改方 3




 我が家の裏庭支配者、お化けアロエを片手間に採取しながらドブ水路に足を下ろして新聞を読んでいる。もう日が暮れようとしているがまだ見えなくもない明るさだ。テレビ欄から4コマ、3面、2面と後ろから読みをする僕は気になる1面にまだ辿り着けていない。意地でも読み切ろうかと思う。


 それにしても3面のニュースも怖いものだ。ホームレスの皆さんが寝ている所を襲う火付け事件、帰宅中のサラリーマンに殴りかかるいわゆるオヤジ狩り、公園の砂場に混ぜられた子供を狙う注射針混入。恐ろしいにも程がある。


 今時はと言っても、昔からあることだ。こうして新聞で情報が全国発信されやすくなって事件が周知されだしたというだけ。


 ただ、この町に限っては身近に物騒になってきたわねーと言わざる負えない。小学校への不審者襲撃事件にテロリストの誘拐銃撃事件、今の流行りと言えば格闘ゲームに頭が犯された若者のカツアゲ人狩り事件かな。格闘がしたいなら良い道場紹介してあげるのにねぇ?どうせなら道場破りでもはやって格闘マンガの如く熱い話題でも沸騰すればいいのに。いっそ僕が始めて流行らせるべきだろうか。


「それ十分迷惑だろうが!!」


 手元も見ずに苗を植えつつツッコミを入れるとはお行儀の悪い。家の手伝いをするか僕にツッコミを入れるかどっちかにしなさい。


「どこの国の礼儀作法だ、ソレ!?つうか仕事から一直線に帰って来てドブ川で一服ってどんだけ寂しい大人だよ。オヤジでも業者のおっさん達と飲みに行くっての」


 大人と見ればすぐに飲みに行くものだと思っているな。僕はあいにく割と忙しいから、心の洗濯をしつつ情報集めに勤しんで、これから依頼をこなさないといけないんだ。仕事の後は忙しーんだぞ。


「依頼?あ、もしかして改方の仕事か」


 なんだい。改方小学生部門の受け付けは翼ノ草北小学校の前にある文房具屋の光江さんだよ。


「入会するなんて言ってねえよ!つうか、小学生部門とかいうのも気になるけど、おっさん裏方つって何やってんだよ。ニュースとか見てもそれ余所の町のことだし、意味なくね?まあ、この町のこともたまに載ったりするけどな」


 やっぱり時勢の話題も知らないと色々と困るだろう。む、老人ホームの全焼事件。消火体制と燃えやすい地帯の整備と注意喚起についても整えないといけないな。議題提出してみよう。


 PPSではなく傍らからモバイルパソコンを取り出す。悲しきことにこの間、PPSはご臨終してしまった。モバイルパソコンだと少々前より大きくて不便だけど能力はアップ。使いやすいのかにくいのか、悲しいやら嬉しいやら。連絡手段には少し厳しいので結局は携帯も持たされてしまったんだけどね。


「普通の携帯だったら前みたいにDSに擬態できえねえじゃん」


 あんなことは早々ないし、擬態するために持ってたんじゃないから。


「あ、サイレン」


 遠くからパトカーの音が響いてくる。ついでに人が訪ねてきた声がする。


「ハールーサーキーくーん。あっそびましょー」


「いくつの友達だー!?」


 誰彼かまわずツッコミをいれる心を忘れない子だよね、少年。ちなみにあれは26歳の立派な大人の声だな。仕事が来たから僕は行くけど家のお手伝いはしっかりするんだよ。


 バックに少年の喚き声を聞きながら表の玄関に向かう。










 若干いつもより閑散とした職員食堂でガーゼと包帯をした人間が見受けられる。


「入院している人もいるけど、警察も見回り増やして欲しいよね」


「ほら、バラバラ殺人事件とかあったじゃん。ジョイマップの地下駐車場で。あれの捜査で人数さかれてるんだってさ」


「爆弾を仕掛けたっていう悪戯電話が酷いって聞いたよ。この間も高校で授業が無くなったって子供が喜んでたわ。まったく、子供は気楽なんだから。本当だったらって思ったらねぇ」


 ちょっと離れたところでホットココアをすすりながら、中本女史に近づいて行って肩をつつく。


「何よ。は?人狩り被害で怪我したのは誰かって。お見舞いでも行くつもり?部署違うから知りあいじゃないでしょ。っていうか何で葛城はいつも私に聞くのよ。ま、確かに私ほどの情報ツウはここにはいないだろうけど」


 それもあるけど手話が出来る人ってそうそういないからね。僕と会話通じる人は工場で中本さんと笹原さんと人事部の柿村さんくらいだし。


「まあいいわ。えーっと確か」


 ズラリと並ぶ被害者の数。さすがニュースになるだけはいる。本来なら完全に警察の仕事だけれど・・・。


「被害届は警察にも改方にも出されているわ。翼ノ草市からもはみ出てかなり広範囲で暴れているみたいだけどバイクでいける程度の範囲ね。供述から15歳から20歳前後。人数もまともにしぼれていないみたいだけど複数ではあるみたいよ。おおよそターゲットにされているのはサラリーマン風の男ね。女性被害は無いにしても、その内に婦女暴行、なんてエスカレートしてもおかしくないんじゃないかしら」


 改方による市内見回りは数を増やしているけれど、こっちにある地の利があっちの非行少年にもある。それに、冷静に逃げきっていることから考えてもゲーム感覚でこっちの動きを見ながら上から指示を出している人間もいそうだな。


 どうして翼ノ草ってこういう犯罪が後を絶たないかなぁ。


「人間の質が悪いんじゃない?私も住んでてなんだけど」


 そんなこともないと思うんだけどねぇ、僕は。










 夜のコンビニで僕の隣でふと立ち止まる気配に目をやると裏の畑の金髪小学生がいた。


「なんでいんだよ」


 見周りに決まってるでしょう。


「その手にしたエロ雑誌を置いてから言え?」


 まあそう言うものでもないぞ。エロ本を定期的に貰いに来る方のハトコが言っていたな、エロこそが世界を元気にする最高のエナジーエネルギーだ、とか。


「そのハトコと共に滅びろ」


 プラトニックで凝り固まっても人生つまらないよ、少年。それにしてもこんな夜に少年がコンビニだなんて物騒だな。なんだ、塾でもサボってきたか。


「見てわかれよ、晩飯買いにきたに決まってんだろ」


 手にした弁当を持ち上げてみせる。はて、1人分。少年の家はうちの裏の畑を持ってる地主なわけだが、ご飯を作ってくれるおばさんいたよね、おじさんも働きに出ているわけでもないし。さあ、コンビニ族ではなかったはずの少年が何故、危険度が比較的高い中を外出しているのかな。近所で見かける限り跳びぬけた放任主義でもなかったと思うけど。


 おじさんが出かけている時に人狩りにあった?


「!?」


 おばさんは一緒に病院へ付添い。特に何も言われていない食事を自分で買いにきた。行きも怖いが帰りも怖い。とりあえず近所の知り合いがいたから話しかけた?で冒頭の挨拶かな。


「み、見てきたみたいに」


 雑誌を棚に片付ける。


 それにしても可哀想な小さい弁当を掴んで。育ち盛りがこれはいかがなものか。お金置いていってくれなかったから小遣いで買える分がそれだったとかかな。仕方ない、お兄さんは優しいのでエビぷりサラダとチーズスープくらい買ってあげよう。


「知らないおじさんに物を貰ってはいけないと母に言われているので」


 近所のお兄さんだ。一つも当たってないな、少年。栄養も必要なことだし、気を使わせてもいけないのでおばさん達には内緒でいいから食べておきなさい。返さんでいいから。お腹減って寝れませんよ。空腹で目覚めるのはかなり切ないぞ。それともうちに帰ったら何か作って持って行ってあげようか?うちで食べてもいいけれど親御さんに承諾を得ていないと昨今は近所といえど心配されるだろうし。


「いらねえよ。おっさん料理できんのかよ」


 絶賛もの。


「信用できねー。改方っつうのは大変だねぇ、偽善ふりまかなきゃいけなくて」


 レジに向かって少年は離れていく。気難しいのがこの年頃かな。さて、食料はあって損もなし、いくつか少年に持たせるとしよう。商品棚を回避して食品の方に向って腰を屈めた。


 多分、僕の姿が隠れてコンビニ内には店員と少年しかいないように見えたのかもしれない。


 少年の悲鳴があがった。


「大人しく金を寄こせ!このガキ、マジぶっ殺すぞ!!」


 見周りの甲斐があって溜息が出た。腰を屈めたまま身を隠して棚の影を移動する。レジのところでナイフを突き付ける30後半の無職発見。嘘、無職は勝手な脳内ニュースの嘘速報。周りを警戒しながらナイフを少年に押し当てて、当て過ぎて刃が少年の顔面に切れ目をいれている。あれは痛い。


「おい、助けろよ、おっさん!おっさん!!」


「うるせえっ!」


 少年よ、僕が潜んでいるのを大声で宣伝してはいけません。隙をつくから少し待ちましょう。人質は慌てず騒がず冷静に。犯人さんを刺激しない。幸いあちらも血が上ってレジの方をおっさんと誤認してくれているからいいものの。


「おい」


 声を出したレジの方に目をやる。カウンターに手をついた店員が次に何をするか分からない犯人さんは不用意にナイフを少年に当てたままで棒立ちしている。僕は強く音を鳴らしながら床を蹴った。ビクリと犯人さんが肩を揺らし、振り向く間にナイフがレジの方向から蹴り飛ばされた。刃が僕の顔の方にきたのを滑りこんで避ける。そのまま少年を力任せにスライディングで抱き込み確保して引き離した。


「つああああ!?」


「なん」


 少年の悲鳴と犯人さんの挙動不審な慌て様をレジの店員は我関せず蹴りの勢いのまま犯人さんを床に足払いして転がす。そのまま肩を足蹴に動きを床に縫いつけて犯人さんの面前に拳を握り締めて見せた。


「俺を相手に強盗なんて馬鹿やったな。翼ノ草市に改方がいる限り、犯罪者がのさばれると思うなよ!」


「あ、改方だ?」


「この町を守る自警団だ。まぁだ知らない奴がいやがるな。だからもっと派手にしないと周知されないって言ってんのにな、俺は。まあいいか、とりあえずこれだけは覚えとけ。俺は改方番頭、剣塚守彦。改方で2番目に強い男だ。俺の視界中で悪さが成功すると思うなよ!」


 僕はレジの後ろに回って警察の呼び出し緊急ボタンを押す。店員は犯人さんを蹴り倒す前に本来はこれを押すのが決まりでしょう。店員は構わず足で犯人さんの肩を強打して脳震盪を起こさせて満足そうに笑った。倒れたままの少年が感嘆の声を漏らす。


「す、すげぇ!アクション俳優みたい、強ぇえ!!」


 店員が少年に歩み寄ってナイフで切れた所に紙フキンを当てて押さえさせながら。


「違うな。俺が特別強いんだ。なんせ戦闘要員のまとめ役任されてっかんな。んなことより悲鳴はあげたが泣かなかったのは偉かったぞ、さすが金髪だな!」


「は、はは」


 慣れてくれば悲鳴もあげなくなるさ。


「慣れたくねえよ!!」


 君は本当にどの角度で僕が手話ボケをかましてもツッコんでくれるよね。でも、目の前でいきなり独りでに喋ったように見える少年に店員がいぶかしげにして、こっちを振り返る。僕は僕で笑っておいた。


 それはさておき。


「まあ災難だったがお前、ただでさえ人狩りが話題になってる時に子供が夜出歩くもんじゃねえぞ。ツイてない奴はどこまでもツイてねえもんだ。俺が送っていければいいが仕事中だし親呼ぶか?電話くらいしてやるぞ」


「近所のおっさんがいるから大丈夫。その、ありがとうございます」


「おっさん・・・」


 店員が振り返って僕を見る。


 僕を見ないで欲しい。


 とにもかくにも、この町ではカエルの鳴き声並に聞きなれたサイレンの音が聞こえてお上が来たら、ひとまず一件落着、かな。 










 帰り道、こんな夜でも出歩く人は見かけるもので人影がチラつくたびに少年が体を揺らす。


 ポリさんは少年を家まで、と申し出てくれたのだが今は少し人間不信になっているので知った顔の方が良かったらしい。やっぱり僕がいるからと断る。名前や住所や親の事を多少聞かれはしていたが、後々に連絡をするということで収まった。親が人狩りにあったというくだりでボリさんもうんざりした顔になっていた。


 悪いニュースでは定期的にテレビに出てしまう我が町だ。


 人狩りにとにかく終止符を打つべく改方も警察も見回りの強化はしているものの、改方の人間も職質を受けたりと捜査の混乱に繋がっている。という注意を警察から受けたらしい。だからと言って夜道に人目を減らすのは問題外だ。犯人を捕まえるよりも被害を無くさなければならない。そうは言っても改方は武道集団ではないしねぇ。


「なあ」


 少年が道の向こうに目をやって僕に身を寄せる。


「あっち人倒れてねえ?」


 僕の視界にも入っている。3人組の改方の腕章をつけた男達と、1人サラリーマン風の誰かがいる。近づくべく少年の腕をつかんで歩を進める。


「おい、行くのかよ」


 通訳してよ。


 少年、舌うちしない。


 近づくと振り返った青年らが僕らに気づく。じゃあ、よろしく少年。


「するって言ってねえのに・・・座り込んでる人、大丈夫ですか」


「手話?あ、いや、救急車を呼ぶレベルではないみたいだ。腫れたりはするだろうけど、本人にも断られた。ほら、例の人狩りらしい。警察はもう呼んだよ。途中で追い払いはしたが複数に取り囲まれて袋叩きにされててな。俺達は改方の見回りで、改方知ってる?」


「このおっさんも改方だからぁ・・・は?そんなん聞いてどうすんだよ。いや、えー?・・・このおっさん人狩りの顔とか年齢、特徴が聞きたいらしいんですけど見ましたかって」


 不審そうに改方の青年らが僕を見る。腕章してないからね、僕はポケットを探って何処かにしまっている『証拠』を掌に乗せて彼らに見せると僕と見比べて物珍しそうに凝視された。なんだい、少年からは見えないから気になる?腕章をつけない裏方用の目印だよ。


 彼らの目の前から下げて少年に手渡してあげる。たかが手作りの改方マークつけた印籠だよ。


「水戸黄門かよ」


 印籠って薬入れなんだよ。水戸さんも好きだけど。それはいいから彼らに聞いてくれる?とても大事な参考にしたい。


「なんか参考にしたいから犯人の特徴知りたいって」


「えー、まあソレ持ってるし、じゃあ。俺らが見たのは高校くらいの連中でした。多分成人してた奴も混じってたかな。3人組で対だったから向かってくるかと思ったらとっとと逃げてきましたね。バイク隠してて、怪我人いたから場も残さなきゃいけないし。番号ちょっと見えなかったけどモロ族車だったよな」


「江崎、バイク詳しいだろ。車種わかんねえのかよ」


「ゼファー、だと思うけど改造されてるし。でもここら辺で改造ゼファーとか普通にあるし」


「ああ、昨日も族が警察とカーチェイスしてたよな。遊び半分で。超ヤバかったよな」


 盗んだバイクで走り出しそうだなぁ。


 しばらくバイク談義が続く。僕一人ならこのまま聞いてみてもいいけれど少年もいることだし帰らせてもらおう。ありがとう。ポリさんにもその情報を詳しく話してね。重々承知しているだろうけど大した事がなかったとはいえ怪我人さんの面倒は最後までみてあげてね?


 少年を通しての会話はとてもスムーズだった。


 やっぱり筆談、看板、機械音でコミュニケーションがとれるとはいえ手話が一番早いからね。だというのに手話は一般的に使えない悲しい世の中さ。


「使えないのに俗っぽい手話やひょうきんな手話まで覚えてるおっさんが悲しいわ」


 俗っぽい手話まで正確に読み取っている少年が一番不思議君だと思うんだけどなぁ。親戚以外に通じたことなかったよ。僕のユーモアセンスがいまいち表現しきれないのは確かに寂しい。それより少年、少し寄り道をさせてくれ。ちょっとだけメールが出来ない相手に会っていきたいんだ。


「どんなアナログな人間だよ」


 連れ回して悪いね。


 ちょっと急ぎだ。











 出てきたのはまだ制服を着たままの女子高生だった。


 僕と目が合うと悲鳴をあげる。


「やああ!葛城さん来たよ、お婆ちゃん!?来る時は言ってって言ったじゃーん!!」


 玄関に消えていき、すぐに戻ってきた。俯きがちに扉に片手を添えて口元に拳を当てながら玄関に招き入れてくれた。


「ごめんなさぁい、あたしビックリしちゃって。き、汚い玄関でゴメンナサイ。お茶、お茶いれますね」


 ビックリしたようなのでやんわりした笑顔を意識して頭を下げる。


「遅くに申し訳ない。お茶はお構いなく、今日は時間が遅いこともあるし連れもいるので早々にお暇させていただくから。ありがとう、だってよ」


 少年が通訳を挟むと今子ちゃんが少年に目をやる。今やっと存在に気づいたらしい。小さいもんね。


「うるせぇ」


「何、この子。あ、葛城さんの親戚の子とか?別に時間なんて気にせずゆっくりしてってくださいよ」


「親戚じゃねえし」


 家の奥から熟年の女性の声が届く。


「おや、ハルちゃんかい?今子、連れて来ておくれ」


 少年が珍しく手話で僕に話しかけてくる。


 一体、誰に会いに来て、何をするのかって?


 玄関を越えて廊下を進み、車椅子に座る彼女の前に立って頭を下げる。少年はまだいぶかしげだ。紹介するよ。


 この方は最高齢の諜報員で、裏方の総まとめ役をしてくださっててね。


「小さい坊主も来たね。隠し子かい?」


 田中花さんだ。




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