バイシャ 1


 地元じゃ大胆不敵の無神経で通ってる俺もさすがに緊張して気構えてたわけだ。騎士っつったら貴族のご職業よ。本来なら平民出身の超庶民な俺にはなれっこねえもんだ。でもなってやったさ。本日より俺は騎士様。凄ぇだろ?まあ、コネだけど。

 実力云々がどうであれ、これから俺はこの城内でかなり目障りな異物としてやってくことになる。俺の力や常識が通用しない陰謀渦巻く権力の世界でな。
 何が恐ろしいって、俺はそこで荒波を立てずに無抵抗かつ地道にしぶとく生き残って実績を積み重ねてかなきゃならんっちゅうことだ。野望のためにもつまらんことで騎士の称号を剥奪されてリタイアってな展開だけは避けなきゃならん。
 野望つっても地味な話だ。貧民街の仲間が少しでも生きやすい世にするため、親友の案で草の根活動の一環として騎士の役を担うことにしただけなんだからな。

 騎士の名を拝命すれば王族の前にかしずいて忠義を誓う。そのセオリーに従って俺は膝をついて名乗りを上げた。
 その年に騎士として城へ上がった野郎共が一列に並ばされてズラーッてなもんでさ、国王も目を通す程度だろうからインパクトのある顔でもなきゃ忘れること請け合いよ。国王の目に留まるためにゃ、後は手柄次第だ。元から身分の高い連中は新人からスキップで頂点に上り詰めていく。
 そんなもんと競う必要はねえ。王族の懐に入り込んだんだ。俺の役目はひたすら騎士の地位に踏み留まって政策に口を挟めるチャンス、上告出来るだけの手柄、影響力を持つ人徳者への人脈をつかみとるのみ。

「もう一度」

 このイベントは『名乗りあげて顔をあげる』、それだけのはずだった。せいぜい平民に恥をかかせようと貴族が何か仕掛けてくるかと警戒していた程度だった。特に俺のことが大嫌いで隙あらば消してやろうと睨みをきかせている大臣閣下あたりがだ。

「お願い、もう一度貴方の名を聞かせて欲しい」

 急に俺の手を両手で握りしめられ、驚いて顔をあげれば目が潰れるかと思う衝撃を受けた。国内外で究極の美しさとまで呼び声高い魅惑の美姫が、至近距離に詰め寄って俺を凝視してたんだぞ!感嘆の溜息を漏らして頬を染めながらとろける笑みを浮かべる姫君。銀の瞳をした猫を思わせる大きな目が脳裏に焼き付いた。
 儀式の末席で広間の隅にいた俺をお姫様の意外に硬い手が立ち上がらせた。ちまたでは、主に親友からだが、不感症とまで罵られる俺の心臓が射抜かれる。
「俺は」
 滑らかな肌は王族から連想するより日に焼けていて、細く柔らかなガラス細工並の髪が光を通して見える。華奢な肢体はシンプルなドレスと繊細な王冠だけで飾られているのに意識が持っていかれる。まるで草原に一人で立って月でも見上げているような錯覚だ。夢見心地のまま手を握り返し、乞われるままに口が動いた。

「俺の名は、トキヤ・シッポウと申しーーーー」
 言葉は最後まで出せなかった。両側の斜め上から顔面スレスレに剣がクロスして石床に突き立ち、頭が真っ白になったんだよ。遅れて冷汗が顔を伝い落ちた。視線を両脇に向ければ気配を感じる間もなく強面の騎士共が殺気を込めて剣を差し向けてやがる。
「ミア姫様、催事中にございます。席にお戻りください」
 お姫様はムッとした顔になって俺の左にいる騎士を睨むが手は離さない。なお、騎士は表情を変えずに繰り返した。
「席にお戻り下さい」

 彼女が手を強く握り、上目遣いに俺へ微笑んだ。
「貴方が、トキヤ。会いたかった」
 その言葉を残して姫は席に戻っていった。

 一段、二段、三段、四段……それは俺と姫の身分の段差か。

「後で覚えてろよ」
 ボソリと聞こえた内容に思わず左の騎士の胸元で輝くエンブレムへ目を走らせれば、中尉殿でありました。

 え?入ったばっかでなんなんだが、ちょっと俺、死ぬかも。





 俺の実家は城下の北方に位置する裏町だ。路地裏なんかでチンピラがよくたむろしてたりすんだろ。治安が悪くて迷い込んだら一発で犯罪に巻き込まれるぞってな感じの。

 そこだ。

 トラブルに巻かれては乱闘、ヤクザと繰り返す抗争、飯が無くて強盗。騎士なんてもんになっちゃいるが俺も裏町じゃ名の知れたチンピラの一角を担ってたわけよ。こう、むしろ率先してリーダー格までやってた。ちまたじゃ『喧嘩』は敵無し……だったんだが、そりゃな、複数の軍人相手に『試合』なんかやったらボコられるに決まってるわな。
 武国の騎士と言えば誰もかれもが並外れた戦闘力を持つことで有名だ。それほど大きくも無いのに周辺国がビビッて戦争を避けてくぐらいだ。他国に名が知れる程の英雄怪物がより取り見取り。
 あのな、いくら俺が怖いもの知らずと言われてたって猛獣の群れの中に放り込まれたら普通に怖いわけで、しかも反則禁止、工夫禁止、奇襲禁止、ガチでどうやって勝てと?
 だっつうのによぉ、他の新人を蚊帳の外にして訓練の名のもと一極集中でシバキ倒され今日もボロボロ。兵舎に与えられた自室で俺は毎度ながら死んでたね!
「冗談じゃねえよ!イジメだ、イジメ!基礎も仕事もそっちのけで試合で袋叩きってなんだ、俺は新人だぞ!!」
「訓練試合で武国の騎士を相手に正攻法で3人抜いたなら好成績じゃない。あんたって本当に何やっても器用よねぇ、ムカつくわ」
 笑顔で消毒液を吹きかけてくるメイドはまったく慰める気ねえし。
「おっまえは味方しろよ!この状況をけしかけた張本人だろ!」
 他人事を決め込んでいるが、平民の俺が城で騎士をやることになったのはこいつに唆されてのことだ。もちろん決めたのは俺だが共犯、相棒、運命共同体、昔っから俺達の関係は変わらない。今はメイドの服を着ているが本来ならドレスを着て奉仕される側の身分で、子供の頃から裏町なんぞに現れる正真正銘の変人大貴族、大臣の第3息女カクウ・ホクオウ。

 裏社会でしか生きられない仲間を、奴隷として虐げられるダチを、物として売られちまうチビ達を助けたくはないか?そんな国を変えていく気はないか?

 カクウはチンピラとしての未来しか無い俺にそう誘いをかけた。しかもどんな交渉したのか知らんが推薦を通しちまった。
「男の醜い嫉妬をけしかけた覚えは無いわよ。この程度でリタイヤなんてしないでよー?私達の目的って長い道のりなんだから。どうして今回に限ってそんなに弱気なわけ?いつもの小賢しさで軽く受け止めたんなさいよ」
「軽く言うな。3人をなんとか凌いだ後には初日に目をつけられた化け物中尉が出てきて完膚無きまでにぶっ飛ばされた。俺はこれ首がもげたなと思ったね。あんなのがうじゃうじゃいるのに真正面からやり合うとか馬鹿だね!頭が腐ってるわ!カクウだって、かち合うことになるなら単純な力比べなんざ考えねえだろ、嵌め技しかねえよ」
「そうねぇ、複数で来られたら厳しいから各個撃破かしら。闇街の連中相手と違って訓練された組織だから物理的なかち合いはまず避けるわね」
「訓練の名目でこられたら避けられねえんだよ、こちとらよう」
 いびられるのは覚悟の上だ。凶器振り回す野郎と命懸けのやりとりも日常茶飯事、慣れてんよ。忍耐、長期戦、過酷労働どんと来いだ。しかしだな、こんな堂々とした袋叩きがまかり通っていいのか!?あいつらも一応仕事しにきてんだろうがよ!

 そ・れ・な・の・にっ。

「まぁいいじゃない。あの美姫に手を掴んで見つめられて名前聞かれたんだよ?この幸せ者〜」
「ひ、他人事だと思いやがって……このアマ」
 どいつもこいつも色ボケしやがって!俺はお姫様と報われねえ恋をするために城に乗り込んだんじゃねえんだよ!俺は恋愛関連で話を進めたいんじゃねえの!っつうか、目的を同じくしているはずの親友まで浮かれぽんちってなぁ、どういうことだよ。
 ああ、確かに知ってるよ。カクウはミア姫が熱烈に大好きで、こいつがミア姫について熱く語るから裏町の連中まで情報がダダ漏れだって。身分が高過ぎて礼儀見習いも必要無いのに城へ潜り込んで姫に手料理を振舞ったり、身の回りの世話をする役は他にいるのにメイドの真似事をしてるんだってな。こいつメイド服着てるけど本当はメイドじゃねえんだよ。

 味方はいないのか!味方は!!





 最初っから道を踏み外しかけた俺だったが、剣の訓練でしばかれるだけが騎士の仕事じゃない。俺は手柄を立てるべく出る杭として叩かれないように地味に下積みをつむべく真面目に軌道修正を図っていた。その仕事の中には城内の見回りなんかもあるわけで、その城はいわば姫の家なわけよ。
 やっぱり最初で踏み外したら踏み外しっぱなしか!

「トキヤ。仕事には慣れたか?」
 悲しいやら嬉しいやら複雑過ぎるが、にこやかに姫が話しかけてくれる事もしばしばだ。
「はっ、まだまだ未熟かつ卑しい身ではありますが、国の剣として」
 膝をついて頭を下げて受け答えをしようとする俺を、いつもミア姫はイヤイヤと首を振って可愛らしく遮る。
「堅い言葉が聞きたいんじゃないんだ。私、トキヤとはうんと仲良くなりたいと思ってるから。それに2人きりの時は姫じゃなくてミアって呼んでほしいんだ、駄目?」

 俺が殺されるから。

「まぁ、無理にとは言わないけど。でも、そうだ、困った事があったら何でも言って。何かあれば私の名前を使っていいし、少しは役に立つことがあると思う。あ、周りをウロチョロされるのがうっとうしい時には遠慮なく言ってくれたら出来るだけ我慢する。ちょっと遠いところで見つめるくらいは許して欲しいけども」
 新任の騎士の中じゃ飛び抜けて目をかけてくれる姫の気持ちが嫌なわけじゃない。カクウから散々聞いていた素直で愛らしく心優しい姫君。どっか遠い世界のお伽噺みたいに聞いてたそれと少しイメージは違っていたが、紛うことなく良い子だ。可愛いんだ。ダチのダチならダチ主義の俺としてはもちろん仲良くはなりたい。
 だが俺の目的を考えればとても不味いことだ。

 何と言ってもこの姫からの特別扱いには他の連中からの心象がひっじょうに悪い。カクウとつるんでいることでさえ親の、つまり大臣閣下の怒りを買って昔から抹殺されかけているのに、国王陛下その他一同がどう思っているかは推して知るべしだ。大臣のおっさんには地元に私兵を送り込まれて襲われるのが日常風景になっていたな。軽く襲われてるくらいだったら麻痺してんのか誰も見向きしなくなっちまった。
 んだもんで大臣閣下いわく猛毒の害虫らしい俺が敬愛される姫と会話していたら上流階級の連中はそれはもう。
 それはもう、だ。

「そうだ、トキヤの噂を最近よく耳にするんだ。みんな興味津々なんだな。今日聞いたのは、そうだな、隠し子がいるんだって?」
「ああ、はあ!?」
 突拍子無いのきた。
「昨日は実家が遊郭で女をはべらせていたんだとか、ギャンブル好きで家の財産を破綻した元貴族だとか聞いた。どこの誰か知らないけれど懇切丁寧に調べたんだそうだぞ。本当なのか?」

 ガキのイジメか!?

 裏町には2種類、血生臭い北東の闇街といかがわしい北西の色街がある。俺の所は色街で、確かに近所は遊郭だらけだし行きつけの飲み屋はいかがわしい。遊女は大体ダチだから確かに一緒に飲むこともあるが、どう調べたらそんないい加減な情報にまとまるんだよ。
「年齢イコール恋人いない歴の独身がどうして子供隠すんですか!ギャンブルだって稼ぐにもシマがありますから面の割れてる俺だと警戒されるし、ガチでやっても客は稼げないようレート弄ってるの知ってるから遊ぶにも内輪でしか、って分かりませんよね。親はどっちも祖父から先まで生まれながらの貧民ですよ。えー、つまりデマです、デマ」
 ボロボロの長屋育ちで、親は炭鉱の割に合わない過酷労働者。金も無いが借金も無い。
 しかも何、この低レベルな悪口。俺が色街出身だからってわけじゃねえと思うが、こんなもんで中傷気取られんのも微妙なんだけど。貴族だとイメージダウンになるから?何処のチェリーボーイが考えたの?

 姫は速攻で拒否した俺に手を回してしなだれかかった。
「良かった。だったらこんな事しても誰からも苦情はこないわけだな」
 ……えーと?いやいやいや、俺にはくるよな!!!!
「殺され、じゃなくて姫、さすがにこの体制はっ」
 しなやかな指が俺の顎の線を撫でて自分に向き合わせる。至近距離であの印象的な目に見つめられた。この目はヤバい。

 思考回路が理性と切り離される。俺はもう……もう殺されてもいいかもなんて。
「あのね、私、実はトキヤと初めて会った時」
 目を細めて切なそうに黙り込む姫に、俺は生唾を飲み込む。
「……会った、時?」

 気になりすぎる続きを促してしまった俺の後頭部に鈍い衝撃が走る。同時に襟首が締められて後ろへ引きはがされた。
「何をしている」
 俺は見周りの仕事をしていた。つまり城内にいる。おおよそこういう事態は予測出来て然るべきなわけだが、怖い先輩乱入!!
「麗しき我が姫君、ご気分が優れないのであれば私が部屋までお連れしましょうか?よもやあの光景はこの下郎が身をわきまえず不祥事を犯したのでしょうか」
 含まれる言葉は極刑にしても良いですか?だな……もう遅いけどやっぱり死にたくねえ……。

 見回りの騎士2人に姫は舌打ちをして睨み上げる。
「ちょっとスキンシップしていただけだろう。目くじらをたてるな」
「スキンシップ?ミア姫様、今度からシッポウ准尉とスキンシップを取られる場合は5メートル離れて行ってください」
 俺の後ろ襟を締め上げてる騎士が小声で「あんまり近いと豪快な技がしかけにくいしな」と付け加えた。死刑判決でしょうか?
「お前達に指図される覚えは無いぞ。見回り中だろ、さっさと行け」
「いえいえ。もう見回りは終わりましたので次は交代でトレーニングでございます」
「それでいいから行け」
 邪魔されてご立腹の姫はとにかく追い立てるが、俺の襟首を掴んだ騎士は無表情で会釈する。
「では准尉も伴う事になっておりますゆえ、御前を失礼させていただきます。じゃあ、シッポウ准尉、今日もお前のへっぽこな剣をどうにかすべく先輩方が先に剣を研いで待っておられるからしゃきしゃき歩くか」
 訓練用に刃先を潰してある剣をわざわざ研いで待っておられる処刑人達の元にな!!

「トキヤ」
 引きずられながら心に十字で手は合掌の俺へ姫は呼びかけた。そして首斜め45度に傾けた最上級の笑顔を向けて手を振った。
「頑張ってね」
 俺は現金にも笑って手を振り返してしまい、引きずる騎士に服を捻って落ちそうなレベルまで首を絞められた。





 考えてもみろよ。

「手元が緩い!!何度言えば理解出来るんだ」
「づああ!?」
 喧嘩なら得意だ。なんでもありで正面切らなきゃ騎士にだって勝ってやんよ。
「踏み込みを忘れるな。やる気の無い奴め。騎士など辞めてしまうか!?恥を知れ恥を」
「でえ!」
 しかし純粋な身体能力だけのガチ勝負で正々堂々と、しかもドラゴンだかオーガだとかとだって単独で戦いかねない騎士複数と入隊直後にやれるかああああ!!

「後ろも見ろ死にたいのか!?騎士として致命的だな、周りに目を配れないとは!」
「あ、危っ!!」
 超ど級の殺気こもる訓練で生傷の絶えない俺。やられまくりで生きてんのが不思議な俺。可哀想泣けてくる。なんとか必殺処刑人達の囲いをくぐって距離を置けた瞬間、城の窓にミア姫の姿を見つけて目が合う。
 俺ってば目も良いもんでミア姫の口の動きをバッチリ読んじゃったわけ。

『がんばれ』

 グッと両手の拳を握って勢いよく引き寄せて、可愛いのなんの。そのお陰で余所見していた俺は脳天ぶっ飛ばされちまったよ。

 あかん、俺は親より先に死ぬ。





 ちなみにミア姫の元には各国からプレゼントや求婚の押し掛け王子、貴族がわんさか集まってくる。彼女はそれを笑顔で受け取り、華やかな花束に囲まれた日々を送っている。俺は自分の財布を思い返し、小さい長屋で内職をしている母親を思い返し、座り込んで雑草を抜いた。
「いやいや、そんな劣等感を意識してる場合じゃないでしょう。お腹を短剣で根本までざっくりやられたって大事じゃない」
 草陰にしゃがみこんでカクウと密会中。
 というか、この腹をなんとかしなくちゃならねえから急遽仕事離脱して応急処置をやらせている。
「こんなの医務室に行くべきでしょ、一緒に行くから上官に訴え直しなさいよ!なんで相手が無罪放免になってるのよ。押し勝ちなさいよ」
「俺が聞きてえよ、貴族は鉄砲玉を使い捨てしねえってことじゃねえの?急所は外してるし止血さえ出来れば仕事終わってから町医者で問題ねえよ」
「だから医務室は!?」
「卑しい平民の使用許可がおりなかった。それより訓練で何故か執拗に同じ場所を打たれた腕の痛みに比べたらマシだよ。つうか痛い。マジ俺の右腕ついてる?」
「姫様に頼めばなんとかなるわ」
「連中を刺激すんのはやめとこうぜ。なんとかならねえレベルの最終手段でいい」
 そもそも仕事始めてからこの手の話はカクウにしてねえだけでいくらでもある。いや、本当はよくねえけど。

 それより話を戻す。
「なあ、お前もしかしてミア姫になんか吹きこんでねえ?」
「えっ……なんで?」
 えって、お前。
「つうかおかしくね?俺の顔はまあ両親のお陰で不可も無いが可もないレベルだ。けど姫様から見りゃ、この程度以上の男なんざいくらでも見てきただろ。現に言い寄る男どころか、仕えてるつうより親衛隊じゃんって連中すら顔で選んでるのかってぐらい面が良いじゃん。いや、叩きのめされてるから実力も十分あることぐらい分かってっけど」
 なのにどうして姫が構ってくるのは俺?

「えーと、あたしだったらトキヤは不可、不可、不可の塊なんだけど」
「カクウ、ダチに対して不可の塊ってどういうことだ」
「あたし包容力のある穏やかで慎ましくって心の広い人が好みだから。まあ、あたしが姫様に何か吹き込んでる疑惑はともかく、あんたは姫様のことどう思ってるの?」
「どう、って」
「妖精みたいに愛らしいでしょ?好意満点で駆けてくるでしょ?ちょっと、うちの姫様超可愛くない!?」
 お前、俺がここに何しに来たか忘れてない?

 これだからこの手の話が大好きな奴は。
 恋愛ごとに関しては夢見がちなカクウが何か企んでそうで怖い。このヤバ過ぎる現状を見ろ。そんなんだから色街で悪い男に狙われるんだよ。頭が切れて策略家な割に妙にそういうとこだけ箱入り娘並に疎い親友の恋愛病はトラブルの臭いしかしない。
 そりゃ、自分で言うのもなんだけど女にあんま興味示さない俺にしては珍しく可愛いなと思ったぜ?カクウが自慢するだけはあった。ただ、熱烈に声援を送られては貴族に嫌味を送られ、好意を向けられては上官に目をつけられ、飛びついてこられる度に遠くから弓を向けてくる大佐とかがいる限り俺にどないせいっちゅうねん。
「俺の野望はあくまで庶民の平和。どういう流れでも俺はラブロマンス方面にはいかねえの」
 そもそも、気の利いた言葉も、側にいる時間も、高いプレゼントも用意出来ない俺に何を望んでるっていうんだよ。

 わけわかんねえ。





 今日も訓練は厳しく始まり、多分ボコボコで終わる。訓練用の剣がほぼ真剣の鋭さを持っていても怯まず剣を振るえるようになってきた。完璧にイジメな訓練のお陰で他に追随を許さずメキメキと腕を上げていく俺。嬉しくて涙ちょちょぎれるわ。今度休みにどっか行って叫びたい。
 それでもまあ敵わなかった先輩騎士にも一撃、二撃、剣をはねのけて正面切って攻勢に出られるようにはなってきた。

「トキヤ〜!」
 窓の上から姫の声が降ってくる。
 さすがに対戦相手も姫の意思を無視することは無いらしく動きを止めて同じように姫を振り仰ぐ。身を乗り出して嬉しそうに手を振るミア姫。なんだか期待の込もったキラキラとした目の輝きがある。このお姫様のせいで痛い目をみてるわけだが、どうにも憎めねぇ。
「それが終われば仕事は終わりか?この後に予定は?」
 手当の予定が少々。
「いえ、しかし御用でしたら今からでも参ります」
 焼き殺さんばかりの嫉妬の炎が燃え盛った。いやいや、姫に召されたらそれも仕事だろうが。情熱的というか滑稽というか、怖いわぁ。
 姫が窓枠に肘をついて否定する。
「私用だから後で構わない。まあ、訓練が終わった頃にまた来る」
 ちょっと……そこで私用とか言っちゃいますか。
「それと入隊したばかりなのにトキヤは強いんだな。恰好良かった」
 特上の照れ笑いを残して窓からすぐに消えるミア姫。

 可愛い。

 口がにやける。憎めないどころか本当のところは嫌いじゃねえんだよ。俺だって仲良くなりたいともさ。せめて姫じゃなけりゃ、せめて騎士じゃなけりゃ。

 殺気。

 とっさにしゃがむと頭上を訓練用の剣が凄い音で通り過ぎて髪を数本もっていかれた。今更だけどよく切れる剣だな、おい!!?刃がまったく潰れてねえじゃねえか!
 剣の刃をぎらつかせる騎士のみなさま。
「訓練中に余裕だなぁ、シッポウ君」
 指で刃先を撫でる大尉の籠手に切れ筋が入る。
「もう少しレベルを上げてもよさそうだ」
 ギラリと周囲の目が光る。
 嫉妬に狂った男ってこわーい……。





 いつもより5割り増しボロボロになりながら訓練物品倉庫の片づけを始める。イジメの一環、またの名を厳しい指導により毎度一人の掃除タイムだ。いたぶられないだけ平和タイムとも言う。
 無駄に金をかけた城内設置の訓練場だよな。そりゃ騎士っつっても代々貴族様ご用達の設備だもんな。当然、掃除は使用人がやってたみたいだけど。この維持費を少しで良いから炊き出しにでも使ってくれりゃあ口減らしされずに済むガキもいるだろうに、けっ。

 モップ片手に拭いてる側から俺の血痕と汗が落ちる。シンデレラ、俺は今そんな気分だ。裏町の吹き溜まりにいたような奴が国家権力の象徴職についてんだからな。詳しく知らねぇがシンデレラって平民なのか?いや城に呼ばれた時点で貴族か。ただし落ちぶれ貴族。とてもじゃねえが周りが祝福したなんて思えねえストーリーだと思うんだが、王子と結婚したシンデレラも影で罵られけっ跳ばされてたのかねぇ。

 もしもシンデレラのその後がこんな状態になっていたのだとしたら惚れた女を守れない王子は駄目男だ。しかし、俺は騎士で姫が彼女。己の守りは己で固める。だてにチンピラやってねえ。

 掃除を終わらせ、モップを見つめて振りかぶった。
「最初から針の筵は覚悟してたっちゃしてたが、なんか当初のイメージからズレ過ぎなんだよなあ」
 倉庫に置いてある藁人形を斬る真似をしてすぐに構え直す。斬った後に隙ができやすい。引きが大事だ。
「大体、別に好きだって言われたわけでもねえぜ?こっちだって言ってねえ。そりゃ、可愛いし、意外に強かだし、思い切りがいいし、芯もありそうだ。懐いて甘えられると弱いってのは確かにあるが」
 いや、そうか。俺ってああいのがタイプなのか。

 背後の藁人形に下から斬りつけ、その後ろに並ぶ剣に打ち付け後ろに跳ぶ。
「いや、でもほら、まだのめり込んでない。大丈夫だ。引き返せる」
 箒を空中で回転させて壁に飾られた蝋燭に向けて突きを繰り出し灯りを消す。
「敵の間を潜り抜け身分の階段を駆け上がってまで距離を詰めるよりも、別になあ、イイ女って身近にもっといっぱいいるじゃん。カクウは不可とかいうけど結構地元じゃモテるんだぜ。何も好きこのんで嫉妬地獄に飛び込まなくても春はきます」
 箒を落として蹴りでロッカーにぶち込む。どうせ俺ぐらいしか開けない使わないロッカー、すでに私物並の扱いだ。蝋燭の火を消し回り、暗い倉庫で一息ついて外を見る。夕方も近いが夕飯にはまだまだだ。俺の仕事はとりあえず今日の所は終わり。
 いや、姫が来るはずだからその辺で待ってないとな。どっかで誰か見張ってるだろうし、後で制裁食らうな。尻尾巻いてすっぽかしても制裁されるだろうけど、どないせいっちゅうねん!!

「あーあ」
 頭ぼりぼりかき混ぜながら倉庫のドアノブに手をかけたところでノックされる。慌てて扉を開けると満面の笑みをたたえた姫登場。
「ご苦労様。顔に煤がついているぞ」
 素早く姫の手が伸びて頬を拭われる。や、やばい、形の良い指に汚れが移った!
「も、申し訳ありません。何か拭く物を」
 ハンカチなんて洒落たもん持ち歩いてませーん!
 姫は自分でハンカチを取り出して手を拭って目を伏せた。
「疲れてるみたいだし、ちょっとお喋りしたかったけど用事だけすませるよ」

 姫は左手に持っていた長い包みを両手で差し出した。
「式典は既定された物を帯剣するが実践での武具は自由なんだ。実はカクウに相談してトキヤに合いそうな剣を特注で作らせてみたんだ。しばらく使ってみてくれないか?」
 は?
「ひ、姫手ずから!?」
 ミア姫は両指を突き合わせて上目づかいに俺の顔色をうかがう。
「あぁ……やっぱり武器は自分で選びたい?予備はあって困る物じゃないから受け取って貰えないかな?カクウが平民は貧しくて細かいことに気を使えないから適当な武器を選びがちだって……そういう点は周りより圧倒的に不利になる。危ないと、思ったんだけど」
 両手で受け取ると、当然なんだがバザーで買った自前の剣よりしっかりとしている。
 急いで膝をつき首を垂れる。
「剣を賜るなど有り難いのですが何と申せばいいのか」
 しかし姫は胸を押さえてホッと息をつき、それから苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
「普通にアリガトウでいいんだ。身分は、気にしないって聞いてたのになぁ……」
「え?」
 姫が首を振って一歩下がる。

 夕陽で姫の顔は、見えない。
「カクウがとびきり精のつく差し入れを作ったと言っていたぞ。良い食材が入ったからって。たくさん食べて、ゆっくり休んで」
 背を向けて姫が城に戻っていく。
 素直な好意を嫌がるなんて捻くれた性格じゃない。それでも、そんな事を言われても、カクウに対するみたいにはいかねえんだよ。

 あそこの大砲前でライターをつけたり消したりしてる中尉がこっちを見ている限りなっ!





 城の隅にある兵舎に貴族なんざ一人もいない。独身の城勤めをしている男連中が大半だ。奴らは平民の中でも教養のある育ちなためか、俺が色街出身と知った瞬間に距離を置かれた。もう少し面白がって話しかけてくるチャライ奴がいてもいいと思うぜ。まあ焦るまいよ。
 大人しく行儀がよろしいとはいえ男の宿舎に平気で出入りするのが我が親友カクウ譲だ。姫が言っていた通り差し入れを持って俺の部屋へ現れた。相変わらずのメイド服で。
「はーい。今日はちょっとスタミナの付きそうなメニューにしてみたわよ。明日の朝に食べるパンはいつもの所に置いとくからね」
 大臣の娘であるカクウだが子供の頃から俺の母ちゃんの料理を手伝っていたせいか令嬢だてらに家庭料理が美味い。
「今日はまた派手にやられたわねぇ、食べる前に手当てが先かしら?色街をまとめ上げて畏怖されていたボス猿が見る影もないじゃない」
「なんでもありの陣取り合戦と一緒にすんな。暴れたら何もかも水の泡になるだろうが。お行儀良くだろ、お行儀良く。畜生、貴族共のサンドバックになってるなんて絶対あいつらに言うなよ」
「はいはい」
 長い溜息が出る。

 勝手知ったる動きでカクウが救急箱を取り、ベッドでひっくり返っている俺に手を伸ばして処置を施していく。その動きをなんとはなしに眺めながら声をかける。
「なあ、お前さあ」
「なぁにー?」
「そろそろミア姫どうにかしろよ」
 カクウの手が止まる。
「どうにかって?」
「このままじゃ敵を作るばかりだ。俺が突き放しても角が立つ。その点、カクウなら身分の高い貴族でミア姫との付き合いも良好。上手く丸め込んで過剰な接触をしてこないように釘を刺せるだろ」
「そんな無下にしなくても」
「カクウ、目的を思い出せ。ここは不利な敵地だ。元々、避けられるリスクは潰していくのはお前のやり方だろ」
 口を尖らせて不満そうな顔で拳を握るカクウは、冷静になったのか頭を垂れて膝の上に拳を置いた。
「分かった。何か考えてみるわ……。でも姫様には嫌われないのも大事よ?影響力のある人だから最終的には口添えをしてもらうのに最適だもの。可愛いあたしの友人なの。傷つけないようにしたいからもう少しだけ耐えてちょうだい」
「助かる。任せたからな相棒」

 姫も令嬢も同じ身分違いの存在だが大きな違いはある。
 ガキの頃に出会って仲間になった奴と、分別がついた後に出会って目的の障害になってる奴だ。正直、もう半分は情がわいちまってるが目は潰れる。
 壁に立てかけた上等な剣を見る。
「悪ぃな、お姫様」
 俺だって残念な気分だよ。





 んでもって翌日、俺の仕事メニューを発表しまーす。城下町の外周ランニング、城壁ぶら下がり懸垂、サンドバックごっこ、城内の見回り、規定場所での見張り、昼飯かと思ったら銅像磨きしてる現在。あ、下に置いてる剣に泥が。
 今日も生きてたなー。

 しかし、なんだろうか。いや、今日は何か違和感があるんだよなぁ。
 シゴキが少ない?
 いや体力がついたから楽なだけだろ。
 風景が違う?
 いやいや庭園って簡単に模様替え出来ねえだろ。
 
「ちょっと、馬鹿トキヤ!!」
 メイド服の巨乳女が鬼の形相で俺に向かって爆走してくる。
「あんたミア姫に何か意地悪なこと言ったでしょ!少し待てって言ったでしょうが!?」
「ばっ!!」
 魂を抜くようなカクウの暴言に、俺は像からハヤブサの如く飛び降りて口を塞ぎに走った。その素早さを持ってしても遅かった。俺の予想通り背後から襟首を握られて殺気を含んだ剣先が首筋に当てられた。
「ぐふっ」
「きぃさぁまぁぁぁ」
「ひぃぃぃっ、違うっす、誤認っす、無実っす!」
 大佐の腹の底から響かせるドスの聞いた声を耳元で聞いた。いつものことながら兵舎以外での俺は要人並に豪華な騎士がそばに付いているなぁ。

 しかし前門の虎に後門の龍。
「分かったわ、昨日あんたに会いに行った時ね!?今日の朝から様子がおかしかったもの、きっとそうよ。溜息ばっかりつくのよ。いつもなら料理を持って行ったら、やっぱりカクウの料理は最高だな、なーんてなーんて言ってくれるんだもん!悩ましげなミア姫も可愛いけど、やっぱり笑顔が一番、ということでネタは上がってるのよ、白状なさい!!」
「やはり倉庫なんて怪しげな場所にクズ騎士とはいえ見張りが1人では足りなかったかっ!近くでいつでも狙撃できるよう20人は配置していれば、くっ」
「「いや私刑だろ、それは」」
 カクウと声を合わせてツッコんだお陰で俺の口調に何も追求はなく大佐が俺の後ろ首を絞め上げる。
「ぐあっ」
「隠し立てすれば即刻斬り殺してやる、俺の姫に何ぃをしぃたぁ」
「勘、弁しろ、してください、違うから、死ぬって」
 浮いてる浮いてる!

 切れてやがる。ちっ、仕方ねえ。
 もがいてもビクともしねえ化け物の腹を蹴って大佐の両肩に手をついた。そのまま勢いでこいつの背後に飛ぼうと思ったら、襟首から大佐の手が離れず逆にも解いた場所に振り落された。俺の体重が加われば首吊り処刑の原理で延髄が千切れる。

 やばっ!?

「げふぉっ!?」
 予測して庇った場所ではなく背中に衝撃を食らった。内臓が飛び出そうになりながら空中でクルクル回って地面にべちゃりと落ちる。呼吸!呼吸出来ん!?俺を抱き留めようとする姿勢で固まっているカクウと視線が合う。
 痛みを無視して大きく息を吸い込んで咳き込む。
「ぐふぇっ、ぐふぉっ、げっ、げほっ、げほっ」
 四つん這いでなんとか酸素を取り戻し、バーサーカーを警戒する。見上げた場所には騎士が増えていた。

 蹴りを加えた構えで大佐と向かい合ってたが、緩慢な動きで地に足をつける。
「ミア姫のことならトキヤが犯人ではありませんよ、大佐。ちなみにドサクサ紛れに誰がてめえの姫だ」
 涼しい顔に暴言付きで割り込んできたのは昨日大砲の前でライターを弄ってた中尉だった。まだ地面で潰れている俺を余所に話は進む。
「違う?」
 大佐は中尉に歩み寄って、今度はちょっと小さい中尉の襟首をつかんで持ち上げた。
「どういうことだ。様子がおかしい理由を知っているのか?コルコット少尉」
「ディズ大佐、自分は随分前に中尉に昇格しましたが?」
「そんなことはどうでもいい、吐け、さっさともったいぶらず吐くんだ!」
 迫られている中尉は溜息をついて崩れたオールバックを掻き上げる。
「まあ宣伝しておけと命令されているから伝えますが、因果応報、やるなら受けて立つ、目障りだ、全員叩きのめすだそうです。運の悪い奴から捕まってるみたいですけど大佐もそろそろ順番なんじゃないですか?」
 叩きのめす?随分と勇ましい宣伝だな、おい。まさか騎士を相手にか?

 そうか、違和感はこれか。今日はやたらとボコボコにされた騎士を見かけているんだ。しかも朝から増えて行ってる気がする。中尉も頬にシップしてるし、賊でも入ったのか?いや、これがその誰かに叩きのめされた後ってことか。
 しばし大佐と中尉との間に落ちた沈黙の時に俺はこんなどうでもいいことを考えていた。
「……よもや、お前、その傷は」
 大佐が声を絞り出したが掠れていた。カクウも何か思い当ったのか明るい顔で両手を叩く。
「まあ、そういうことでしたの!」
 嬉しそうに俺へ近づいてかがむと俺にキラキラした目で訴える。
「ロマンスだわ、素敵」
「はあ?」
 あ、これ暴走モードだ。

 こっちはこっちで、あっちはあっちで苦虫を噛み潰した顔になる。
「コルコット中尉、お前が調子にのって剣の使い方なんぞ教えるからこんな事態に」
「あんたが一番調子に乗って技を仕込んだんだろうが。誰に襲われても対処出来るようにとか言ってな」
「中尉!仕事場では敬語を使えと言ってるだろうっ」
「なんにせよ全員にヤキを入れるつもりらしいので舐めてかからないことですね。中途半端にやり合えば鳩尾に入れられてあばらが折れるはめになりますので」
 鳩尾をさすりながら中尉は言い捨てて去って行った。

 残された大佐は目元を覆って「あー」と声を漏らし、残った片手を振る。
「シッポウ准尉、銅像磨きが終わったら休憩に入ってそのままあがれ。そういうことなのでホクオウ譲、こいつは手が空くのでどうかお茶の共にでもお使いいただけませんか。出来れば時間稼ぎを」
「あら、騎士に休息は無いんだって招待を断られてばかりだったからミア姫がきっとお喜びになりますわ」
「残念なことに、ええ、おそらく今日の訓練相手はいの一番に潰されて救護室行きになっているでしょうから」
「じゃあ、トキヤ」
「は?はぁ?」
 なんだか俺だけが間抜けみたいに現状に戸惑って理解できず、カクウに手を引かれる。
「さっさと銅像磨いちゃいなさい。あたしはあんたの好きなパンでも焼いてるわ。お茶の時間までには終わらせておいてよ?大佐もこんな所で油を売っていらっしゃられるのでしたら今は休憩のお時間ではありませんか?試作のお菓子なんですが姫様のお口に入る前に誰かの感想をお伺いしたいと思っていたのです」
「是非」
 青ざめて苦笑いの大佐はカクウに連れられて去っていきかけた。だが、俺は通り過ぎる間際に確かに呪詛を聞いた。
「これで、終わったと思うなよ」
 よく分らない急展開なんだが、とりあえず忘れた頃に酷い目に遭うらしいことはよく分かった。
 一体、これはなんの騒動だったんだ。





 血糊のついた薙刀を拭いながら私は溜息をつく。
「カクウとは普通に話すのに私とは身分がどうのと気にするなんてどういうことなんだ?ううん、やっぱり周りの奴らが邪魔するせいだな、もしも両想いになれたら何もかも捨てて駆け落ちしてやるのに」
 身分の階段が駆け上がれないなら私が敵を打ちのめして力づくで身分の差を縮めてみせるよ。
 まずは1段。

 だから……その先に望みがあるのかぐらい教えて?

 ブラックリストを広げる。
「さて、お茶の時間までに残りのゲスをさっさと闇討ちの刑に処しに行かなきゃな。人が黙ってりゃ調子にのりやがって。権力なんてこすいものじゃなくてお前等の土台で力の差ってやつを思い知らせてやる」
 薙刀を横薙ぎにすると触れてもいない石造が衝撃で割れる。
「やっと会えたんだ。近づくチャンスは逃がさない」
 戦闘服のベルトを締めて、通路の向うからやってくる見回り騎士の前に歩み出す。


              目次 次へ