改方 1




 ボロ屋敷裏の畑の前にあるドブ水路に腰掛けて空を眺める。取り囲んでいるのは我が一族が住むより前からボロ屋敷に住まい、小さな鉢植えをぶっ壊して家の下枠一面を支配しているお化けアロエだ。


 これを背景に、空はなんて広いのだろうと胸を押さえる。灰色でべたついた生暖かい空気で満ちる都会と比べ、鳥の鳴き声と共に青い空と雲が目の前いっぱいにあるとは、なんて素敵なワンシーン。親父の実家のド田舎はもっと空気が澄んでいるが、あそこまで綺麗だと逆に落ち着かないものだ。淡水魚と海水魚みたいな関係か。


 バリバリの都会っ子であった時は町も人も好く事が出来なかったが、ここは程よく不便と自由と人情がある。この落ち着いた雰囲気は何年経っても引っ越してきて良かったなぁと胸に日だまりを作ものだ。


 ただ難を言えば、斜めお向かいさんの家に空き巣がまた入ったとか、逆斜めお向かいさんの家で放火があっただとか、100メートル向こうの個人経営の小さなお店で強盗殺人があったりなんかしちゃったりなんてするのは少しいただけないなぁと感じる事がある。


「少しか!?こんな物騒な町で不満といえば微々たるものなのか!!」


 土まみれになって家の裏にある畑を耕す小学生がクワで遠距離ツッコミをいれてきた。昨今の少年ときたら髪がパツキンでピアスして携帯持ってるくせに、汗と太陽の下で農業に励んでいたりするんだから侮れない。その上、近所のお兄さんの1人言に勝手にツッコミをいれる暴虐武人ぶり。


「家の手伝いさせられてる横でうっとうしいんだよ、角の家のおっさん!」


 ここは僕の家の敷地内なんだから好きなだけ空を恋愁う想いのたけをぶちまけて良いと自分ルールによりなっている。ちなみに僕の名前は角の家のおっさんではなく、ハルサキである。ちなみに23歳、まだ青年の花盛り。


「聞いてねえよ」


 ところでそこな金髪土まみれ少年はこの町に不満があるとみえる。ここを気に入る僕としては一体何がそんなに不満なのか確認しておきたい。見るにそこが家の畑であるなら、ここらの地主の子供な1人と見受けたが?我がボロ屋敷と違い、大層贅沢な暮らしをしている事だろう。食卓のおかずは何品で、おかわりは何回まで可能か教えてみるがいい。哀れなぐらい羨ましがってやろう。


「一度の会話につっこむ場所は1つにしろ!贅沢な暮らしなんかしてねえよ!っていうか、おかわりなんて腹が膨れるまで無限に出来るに決まってんじゃん」


 衝撃!


 なんということだろう。この金髪少年は食べ物を作る仕事を手伝いながら、食べ物っちゅうのは沸いてでるもんですたい!と言わんばかりの返事を打ち返してくるではないか。都会にいた幼い頃に僕をパシリとして使いまくっていた社長令嬢達も、同じ本を自分用に1冊ずつ買ってもらったり食器も自分用をもっていたり、庭で野球が出来てしまう広さであっても自分はお嬢様ではないし贅沢もしていないと言い切っていた。僕の家は家計が赤字な際にはは茶碗半分飯におかずは家族みんなで皿一枚ちょろりだった。大人になった僕が給料を貰えるようになってからは、そんな心配も無くなったけど。


 そういえばお腹すいたな。


「そりゃ。朝から昼の4時までそこでボーッとしてたら腹もすくっつうの」


 ここにいた時間を知っているとは、金髪少年め、貴様何者だ。さてはお兄さんに憧れるストーカー小学生だな。


「登校の時にいて、下校の時もいて、手伝いの時にもいたら、こいつずっといるってピンとくるわ!!」


 ふむ。間で休憩時間をいれているのが常識と考える所を、そのままここにいたと考えた・・・まあ、小学生だしね。


「実際いただろうが」


 そんな、たわいない会話をしている中に突如、窓ガラスが割れて悲鳴が聞こえた。


 畑という広い空間は遠くの音も景色も良く見える。畑の向こう側にある家の窓、怒声も聞こえる。夕暮れ時に入る少し前は住宅街なんて静かな物で、大体の主婦もサラリーマンも店や会社だ。ちなみに今日の僕は休日を家で待機するという贅沢な過ごし方をしている。


 脅すような怒声以後、静まり返った方を見て少年が恐る恐るという感じで声をかけてきた。


「お、おい、おっさん。警察呼ばなくていいのか?やばくね?」


 うーん。


 やばくないか、やばいかと言えば明らかにやばいかなぁ。そこは聞くところでなく、素直に生意気にも持参している携帯で警察に連絡すべき。間違って117とか押すんじゃないぞ。なんか天気予報とか時報とかのはずだから。


「おっさんが呼べよ!大人だろ!?」


 ハルサキ、お兄さんだから聞こえない。


 しかも少年よ、さすがにご近所さんなんだから知っていると思うが僕には警察を呼ぶことが出来ないと分かっててそういう事を言うのは性悪だぞ。大人を虐めて何が楽しいんだい。それともあれかね、打ち震える僕の正義で警察へテレパシー的な何かを送れと?


「ちっ、俺知らねえし」


 畑仕事に戻ってしまった少年に少しがっかりする。世の中の無責任な正義感というのは、しょせん害が飛散して事故へ降りかかるのを恐れた偽善という行動なのだろう。いわく、ヒーローになるには大胆かつ後先考えずにやりきるぐらいの気概が必要だ。器用貧乏な方のハトコが言っていたな『後でモヤモヤするから見て見ぬふりっつうの嫌い、無理』とはいえ、僕はあいにく電話自体をする事が出来ないときた。


 それにあの家へ駆けつけ、玄関でおじゃまします、どうしましたかと尋ねる事すら出来ない。君が通訳をしてくれるなら別だけどね。


「関係ないね。つうか、さっきからゲーム弄りながら自分だって行く気ねえじゃんか!」


 指摘された手元にはポケットゲームかとよく問われるPPCがある。PPCとは何かって?ポケットパソコンの略だよ。メールもできるし、色んな機能もつけている。電話が出来ない僕にとってとてつもなく便利な逸品。確かにゲームもできなくはないけれど、今は少年をからかいながらずっとメールをしてたんだ。喋れない僕はテレパシーで警察は呼べないから。


「たのもう!!」


 別のものに通報した。


「こちらはアラタメカタである!返事がなければ事件と見なし突撃やむなしに限り、返答を要求する!!それにてお上の耳に届け出るかを判断する」


 窓の割れた家の方角、少し遠いんだがよく聞こえる、そっちから大声が響いたんだ。


「翻訳、えー、私どもは自警団であります。ガラス割れたり悲鳴が聞こえて事件性高いんで通報がきたんですが、返事がなかったら不法侵入しちゃいますよー?お手数なんですが玄関先までご足労願いませんか。なければ警察へ連絡をいれまぁす」


 刺々しい若い男の声の後に、真逆で気の抜けた少女の声が静閑さを突き破る。しばらく静けさが戻るものの耳をすましていると、次の瞬間に最初の威勢の良い男の声が耳をつんざいた。騒がしい音が響いて玄関から人がまばらに出てくる気配が増えてくる。


 そして・・・。


「確保ーーーー!!!」


「強盗さん、お縄頂戴しまーす」


「なんだ、てめえ!?離しやがれ、この」


 ポカーンとしたパツキン少年は突然の不可思議なやりとりに気をとられて、鍬を取り落としたのも気にせず彼方に耳を傾ける。サイレンが聞こえてきたのはそのしばらく後。次の日にはご近所の物騒な世間話にこの事件がしばらく加えられる事となるだろう。


 新たな話題を含めて。


 メールの返信が届いて、内容を確認してからPPCをポケットにしまう。










 ホットココアのパックのストローをくわえながら職場の食堂で同僚達の話に耳を傾けるところ、耳の早い女史が甲高い声でやっぱり噂をしていた。


「また出たってよ。改方」


「アラタメカタ?何よ、それ。っていうかさぁ、翼ノ草市で強盗事件だって。女の人刺されたってニュースやってたじゃん?やっぱ物騒だよね、あの町」


「だからぁ、その強盗なんだけど捕まえたのが改方らしいんだってば」


 ここ最近に発足した集団のことを言いたいらしい。その名だけなら時代劇で聞くところの放火魔や強盗を相手取って取り締まった組織だね。時代劇ミニ知識として言えば、町奉公がお役所さんだとしたら、その下で身近に取り締まりをやる武官が改方。裁く権利は持たない所から今風にしてみれば要は自警団というわけだ。


 事件や喧嘩に痴漢騒ぎなどほうぼうで首をつっこんでいて、近頃はそこそこ知名度も出てきた。法的な権限も何も無いが治安を守るという日本にしては珍しいかもね?な集団です。


「はぁ?警察いるじゃん。何それ」


 いやぁ、いるんだけどね。でも安心できる要素っていくらでもあって良いと思うんだ。例えば痴漢とか出ても見回りしてくれるポリさんなんて数が知れてるでしょ。現に翼ノ草市ってちゃんと警察がいるはずなのに物騒な町で定着してるじゃない?友人知人は僕が、今日こんな事件があったらしいって言うと翼ノ草には遊びに行かないって言っちゃうんだもんなぁ。


 そもそも警察は事件性の高い方にかかりきりで、程度の低いものにはとんと人事を割けないみたいですよー。


 困るんだよなぁ、年々と同級生達は別の町に出て行くし。


「それはあんたが結婚も一人暮らしもせず実家暮らしだからでしょ、葛城君」


「っていうかさぁ、会話に入ってこないで欲しいんだけど。言ってる側からナチュラルに相席するんじゃない」


 この間も意思を固めた所だけど、あの町が好きなので僕は実家を出て行くにしても町から出るのは嫌なので翼ノ草に住むよ。そうなると500mくらい離れたアパートやらマンション地帯に引っ越すことになるね。もしくは、家の裏にある畑を挟んだ向こうにあるマンション。


「家出る意味無いじゃん」


 こうるさい家族から離れて好きに出来る利点はあるけど、お金もったいないし、何より資源の無駄だよね。もっかい色々買い直すのが。


「話を戻して、その改方ってのはね!」


「葛城ってマザコン?いや、シスコンって聞いたことあるけど」


 はっはっは、オカンはこうるさいので普通の家族愛程度の仲ですよ。別に家族恋しさに家にいるわけじゃないっちゅうの。出て行く利点が欠点より低いってだけで。別に家族に知られて困るやましい生活してないし。


「改方はね?」


 にっこり笑う女史は、笹原さんと僕の頭を握りつぶす気のようだ。このこめかみに食い込む握力はいかほどか是非とも知りたい。頭ではなく計測器で頼みたい。


「あいたたたたた!」


「私も翼ノ草に家があるから知ってるんだけど、小学生狙った痴漢騒ぎの時に腕章つけて見回りや各所に見張りがいたりしてね、痴漢騒ぎをピタリと止めちゃったりしたんだよ」


 道の至る所に改め方と文字を記す腕章をつけた人間の闊歩。痴漢は捕まらなかったけど、小学生もろもろの安全はがっちり守護された。あれで一気に知名度があがったらしい噂を聞いた。町に定着してくれれば治安もその内あがってくるだろう。女子供の暮らしやすい町は昔から平和とよく言うし。


「年齢は様々で明らかに十代の子とか爺さんまでいたんだけど。地元の住人だからこそ、その場でおきた犯罪には機動性が発揮されるわけ」


「ふーん、中本さん詳しいんだね」


「地元の話だからねえ」


 誇らしげにする様は情報通という女の必須スキルを発揮しきった満足感か。話が続きそうだが、ココアも飲み終わったところで昼休みも終わりだし仕事に戻らねば。メールもなんかいっぱいきてたし、ちょいちょい返さないと小言が凄いからねぇ。


 さて、サービス残業せんですむようちゃちゃっと仕事してチンで帰るよー。










 スクーターで帰宅中だ。今日も仕事で惨敗し、結局のところ残業するはめになってしまった。やはりどう時間をまいても業務が時間内に終わらない。というか、誰1人として終わらないのに1日分の仕事ですって出すのはどうなのか。残業代を出さない会社は姑息だと思うわけだ。


 で、ぶっちゃけどうよ。僕が悪いのか?仕事が遅いって言いたいのか。


「知らねえよ!むしろこの状況を見て、なんでおっさんの虚しい仕事の話なんか聞かなきゃいけねえんだよ!?」


「何1人で喚いてんだ、井坂」


「なんだぁ、このおっさん」


 ん、この状況を見て何か思えとばかりの金髪少年の訴えを受け入れ、しばし考察してみようじゃないか。複数の中学生っぽい太い少年らに囲まれてる細い君は胸ぐらをつかまれて殴られた痕っぽいものがある。あ、この場合の太いはぽっちゃりって意味でなく大きいって意味ね。そういう表現もあるから。これテスト出るから。


「どうでもエエ!!」


「なんだ、こいつ。手話?」


 手元で操る僕の手の動きに意味を見いだしたらしき中学生らが怪訝そうにこっちを見る。


 そう、手話。


 ただし誰にでも通じるなんざ思ってませんとも。普通は子供にゃ通じないって知ってますとも。あそこの金髪少年が僕の手話にツッコミをいれてくる昨今の日常がずれているんですとも。


 葛城春先、僕は声を持たない障害者。生まれつき声帯が無い奇形で、声を出すことはできない。手話というのは世界共通でもなければ、勉強した極一部の人間にしか通じない。人間関係で大事なコミュニケーション要素の1つを僕は最初から失ったハンデを持っていた。お陰で青春時代は悩んだ時期もあったんだけど、今では立派に仕事にも就いている。


 ということで僕は腰から下げてるケツんとこのザックから棒を寄せて目の前に木製板を向ける。中学生プラス小学生がそれに目を向け、小学生が音読する。


「『暴力だめ イジメかっこわるい』って、どこの標語看板盗んできたーーー!?」


 心に響かなかったようだ。むしろ小学生の方のツッコミ魂に火をつけてしまったようだ。別のをザックから出す。


「『私は口がきけません』」


 最初に取り出した板をクルリと回して裏を見せる。


「『止めなければ鉄拳制裁だ』いくら出てくるんだ、というかおっさん、これ全部手作りかよ!?」


 僕のような障害者には筆談というのがコミュニケーションの代用として使われやすいが、やはりスピーディに万人へ物を伝えたいならよく使う言葉は元から書いてるのが便利でいいよね。言葉のレパトリーが持ち運べるだけになるのが唯一の欠点だけど。他の手段としてメールとか、PPCで文字を打って画面を見せるって方法もある。これらも筆談の一種だろうが方法は多いにこしたことはない。後はその文字を音声ソフトで音読させるっていう方法もあったりする。とかく看板は便利で良い。ウケるし。


 まあ、口の動きを読んでくれる人が一番楽でいいんだけど。


「なんだ、こいつ障害者かよ」


「引っ込んでろよ、口無し野郎」


 いかんな、差別ですか。


 文字盤をザックに戻して油断している中学生らの首根っこを掴んで持ち上げる。30cm差のあるものだから宙に浮かすことも容易いぞ。


「わ!」


「離せよ、子供に暴力ふるってみろよ!改方に訴えてやる!!」


 躾でいちいち改方に出てこられてもなあ。どうやら改方は子供にも浸透してきているらしい。本当に虐待や暴力の線もあるから出てこざるおえないだろうけど、子供の立場を利用した小賢しさが気にくわない。やはり鉄拳制裁してやろうか。


 足払いをして拳に息を吐きかけて脅かしてたら、間の悪いことに住宅地内でスピード出し過ぎな車が後ろから迫ってきた。


 危ないので中学生らと小学生を腕で巻き込んで脇道に逃がした。のに、車はそこで急停車したかと思うと厳ついおっさんが小学生の腕をとっつかまえて手慣れた手つきで車の中に引きずり込んだ。と思う間に中学生2人も車内に押し込まれ、僕だけが蹴倒される。


「なんだ!?誰?」


「何すんだよ、おっさん!!」


 蹴り倒した後に更に俺の上に何か紙束を叩き付けて車内に急ぎ戻ろうとするおっさん。いくら温厚な僕でもやはり鉄拳制裁を誓うぐらいの厚かましい去り方だ。許せん。


 僕は紙束をザックに放り込んで、ケツを向けた男に蹴り込んで小学生中学生もろとも車の後ろに圧縮収納してやる。その途端に車が急発進する。ドアも開いた状態で僕はといえば片足突っ込んだだけなので危うく扉に挟まれかけながらも車にしがみつけた。僕でなければ狭い道だもんで引きずられた上に体の一部を持って行かれるところだぞ。


 まったく何をするのか!


「お前が何してんだーーー!?」


 中学生2人分、厳つい男1人、僕1人に押し潰される小学生が苦しさより勝ったらしい怒りのツッコミを放つ。本来は大人2人が法律で定められている後部座席での出来事だ。むさ苦しいこと。


「なんで男まで連れてきてんだ!早く放り出せ!?」


 運転席と助手席の男達が騒ぐが、どう考えても一端停止して外から助けていただかないと身動きが取れない状態である。小学生が圧死する前にこの冗談を止めてくれないとザックにいれた木製の看板がケツに刺さって痛い所だ。


「仕方ない、表明文は後日政府に送れば良い。男はいざという時の見せしめだ。このまま行くぞ」


 この車内にいるのは全て男であるわけだが、本当にむさ苦しいな、君の言う見せしめ役の男はつまるところ僕だと受け取って良かろうか。表明文とはどこのテロリストかね。ここは日本ですよ。子供をどうのこうのっていう犯罪は一番受けが悪い悪役のしどころ。映画なんかだと、大人だけが死んで子供は助かるわけだから今の状況で死ぬのはあんたらと僕だけ。


 って、僕も死ぬのかよ。


 齢23歳にして命の危うい事件に巻き込まれるとは、なんたる悲劇。会社に休暇届も出して無いのに、そもそも会社のパソコンにエッチなHPのサイトを登録しっぱなしなので、このまま死ぬと不味いことに。


「お前ほんと黙れ!!」


 こんな圧迫状態でも僕の手話を見極めるとは頑張るな、少年。むしろどこから見ているのか、顔がおかしな方向に曲がっていて自分の手元も見えない僕には見当もつかない。とにかくおかしなことになった。










 工場街には人気が無い。倒産したまま放置状態の場所なんてとてつもなく静かで、犯罪があっても気づかれにくいだろう。ここらは人目の無さから子供は立ち入り禁止と親から厳しく申しつけられているぐらいには警戒されている。特にどんな事件があったってわけでもないけど、そんなわけでちょっとした無法地帯なわけだな。


 人といえば車で通りかかるぐらいで、それも頻繁ってわけでもない。ましてや僕らがいるのは工場内の狭い一室だ。なんだか戦隊物で敵がやっつけられるために用意された舞台かのように、無関係な人間が現れる可能性は絶望的だよね。戦隊といえば昔は僕も毎週日曜日にワクワクと特撮を観ていたわけだが、最近は気が向いた時に深夜放送系の特撮を観るくらいだ。


「何言ってるかさっっっっぱり分からないから。なんでお前まで捕まってるんだよ、おっさん」


「大人のくせに、あいつらボコれよ」


「役立たず」


 腕も足もガムテープで結ばれて壁にはっつけられてる僕は手話も出来なきゃ看板で意思を伝える事も出来ないのでツッコミはとても一方的だ。まあ、いくらなんでも口の動きまで読めたら貴様何者だ、って感じなんだけど、こっちが反論出来ないのを良いことに言いつのるガキ共に鉄拳制裁出来ないのが心残りだ。


 さっきの連中は扉の外に1人いるっぽい。


 携帯電話を少年らは奪われ、僕もあるはずだとばかりに全身ま探られたけど見つからないとみるや諦めて出て行ってしまった。


「テロリストなんてドラマみたいなの余所でやれってんだよ。なんで翼ノ草みたいな田舎でやってんだよ」


「それもそうだけど、携帯持ってない大人なんて信じらんねぇ。ホントはどっかに隠してんだろ」


 中学生達が何か期待した目を向けてくるが、ふむ。


 実は確かに持っている。


 通常と外見が違うために、なんだDSかよ。って捨ておかれた地面に転がるその四角いアレ。ポケットパソコン、略してPPC。またの名を携帯電話と呼べなくもない。ただし電話として使った事はただの一度も無いけど。なにせ、僕は声帯がない奇形障害者だから。


 メールをすれば助けを呼べなくも無いが、問題はガムテープで壁に固定された悲しき我が身なわけ。奪われなかったとはいえ、触れなければ取らぬ狸の皮算用。


 まあ、待つしかないね。


 青い小さな窓からお天道様を見ると目を細めたくなるぐらい脳天気だった。




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