夢で会えたら
おかしい。
何がおかしいって、前にラット王子の招待状で仮面舞踏会に乗り込んだ時と同じようなドレスを着て私はダンスホールにいる。前と違うのは仮面を被っていないのと、ホールには誰もいないって事なんだけど。
しばらく考えて霧に包まれたような頭の感覚で、ああ、夢なんだと気づく。気づいた所で途方にくれちゃうわよねぇ。せめて王子様でもいればさぞかしロマンチックな夢になるんだろうけど。けしてラット王子の登場を推薦してるんじゃないわよぉ。駄目駄目、あたし自己暗示強いんだから本当に出てきちゃうってば。
困ったわ。誰もいない何も起きないじゃ、夢の中で何をして過ごせばいいかしら。現実では仕事が山のようにあるけど、ここじゃ書類は読めないし書き物も会議も出来ない。夢から覚めると内容を忘れがちだし頑張るだけ損よねぇ?
うぅ、ん。あら?
「ホールの扉が1つ開いてる・・・」
フワフワと引かれるままに扉に近づくと、バルコニーの塀の外に人影があった。ここって確か3階なんだけど柵の外はすぐ庭に通じていて人影は塀にもたれかかっていた。さすが夢ってなもんで突拍子も無い。
黒髪の騎士服を着た人影は見覚えがある。城を追われてから長らくその服は着ていないけど、普段着よりこっちの方が長年見慣れた人。
「ナルナ?」
気怠げに振り返った彼の顔色は常に悪いけど、夜に見ると余計に病気じみて見えた。夢なせいか余計に闇に溶けそうで近づいたら消えてしまうんじゃないかと手を伸ばして腕の服裾を捕まえる。
風が冷たい。
きっとリアルでも隙間風が入っているんだ。
「珍しい」
前方に顔を戻してナルナが口を開く。
「カクウから触れてくるなんて」
「それは貴方がす、するからでしょっ」
事件が解決して生活が落ち着いた途端に、その、あ、あんな事をしたり、や、その、するようになってって・・・なんで夢の中でまでこういう事を思い出さなきゃいけないの!消えて消えて!
「そのドレス」
チラリとこちらに視線を向けるナルナ。って、目線の定まり方がおかしいでしょ!顔見よう!目を見よう!だから夢の中でまでこういう細かい行動をするのって、あたしがどういう目でナルナを見始めているか丸わかりだ。塀の下にしゃがみこんでしまおうかとも思ったけど、目を離したら消えてしまいそうで何か嫌だった。ええい、夢じゃ、夢じゃ、胸なんて好きなだけ見てれば・・・やっぱり嫌なものは嫌。
塀に身を預けていた腕で盛大に開いたドレスの胸元を隠せばいいんだと思いついて、行動を起こす前にナルナが、普段は無表情で怪しい変化しか見いだせない顔が穏やかに苦笑してあたしの顔をやっと見た。
「魅力的だが視線を集め過ぎる。着せるべきじゃないと分かっていたが好奇心に勝てなかった。あんたに狂ってるオスには目の猛毒だったな。俺にも」
しゃ、社交辞令で言われ慣れてるでしょ!じゃなくてオ、オスゥ!?ちが、熱、じゃなくて、あう、え、いや。
「トロい主人だ。だから飼い犬に噛まれる・・・」
胸の半分だけを隠す布にナルナが人差し指を入れて引っ張られる。み、見えちゃう!!引かれるままに体もつられて身を乗り出すと首の後ろに堅くて大きな手が回って目の前には塀に頭を置いて逆さまのままナルナの唇があった。悲鳴が漏れた唇の隙間から熱い舌が入ってくる。息を全て奪うように執拗に何度も・・・離れて、入ってきて。
「俺が消えそうだと感じるか?あんたに触れてもらおうと必死に媚びる哀れな奴隷だ」
「あっ、ん!」
首元に唇が移動して掠れ越えが耳を貫く!背中からドレスに手が入って腰の手前で一度止まる。
「死ぬまで離れないし、存外しぶとい上に悪運もある。諦めるんだな」
手が一気に腰の奥に移動した。
それから、そうして・・・・・・・。
ミアが蔑みの目を俺に返しながら顎で続きを促した。
「良いところで目が覚めた」
「あんたの夢かよ!!!!」
後ろで生まれたばかりの赤子をあやしながらトキヤが大声を出す。そのせいでハヅキが大声で泣き出した。ミアは溜息をついて俺の頭を手の平で叩き付けて顎に拳を押しつけてくる。
朝早くから暇な夫婦だ。カクウも起きてないような早朝から。子供のハヅキも生まれたばかりで落ち着かないのにご苦労な。
「ナルナ、くれぐれも無理矢理それを現実で実行しないように」
それは約束出来ない。というよりも、既に色々と遅い。
目が覚めて顔を覆う。
どうもトキヤとミア様達が来ているらしい声が聞こえてくる。しかし起きていけない。どの面さげて会えばいいのか。
「・・・・・なんであんな夢見ちゃったの・・・・・・」
感覚がリアル過ぎる。体が覚えただなんて思いたくないけど、ないけど、ないけどぉ・・・。
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