ってきた男は用無しとばかりに臣下は奴を追っ払うことにしました。


「約束した覚えはない。お前が勝手にやったことであろう」


「いいんだぜ?こちとら王子へのブツの流入をストップさせるだけだから」


 予算はがっつり持って行かれました。


 しかし、やる気を出してくれたお陰で前よりも仕事がはかどるくらいです。男は一体どんな魔法を使ったのでしょうか。不思議で溜まらない臣下ですが懸命にも王子にも男にも尋ねたりはしませんでした。なのに王子に想いを寄せられている事の張本人である娘が聞かなきゃいいのに疑問を口にしてしまいました。


「ねえねえ、トキヤ。ラット様、以前はなんだか伏せていらした様子だったのに、近頃はご機嫌麗しいみたい。何をしたの?」


「アラビアンナイトだよ」


 残虐王に大臣の娘が夜伽をして命を繋いだ物語の名である。


「まさかラット様は男色家で」


 自分の懐刀の知らない部分に触れてしまったとばかりに、娘はかなり引いて目をそらしました。


「ぶっとんだな。いくら可愛い嫁に似た顔の男でも俺がお断りだ。出し惜しみをしながら毎日ご褒美をやってるんだよ。全部渡さずチビチビ渡す事で次が気になってやる気が出るという」


「ご褒美?庶民が用意出来る物なんてラット様すぐに手に入れられるでしょ?」


「カクウ、知らない方が良い事はいくらでもあるんだぜ」


 とてつもなく嫌な予感がしましたが、変な所で素直な娘は質問するのはよす事にしたのでした。










 あの男は国家の毒だ。


 誰だ、常にビクビクした小心者で浅はかな知能の足りない下民と進言した奴は。情報は正確にさせねばならない。どうも感情に任せ自分達を過信する連中が多い。とんだ化け狐ではないか。さすがカクウを貴族の枠から誘い出し堕としめた者よ。とんだ悪知恵の謀略家だ。


 その謀略に愚かにもつられる我が身が哀れだ。確かにあの男は口を開けば面白い。だが、俺のために働く事は無い。平民らしく損得勘定で動いている。ずいぶんと丼勘定ではあるが貴族足り得ないだろう。姫としては逸脱した妹姫の相手には丁度いいだろうが、婚姻を結ぼうとも平民は平民でしか無いし努める気もないらしい。


 王族にも貴族の狸共にも騎士の連中に対しても、どうにも吹っ切れた態度は大胆で小憎らしい。


 だが明日も会わずにはいられない。


 麻薬のように。


 手が切れるのはいつの日となるのか、熱い溜息にも俺は知る。奴が手札を無くすか、千年想っても物足りない俺の女神がこの渇きが癒してくれた瞬間だ。その花を誰でもなく俺が手折れれば。


「で、王子様。今日のノルマはこなせたんですか?」


「この書類の塔が見えるか?恋しい者のためなら愚かな誘いに乗って仕事が進むものだ」


「あんたもよくやるぜ。国王の仕事を一気にぶんどっちまう有能さには期待してるぜ」


「慇懃無礼ですら言葉が足りない平民よ、不敬罪で刑を与えてやろうか」


「やれるものなら傲慢な貴族らしくやってみろよ。アラビアンナイトの残虐王と違う未来が見れるかもしれないぜ」


「相も変わらず昔から疎ましい奴だ」


「俺は知らない所でどんだけリアルタイムに貴族に知られてるんだ」


 妹姫との会話の内容など特に浮かぶものでもない。あるとすればカクウの話だけだ。その中には必ずこの男の名も交じる。必ず何度も繰り返し。まるで半身のように寄り添って。


「姪は元気か」


 だがこの男はカクウではなく妹姫を求め妻とし子供をもうけた。それを思い出せばいくらか救われる。少しばかりの慰めだ。


「興味もないくせに社交辞令か?ああ、元気だよ。色街じゃちょっとしたアイドルだ」


「そうか。さ・・・て、酒でも用意させるか。昨日の続きを聞かせてもらおうじゃないか」


「どこまでいったかね。カクウの初恋の顛末だったか」


「お前の父親と母親が中睦まじい姿を見て・・・だったな」


「ま、結果から言えば初恋が俺の親父って辺りからしてぶっちゃけ恋破れたわけなんだけど」


 恋しい娘に一番近い場所に立つ男。なんとも憎らしいじゃないか。離れていた期間を思えば聞かずにはいられない。そうじゃなくても俺の知らないカクウの側面は麻薬そのものだ。


 それにしてもこの男の話の切り方は毎回いやらし過ぎる。アラビアンナイトの残虐王ですら、毎夜一話を全て聞けていたというのに。情けないものだ。頑なで王道ではなく横道にそれた女に恋した結果が寝物語ではなく、むさくるしい男から得る昔語りなのだから。


 それも、このままではすませないがな。










 ある所のある王子の情熱はけしてくすぶるタイプではありませんでした。例えば愛しの娘がどれだけ仕事一筋な様子を見せようと、邪魔な男がいようとも、国王が隠居して仕事を一気に押しつけられようとも、彼女にはそんな姿を見せず、迫り続ける。


「この赤い花びらは誰につけられたんだ?憎らしい、俺の事しか考えられなくなるまで頭の奥に甘い毒でも流しこんでやろうか」


「耳は止めっ、手がっ、そこはっ、ふぇっ、トキ、トキヤ助け」


「はーい、そこまでねー!!目を離すとこの狼共だきゃ、どこでもかしこでも盛りやがって」


 邪魔者がいようとも。



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