小窓





 草も土もなく、そこには窓がはまっている。


 地面のあちらこちらに小さな窓が落ちている。


 子供がその地面にある小窓を覗くとピンクの部屋で女の子が踊っていた。ぬいぐるみと手を繋いでクルクルグルグル。


 小窓を叩いて子供は聞いてみた。


「何がそんなに嬉しいの?」


 地面についた小窓の下の、ピンクの部屋から見上げた子はニッコリ笑ってこう言った。


「ずっと遊んでていいからよ。勉強なんてしたくないもの」


「そう、良かったね」


 窓はすぐに白く曇って女の子が見えなくなった。


 あっちの小窓を覗き込むと、暗い部屋でお爺さんが泣いていた。カラカラにひからびていくのに、まだ泣いた。


 怖いので子供は止めてみた。


「泣かないで。遊んでていいんだから嬉しいでしょ?」


 お爺さんはパサパサの顔を子供に向けてこう言った。


「でももう君には会えなくなるんだ。心配でこうやって悲しみにくれずにおれんのよ」


「じゃあ、出てくればいいのに」


 やっぱり窓は白く曇って会えなくなった。


 他の小窓を叩いて子供は誰かを呼んでみた。


「ねえねえ、どうして会えなくなるの?どうしてこんなにたくさん窓が地面に落ちてるの?」


 赤い部屋にある白いガイコツは動くたびに崩れながらもこう言った。


「人は必ず最後に自分の部屋にこもるのさ。けして他の誰も招かない。小窓は最後の挨拶だ。小窓は長くは開かない。だから君もしておいで。せねば君も僕らも明日に行けないから。これはそのための儀式だよ」


 白くなった小窓から、目を離した子供は周りの草原を見回した。ずっと遠くまで並んでいる名前を刻んだ標がある。たくさん人が集まる向こう、あの場所には子供の父と母の名前を乗せた標が立つ。あの小窓にはまだガラスはなくて、部屋もとても小さくて、土にはまだ埋まらない。


 穴は掘り終わり、小窓にガラスがはめられる。小さな部屋が埋められる。小窓を覗き込んで子供はお願いした。


「まだ最後にしないでおうちに帰ろうよ。どうして僕を置いて部屋にこもるの?小窓はたくさん覗けないから、僕に大好きだよって言えなくなるのに。悪い子だねって怒れなくなるのに。危ないよって守れなくなるのに。こっちにおいでって抱きしめられなくなるのに」


 父は子供にこう言った。


「一緒にいたいけど、外にいてもお父さんはお父さんじゃなくなってしまうんだ」


 母は子供にこう言った。


「離れたくないけど、お母さんは何も出来なくて、大事な貴方が笑えなくなってしまうかもしれないの」


 子供は悲しくなってきた。


「それは、会えなくなるより辛いこと?」


 隣に天使が舞い降りて、子供の横にしゃがんで頭を撫でてこう言った。


「どちらも辛いことだけど、君はまだ生きている」


 父と母の小窓は白く濁って何も見えなくなった。小さな新しい部屋は土の下に埋もれてしまった。天使は小窓も大事に埋めた。最後の挨拶ということは、もう次に会うことはないということだから。


 天使は空を飛んで高い台の上にとまると、空に両手を伸ばして小窓のように白く濁って石になる。高い空には行かないけれど、もう天使には会うこともないってことだろう。


 小窓は白く濁っている。


 子供はまだ小窓の外にいる。


 墓標の下でなく、地面の上にいる。



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