(それはまだトキヤが騎士として城で働いていた時期に遡る)



          誕生日




 トキヤが騎士になって2年目現在、あたしの恋愛遍歴(全て敗退)の始めを振り返る。


 あたしの初恋は平民地区、それも歓楽街横に立ち並んでるボロボロ長屋の住人だった。けして親友のトキヤの事じゃない。人生の中でもっとも時間を共有した男ではあるけど恋の対象には絶対なりえないもの。


 あのトラブルメーカーのど阿呆のせいで毎日怪我して泣きベソかいてたあたしを、そのたびに優しく抱きしめて膝の上に乗せてくれた無精髭のおじ様。今でももちろん大好きだけど、なんせトキヤのお父様でありおば様は病気がちとはいえご健在・・・いえいえ、おば様の事も大好きなのよ。


 本当の所は、実の子供のように接してくれるおじ様おば様に温かい家庭の憧れを抱いてしまっただけかもしれない。


 なにはともあれ、ほろ苦い初恋は秘めたまま終わったの。


 次の恋は・・・誰だっけ?あまり記憶に残らない程度の気持ちだったのかな?でもね、その時に邪魔されたことだけはしっかり覚えてるわよ、トキヤ。あいつが側にいるとただでさえ男に敬遠されがちになるのに、声をかけてくれる数少ないチャンスに邪魔をする。奴は有ること無いこと口走り、日頃はしないくせに抱きついたりして相手に見せつけるのよ。お陰で生まれてこのかた彼氏が出来たことが無い。


 ねぇ、トキヤ?あんたお父様にでも雇われとんかい!!


 かれこれ権力をフル利用してトキヤを騎士に入団させ、あたしも裏で何かと忙しいから最近は恋愛している暇なんてないわけだけど。それでも恋人に憧れないわけでもない。恋する乙女で毎日が楽しそうなミア様が実に羨ましい。


「はたまた騎士の殿方といえば姫様の虜であたしなんて背景扱い、確かに地味顔ですけどね。紳士に対応してはくださいますが淑女らしからぬ振る舞いはご覧の通り、お心内ではどう思われていらっしゃるのか想像に難くなきものです。あたしを深窓の令嬢に仕立てたいお父様のお見合い攻撃も激化してきて、あたしは恋愛に見放されているのですわ」


 時は明け方、夜回り騎士の休憩室にいるただ1人の騎士へ入れ立てのコーヒーを差し出し、あたしは向かいの椅子に座った。一度しか手をつけられていない一口ミニサンドの差し入れも一緒に彼の前へ押し出して。相手が無口でYESかNOしか返事がないけど、それを糧にあたしは一方的に話し続けている。


 こんなあたしをトキヤが目撃したら、いくら話題に困ってもこの人に恋バナは無いだろうとつっこまれそう。かといって、じゃあこの手の話を誰とするのかと言えばトキヤや姫様の前では二度とするつもりがない。


 トキヤは下手するとあたしの恋人有力候補との仲を引き裂こうとするし、姫様は王子様とかピックアップして紹介しようとするから取り返しがつかない。トキヤから感じる悪意はともかく姫様の想いを無下にしたくないので、最初から話題ごと避けるに限るわ。


 ちなみにカクウ・ホクオウという大臣の娘なあたしが夜城の休憩室に何故いるのかというと、騎士・兵士の方々へ差し入れを持ってきたのよ。ただ、みんないっぺんに休憩せず順番に休まれてるから、ここには中尉しかいなかったわけだけど。


 城を守ってる人達だもの、まわりまわっては姫様のためにも癒しは大切。そこでいつものルートで部屋を抜け出して来たのです。


 まあ、本当はトキヤが夜回りの日で、仕事が終わったらすぐ合流できるよう待たせてもらうための手回し品なんだけどね。


 今日はあたしの誕生日。城下のみんなは屋敷に出入り禁止だからって、毎年屋敷のパーティとは別に祝ってくれるの。今年はトキヤが戻ってきたらそのまま行くわ。夜は屋敷でパーティがあるし歓楽街は基本的に夜にお仕事だから昼までね。


「負け惜しみを言うと、あたしは友人に恵まれているのですから我が儘かもしれませんね。あたしはただ恋に焦がれているだけとも感じますし」


 コーヒーを一気に飲み干して、今まで明後日に目線をそらしていたコルコット中尉がちらりとあたしに目線を向け、再びそらし単調棒読みだが口を開いた。


「ではホクオウ殿に思い人はおられないのですか?」


 ・・・最初にまともに口にするのがそれって、え、もしかして恋話好きですか?今更だけど会話してるのに目線をそらすというのはどうなの?平民出身だというし細かい礼儀を気にしては駄目?やっぱり休憩の邪魔だから話を終わらせようとしている説が有力かしら。


「あぁ・・・去年はいましたわ。彼がシッポウとつまらないことでつかみ合いになりまして、喧嘩後の捨て台詞が酷くて冷めてしまって」


 再びコルコット中尉は宵闇色の瞳をこちらに向ける。これはちょっと威圧感があって息が詰まる・・・。彼は何度か口だけを動かして止まり、眉を微かに寄せ、結局明後日に目をそらしてしまった。あたし、返事の内容選択を間違えたみたい。


 お、お願いトキヤ。そろそろ限界だから早くカモン!どうして誕生日に気まずい空気の我慢大開をしなくてはならないの・・・。黙っているのが正しいのかしら。でも、トキヤと最近仲が良いから出来れば交友を図りたいなとか思ってたんだけど。


「あ、コルコット中尉は恋人や思い人はいらっしゃらないのですか?貴方のお話もお聞きしたいですわ。整った顔立ちに目を見張る剣の腕前。さぞかし女性にもてるのではないですか?恋愛に関しては悩みいらずでしょう」


 言葉にしてから自分の口を慌てて押さえる。姫様とトキヤをけしかけてるあたしが何口走ってんのか。これは姫様大好きな騎士に対して現在大禁句!!責められるかぶん殴られる前にお茶を濁さなくちゃ!?


「なんちゃって!殿方にふる話題ではありませんでしたわねっ。くちさがない女で申し訳ありません、はは」


「いえ・・・」


 口に合わなかったのか、差し入れも最初の1個だけで手を伸ばさない。お腹は絶対に減ってる時間なのに泣きそう。たかがサンドイッチだけど自信作だったの。


 一時撤退しよう。仕事で疲れてる相手にお喋りしようだなんて最初から馬鹿な考えだったんだわ。いつもは他の騎士が愛想よく世間話に付き合ってくれるからって当たり前になってたのかもしれない。夜の城で歩き回ってたら不審者として捕まってしまうのでキッチンで下ごしらえでも手伝っていればいいわ。


「疲れているところお話につきあってくれてありがとうございました。あたしそろそろ」


 立ち上がって別れを告げようとしたが、腕を掴まえられる。驚いて振り向くと中尉が首を振った。


「俺のせいで居づらいなら俺が出ます。シッポウが戻ってくるまでまだ時間がある。外は寒い」


 なんで待ち合わせのこと・・・!


「いえいえいえいえ、いてください!休憩中の人を休憩室から追い出すだなんてとんでもないですわ!?あたしが入れて頂いている立場なのに」


 出て行こうとする彼に必死にすがりつく。こういう印象の悪い気遣いをさせたくない。ただでさえ城で好き勝手してる身なんだもの。しばし返事の無い中尉になおも目で訴え続けると、なんとか彼は元の席に座った。あたしもホッとしてコーヒー豆を手にする。出て行き損ねたならすることは限られた。


「もう一杯コーヒーおかわりいかがですか?」


「いえ・・・ごちそうさまでした」


 そう言われるとあたしも席に座るけど、ちょっとだけ彼との席が遠のいた。


 無言の間に時計の音が響く。


「今日」


 延々と続くかと思われた沈黙の中でふと、中尉が口を開く。


「誕生日だそうですね」


 瞬きをして、中尉を見る。


「シッポウから聞かれたんですか?待ち合わせのことも」


 質問にうんともすんとも言わず再び沈黙、何が言いたいの。


 ・・・思い返せば、この人って確か他の人に話す時にこんなに無口だったっけ?姫様に対してもたいがいポンポン物を言ってた気がするんですけど。でも、あたしこの人と話したことってあまり無いわよね。始終姫様の側にいるあたしと、しょっちゅう姫様に顔を出す騎士だっていうのに。


 だって姫様とは喋っても、この男あたしにはあまり眼を向けないんだもの。一礼して終わり。他の騎士はもうちょっと美辞麗句ぐらい残していくわよ。


 他の人と、特にスラムっていう別の環境で育った彼を比べるべきじゃないんだろうけど。


 よく考えたらトキヤだって、あたし以外のメイドや給仕が近くにいるからって、いちいち声かけたりお世辞行って回ってるとは考えにくい。やだわ、あたしったら社交辞令に慣れて一般人の立ち振る舞いに不自然さを感じるなんて。


「・・・・・」


 外から声が近づいてきてコルコット中尉が扉の方をチラリと見る。


 扉が開くと2人の騎士が部屋に入ろうとして止まる。えっと、あたし姫様と違って全員覚えてないのよね。


「これはこれは、このような所にホクオウ様のご令嬢がいらっしゃるとは」


 若い方の騎士がチラリと中尉に眼を向け、年配の騎士は眉根を寄せる。古参騎士はあたしが城でうろつくのにも煩いものね。


「年頃の令嬢がこのような場所で、しかも成り上がりの隷属と夜分に2人きりになられるとは物騒極まりありませんな。貴殿も同じ席を共に出来る身分ではなかろうに、何を慇懃に構えている」


 不味いわ、中尉に飛び火した!


「本来ならいるべきでないところを招き入れていただいたのですから、いけないのはカクウでございます。所用で待たせていただいたのですわ。すぐ出て行きますのでお構いなく」


 こんな時に戻ってこないでよぉ、トキヤ。収拾がつかなくなる。


「城の外を出歩くのは危険です。お屋敷に連絡し迎えを」


 余計なことしないでよっ、古狸!


 目の玉飛び出そうな想いだが、振り返り笑みを作る。


「いえいえ、私は人と待ち合わせをしているので結構ですわ」


「もしやその待ち人、シッポウ准尉のことでは?」


 嫌な笑みが浮かんだ。


「あのような輩に近づけるなど、大臣閣下は何をお考えなのでしょうな。貴女様に相応しい者など他にございましょうに。将軍、果ては隣国の王でもホクオウ様の御心があれば膝をつきお手を求めるでしょうに」


 誰もが好意的なわけじゃない。特に年配のお父様に近い世代の騎士ほど、中傷混じりのどぎつい挨拶をする。


 なおも攻撃的な口をきく騎士達を前に口をつぐんでどうしようもなく胸が痛くなりそうな時、後ろから腕がつかまれた。


 来るなって言ったのに、やっぱりこんな油を注ぐ場面でトキヤってば!!


 そう・・・思って振り返ったのに。


「そろそろ時間です。待ち人の所までお送りします、ホクオウ様」


 いつの間に立ったのか、仕事に戻る準備をした中尉だった。


「コルコット中尉!ホクオウ様に断り無くお手を触れるとは、貴様!」


「ディブリ少佐、ケテルカ大尉。仕事がありますので失礼させていただきます。それと」


 あたしが何か言い返す前にコルコット中尉は頭を下げる。


「レディの前で叫ばれ怯えさせるのは日頃におっしゃられている、なんちゃら精神に反されているのでは?御前失礼します」


 軽いタッチで休憩室から連れ出される。彼らの反応は聞こえないが怒ったのは間違いないんじゃないの?だって少佐に大尉って、どっちも中尉より上官じゃない、不味いんじゃないの!?


 でもでも、ぶっ・・・なんちゃら精神だって。


「こちらに」


 思わず笑うあたしに構わず彼はどんどん歩いていく。あの部屋から逃がしてくれたんだから、もう置いておいてくれてもいいのに、どうやらどこか目指してる?


 城を登ろうとするコルコット中尉を慌てて止めて聞くが、軽く引っ張られて再び歩き出す。それはもう・・・黙々と。何故かちょっと怖い。先導する彼の手の平は硬くて豆だらけで、トキヤと負けず劣らず大きい。身長はあいつより幾分か小さいけど、あたしより頭一つ高くて他の騎士と比べると華奢に見えるのに腕の太さがあたしよりごつくて。


 なんだか無性に不安になって手を引き離す。


 月明かりの下、中尉が振り返る。その顔は青白くて整っていて、不健康な美を感じる。きっとこの人は城にいても下町にいても、あたしみたいに凄く浮くだろう。


「あ、ごめんなさい・・・。その」


 トキヤ、何処。


 なんて言い訳すればいいの。なんだか貴方が怖く感じたからついだなんて言えないってば。どうして男の人っていうのは、たまに怖いオーラを出すの?夜の帳も手伝って、なんだか逃げにくい状況に身が縮こまる思いで彼を見上げると、黙ってあたしを見下ろしていた。


「あの」


 ボソリと呟かれた言葉にあたしは首を傾げた。


「え?今何か」


「いえ、別に」


 再び手を掴まれて歩き出されたあたしは、再度手を弾けるはずがなく引っ張られていく。別の手で胸元を押さえて、何故か連れ去られている気分になってきた。


 しばらくして、次は中尉の方が立ち止まった。


 彼を見上げると、上着の内ポケットから手の平サイズのクタクタヌイグルミが出てきて渡された。両手で受け取ってマジマジと見ると犬だわ。


 ハテナが頭の中に沸いてきて溢れ出る。


 別のポケットからリボンが出てきて犬にキュッと結ばれ、犬を掴んだ両手を持ち上げられ、指先に軽くキスされた。


「・・・!!?」


「貰ってください」


 唖然として固まったあたしの手を、中尉が離した時、トキヤが向こうの廊下から歩いてきて、あたしを見るなり走り寄ってきた。


「どうしたんだよ、カクウ。俺はまだ仕事終わってないのに」


「交代だ。お前、もう仕事あがっていいぞ」


 中尉がトキヤの歩いていた方向に向かって離れていく。


「え?中尉、もうとっくに仕事終わってたんじゃ」


 ・・・・・・え?


 あたしが振り返った時には軽く手を上げて、コルコット中尉は退場。残されたのは口元に手をやって何か考えてるトキヤと、手の平に残る・・・贈り物・・・。



                                  目次