改方 4




 車椅子の前、畳の上に正座して花さんを仰ぎ見る。少年は緊張感のあるオーラを出して身を引き気味に僕の隣に座っている。彼女が何を言い出すのか気もそぞろかな。


「定期の手記では事が遅いのね。欲しいのは人狩りか暴走族の情報。でも、ハルちゃんの好みから行くと人狩りの方かしら。この町の動きは町の人の数だけあるからひと時では話きれやしないけれど」


 さすが花さんは察しが良くて助かります。手土産も無く遅くに女性の部屋に押し掛けて申し訳ない。


「おやおや、今時の若者は性の乱れでそんなことは気にしないもんだとテレビで言っていたけれどハルちゃんは相変わらず古風だねぇ。手土産なんてこれだけ良い男が私を訪ねて来てくれるなら必要ないよ。今子も喜ぶし」


「婆!?」


 後ろで女の子の声があがる。若い子を弄るのが花さん趣味なんだよね。


「ろくでもねえ」


 用件はお察しの通りです。人狩りの捜査が進んでいないようで、見周りも十分な効をなさず被害は増えるばかりなのです。警備が警察・改方と後手に回っている。人狩りの範囲も広くバイクか何かを使用しるみたいで徒党を組んだ若輩だという情報のみしか得られません。そろそろ尻尾が網に絡まってくれると助かるんですが。


「確かに困ったもの。だけど尻尾くらいで良いのなら、いくつかあるわ。デイで孫達の話を中心に仕入れたのよ。後は暴走族関係の情報も気になるものが少し」


 少年が小声で耳打ちしてくる。


「デイ?」


 デイサービス。日帰りで介護やリハビリできる施設で、御高齢の方達の交流場所だよ。


「あー」


 花さんは紙をいくつか僕に差し出してくれる。


「とりあえず人狩りの方ね。バイクでの移動、時間帯は夜半、年齢は20前、範囲は翼ノ草市や梅野市・一尾市、2度だけ菊水寺市でも悪さしたね。人狩りの頻度は休日の前後、傾向は一晩に1件から3件。前に警察ドラマで見た方法も試してみたけれど」


 首を伸ばして少年が出された地図を見る。事件の起きた場所が線で繋がれており、翼ノ草はすっぽり包まれているが隣町は半分くらい丸の中に収まっている。大抵の場合はこの事件の起きた場所を繋いだ縁の中に犯人がいると言われている。


「複数いるから全員が含まれているとは思えない。そこでここからが孫達の最近、で仕入れてきた話題なのだけれどね、ハルちゃん」


 チラリと花さんは少年に目をやった。


「僕は正義のヒーローは好きかい?」


「は?別に、そういうの好きとか嫌いとか」


「無いかい?それは良かった。少なくとも改方の存在意義には反感を持たないでくれているんだね」


「反感?」


 なるほど、悪に憧れる思春期、ですか?


「時期、で済めばいいのだけれど。私の友人達から聞く分には随分と難儀な言われようをしているらしいわ。改方の事を偽善者や独裁者、支配者。そういうものとして捉えているみたいね。十代にはありがちだけれどルールを破りたい自由にしたいっていうような口癖が増えた。むしろ支配者という立場には自分にこそ手に入れたい。だからハメを外したいのに、独裁者である改方が邪魔となる」


 少年がいぶかしげにして困惑顔となる。


「なんで?別に夜遊びとかまで改方は管理してねえじゃん。先生じゃねえんだから」


 夜遊びか、火遊びか。まあ何処までハメを外すつもりで改方を邪魔に思ってるか、だろうね。おや、よく分からないか。


 口を噤んで考える少年、考えるのは良いことだ。区切りを見て花さんが袖を押さえ紙を差し出してくれたので受け取る。


 あ、少年、紙を覗かない。


「げ、住所と名前」


「ほっほっほ、デイの方達はお友達ですから孫の名前や住所くらいお手の物よ」


 少年から紙を隠しつつリストをめくりながら目を通して行く。結構な数だがこの中に1人くらいはいる確率高いかな。


「全員に見張りでもつけるのか?上司に報告すんのか?」


 いや・・・どうしようかな。


 花さんが笑って少年の相手を始める。


「上司?」


「え、だって報告連絡相談は組織の基本だろ」


「難しいこと知ってるわねぇ。感心したわ。この子中学生?もう少し幼く見えるけれど」


 小学生の金髪農家少年です。


「その金髪少年って止めろ」


「手話もできるなんて偉いわねぇ。今子なんて必死に最近習ってるところだけど」


「だから止めてよ、お婆ちゃん!?」


 今子ちゃんが花さんの肩を掴んで前後に揺らすが花さんは面白そうに笑う。あんまり弄ると今子ちゃんグレますよ。うちの妹は構うとウザい、キモい、口縫いつけてやるというのが最近の口癖です。昔はもっと大人しい子だったのに。


「つうか、物理的に喋れないのに口を縫い合わせたくなるくらい、おっさんがいらんこと言いまくってたんだろうが」


「あら、真夏ちゃん良い子じゃない。スポーツも万能で羨ましいわ」


 最近は怪しいスポーツやってるみたいで生傷が絶えません。嫁入り前なのに。まあうちの妹はともかくとして、情報をありがとうございました。もう遅い時間なのでお暇させていただきます。夜分に失礼いたしました。


 立ち上がって花さんの隣にあるシュレッダーにリストをかける。


「ああ!何してんだよ、おっさん」


 もう見たよ?


「何人分もあったのに見ただけで何もしねえのかよ!?」


 いやぁ、だからもう全部目を通したから、ちゃんとココに覚えたよ。


 頭を指で叩いて見せると少年が怪しげな顔で僕を見る。この方がプライバシー保護が確実だ。なんせ喪失したり処分を忘れる可能性が0。


「葛城春先」


 頭をさげて部屋を出ていこうとした時、花さんに呼び止められる。振り返ると花さんは笑っていた。


「レジスタンス気どりな若者に少しヤイトしてあげなさい」


 ご期待に沿ってみましょう。


 玄関までは今子ちゃんが送ってくれ、拳を口元に当てて体を揺らしている。


「あの、あの、私の友達の間では改方って凄い人気ですよ。支配者なんて悪く言う子なんていません!葛城さんなんて凄い人気ありますし、あの、あのあの」


「あのばっかりだな」


 目の前に今子ちゃんがバッと何か取り出して可愛いシャッター音が鳴る。


「・・・・・・」


「キャー、ごめんなさい!失礼しましたーーー!」


 玄関から顔を隠して今子ちゃんは走り去った。いや、お暇するのは僕らだよ、今子ちゃん。


 ん、なんだ少年。


「・・・・・・・・・・・おっさんのくせに」


 言いたい事があるなら口か手話ではっきり言いなさい。もう、昨今のお子様は何がしたいのかよく分からないなぁ、お兄さん。










 夜分、暗い道すがら、道路向こうにコンビニが見える交差点で少年に出くわす。


 案外懲りないね、君は。


「飯が無いんだからしょうがねーだろ。つか、改方なんだから付いて来いよ、おっさん」


 見回り中なんだけど。まあ、行くけどね。


 信号が赤から青に変わり、横断歩道を渡って前を行く少年。こちらを向かないと僕から話しかける機会は無い。周りに意識を向けながら少年の後ろ姿を追う。静かで騒ぎもしない。いつもは自分を大きく見せようと威勢よく鳴く小型犬のような少年だが、今はその年齢に見合った小さい後ろ姿だけだ。


「親父が、頭切れてて縫ったんだ」


 ポツリと少年は前を向いたまま言葉を漏らす。


「肋骨って胸の骨も折れたって。息がうまくできなくて、息するだけで痛くて、当分入院だって」


 随分と酷いんだな。


 前を向いたままの少年には見えないだろうから口を動かして声無く返した。


「偽善でもなんでもいいよ」


 うつむいて少年の声が震える。


「やっつけろよ、さっさとさぁ」


 金髪頭に手を伸ばして撫でつける。それから彼の目の前に携帯を取り出して広げた。


 携帯の画面にはこうあった。


『リストの中の改造ゼファ、追跡、翼ノ草を目指しています。ただいま菊井寺、澤畑交差点通過。目測通りです。目標は12名。作戦に移ります』


 驚いた顔で少年が見上げてくる。笑って見返すと口を噤んで再びコンビニにそのまま入っていく。


 コンビニに少年を預けいれて僕はコンビニの駐車所の前に静かに立つ。それなりの速度で改造されたと分かるバイクが通り過ぎて髪を揺らした。1台に3人で相乗りしたりしているが、文面通りの12人。ヘルメットをかぶらないカラフルな彼らの内の1人と目が合って別れる。


 彼らが人狩り。


 そのしばらく後からバイクが1台僕の前で止まった。ヘルメットをかぶったままだが長い髪を後ろにひとまとめしたレザースーツの足長美人。シルエットを見ただけで顔を見なくても知り合いの1人だと分かる。


「また貴方は予定と違う事を。どうしてここにいるのですか」


 子供が一人闇夜で泣いていたものだから、ついね。君がそろそろここを通りかかるのも分かっていたし。


「もう番頭達には配置についてもらっているのですが予定変更ですか?こっちは人狩りの見張りで忙しいんですよ。例の包囲網を敷いてるせいで人手不足なんですから今日だけは我が侭を止めてくださいと言ったでしょう。限りなくクロらしき少年らではありますが、現行犯でないと改方に拘束権利は発生させられないのですよ。もちろん無関係の被害者が出るまで待つのは認められない。だから配置に、と」


 大丈夫、ここからでも役割は果たせるよ。人狩りの包囲に集中してくれて構わない。なんとしても今日解決したいんだ。先延ばしにしたくない。


「言ってる事とやってる事が違います」


 君を信頼しているから、つい脱線してしまう。でも全て上手くこなせるさ、適材適所でいこう。


「・・・・・・そうやって甘い顔で笑っておけば、なんでも解決できると思ってるでしょう。ズルイ人」


 そんなつもりはないんだけど。


「分かりました、貴方の頭の中を理解しきれるはずがありません。しかし必ず連絡がつくようにお願いします。私だって暴力少年達は恐ろしいですからね」


 危ないと思ったらすぐに。


「冗談です。私を誰だと?」


 地面を蹴ってバイクが急発進する。多少危険な運転だ、少年らを追って再び向かっていく。少し間を置いてタイミングよく次のお客の騒がしい音が聞こえてくる。時期にこちらに来るだろう。花さんの人狩りリストと併せて知らされた気になる情報。


 今日は改方が最低限の見回りを残して、ほとんどを人狩りの包囲に人員を割いている。彼らが移動する先には改方が先回りして配置されている。襲われたところを集団で抑える。歩いている一般人を誘導して人狩りから距離をとり、彼らとエンカウントするのは必ず改方であるように。襲われれば集団で抑える。事に及ぶ時には人海戦術で包囲し逃げ道を封鎖と共に警察へ通報。


 そこそこ大規模に動いている。他に注意がそれる事があってはいけないわけだ。例えば、同時に2つの事件があって人手を割くなんて事は。人狩りは今日解決できる。ならば、明日に回す必要はない。


 コンビニを振り返れば、中で金髪少年と話す店員が目に入る。強盗をアクション映画のように蹴り飛ばした改方のナンバー2を自負する番頭さん。さあ、バイクの集団が見える。今時の暴走族にしては大規模だ。まったく、この町は何処まで治安の悪さで勝負をするつもりなんだろうね。武装して、仲間を刑務所に入れた店員に復讐しようとする暴走族ね。2つ目の事件が待ってくれないのなら、鉄建制裁、黙らせなければね。


 店の客は少年ただ1人。だけど店員に何か言われると驚いて店の外に目をやり、慌てて店の奥へ誘導されていく。


 バイクがコンビニの前に続々と到着すると、店員は少しカウンターでゴソゴソとしてエプロンを外し、店の外に現れる。僕は横断歩道の近く、信号機のついた柱に沿って辺りが良く見える場所で周囲を認める。人の気配はしない。人払いをしてはいないが人狩りと違ってエンジン音が激しいので、自然と人足が離れているのだろう。


 良く見える場所にいるので暴走族の一部が僕にも目を向けて睨み付けてくる。うーむ、怖い顔だ。


 店の前に仁王立ちするコンビニ店員の番頭は、この大集団を前に木刀1本で現れた。別に派手な装飾をしているわけではないけれど、かなりの存在感がある。ああいうのをオーラっていうのかな。


「浜西さんをやった改方の店員ってのはどいつだ!」


 禍々しい武器を手にバイクを降りだす暴走族。それに対して番頭が木刀を一閃、振りぬいて構える。


「心配すんな。お客が来る連絡が事前にあったからな、シフト交代して待っててやったぜ!」


「なんだと」


 情報が漏れていた事に顔を歪ませる面々に動揺が走る。だが、逃げなかった標的に今度は笑い出す。


「とんだ馬鹿だ!ヤクでもやってやがんのかあ!?それとも殺られるとは思ってねえってかあ!!」


 1歩2歩と前に進み番頭が前に出る。ギラギラした目で周囲を見回していく番頭に少なからず頭を後ろに引いて暴走族が怯む。そんな自分達を恥じたのか、武器を構えなおした暴走族が動き始める。


「牙爪針鎌の仲間ぁ、やった落とし前つけてもらうぜ。改方だかなんだか知らねえが調子こきやがって、でかい面してんじゃねええぞ!!」


 振り上げて時の声を上げ襲い掛かってきた攻撃に番頭は身を低くして避ける。


「己が町を守り平和を築きたいという有志の思いを調子に乗るとは片腹痛い。改方番頭まとめ役、剣塚守彦、尋常に参ったらああ!!」


 重い音を右に左に響かせて人がなぎ倒される。人が弾き飛ばされるのも目に入らないようにコンビニの窓に殴りかかろうとしている連中に向かって僕は突撃する。


 窓に当たりかける鉄パイプを真横から叩き伏せると地面に先がついてパイプがL字にひん曲がった。続けて胸に一突き裏拳を叩きつけると後ろに倒れて気絶した。続けて店を襲う、近くにある車を潰そうとする破壊部隊を殴り飛ばしていく。


 暴動の中心では、たった1人を相手にしながら元気な咆哮と人が噴水のように飛び上がって弾き飛ばされる光景がなされている。人の肩を足蹴に飛び上がり、蹴り飛ばし、とにかく派手に力強く人が倒れていく。たまに殴り返されているが上手く受身をとって人を倒していく姿は本当に映画を見ているようだ。派手を好む番頭の戦いにコンビニのカウンターから顔を覗かせた少年が唖然としている。


 襲撃に漏れた暴走族を鉄拳制裁で沈めつつ、僕はバイクのキーを1個ずつ地道に外して回りながら周囲を警戒する。一般人が来ないようにする見張りがいないからね。


「この」


 少し離れた場所で小さい呟きが聞こえて、そちらに目をやると懐に手を入れる男を見つけた。嫌な時代だ、この町では暴走族でも持っている輩がいるんだから。


 取り出した黒光りするそれを構えて照準を合わせる男の前に飛び込んで目を合わせる。


 ビクリと体を震わせた彼に笑みを向けてピストルを握る手を握り肘を蹴って肩を固定すれば、銃声と骨の外れる鈍い音が夜空に響いた。一斉に騒音が静まりかけたところでサイレンが耳に届く。改方の鉄則は事を起こす前に警察へ連絡すべし。


「くっ!?」


 立っている人間は半分に満たないが逃げようと散りだす暴走族、でもバイクは動かない。焦って走り逃げ始めたけどパトカーはそれこそ尋常でない数が遠くに光を見せている。まあ、大規模な暴走族が店を襲ってるなんて大事件だしね。


 バイクのキーを僕が持っているのに気づいた男が殴りかかってくるのに足払いしつつ、メールが届いているのに返信を返す。ここでも役割を果たせると言ったからには連絡係りの任務は果たさないとね。亨が困ってしまうから。


 リズム良く人が蹴り倒されコンビニ周辺に戦場の跡が如き足場が誕生する。その中に仁王立ちするのは1人の番頭だ。


 コンビニから恐る恐る扉を開けて現れる少年は目を丸くして、いや輝かせて叫ぶ。


「す、すっげぇ!!かっちょいい!!」


 こらこら、まだ安全とは言えないのに。


 堂々と剣塚守彦は少年に背を向けたままブイサインを向け、倒れて呻いている暴走族にその指を差し向けた。


「強盗も、集団リンチも、どれだけ正当化しようとカッコ良くなんざねえ。良い事をするのはカッコ悪いとか、誰にも縛られねえとか、そういう考え方も別に悪いだなんて言わねえよ。だがな、人を巻き込んで傷つけるなら、傷つけられる人間がテメェらを拒絶するのは至極当たり前だ。守りを固めるのも大事な物を守り出すのもだ。調子に乗ってるっつうのは抵抗するのが生意気だっつう事か?」


 木刀を地に落とす。強盗が持ち込んだ禍々しい物に紛れた。


「縛られるのが嫌なら人を恐怖で縛ってんじゃねえよ。第一型にはまった族なんざやってないで、もっと人と違う事をしてみやがれってんだ。まだ分からねえっつうなら、改方の剣塚守彦がまた相手してやんぜ」


 パトカーが続々と到着して警察に囲まれる。僕は少年と、奥に隠れていたらしい普通の店員の元に向かっていく。人狩りの方の連絡網としてメールを打ち込みながら。










 新聞に2つの事件が1つの一面に載る。


 人狩り少年達の逮捕、周囲を荒らしていた暴走族の摘発。改方大活躍、だってさ。写真に剣塚守彦と名前が記された写真が輝いている。


「人狩りの事件の事より強盗の話の方が目立ってんな。剣塚さんのアクション凄かったもんな」


 畑で手袋をして土にまみれた少年がホウッとため息を漏らす。君くらいの年齢だとああいうお兄さんに憧れるものなんだろうねえ。


 人狩りの件はもう1つの事件で小さく追記されるだけに留まったけど、どちらかと言えば円滑に綺麗に解決された。大規模な作戦だったから新聞に載らずとも、話は持ちきりのようだ。囮自身が防御に長けた改方で、周りに隠れている伏兵も改方。道を塞いでいるのも地元の抜け道まで塞ぐのも住んでウン年のベテランの地元改方だ
。少年達はしばらくコッテリ絞られてくる事だろう。


 公正するかどうかは分からないが、ひとまず町の安全と安心と、笑顔が戻った。少年の影の落ちた表情は消えている。


「つうかさあ、おっさん」


 なんだい、食事中なんだけど。


「ドブ川の淵で飯とかありえねえんだけど。つうか家で食えよ。背後のそれはおっさん家だろうが」


 まだ親御さんが退院していない少年のためにコンビニ弁当にいかに栄養を付け足せるかを考えて持ってきてあげたんじゃないか。しばらくは弁当暮らしだろう。


「余計なお世話だよ」


 まあ聞くんだ、少年。大抵のおかずに合うのがチーズだ。チーズを何かにかけてチンをするだけでも何故か贅沢に見えるしカルシウムがアップする。そしてオカズを皿に乗せるだけでも、不思議と料理を作ったような温かみが出る。


「解説せんでいい。見せんでいいって!」


 火も包丁も親御さんがいないから他人が進める事は出来ないが、これは電子レンジだけだから安全だろう?まあ出来るだけ家から御裾分けを持っていくように、おばさんに許可は得ているから、また何か作って持っていくけれど、後は。


「っだああ!何、勝手に人の母ちゃんに話通してんっだああああ!」


 子供が元気に叫んでる町の方がやはり何処かほのぼのとするものさ。荒立った事が起きていない、この何気ない瞬間というのは何処までも陽気な風が吹いている。


 畑の向こうにサイレンが鳴った。弁当を食べながら、空を見上げる。


 忙しない我が故郷、かな。



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