改方11





 目を閉じたまま縛られた手から力を抜いて、身振りを小さく呼吸を繰り返す。血が脈々と流れ出る感覚がいっそうの脱力感を増していく。動くのならば出来るだけ早い方が良い。あちらさんが体制を整えてしまう前にね。


 言うなれば、第一段階では思うように進められてしまっている。先制攻撃はする者の方が大抵は有利なものかな。


 床に転がされて見える範囲でだけれど、警察の服を着ている者は一人残らず撃たれ血で服を濡らしている。ただでさえ辛いところを縛られているのだから、たまらない。後ろ手に入手した手錠で留められてしまうと、さすがに縄抜けできんよ。


 一所に人を集めたか。3階、動くのも辛そうというか、意識があるのかも怪しい人達も中にいた。引きづられて放り込まれたり、まあ例えば僕だけれど。


「私服の警察がいれば名乗り出ろ。改方もだ」


 耳ごと頭を靴底に踏まれる。瞼が落ちかけて無理やり片目をこじ開けると、ガチガチ震える金髪少年が見えた。


「おい、そこの・・・ガタイが良いな。立て。お前と、そこのお前と」


 テロリストくん達の目配せと、銃を持つ手に力が入っている。不味い流れだ。


「ここの壁に背中を向けて立て。頭の後ろに手を組むんだ」


 お腹が引きつっているせいで限界を訴えてるせいで足が動きづらいけれど、リミッターを無視して体に引き寄せて肩をついて腰を浮かす。勢い良く熱と衝撃が左の太ももに潜り込んで横になぎ倒される。


「お前は動くな、葛城春先」


 倒れながら肩で床を押して頭を上げる。体を折り曲げて、やばいね、脂汗が肌をつたって落下する。とりあえず、笑って口を動かす。


 声なんて出ないけど。


「そこのガキ」


 迷わずテロリストくんの目が金髪少年をとらえた。


「訳せ」


 涙を浮かべて金髪少年は首を振る。それは当たり前で、金髪少年はテレパシーを受け取ってるわけじゃないんだし。手を縛られてちゃ手話なんて出来るわけがないではないかい。それでも喋ることは休めない。


 視界が白むなあ、はあ。


 手錠を外してくれれば超ラッキー。時間が稼げれば。


「なんだ、時間でも稼ぐつもりじゃないだろうな。それならば全員に言っておく。ここが警察署であることを思い出すといい。他にも仲間はいる。別の地区では彼ら同士が敵を引きつけてくれている。応援も期待はしないことだ。この国で最大規模の我ら革命家が今回の作戦に協力してくれている」


 そして脱走にも協力してくれたというわけですか。


 険しい顔の男性が部屋に入ってくる。廊下にも銃を持った人を確認。


「隊長、政府へ声明を出しました。直接には通じず、まだ」


「奴らにはまだ不足らしい。良い、まだ聖戦は開かれたばかりだ。まずはこの場を征服できただけでも良しとしよう。以前は、とんだ計算違いで煮え湯を飲まされ、何もできずにいたのだからな」


 そう睨まないでくれ。照れる。


 歯軋りをして隊長さんは銃の引き金を引く。


 っ。


「「きゃあ!!」」


 ん・・・はぁぁ。


 お腹にもう1つ穴を開けられた。


「弾をケチるな。銃ならここでも手に入る」


 銃で壁を指す。


「並ばせろ。ためらうならガキから殺せ」


 場が凍った。指名された1人のガタイの良いおまわりさんが立ち上がって壁に向かい、ああ、もう既に彼も撃たれてじゃないか、隊長さんを睨みつける。


「彼は一般人だ、嬲るのはやめてくれ。こんな事をしてまで、何を望んでいるんだ。せめて子供達だけでも開放するべきだ。君達が何をしようとしているかは知らん。だが、非道が過ぎれば、誰にも認められはせんぞ」


「子供は特に死ぬべきだ。誰しも子供が死ねば世界中が注目するだろう。我らの戦いの」


 別の所で年配のおまわりさんが縄で結ばれた後ろ手でバランスをとりにくそうに立つ。


「向けられるだろうがそれは強い批判のだ」


 銃が彼の肩を撃ち抜いて血が隣の婦警さんの髪を濡らす。丸い目をして悲鳴を自分で口を押さえて震え上がっている。年配のおまわりさんは人を下敷きに倒される。


 そうこうしている隙に僕は苦労しながら膝立ちをするのに成功した。けれど、うーん、これもう一度張り倒されたら立てるかなあ。片足を踏ん張って立ち上がり、壁に近づいて背中をついて支えにしてみた。あ、駄目、貧血で死にそう。


 隊長さんはすぐに気づいて銃を向けて大股で僕に向かってくる。憎憎憎しいと言わんばかりの表情じゃないか。


 怒りで震える銃口をこめかみに当てられ熱と鉄の弾が肌にめりこんだ。


 目の前がブレた。


 何も聞こえない、瞬間、体が、なくなる。










 真っ白だ。










 まず目が必要。


 焦点を結ぶと男が歩いているのが低い位置から見え右だけどうしても霞む。情報が必要。


「お前らが英雄なわけあるか!!」


「止めるんだ、少年!」


 左耳だけ耳鳴りが酷い。思考が必要。


「もう何時間も経った。警察がこんなのほっとくわけない。援軍はちゃんと来る!それに、それに翼ノ草には改方がいる。改方の番頭は武器持った暴走族だって撲滅するし」


 銃が天井に撃たれる。


「強盗から人質を解放させた副長官もいるか?葛城春先を見張らせ、機を狙った。それだけでは確かに不安が残る。一度は足をすくわれた相手だ。だからこそ、連中の動きを掌握するために、政府だけではなく、足場にも通達はほどこしてある。知らない場所で動けないようにな。もう動きようなどあるまい」


「英雄はお前らなんかじゃない」


「少年!」


「昔から、ハル兄ちゃんが・・・・・・」


 金髪少年は、腕を後ろにしたまま泣きながら立っている。それを防げない回りの大人達も残念ながらそうだ。


「俺のヒーローが悪者に負けた事なんて、無いんだああああ!!!」


 絶叫して息を乱して興奮して、駄々をこね、ああ、僕に反抗期中の子のプライドここまで傷つけて、トラウマ残したらどうしてくれるんだい。


「だが葛城春先は現にそこで朽ちた」


 辛うじて朽ちてないみたいだけど。


「そうだ、改方などという物を作るから敵が増える。敵の頭は潰しておく必要があると思っていた。
子供、お前達は必要だ。そう、改方の長官と引き換えにするには。おそらく応じるだろう。応じてもらわなければ犠牲は免れない」


『隊長』


 レシーバーから声が漏れる。手放しで繋ぎっぱなしらしい。


『写真で見たのに間違いありません。その舞阪と剣塚を確認できました。他に長官らしき者はいません』


「もし、どちらかが長官だと言い張っても中には入れるな。可能なら近づいたところを撃て」


 この事件を解決するためには。


「落ち着いて、貴方達。相手は警察でも軍でもなく一般人なのよ。まずは話し合いをさせてちょうだい。そうだわ、もう誰も政府と話せるよう協力も惜しまないはずよ」


「賢明な婦警だ。しかし改方の助命はできない」


『やはり剣塚が長官だと言ってきました』


「近づけて、撃て」


 解決するためには動く事が、必要。


 縄抜けした手錠が床に落ち、体をぶら下げるように立ち上がった。テロリストくん達から、観衆の丸い目が僕に向き、違和感で振り返りかけた隊長さんの背後まで駆けて首を打った。他のテロリストが驚いて銃をこちらに向け震え上がる。


「なん」


「ば、化物め!!」


「ひい!?」


 見覚えあるなあ。ああ、前にも隊長さんと・・・後3人、ちょっと距離が。足を進める。


「ひ、ひいいいい!!」


 扉を数人が体を引きずって棚で塞ぎ、とても巨体のおまわりさん達が血を流しながらテロリストくん達をこぞって体当たりをかまして踏みつける。銃が次々と蹴り飛ばして引き離され、僕に一斉に銃を向けてくれたお陰で形成を逆転させた。


 銃声が外で響く。


 レシーバーを拾って、呆然と立ち尽くす金髪少年に近寄て地面に落してしまう。


 両手を組む。


 金髪少年は膝をついてレシーバーに近づく。


「屋上のテロリストくん、聞こえるだろうか」


 悪い話じゃないので聞いて欲しいんだがね。


「改方長官なら警察署内にいるので呼び寄せる必要はないよ。なのでその長官が剣塚守彦に下がって待機するように言っていると伝えてくれないだろうか。舞阪亨にも同じように」


 繰り返す。


「ここにいるのが長官だ。警察が来るまで僕らは待つ。改方は全員、町の見回りの方へ戻るように。今、すべきなのは、冷静に、火事場泥棒くん達に好きにさせないように」


 遠くで、どもりながら外に伝言ゲームを実行する声が聞こえる。


 レシーバーに目を落としてから金髪少年は僕を見上げ、しばらく呆然と考えていた。それから目を今まででかつてないくらいにまん丸に剥いた。


「は、ハル兄ちゃんが改方の長官なのかよ!!」


 やっと答えに繋がったらしい。動揺したまんまらしいね、ハル兄ちゃんに戻ったまんまだけど、まあ、あえて指摘する必要もないし、とりあえず、そんな細かい事より重大な事実があるでしょう。だって僕は、そろそろ、ヤバイぞ。


 ヘリやらレスキューやらの音が響いてきて、僕は縛られた人々の縄を解いていく。そして、おまわりさん達が代わりにテロリストくん達の腕に手錠をかけていった。いやあ、凄惨な光景だこと。みんな血まみれなんだからねえ。










 建物を取り囲んでテロリストくん達が制圧されるまで、応急処置なんかをほどこされたけれど、頭を撃たれてる僕なんかは本来死亡者なわけで、どうすればいいのやら困らせてしまったりしていた。救急隊が雪崩れ込んで来たものの、他にも死にそうな人はいたもんで、僕は歩いてすり抜け外に出ちゃってたりする。


 金髪少年が「待てよ、もうレスキューされても良いだろ」と横についてるんだけれど、笑って誤魔化してみた。まあ、大丈夫な気がするんだよ。僕は死なない、気がする。まあ、根拠はなかったりするんだけれど。


 我が一族の最長老で100歳超えたのに一人で旅に出ちゃったりするモンスター婆さんがだね「死ぬときには死ぬって言うから、心配する必要は無い」って言って、僕もそれに倣おうかと。


「分かった。おっさんの一族の元凶はその婆さんだな」


 外に出ると、キープアウトされている亨くんと守彦くんが警備をすり抜けて向かって来る。町の治安を守る改方の副長官と番頭がなんちゅう。


 なんとかフラフラ立っている僕はおまわりさんの腕をすり抜けて走り出したテロリストくんを目にした。テロリストの、隊長さんだ。彼は、建物に突撃するのに使われたトラックに乗り込んだ。


 はあ、まさかの。


「改方ああああああああ!!」


 第3ラウンドですか。


 トラックのエンジンとタイヤの勢い良く空回る音が空気をつんざく。地面とタイヤがかみ合い、真っ直ぐに僕の方へ向かってくる。後ろには大勢の運ばれかけた怪我人達だ。


「きゃあああああああああああああ!」


「いやああああ!!?」


「うあああああ!?ああああああ!!」


 大量の悲鳴と、ざわめき。


 運転席の強い憎しみを含んで睨みつける目と笑みを作る口。


 右足を出した。


「長官!?」


 左足を大きく後ろに下げて身を低めた。


「嘘だろ!無理だ、ハルサキくん!!」


 両手を広げて構える。無理なんかじゃないさ。


「ハル兄ちゃん!!」


 ちょ、君はなんで真後ろに留まってんの!!


 視界をトラックが埋める。横っ面と腕、胸、右足、叩きつけられた車の前面が砕けて凹む。すぐ後ろの金髪少年が背中にぶつかり、一緒に地面を削って引きづられていく。悲鳴、アクセルを踏むトラック。


 横から亨くんと守彦くんが駆けてきてトラックの扉を開き、中に乗り込んでいく。後ろにへばりついた状態の小さな体が体制を整えたような気配がして、僕の体を背中から引きづられながら押してくる。か弱い力だけれど、車のアクセルが離れ、すぐ近くに逃げられない人達が近づいて、タイヤがバックに動き、土煙をあげる。


 群集の手前で車は勢いを無くし、靴が磨り減った僕の足の後を赤い筋でアスファルトに残し、トラックが少し勢い良くバックして止まる。目の前に大きく凹んだトラック。


 唖然として、ご無事で何よりな周囲と運転席の必死の形相でフロントガラスにへばりつく亨くんと犯人を押し付けながら守彦くんがいる。


 それから、背中にへばりつく金髪頭を振り返る。


 久しぶりに名前を呼んだかと思ったら、冗談じゃないよ、金髪少年。真後ろはヤバイでしょ、真後ろは。君に怪我でもされたら僕は。


「おえ、ぐちびりゅにょ動ぎぼ読べりゅようになりゅ」


 涙でベチャベチャにした顔が背中から見上げて眉を寄せて見上げてくる。


「あル兄じゃんの言っでりゅごと、全部わがりゅように。あんだどに負げるわげないどに、言いがえぜながった。ぐやじい。おえだって、俺ひゃっで」


 地面に左膝からゆっくり近づきながら、動かない腕の変わりに唇を動かす。


 まったく君という子は、面白いし、度胸もあるし、本当に。


 限界。


「ハル兄ちゃん!」


 ちょっと地面と仲良くさせて頂戴な、クウリくん。










 その後の報告によるとね。


 亨くんは緊急招集をかけて事態収拾を。守彦くんは町の見回り強化を担当して火事場の犯罪を防いでくれていたらしいね。さすが、頼りになる副長官と番頭は違うねえ。


 怪我人は今のところ最悪とまでいく人はいかなかったようだ。銃創3発、全身骨折、出血多量と臓器が傷ついて感染まで起こした僕がなかなか上位の怪我人さんになったようで、オカンとオヤジに大層しばかれ、マナツに罵られ、親戚一同には生暖かい目を向けられた。ハトコのトキちゃんなんて「テレビ出てたぞ、で?なんで死なないの」とか、君はなんで僕の事をそんなに目のかたきにするようになってしまったのかなあ?


 それでもまたしかし、あそこまで酷い事件であったにも関わらず、これですんだという事はどうやら好意的にとらえてもらえたらしく、改方はメディアやら町の住人やら警察に評価されるに及んでいるそうな。


 ただ困った事になった。


 問題とはごく個人的な事なんだけどねえ。


「葛城?ああ、同級生なんで知ってますよ。はあ、中学です。長官、ああ、なんか誰か分からないとか言われてたから、だろうなって思ってました。あいつ知ってる奴らと絶対そうだって飲み会でも話題になってたから。なんせ昔からあいつ知ってる奴らの間じゃ地元の化物って呼ばれてて」


「あ、改方の長官さんでしょ?見た事ありますう。あの人、超カッコいいから高校でも写真で回っててえ、あー、これこれ。写メ友達に回してもらってー」


「葛城さんとこのハルちゃんだろう?可哀想に喋れないんだけどとっても良い子でねえ、この前も買い物を頼まれてくれて、お茶を出してあげたらニコニコ一緒に座ってワシの話を黙って」


「すみません、改方の創設者で今回のテロリストと対決してトラックを拳で粉砕した葛城春先さんが入院している病院はこちらですか?カメラ、こっち来てー!」


 トラック粉砕とか僕は怪獣かい。


 テレビに特集で映る我が町の人々、はい、中村は黙れー。アルバム出してくるなー。止めろー、プライバシィー!!


 出来る限り裏方に徹して人知れず動いてきた努力がなし崩し的になり、僕の顔は町中に知られてしまう事となってしまったわけさ。喋る事が出来ない僕は、基本スタンスは舞阪亨くんという冷静かつ度胸と知性豊かな司令塔に表看板を請け負ってもらっていたというのにだ。


 改方の構想を持ったのは、協力し合えば町を守れると思ったから。


 それに興味を示してくれた亨くんは、それならば『協力するから』どのようなものなのか全て話してみろと言った。表立って協力を募るのに向かない僕は組織に向かないのを理由に上には立ちたがらず、そうすると勝手に長官という立ち位置を作り亨くんは名乗らずとも良いからスポットだけ埋めていなさいと諭された。


 責任を持つ者が必要になったのは改方が目立ってから。頼りになるお姉さんとはいえ、亨くんに責任者出て来ーいと言われた時の人間にさせないためにもスポットに埋まっておいて良かったよ。特に今回はそう思いました。


 でもそれとこれとは、やっぱり別でね。


 警察からも呼び出しを受けている。注意と感謝状を受け取りに行くためにだ。危険な行為があったとして僕自身が名指しで呼ばれているので、まさか亨くんには頼めない。注意も入っているから頼みはしないけれど、そう、面倒な事になった。


 カメラからせっかく逃げ回っているというのに、面白半分に全国にまで顔を晒すことになりそうだ。これで残らずおおかたの人間に面が割れてしまうだろう。


『どうせ、いつかはこうなると思っていました。計算通りです』


 静かにニヤリと笑う亨くんの顔が思い浮かんで顔を押さえてうつむく。


『隠す気がある人間が、あんな派手なアクションやりませんー』


 という守彦くんには申し訳ないが、隠れているつもりだった。


 扉がノックされる。


 どうぞとも言えない僕は、スプーンで金属の柵を2度叩き返す。それで意をくんでくれたか扉が開き、金髪が覗く。


「見舞い」


 こんな遠い病院までよく来るよねえ。もうすぐ中学生だし、さすがというか。


「止めろよ、おっさんか」


 小学生からしたらおっさんなんじゃないの?まあ、誕生日が過ぎて24にもなりましたし。


 憮然として小さな声で「違ぇ」と聞こえたが、もはや反抗期をからかうのは僕の趣味なのでスルーしてみた。


「扉んとこに面会謝絶札かけといた。部屋の名札も抜いてきた」


 目の前に白く小さい紙が差し出される。なかなかやるではないか。


「もう大丈夫、なのか。なんかずっと・・・」


 入口で立ってないで椅子にでも座ったらどうだい。いつものラジオでもかける?


 首を振られたが、テレビを消してラジオのスイッチをつける。


 まあ、いくつか手術で危うかったみたいだけど、こうして生き残れてホッとしたねえ。テレビカメラここまで到達しなければ、優雅に昼寝でもしようかと思っていたところだよ。リハビリは多少必要みたいだけれど、なんとでもなりそうかな。


 安心したかい?


「ハル・・・ハ、ハル兄ちゃんは」


 笑っちゃいけない。


「元に戻るのか、分からないって、母ちゃんが」


 おや。


「言ってた」


 僕、そんなに重症だったのかなあ?


「じゅ、重症だろうが!!一命をとりとめたのだって奇跡だって、言ってたぞ、あの、ラジオで!!」


 ベッドから、まだ立ったままの金髪少年を微笑んだまま見る。そろそろ中学に向けて髪は黒に戻すらしいのをおばさんから聞いた。ピアスは穴を塞がなければならないらしい。小学生低学年の頃の面差しに戻るのだろうなあ、また。


 こんなナリをして、心根は誠実で、優しい。良い子に育ったのは何より嬉しい。


 あんなに可愛らしかったクウリも今や、いや、まだまだ可愛らしいんだけれどねえ。


「平気、なのか?」


 まだ痛いさ、とぉってもね。だというのに、あんまり労わってくれない親戚一同には日々涙を誘う日々さ!


「また元気になるのか?」


 よく見るんだ、僕が元気に見えないとは何事だい。


「嘘だろ・・・」


 また泣きそうな顔をする。


 あのね、クウリ。僕が悪者に負けた事なんてあったかい?


 天井を仰ぎ見て、少年は言った。


「記憶に無い」



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