風夢 





 夢の人。


 一度も地面に降りれない。


 地面に足をつければ、そこで夢は終わり。


 空を飛ぶ少女。


 天と地の差はあるけれど。


 耳をすますよ。


 手を伸ばすよ。


 だからキミを夢にしないで。










 少年は空を見上げてた。


 そこには白い少女がいた。


 少女は空を飛んでいた。


 驚きながらも少年は、どうして飛べるか聞いてみた。


 少女はその手を差し伸べた。


「これは風の夢だから願えば空も飛べる。でも誰にも教えちゃいけないよ」


 これを夢だと言われたら、そこで夢は終わりを告げる。


 飛び方を知った、不思議な日。


 それから空を飛び回り、夜な夜な家を飛び出した。


 誰にも見られちゃいけないと、知られちゃ教えちゃいけないから。


 空を飛ぶのはフワフワと、水に浮いた時のよう。


 月を見上げる少年と、地面を見つめる少女の目。


 だけど、少年は目の下にクマを作った。


 友達が心配して理由を尋ねても、誰にも言えない夢の話。










 空を飛ぶ少年は、ある夜に塾帰りの友達を見つける。


 夜の空を見上げる人は月と星しか見ないから、空の人を見つける人は誰もいなかった。


 だから少女は少年をただ光の無い方へ連れて行こうとした、見つからないように。


 だけど少年は別の物を見ていた。


 飛ぶ夢でも少女の手でも、月でも空でも友達でもなく。


「危ない!!」


 少年はそれから目線を外して友達に向かって一生懸命飛んだ。


 友達にぶつかって地面に転がる。


 息をのんだ少女と、友達を巻き込んで転ぶ少年の間に車が突っ込んで壁に当たる。


 驚く友達と、少年は腕を掴み合って車を見つめた。


 救急車やパトカーの音で辺りが騒がしくなっていく。


 騒ぎから離れ、少年は空を飛んで帰ろうとしたが、どうやって空を飛んでいたのか分からなくなってしまう。


 少女のことを思い出して空を見上げると、少女は少年に別れを告げた。


 夢の世界から現実に戻ってしまった少年とは、もう一緒にいられないのだと言った。


 これはそういう夢なのだ。


 少年は少女に手を伸ばした。


「空を飛べないと、キミと友達でいることも出来ないの?」


 真っ暗闇で静かに一粒、空から涙が落ちてくる。


「私は病気なの」


 夢を見続けないと身動きも出来ない。地面を歩けないから一人で空を舞っていた。


「夢の中でしか会えないよ」


 大地で生きる誰とも触れ合い、共に生きないでいる時間が夢の中にいる条件だから。


 これは、そういう夢なのだ。


「それなら、夢の中の友達でいよう」


 返事をする前に、瞬きの間に少女は消えた。










 キミを捜してはいけないのだろう。


 いつか選択するその時が来るまで、誰にもキミの夢を終わらせる権利は無い。


 空を飛ぶ夢は一時の夢。


 だけど、キミといた時間だけは夢にさせない。


 忘れはしない。










 それから何年も経ったある日、一台のスポーツカーが青年に突っ込んでくる。


 青年は唖然としていた。


 その時、身体が一瞬浮いて突き飛ばされ車が目前を過ぎて壁にぶつかり火柱をあげた。


 真夜中に白い女性と転がった青年は、火に照らされながら身動きをしない女性の名前を呼んだ。


 風の少女の名前を呼び涙を流した。


 夢を終わらせてしまったのだと知った。










 動くはずのない病室から抜け出した女性は病院に連れ戻された。


 目も開けない女性は本当に風夢の中でしか生きることが出来ない人だった。


 青年は点滴に繋がれた女性の両手を握り締めて彼女の名前を呼んだ。


 夢が終われば悲しみが待っているなんて酷すぎるから。


 それは確かに女性が選んだ道だった。


 とても素晴らしい選択だった。


 ありがとう、でも、それで終わらせたく無かった。


 時が遅くなり、病室にいつまでもいられずに青年は外に出た。


 月が出て、星がある。


 でも、彼女は飛ばなかった。


 もう彼女は目を開くことは無い。


 青年は世界中を駆け巡った。


 薬も医療も研究も神話も全てにすがって旅をした。


 何年も青年が頑張っていると、ある夜に髭を生やした小さな老人が訪ねてきた。


 小さな老人は小瓶を青年に手渡した。


「現実はなんと困難で残酷だろうか。可哀想な大地の子らよ。我が同胞よ」


 老人は涙を流した。


「それはお前達の涙からできた希望の種である。ただひたむきに努力せよ。飲ませてやり、大地を歩む努力をせよ」


 老人はそう言い残して土くれになって消え去った。


 青年は女性の元に返り、小瓶から種を出して彼女に飲ませてやる。


 それから青年は彼女が動けるように訓練した。


 誰に無駄だと言われても、ただひたむきに努力した。


 それからまた何年も経ち、身動きも出来なかった彼女の病室に今日も彼は訪ねていく。


 彼が病室に入ると、ベッドに座っていた彼女が振り返り微笑んだ。


「おはよう」


「おはよう。さあ、今日も頑張ろう」


 風夢の先にある大地を歩く現実を目指して、彼らは歩いていた。



                                   トップ