ヘイオン
少女が買い物袋を持ちながら、つかい途中で立ち尽くす。
道端の隅っこで転がる汚い少年が、とても綺麗な声で哀しい歌を口にするのが少女の耳を引いたから。
誰かに聞かせるためじゃなく、ただ哀しいから歌う悲しい歌。
少女は気が付くと、少年と一緒に歌っていた。
寝転がって歌っていた少年は起きあがり、ボンヤリと少女を見て歌うのを止めたけど、少女が歌い続ければ、少年も再び歌い出した。
歌い終わると少女は食べ物の入ったつかいの袋を少年に押し付けて逃げ帰った。
少年の名も聞かず。
父に、母に叱られようと買い物の行方を少女は語らずにソファで丸くなる。
少年の名前は分からずともタイラは少年の正体を知っていた。タイラは自分で歌ったのだ。スラムの捨て子の悲しい歌を、少年と共に歌ったのだ。
お互いが同じ町にいて、違う立場でいて、生きている。少女タイラが少年を知る第一の出会い。
同じ道端でタイラは少年をもう一度見つける。今度は膝を抱えて座りながら歌を奏でていた。タイラは清潔なスカートを汚して少年の横に同じく座り、また少年の歌に重ねて声を奏でた。
歌うだけで喋らない少年に、名前は何かとタイラは尋ねた。
少年は地面にオトと書いた。
オトは歌しか口にしない。
オトと歌うタイラを知り、大人の誰もがタイラを止めた。裕福な少女だった。貧しい少年だった。共にあれる者ではないのだと、誰もがそう言い叱るにつきて。
それでもタイラはオトの隣で歌を重ねて奏で立つ。オトが隣に立って歌う限りに。
2人の歌は1人よりもとても綺麗に風に乗る。
ある日、タイラは耳にした。
「綺麗に歌を口ずさむ鳥を籠に繋ぐのだ」と言う、何処かの金持ちの噂をだ。
それが何を指すか知っていた。
貧しいオトは物の様に、何処か遠くに連れられる。
タイラはオトの手を引いて、森の深くを連れて逃げた。
誰もいない奥深く、疲れてタイラは座り込む。息を吸い、吐いては吸って膝を抱く。大きな木の下に包まれて、暗い空が広がった。
喋らぬオトは黙るまま、夜を静かに見上げいる。
黄色い月だけ落ちていた。
静かな森は何もない。
タイラは孤独で泣き出した。オトが困って頭撫で、待てどなだめど泣きやまぬ。頭を捻り出ぬ言葉。ならばと代わりにオトは歌うたう。
いつもと違うその歌は、悲しみこもらず柔らかい、タイラがための歌。
「ここに友がいる限り、いつでも側に」そう歌う。
そうしてオトはタイラの手を引いて、町に向かって歩き出す。
タイラはオトに首輪をつけた。まるで犬か猫のよう。名札のついた困り顔、それでもオトは外さない。
『所有者:タイラ』
名前の書かれた物ならば、誰も勝手に持ち去れぬ。
つまらぬ理屈、子供の理屈、それでもオトは連れ去れぬ。
服の下からゴソゴソと、タイラは隠した腕輪をオトの目に。
『所有者:オト』
お互いを、お互いが持つのであれば構わぬよと。お互いがお互いを持ち、自由をまとって町に立つ。歌えば人は立ち止まり、町にはいくつも葉が芽吹く。
地に転がる悲しい歌などいらぬよと。
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