改方 2





 GPS機能って便利だよね。


 電話で喋れない僕の居場所をとっとと知りたい。メールじゃ待てない。と言う短気なのが僕のPPSにこの機能を取り付けたのが2ヶ月前。お陰で雲隠れも出来ないのが欠点なんだけど、よもやこんな所で活躍するとはね。まあ、結構な頻度で居場所を探られるからそろそろかなとは思っていた。仕事が終わってから連絡するようにも言われていたからね。


「おい、DSがなんか鳴ってんぞ」


「っていうか、このDSおかしくね?」


 小さな音がしばらく鳴って、軽くメールがはいった音がする。鳴り続けるのは好まないから短い合図。外の見張りが怪しんで覗きこんできたが何も変化を残さない部屋に気のせいと戻っていく。人質とは本来顔を突き合わせて見張っているのが安全策だ。ただし人質はもちろん犯人もそれは神経をすり減らす状況だ。彼はそこまで厚顔ではないのか犯罪知識に乏しいのかもしれない。僕はといえば相手の神経やストレスをコントロールする術は心得ているので顔を突き合わせていたら神経をそれはゾリゾリとこそぎ取るっていうのも一興だったんだけどね。まあ、少年がいることだしそんな緊迫した過酷条件は、僕も望むところではない。


 静かな空間で少年らが不用意に声をあげないようソッとガムテープの張り付いた腕を静かに広げて腕をあげる。驚いた顔はしたが少年らは黙って僕がテープを取り外すのを凝視してきた。


 テープを地面に落して外した関節をガちんガちんはめ直した。よもや大婆ちゃんに折檻された時に縛りあげられていた時に身につけた縄抜けがこんな時に役立とうとは!ガムテープだから時間がかかってしまったけれど。


「どんな特技だよ!!」


 小さな声でさっそくツッコミをいれてくる小学生はマイナーな手話まで本当によく知っているんだね。


「そんなことはいいから、おい、早く俺らのもはずせよ!」


 ニッコリ笑顔だけ返して僕は先にDSならぬPPSを拾い上げてロックをはずし機動させる。居場所の不自然さに気づいてさっそくメールが入っているらしい。話が早い。手早く現状をメールにしたためてPPSを小学生の胸元に落とし入れる。


「は?な、何してんだよ」


 静かにしな。口元に指をやれば中学生にも分かるだろう。このまま助けを待つと、もしかしたら仲間が帰ってくるとも増えるとも限らない。そうなると困るわけだ。


「だ、だったら余計に急がないと」


 素早く扉の近くに寄るのと扉が開いて男が入ってくるのは同時かな。声をあげそうになった男を部屋に引きずり込んで口をねじる勢いで押さえながら背中の心臓辺りを強打する。クラクラと足踏みを踏んでいる所にもう一度頭を強打すると膝をついてグッタリと気絶した。ゆっくりと男を横に倒してからもう一度少年らに忠告の意をこめて口元に指を1本あてた。


 静かにしているように、ね。


 喉をならして緊張した3人が確認できた。


 さて、どうしようかな。このぐらいの年齢の子って特にだけど、理屈や忠告通りに動くものじゃない。いっそ全て終わるまで犯人の目につかない場所でいないものとして隠れきってくれているのが望ましい。


 僕らを縛っていたようにガムテープで男を縛りながら、頭の中で組み立てた檻が部屋の中にある物で出来上がるものかシュミレーションしていく。頭や顔まで貼り付けて使いきったガムテープ男を人気のない廊下に放り出して扉を再び閉め切る。なかなか丈夫な扉だ。工場の中でおそらく一番人を閉じ込めるのに向いていたに違いないね。


 扉の鍵を閉める。


「は?」


 中学生が声を漏らしたが、これで終わりでもない。捨て置かれた鉄板を力任せに折り曲げて取っ手に回す。他の鉄板も同じようにして、別の鉄板と折り重ねてネジりあげて扉のカンヌキ代わりに仕立て上げていく。後は補強に扉の隙間に薄いめの鉄板を無理やり詰め込んで部屋に残っている鉄板をグシャグシャニ曲げてしまえばそう簡単に扉が開かないという状態になった。唖然とした少年らに安心させるために拳を握って親指をたてるとプルプルと首を振って怒鳴り返された。


「逃げ道を自分でふさいでどうすんだーーーー!!?」


 大丈夫。ドリルでもなんでも使えばレスキュー出来るよ。後は助けが来る前に犯人の方がドリルを持ってこないよう時間を稼ぐくらいかな。


「なんて言ってんだよ、この馬鹿大人!井坂、通訳!」


「助けが来るまで籠城しようぜだとよ!!このボンクラは!!」


「そんなのテロリストの方が先に来るに決まってんだろ?こっちは通報も何もしてないだぞ」


 ちゃんと連絡はしたよ。


 小学生の懐を指差せば、小学生だけが気付いたように胸に手を当てる。それがゲーム機でないことぐらいはご近所でよく見かけている君なら知っているもんね。


 僕は工場の小窓に近寄る。窓は僕でもかろうじて外に出られる大きさだ。ただ、人を閉じ込めるのに適しているからには、やっぱり。下の現場が見下ろせる。ここは工場の天井についているクレーンの操作室だ。元はあったんだろう機械のコード類だけが残って他は廃棄されたのか残っていないけれど、外のクレーンと縄だけはぶら下がっている。よく下の階が見渡せる。工場の天井は高い。実質の高さは3階分くらいあるんじゃないかな。


 窓を肘で3度打って割る。錆びついた小窓の破片を服の裾で奇麗に下に落して外に身を乗り出す。片腕で体の重みを支えながら壁に足を立てて無理やり体を支える。古いクレーンは人がぶらさがるようには出来ていない。不親切に遠くにブラリとしているが、地面まで落ち切っていて天井と1階まで通じている。良い梯子代わりになりそうだ。


「おい、おい、ちょ、このテープはずしていけよ!」


 拘束されている方がいざ部屋に入られた時にも攻撃は受けにくいよ。自由な方が色々と便利ではあるけれど、そこから逃げようとされるのは困る。3人も守りながらテロリストの相手は辛いからね。


 壁を蹴ってクレーンの鎖に向かって跳ぶ。


 弧をかいて体が落下して、1階分か体が落ちたところでチェーンに触れる。太いそれを引き寄せて両手に絡ませて派手なガラガラガラという音が工場内に大反響する。もう1階分くらい落ちて、およそ人間1人分くらいの高さで落下が止まった。高さを見て、緩やかに地面まで自分の意思で滑り落ちて着地した。


 鎖が揺れて名残らせた音を広げていく。


 静まり返った工場で、先行はもちろん取りに行く。


 まずはあの部屋の入口に放置してきた彼を回収しよう。あそこ辺りで張れば部屋に侵入する人間には全て・・・。


「止まれ!」


 何か素早く風を切るものが近くを過ぎた。テレビでよく聞く武器の鳴り。


 警告を聞き流して床を滑りこみ機械テーブルの下へスライディングをかけた。ガチンと弾が金属に当たる音が向こう側から聞こえた。隙間のない場所まで身を屈めて逃げ隠れる。途中に大きいめの錆びたペンチ発見して走り際でかっさらう。用途通りの活躍は望めそうにないが、銃に対抗する軽装備にはなるだろうからね。


「大人しくしていればいいものを、自ら死に急ぐなんてな。国を正すための戦いで一人の犠牲なんぞ俺は迷わんぞ。最近の若者ときたらゲーム感覚で、適当に勝てるとでも思っていたか?」


 少し高ぶっている10m程度の距離にいる男と、また左前方の方角から人の気配がポツポツと3つ生まれた。


 身を機械棚スレスレの高さで隠しながら新しく出現した男らの真ん中の後ろに滑りこむ。驚いた顔と捻りきれない体の向こうで銃口がまだきていない。背に体を添わすようにピタリと貼りついて銃を持つ腕に僕の腕を絡ませる。彼の腕の内側に。


 距離を開こうと腕を外に振り回したその勢いをもらおう。そのまま機械に僕の腕ごとプレスして叩きつけた。痛そうな鈍い音だ。


 両側の男と、最初の男がこっちに銃を向けた。内、2人は僕を挟んで向き合っているせいで銃口が自分に向いてるのに気づいて戸惑い動きを鈍らせた。が、正面に捕まえている人の頭を鷲掴みに地面に叩きつけながら再び身を隠した。銃弾が壁に穴を作る。最初の彼がためらいなく撃ってきたんだ。ある程度予測していたが本当に頭狙ってきたね。なかなか非常識で切れてる。銃撃戦なんてやられようものなら死ぬかもしれない。僕はだいぶ我慢強い方だとは思うけど銃創はさすがに痛いし、蜂の巣は相当辛かろう。


 ヒンヤリ背中から熱が逃げて、ゾワゾワと産毛が立つ気配がする。


 地面にグッタリと動かなくなった男を置いて始めに襲ってきた男に向かって駆ける。先に片づけた方がよさそうだ。


 身を屈めて地面を足で走るのも不便で、両腕で棚を捕まえ床について動物の走りを借りる。


「どこだ!?」


 焦った声が近くなり、後ろ姿をとらえた。斜めから背の心臓辺りを殴打した瞬間に腕を引く。その場で体が揺れて3人目が崩れ落ちた。そこに悲鳴をあげた残り2人が銃を乱射する。後、2人。


「なんだ!何者なんだ、おい一般人を攫ったんじゃなかったのか!?」


「まさか政府の特殊」


 体を安全地帯に隠しながら、銃を持つ手を捕まえて出会った顔に笑みを返す。そのまま銃口をよそに向けたまま顔面を蹴りあげた。


「うわあああああああ!!?」


 残り1人。


 恐慌状態になり銃を乱射して蹴りあげた足にかする。危なかった、蹴り上げた男に当たる間際に引きずり下ろして、ちょっと血の気が引く。仲間まで殺す気か、まったくもう。


 カチ、カチと弾切れを知らせる音が響く。混乱した男は自分の銃と僕を見比べる。


「あれ!?あれ!!?」


 音は既に6つ鳴ったんだ。


 機械棚に飛び上がって高い目の場所に昇る。これで一番遠くにいる犯人さんがよく見える。


「待ってくれ!」


 ガシャンと鎖が激しく鳴り響き機械音が軋轢音を鳴らしながら動き出す音がした。そちらに気をとられたけどひとまずラストだと思っていた彼に向って機械棚の上を跳んで勢いを金属の箱で蹴りとめる。真下に見下ろした男が真っ青で身を低めて顔を歪めた。


「俺達が誇れる日本を作るためには、正義のために俺達は!!」


 肩と首のつけ根を踵でちょっとキツく地面に叩き落とせば、白目を剥いてダウンした。僕は鎖を鳴らしながら上に登って行く人を見上げる。思ったよりも早くに目覚めたね。容赦したつもりはなかったんだけど最初に僕を撃った男が僕の滑り降りたクレーンに乗っていた。電気の供給なんて無いと思っていたけど、クレーンのリモコンを持って、男は銃を片手に少年らのいる窓に向かっている。


 しまったなんてもんじゃない。2階へ行くにしても扉は開かないようにガッチリ歪めてしまった。そう、こういう事態を防ぐためだったんだけど!


 走った。


「うわあああああ!!?」


 窓に足をかける男に少年の悲鳴があがる。工場内を走る丸いパイプに跳び乗って甲高い音を立てながら走る。床から遠くなって、パイプが壁に消える手前で少し遠めのパイプに跳び移り、今度はすぐにもっと先に、跳んで、止まったクレーンに飛び移る。大きく横に揺れるクレーンからもすぐに跳んで、僕の目に少年を壁から引き寄せて銃を当てようとしている男が映った。


 窓に腰をぶつけながら床に転がりこんだ僕に男は顔を歪めて少年に銃を突きつけた。


「政府の犬め、ただで俺は死んだりしないぞ!!」


「や、やめっ」


 銃声が響き渡った。


 鼓膜が破れたのかと思うくらい静かな空間で、血は、流れた。


 小学生の顔の皮5mmだろうか?


 男が叫んだ時にも銃を突き付けた瞬間にも止まらず、僕は勢いのまま銃を持つ手と小学生の体を互い違いに絡み取った。寸での差で弾は壁に当たっていた。さすがに肝が冷えたよ。男の腹を膝で蹴ると呻き声をあげて彼は倒れる。悔しそうに、でも諦めていないという表情で。


 工場の入口で新手の声が聞こえた。


「御用改めである!少年の拉致、テロ行為の通報があった。これにより粛清する!!」


「高山君、普通に言わないとテロリストさんも意味不だよ。今回は冗談抜きで人命かかってるんだから。それに挑発して防護固められたらどうすんの」


「犯人見つけないと警察が動いてくれないんだから、仕方ないだろ!それにもうすぐ増援が」


 改方が続々と現れて、扉がこじ開けられたのはおよそ20分後だった。










 少年らが保護されて、犯人を縛りあげた後に警察へ通報が再度行われた。遠くにいる改方からの情報網によると、警察は他に銀行強盗の相手をしていたらしく悪戯だと早々に切り捨てられたらしい。治安が悪いこの町はどうにも警察は忙しく、こうやってときたま警察が通報を聞いてくれないことがあるのが困りものだよね。何度かの経験に基づく判断であったにせよ、ことは人命に及ぶ。


 だからこそ出来あがった改方でもあるけれど。


 集まった改め方が周りを見回りして拳銃の管理や、少年らの心のケアに勤しんでいる中、僕は僕でテロリストの人達の前に立っていた。見張りは数人いるけど、彼らの前に僕は座って、睨んだり青くなっている彼らに笑いかけた。


 さて、どうやって僕の言葉を伝えよう。


 手作りの文字盤に適したものはないし、残念なことに筆談道具が手元にない。PPSも小学生の懐の中にいれっぱなしだった。困ったなぁ、と思っている所に当の小学生が視界に入る。おお、PPSを返してもらって音声機能を使うのもいいけど、僕は良いことを思いついて両手を動かした。


 奇妙な顔をした周りの中で、少年の声がためらいがちに動く。


「国を救いたいという君達なりの行動力は素晴らしいと思う。だけど1つだけ同意できなかったのが暴力に訴えたことだ」


 少年を見て、それが僕の手の動きによる手話の通訳であることに気づき再び周りの目が僕にソロリと戻った。


「僕は世の中が少しでも良くなれば良いと思っている、きっと根本は君達と同じ者だ」


「この国はもう腐りきっている。いや、この星の全ての未来が闇に閉ざされているんだ。盤上を引っ繰り返さねば何も変わらない。中途半端な説教など聞く気はないっ!」


「無理やり聞かせちゃうんだけどね、って・・・おっさん、そんな刺激するようなことを」


 少年は怯えて引くが、いけないね。いったん引き受けたことは最後まで。面倒見の良い方のハトコが言ってたさ『どうせやることになるんだから、抵抗するだけ疲れるんだよ』と。


「くそ」


 僕は見ての通り障害を持っている。いや、分かっていないだろうから詳しく紹介しておくと、生まれた時から喋ることが出来ない体でね。それで色々と腹の立つことも多かったけど、この町がとても好きなんだ。だからこの国を良くしていこうとするなら、僕は君と仲間でいたいんだよ。


「敵対しておいてっ」


 大事なものが傷つけられれば戦うよ。


 君達だって大事なもののために動き始めたんだろう?僕は君達のことを何も知らない。だけど、まだこの国をよくしようって気があるんだったらさ、また僕に会いに来てよ。出来るだけ良い国になるように、お互いが誇れるやり方で、一緒に手を組みたい。その方がきっともっと大きな力になって未来に残っていくって確信できるからさ。想いが強い貴方達と一緒に戦いたい。誰にも罪なんて呼ばれないやり方で。


「サイレンの音が・・・」


「償いが終わるまで待ってるから、前向きに検討してくれる?」


 表情を堅くした彼らを前に、笑顔で締めくくっておく。少年は勢いよく開かれた扉の方を見て、警察を迎えた。


 邪魔になるだろうから僕は立ち上がって少年の方に行こうかと歩き出そうとした時に、後ろからあの男が声をかけてきた。


「言ってない。結局、お前は何者なのか最後に聞かせておけ」


 何者って・・・。


 苦笑するでしょうが。何者だって言われて、普通はなになにですって名前以外に言える人いないって。いち会社員ですとか?でもまあ、納得してくれそうにないから、じゃあこれでどうだろう。


 少年、もっかい通訳してくれる?


「さっさと言えよ」


 警察に捕縛され直した彼らに向かってかっこつけてみる。


「改方っていうこの町の自警団、裏方担当の葛城春先です。よろしく」


 そういうことで、了解?










 とっとと姿を消した後は、表の方の改方が処理してくれたわけだけど、銃やテロ行為っていうのもあって事情聴取があった。少年らも受けたようだが大興奮でほとんど話が分からなかったらしい。それから僕が乱闘したっていうのを聞いておまわりさんには感心されたり叱られたりと耳が痛かった。でも何事もなかったっていう結果論ではあるものの、なんやかんやで表彰されることになったらしい。


 金髪小学生がラジオを鳴らしながら畑で鍬をふるう。


 ラジオの内容は改方の副長官、舞坂亨が代表で警察の表彰を受けてコメントをしているとこだ。


「なんで活躍してねえやつが表彰されてるわけ?おっさん見せどころ奪われたな」


 裏方だから元から目立つとこには立たないのさ。それに休日を潰してああやってお勤めしているんだから感謝こそすれ、文句たれるなんて滅相もないというものさ。こうやって空を眺めていられるのも全て彼女のお陰なんだよ。人に注目の視線を当てられるのはどうも昔から苦手でさぁ。


「あんなに凄ぇ運動神経あんのに裏方してるなんて勿体なくね?山内と原西、自分達も改方になるとかおっさんのこととか喋りまくってたぜ」


 あの中学生達か。良いことだ、町を守ろうと思う少年らが増えれば治安もあがるだろうしね、うんうん。


 なんだ少年、溜息なんかついて。悩みなら拾った動物をどうしようとか以外なら相談にのるけど。うん、犬や猫の里親探しだけはもう宛が無いからね、いくら僕でも限界だから。


 畑の向こうの方からサイレンの音が今日も響く。どこか遠くで鳥が鳴くような日常的な雑音。


 少年がもう一度溜息をついた。


 確かにもっと良い音で溢れてもいいかもね。


 ラジオが内容を変えてクラシックが響かせて、さて、今日は何をしようかな?




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