素となる




 城の廊下、今日の俺の巡回路で何故か絨毯にはっ倒されて天井を見るはめになった。


 ばちーん!!なんて激しい音でぶっ倒れた割に、相手が強敵だったわけでも強力な一撃だったわけでもない。ただ、まさか攻撃されるなんて思わなかったから油断して俺は転けた。周りで目撃したメイドや騎士達は俺と一緒に呆然と、殴られた頬を押さえて殴った相手を見ていた。


「トキの馬鹿!」


 大粒の涙を零して、城の中での常用装備メイド服をひるがえしてカクウは走り去った。


 正直、カクウに殴られたり俺がカクウを殴ったりした事は今までに何度もあった。取っ組み合いの喧嘩は今だにやってる。騎士に見つかったら婦女暴行罪とか言って極刑に処されかねんな、俺。


 ただ、俺は呆然とカクウの去った方向を見ていた。あそこまで泣きながら怒られる理由が分からんぞ。城に勤めるようになってからは城下にいた頃よりカクウと接触する事自体が目に見えて減ってるんだぜ。それでもしょっちゅう顔は会わしてっけど、昨日晩飯の差し入れくれた時だって笑って、何もおかしな所は無かったはず。


 メイドさんがヒソヒソと話し出し、騎士は女性を泣かして何やってんだクズがなんて冷たい目を突き刺してくる。他人の目よりショックの方がでかかったけど凍り付いたままでいるわけにもいかない。だって通行の邪魔だし、仕事中だし。


 なんとか気持ちを切り替えて立ち上がった所に、タイミングよくカクウが戻ってくる。突発的に出会い頭で殴ってったから、頭が冷えたか。何か知らないが謝るにしても怒るにしても早いに越したことはない。俺はカクウを捕まえようと足を踏み出す。


「・・・お、おい、カク」


「この鈍感分からず屋不感症男めええ!!!」


「ぐほぉっ!?」


 俺の顔面に女物の靴が突き刺さった。


 殴り足りなかっただけかよ!










 まぁ・・・カクウ如きの攻撃で顔面がボコボコになるわけがない。筋肉隆々の色ボケ騎士共にたこ殴りされてた俺だ。うん、あんまり自慢にならんが耐久性は結構いいわけよ。しかしカクウといえば非力で貴族育ちとはいえ城下ですら暴れ馬と呼ばれる女だ。


 顔面の靴型の痕と頬の手形に壮絶な女性トラブルを想像し、地元では非難の代わりに挨拶も差し置いて笑って尋ねる。ブスッとしてるせいだろうが誰が酒に付き合うでもなく酒場で一人ぽつんと呆けていた。しばらくして実家の隣人アグリがやはり俺の面を見て笑いながら理由を聞いてくる。もう何度目か知れない愚痴ともしれない答えを口にすればアグリの野郎、同情するどころか俺を貶し出した。


「・・・カクウちゃんって従順で心広くて優しいからって、ちょいトキヤ君は遠慮なさ過ぎだと思ってたんっすよね。我慢の限界がきたんじゃないんですか、早ぅ土下座した方がええ思いまっせ?」


 ええー?


 アグリは散々に駄目出しをして一人納得の呆れ顔で去っていった。


 問答無用で俺が悪いのか!?


 そうだよな、下町の連中ときたらみんなカクウの味方だ。昔はむしろ女からは相当嫌われてたカクウだったが、途中からは認め合って、いつの間にか仲良くやっていた。どうやら知らない所で女の激しいガチンコがあったらしい。分かち合うのも良いが、それ男の喧嘩じゃねえか。


 それにしてもカクウは心が広いって?あいつは生理がきついとイライラして俺に唐突に蹴りを入れる奴だぞ。寝てる俺が歯軋りたてると口にボロ切れ突っ込んでくるんだぞ。確かに外面は良いよ。父ちゃんや母ちゃんの前では良い子ブリっこしやがるし、城でもなんだ、あのスカした面しやがって。俺しかいない時はなぁ、あんなもんじゃねえよ。理不尽極まりねえ。


 家族がな!まあ関係が険悪で安らげなくって、まあ基本的に人に優しくを実行しているから気を緩められる相手つったら俺だけで?だからってのは考えようによっちゃ悪い気はしねぇさ。だがな、だーがーな・・・俺はマゾじゃない。殴られたら気分を害すし、何もしてねぇのに罵られると頭にくる。そうだよ、俺何もしてねぇのに今回殴られて罵られてんじゃん。


 怒る理由が思い当たらない以上、何かしていたとしてもだ、大したこと無いんじゃねぇの?


「最悪、不機嫌だっただけって可能性だって最悪低く無ぇし。俺が八つ当たりしたら泣いて怒るく・せ・にっ」


 ようやく怒りが湧いてきたところで突然ジョッキが横からガツンと俺のにぶつけられた。隣の奴は手に零れるのも気にせず半分近くを一気に飲み干し喉を潤すと笑い出す。


「女心ってのは難しいもんやで?そぉんーな女心を理解せん口は聞くもんやーないって。男っていうのは知らず知らずの内に気立てのええ女に支えられて生きてるもんやねんから。あ、これトキヤの驕りね」


 幸せそうに酒気を吐きながら悟った事を言う旧友、リキにジト目を返すと、反対から同じようにジョッキが俺のにぶつけられた。もう半場ジョッキから俺の酒無くなってね?


「カクウちゃんが甘えられるのは結局のとこお前ばっかなんだよ。なんだこの気持ち。女は誰でもかれでもトキヤか。男はトキヤしかいねえのか!?俺ぁな、それでもお前だったらカクウちゃんのこと諦められなくもないって思っとんや。かぁー、この胸の痛みはなんなのか!あ、ゴチになりまーす」


 やっぱりいやがったか、タツノも。


「お前らはあいつの横暴さが分からないから、そんな事を言うんだ。つうか城下でやられるならいいさ。いや、よく無いが、よくはけして無いが、よりにもよって職場でやるかよ!?俺があの後」


 叫びかけて口から吐くのを低い自尊心でブレーキかけた。


 あの後?


 冤罪だと訴えようと問答無用で怖い連中に更にボコにされたんだぞ、ど畜生!










 廊下の向こうにカクウを見つけて、あいつの方も俺に気づくが顎をそらして来た方に踵を返して去っていく。


 すんげぇ、感じ悪い。


 むかついて壁を蹴ると別の騎士に見つかり城中のトイレの罰掃除ときた。終わるまで帰れず朝を迎える。










 またある時はミア姫様と相変わらず仲良く話している場に居合わせる。そこには隣国の王子がいて、姫様にかしづいたかと思うと姫の手をつかんで口づけを落とす。


 おいおい、何してんだ気障野郎。


 そう思ったのが俺だけじゃないのは立ち並ぶ怖い騎士様の並ならぬ殺気でわかろうもの。いつもここでそれとなくカクウが間に入って他国の王子のどんなアプローチだろうと、それっぽい表現で最悪な解釈を導き出して気まずい空気を作り出して引き裂きにかかる。そら嫌味合戦やらせりゃ、日夜狸親父と嫌味合戦を繰り広げる型破り貴族女だぜ。盛りのついた深層のお坊っさんなんざバッサリ、イチコロリ。


 言ったって下さい、ホクオウ殿!


 そんな騎士の心の叫びが聞こえてきそうだが、今回のカクウは違った。


 青いバラが溢れんばかりの花束を渡す王子に対し、姫に手を組んで介添えしたのだ。


「まぁ、素敵な花束。フォーディン様はロマンチストであらせられますのね。ご存じですかミア姫様、青いバラは不可能の象徴ですのよ」


「不可能?確かに青いバラは見たことが無いけれど」


「海に咲く青バラの乙女。フォーディン様の国にある詩歌で青いバラを扱ったものを聞いたことがありますわ。とても古くから伝わる詩歌で」


 相手の男に念押しするように出るわ出るわ。この王子が渡した青いバラに本当にそんな意味がこめられてたのかよ。頭の悪そうな王子は一瞬戸惑いながらも、まるで自分のところの身内からの援護射撃のように整えられる好意的な空気に調子づき、強く頷いては話を合わせて姫様を褒める褒める。


 珍しいから贈っただけだろう、お前なんて皮肉を無言で贈るが届くはずもなく。


 周りの騎士も愕然としてカクウの裏切りを見る。カクウが姫を他国に嫁がせるのが嫌で結婚を妨害しているのは有名な噂だ。まさかの事態に動揺が走った。


 青いバラがいかに珍しいかカクウが講釈をいれつつ、王子は姫様を口説きまくる。姫様もまさか他国の要人相手に無愛想にするわけにもいかず笑顔で対応している。まさか騎士が邪魔をするわけにもいかず話は盛り上がっていく。


 そんな時にチラリと俺とカクウの目が合った。すると勝ち誇ったように微かに笑ったのが分かった。


 まさか俺への当・て・つ・け・か・よ!?










 俺とカクウが友人関係なのは城中の知る所だろう。まずカクウが有名だし、俺は入隊初期から騎士中に敵対視されていた。部屋に訪ねてきてた事も話すところも誰かしらに見られて情報も回ってる。大貴族の令嬢とため口きいてる庶民な俺は姫のことが無くても十分反感を持たせる野郎に違いない。


 最近はとにかく散々だった。コルコット中尉に訓練を付き合ってもらえた時も中尉は途中で急に俺の剣を叩き落として帰ってしまう。


「気が散っていて話にならんな。苛つくぐらいなら女なんて怒らせるな」


 中尉に見捨てられて1人で訓練していると通りがかりのラキタスにまで笑われる。


「あんたあの巨乳と友達なんだって?親の権力かさにきて城で好き勝手やってる放蕩娘なんかとよく付き合ってられるわね。あ、あんたはその権力をパトロンに騎士に入隊してるんだっけ?それなのに喧嘩ねぇ。クビになった時の職は考えといた方がいいんじゃない」


 まぁ、この2人は淡白で皮肉混じりに去っていくだけだが、恐ろしいのはディズ大尉。


「ホクオウ殿に不敬を働く者が騎士として生きていけると思うな。ミア姫のご友人であり、大臣閣下のご令嬢である女性を不快にさせているにもかかわらず謝罪をする様子も無いのはどういうつもりだ」


 これは嫌味ですまなかった。


 父ちゃん・・・俺呼び出されました。


「王家・大臣閣下・元帥・上級大将・大将・中将・少将・准将・大佐・中佐・少佐・大尉・中尉・少尉・准尉・特務曹長・曹長・軍曹・伍長・兵長・上等兵・一等兵・二等兵。さぁ、お前の階級を言ってみろ!」


「准尉、です・・・・・」


 そう、兵士以上だけど騎士の最下級。


「上の人間に対する礼儀については初期段階で特にシッポウ准尉、お前に注意したはずだ。ホクオウ殿は騎士でもメイドでも無い。どの権力に属する者では無くとも閣下のご令嬢であり、まず女性である!無礼千万の態度もホクオウ殿のお慈悲あって目を瞑っていたにすぎん。これは許さざれぬことだ、原因を洗いざらい延べろ!!」


 探ったってずっと考えても出てこなかった事だ、追いつめられたら余計に分からんっ。


 大尉はこめかみを押さえて渋面で扉を指さした。とにかく今すぐカクウを掴まえて理由を聞き出し、謝罪せよという上司命令が降った。たかが喧嘩で、されど喧嘩で。










 カクウがいる場所はおおまか城の厨房か庭園か姫様の所だ。姫様の部屋までは侵入できないにしろ、行くまでの道筋、城中の庭園、厨房と走り回った。当たりは厨房だった。よく考えりゃ時間帯は飯の支度時だよ。


 コックに混じっているカクウは、貴族に混じっている俺みたいに浮いてポツリとしていた。俺の実家で料理している時は煩いぐらいなのにここでは言葉少なで、他の誰もが異物に対するように距離を置いている。


 息を整えているとカクウが振り返り俺を見て顔をしかめた。何しに来たんだって感じ?


 こっちも好きで来てんじゃねえよ!!


 俺の視線に考えている事が筒抜けしたらしい。カクウは包丁をまな板に叩きつけて作業に戻る。


「カクウ、話がある」


「見て分からないかしら。料理中なの。一昨日にしてくれる」


 一昨日に時間を遡れる非人間ならそれも可能だろうよ!!俺はついにぶち切れた。厨房に入り込むとコックが止めに入るが突き飛ばし、俺はカクウの襟首を掴み上げて怒鳴る。


「言いたいことがあるならハッキリ言えや。そんなに目障りやったら俺の推薦も取りやめたってええんやぞ!何が鈍感じゃ、言わなきゃ分かるか、このボケ!!」


 ここ何日かで俺の我慢は限界になっていた。俺は元から気が長い方じゃない。女性に対してなんて威圧的な態度をってな非難がましい視線を感じたがカクウは怯えるどころか俺と同じように怒鳴り返した。他の男ならともかく俺相手にカクウが怯えるなんてあり得ねえ。


「私事と仕事を混ぜて言わないでよ!ハッキリしてないのはどっちよ!!あんたの態度があやふやなのがそもそも駄目なのよ、単細胞!脊髄反射生物!!」


 騒ぎを聞きつけた騎士達が現場を見て、即座に俺を取り押さえにかかる。


「血迷ったか、シッポウ!ホクオウ様になんという」


「人の話に割り込まないでよ!」


 が、カクウがそちらに手を伸ばしてストップをかける。俺も切れてるから、この際見咎められようが首になろうが知ったこっちゃねえ。


「優柔不断はお前の専売特許だと思ってたがな!私事と仕事を混ぜてんのはカクウの方じゃないか、城の厨房に入って姫の周りをウロウロして、それで仕事?はっ、そりゃお前は楽しいだろうがよっ。仕事中になんだかんだ邪魔しに来てんのはどちらさんで!」


「酷い!!あんたが不自由してないか見に行ってあげてんでしょ!それにあたしが好きでやってるんであって仕事じゃないわ!そりゃ、トキヤから見れば職にも就かない遊び人でしょうけど、その分あんたの身のまわりの世話やらしてやってんじゃない!主婦は仕事じゃないって言う気?暴言だわ!!肥溜にでも浸かってその脳味噌一新してきたらどうなの」


「そりゃ悪うございましたぁっ。どうせ俺は無教養で不躾で身分の低い腐れ騎士ですよー。なんなら次からはホクオウ様とお呼びしましょうかー?ホクオウ様ー、ホクオウ様ー」


「何、その憎ったらしい言い方!!図体がでかくなっても、おつむはガキね、ガキのままだわ!!」


「お前が言うな!!」


 俺がカクウの鼻をつまみ上げると、カクウは反射的に俺の両頬をつまみ上げる。怒鳴り合い、次第に組み合いだした俺達をコックや騎士が退いて見ててもお構いなしだ。罵り合う俺達はお互いしか見えてない。


「この城にいるのだって、あんたを推薦したのにしたって、いつも家族と啀み合って無理矢理帳尻合わせしてるのよ!!城下に行くのだっていつもお父様やお母様を出し抜いて毎日毎日ひっぱたかれてた!城下や城に出かける分、家での睡眠時間を削って教養や勉学に励んで、出来るだけあんたが悪く言われないように、姫といる事を認めてもらえるようにずっとずっと頑張ってきた・・・あたしだってきつかったんだからっ!!」


「だから俺だってお前の苦労を減らすために、お前が俺と一緒にいても悪く言われないために騎士になる努力をしてたんだろうが!!仕事をしながら勉強だって剣術だってやってきたし、睡眠時間だって飯食う時間だって削って釣り合うようにやってきたんだっつうの!!」


「そんな事をしている間に少しは女心の勉強をしなさいよ!女に全然興味を示さないから、こいつちょっと男として欠落してんじゃないの?あたしがコツコツと仕組んだラブラブ作戦踏みにじって毎日毎日訓練だ仕事だって、あんたは何のために騎士になったのよ!!」


「お前は仕事をなんだと思ってんだ!!混乱してんのか、脳みそに春が来てんのか、言ってる事が滅茶苦茶非常識になってるっつうの!!恩着せがましい言い方がかんに障るし、馬鹿なことしてる暇があったら自分が彼氏の1人も作ってみせろ、このデブ!?いい年して浮いた話があったためしがないくせに、俺ばっかり独り身みたいな言い方してんじゃねえぞ、コラッ!!」


「デッ・・・デブ?言うに事欠いてデブ!?そりゃあたし、ちょっと標準より体重あるけどデブなんて言われるぐらい太ってないわよ!!!あたしに彼氏が出来ないのはトキヤのせいで恋人持ちだって誤認されるのが原因なんですからね!?それでもあたしの事を好きだって言ってくれる人は城下にいっぱいいるのよ!この間だってアグリに告白されたんだから!!」


「くそっ、あいつやけにカクウの事を庇うと思ったら!!アグリは絶対駄目だっ、あいつは女遊びしてるから絶対に性病持ちだ!!っていうか、そういう事なら俺だってシシニアに押し倒されたし、ユモネラに結婚迫られたっつうの!!」


「だからなんでトキヤは受け身なん・・・・」


 つまみ合ってた手が軽くほどかれ、間にミア姫様を見つけて真っ白になった。ここは使用人が詰める南棟で、よもや王族が現れるわけがなく、まして厨房に偶然通りかかるわけもない。通常の通りから外れた裏に配置されているのだ。


「何が原因か知らないが喧嘩なら徹底的に話し合うのが一番だ。人に迷惑がかからない場所で、そうだな?」


「なんで姫様がこんな所に」


 ミア姫は笑顔で俺達を見回した。


「二人に臨時休暇をやろう。仲直りするまで帰ってこなくていいぞ」


 姫が手を叩くとオルゴが俺とカクウを厨房の勝手口から外へ突き飛ばす。


「ではしばし、ご機嫌よう」


 無情にも閉じられた扉を前に無言となる。


 は?


 誰かが報告しにいったわけもなし、なんで厨房に姫?いくらなんでも、あの姫は神出鬼没過ぎる。他にもあんな感じの人間に覚えがある気がする。誰だったか。つい最近同じ感想を抱いたような気がするんだが。


 カクウは溜息をついて俺を見上げる。


「もういいわよ。あたしが悪かったわ」


「・・・んだよ、急に」


 これだ。


 喧嘩で収拾がつかなくなったり、誰かに仲裁に入られるとすぐ流そうとする。


 納得してんのかよ。結局なんで怒ってるのか俺は聞いてないのに、それでスッキリしするか?ぜってぇ、しねえ。


 多分俺は独占欲が強くて、カクウに依存して生きていた。カクウが何をするにも誰と遊ぶにもついて行って、何処へ行くにも連れてって、俺にとっては城下の誰よりも家族よりも身近にいた。いないと必ず探して回って側にいないと落ち着かなかった。城下に出ることを禁止されてカクウが家に閉じこめられてた時だって屋敷に忍び込んでまで会いに行った。


「騎士になる以前は誰よりも一緒にいたはずなのに、なんでこんな事になってんだか」


 だいたい、俺が騎士だぜ?裏町のゴロツキが貴族のモノマネ。超ウケルだろ。


 そんでもってこいつはキッチンメイドか?宰相の息女なんて、それこそ隣国の王子にだって嫁ぐこともあるってのによ。


「俺はお前が何を考えてんのか一切分かってねえからな」


 困ったような、呆れてんのか?しょうがないって顔で笑う。


「でしょうね」


「癪に障るだろ」


「は?」


 ただ。


「だからなんで腹が立ってたのか俺に言いたくなっただろって」


 ただ、俺はカクウがどうしたいかってのは分かるわけだ。


 目を丸くして口を押さえ、腹を抱えてカクウがうつむいて噴き出す。大きな声で笑いながら厨房の勝手口の階段で、貴族の令嬢らしからぬ気取らないカクウらしい笑いをあげながら俺を見上げた。


「あんたは、まったく」


 さて、姫様の計らいもあるわけだし遠慮なく喧嘩の続きをしようじゃねえか。


 久しぶりにな。

 








 遊郭でお楽しみ中の連中にまで聞こえる力の限り怒鳴って、もちもちしたカクウの頬をつまみあげる。


「やっぱり八つ当たりなんじゃねえか!!」


「ひゅはいわよ!!ちょ、離しなさい、この暴力男!?自覚が足りないのよ!だいたい城下ではえっらそうにしてるくせに城では闇町に放り込まれた小娘みたいにビクビクビクビク」


「あ、ち、カクウこんなとこで」


「なあに、いっぱしにハリボテみたいな自尊心を守ろうっての?何よ、子供の頃は不利な相手でも無謀につっかかってたくせに、しょせん仲間が周りにいないと僕、怖ーいって?あははは、軟弱。軟弱だわ!」


「反撃出来るのと出来ない状態じゃ、恐怖の度合いが違うわ!!おっまえ、狼の集団相手に腕縛られた状態で放り込まれてみろっつうんだよ!」


 周りの連中が呑気に人を魚に呑んでいる会話が聞こえてくる。


「なあなあリキ。結局、何が原因で喧嘩しとんの?あれ」


「さあ?話があっちこっちいくから、も、さっぱり」


 眼鏡を外し、兄貴がそれを拭きながら話に入る。


「理由なんて適当で、なんかきっかけ出来たから爆発したんちゃう。最近喧嘩してなかったからストレスの捌け口がなくてストレス溜まってたみたいやったし」


 この女、いっぺん俺の人権についてとことん話し合う必要があるんじゃねえか。



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