改方6





 突然現れた初対面の人っていうのに僕は弱い。なんせとっさに僕が喋れないだなんて気づいてくれないし、手話もメールも口パクの手段も使えない。


 焦っているのは目に見えて、追い払うためになぎ払うように殴りかかってきた少年に軽くもう一度後ろへバックステップ踏みザックに手を伸ばして1本引き抜く。体の横で勢いよくクルクルと回って棒を捕まえ、目を丸くした少年がもう一回腕を振りかぶったので顔面の前に木製版を押しやった。意気込んでいた少年の顔面にぶつかって、後ろに倒れこんだのは少年の方だ。


「ぶふぇあ!?」


 面白い声を上げてお尻から倒れたと思ったら飛び起きて今子ちゃんを庇うように手を広げ、再度僕を睨み付けた。まあ、僕は彼が少々早とちりしているんだろうことが明らかだったので、木製版をよく見えるように掲げてアピール。彼が目を走らせて木製版を口にする。


「『私は口がきけません』?」


「葛城さんになんて事するのよ!!」


「あで!!」


 今子ちゃんの拳が少年の後頭部を打つ。


「なんだよ!?はあ?だって無言でお前捕まえて家の前で引き止めて連れてこうとして、え、この男がストーカーなんじゃ」


「お婆ちゃん訪ねがてらに私の様子見にきてくれた改方のお兄さんよ!!あんたが誰なのよ!?」


「ふ、普通化1年2組高山要だ。改方では岡っ引きの」


 睨み合ってるねぇ。うーん。


 青春してるねと言いたいところだけど、でも人違いで殴りかかるのはちょっとお説教だね、改方の高校生。あれ、僕が相手じゃなかったら通り魔暴行事件だよ。










 僕の隣に並んだ今子ちゃんが僕を挟んで同じベンチに巣ある少年へ1から10まで説明すると、バツが悪いのを拗ねた顔でむこうを向いて肉まん食べとりますな。とりあえず予定通り今子ちゃんはサンデーをスプーンで口に運んでいる。コンビニの外にあるベンチで。


「弁解しようにも声が出ない人を捕まえて冤罪で殴りかかるなんて最低よ。第一あなた本当に改方なの!私ちゃんと他についてくれてる人いるのよ」


「飛脚の女2人だろ。実際に襲ってきてから通報するくらいしか出来ねえんだぜ、あいつら。荒事は番頭とか岡っ引きの担当だ。俺は学校内で怪しい奴がいないか遠くから警戒するように言われてんだ。学校の中までは改方とはいえ部外者が見回りに入れない。それに引き換え俺は実際学生で関係者だから特別任務っていうわけだ。岡っ引きの俺がわざわざ飛脚なんかの真似事してな」


「町中は普通の飛脚がいるんだから、飛脚なんかの真似事してまで私に付いてこなくても良かったんじゃないの」


「黙って見てるだけで解決するわけねえだろうが。事件解決っていうのは警察だったら投げ出すような面倒な部分まで責任持って執念と足で追い掛け回してこそなんだぜ」


「ありがとう!でも確認も本人への宣告もなしに付いてこられてるのに私が気づいたら逆に疑われたり、私が怯えていたらどうするの!?」


「俺の隠遁技は神業なんじゃボケ!」


「んだ、この時代劇かぶれの自信家がああ!」


 こほん。


 僕を挟みつつ乗り出して喧嘩する高校生の間を大きめの画面が自慢のマイ携帯で斬り阻む。声を詰めた2人に、メモ機能を起動した画面に文章を打つ。


『少なくともルールは守ろうじゃないか、要君。次からは殴るのではなく、警護対象と不振人物の距離を開ける。捕まえるのは警察の仕事だっていうのを忘れないようにしなきゃね。人違いの暴行は一番あってはならない』


 物凄く反省したように項垂れる要くん。素直でいいね。


「葛城さん、凄い早打ち」


『筆談よりは早いよ、生活に窮して使ってる能力だから。まあ何事も無かったことだし今子ちゃんも許してあげてね。君を案じて盾になろうと思っただけのようだし。あわよくば倒そうともしたのが駄目だったけど』


「しつこいぞ、おっさん!」


 眉を八の字にして今子ちゃんは小さく頷くけど、胸に一物残っているのかポツポツと言葉を漏らす。


「本当に、家の周りとか、学校の見回りをしてくれるお陰で最近、写真とか変な物とか届かなくなったし、道を歩いてても飛脚の人達がいるから通学なんか凄く安心できてると思ってます。でも、捕まらなかったらどうしよう、ちょっとの間隠れるつもりだったらどうしようって思うんです。これで諦めてくれたらいいけど、次は怒って・・・。ずっとこんなことしてもらうわけにいかないし、ずっと見られてるかもしれないって、やっぱり怖くて。一体どんな人がとも分からないし」


 震える今子ちゃんに、ため息が出る。そりゃ怖いだろう。今子ちゃんに確認させてもらった『贈り物』は捨てる事も出来ずに今子ちゃんの押入れに潜められていた。写真は学校で過ごしている様々な場面、18禁の玩具に、いつもいつまでも見ているというメッセージ。生活の細々とした事柄への感想なんて肝がさぞ冷えたろう。


 細い肩を震わせる今子ちゃんの髪をすくように撫でる。この子はいつから、何を支えに耐えていたんだろうね。トラウマで視線に怯えるような自体は避けたいところだけれど。


 肉まんを全部口に収めて丸呑みした要くんが立ち上がって今子ちゃんの前に立つ。


「ストーカーがいつ来るか分からないから怖いんじゃねえだろ。その時に捕まって何されるか分からないのがヤバイんじゃねえか」


「同じことでしょ。ちょっと、さっきから高山君、私2年だから一応先輩なんだけど」


「性格かっわいくねー。とにかくロングランの予定で身を守りたいってんなら人をあてにするんじゃなくて自分が強くなりゃ安心出来るって言いたかったんだよ。もし何かあって金的の一発でもキメれりゃ相手をぶちのめせるくらい強くなくたって逃げる時間稼ぎになるだろ」


「強く・・・」


「そう、強く」


 満足そうに頷く高校生男児。


「確かに、一番理想なのは強くて素敵なイケメンお兄さんが常に守ってくれることだけど、物理的に無理な場面とか息苦しさを感じるという面を踏まえれば合理的かもしれないわ」


「この女、何か口走ってんぞーーーー!」


 それはともかくとして女子高生に勧める防犯対策として不適切とは言わないまでも、それこそロングラン計画なんだね。まあストーカーは第三者から注意されたり介入がみられたりすると諦める事も多いらしいけど。


『防犯の心得その1、躊躇わず助けを求めて安全に逃げるべしも忘れないように』


 さて彼を追い詰めるかどうかはともかくとして、現状維持でまったく何も掴めないっていう状況に満足しきるっていうのも少々マゾちっくだな。これだけ意識して見回りしてるのに姿が見えないのも異様じゃないか。今子ちゃんを追っていた写真は明らかに尾行や付回していた物が多数。とっくに諦めたか、それならいいけれど計算が出来るタイプだとしたら。


 せっかく学校に堂々と入れるんだから、少年少女達だけじゃなく僕もなんやかんやは働かないといかんね。


 それにしてももう少し時間がたたないと田中家は誰も帰宅しないな。今子ちゃんのお袋さんがパートから帰ってくるのが一番早いだろうけれど。


「あの、葛城さん。あの子って前に連れてきてた小学生ですよね」


 服を引かれて顔を向けるとコンビニから出てきたばかりの金髪少年が身を引いていた。そのまま遠巻きに去ろうと足をすっている。どうせ夕食の時には顔を合わせるのに何故逃げるんだい、君は。お見舞いの帰りかい?


「普通にカップルに割って入ってる異様なおっさんが何なんだよ。父ちゃんの方が早く退院できるみたいで明後日帰ってくるって」


「あのチビっこ手話できるのか。すげぇな」


 小学生であそこまで出来ると賞賛の嵐だね。やー、一体君の人生に何があってそこまでレベルアップしてしまったのか。テレパシーで誰かと通信することが出来る方のハトコにどうやってやるのか聞いた事があるけど『森の奥にある妖精に頼むと良い。新たな道が開ける』としか教えてくれなくて。やっぱり企業秘密って奴なのかい?


「病院に連れて行けええ!!」


 距離をおく小学生だけどコンビニの入口なので通行の邪魔になって、ベンチの方に歩を進めて僕の両隣をチロチロと見て僕を咎めるし繊維なる。


「人の恋路に首突っ込むなよ。昔は人前でチューとかしなかったとか古いし、今時は別にコンビニの前でいちゃいちゃとかしてても普通だし」


「カップルじゃないから」


 厳然とした態度で今子ちゃんが否定する。


「ちょっとミスったんだよ、俺が。で、田中今子の家族が帰ってくるまで時間潰すんだとよ。確かに家に侵入してたらやばいしな」


「こっちの兄ちゃんも改方なわけ。この姉ちゃんなんか見たことある」


「うちに来たことあるでしょ、君」


 要くんが立ち上がって小学生を引っ張って座らせる。


「ちょ、俺帰るし」


「交代。見回りの強化で人増やしてるから俺も行くわ。飛脚じゃいざという時に通報しかできねえし」


「飛脚?」


 見回りや連絡が主な仕事の改方の事だよ。困っている人を助けたり小学生の交通整理なんかもしてるだろ、見かけない?何かあった時や町の様子をつぶさに報告し合ってるんだ。


「爺さんとか婆さんとか、あれ急に立ってるようになったと思ったら改方だったのか」


 要くんが金髪少年に顔を寄せる。


「後は小学生とか中学生の改方が昼間は大勢で見回ってるぜ。比較的に安全な人通りのある場所で火の用心みたいな列をなしてな。非戦闘員ってわけだ。女にも多いな」


「そういえば、おっさんとエンカウントしたら大抵は見回りとか言ってたもんな。確かに爺さんとかが番頭なんて出来ねえよな」


「番頭!?番頭なんて剣塚さん以外にやれる奴はまだいねえよ。改方に番頭はたった1人だ。戦闘員を纏めてる役割をそう読んでるんだからな。なんだ、小学生、番頭は知ってるのに岡っ引きを知らないのか?」


「はあ?知るわけねえし」


 ここのコンビニで初対面したんだものね。


「そもそも改方の組織っていうのは」


 帰るんじゃなかったの、要くん。


「長官、副長、番頭が組織纏めてて、その下にいるのが俺みたいな岡っ引き、町中で一番見かける飛脚、広報員に諜報員で構成されてる2年前から発足されてる組織だ。まあ有名になってきたのは今年からだよな。俺は去年からいたけど。モデルはいわずもがな火付け盗賊改め方だ。時代劇で知ってるか?」


「まったく知らないけど説明しなくていい」


「江戸の取締役だ。奉行所くらい分かるだろ。ま、小学生にも分かるように説明すると、奉行所連中が警察みたいに捜査するんだけど市中を取り締まっていたのが改方だ」


「この兄ちゃん俺の話聞いてない」


「叩くと聞くみたい」


 今子ちゃんが腕を振り上げる振りをする。


「改方はまだ出来たばかりだ、今はまだ俺だって未熟だし今回は迷惑だってかけた。悪かった。でもいずれ俺は番頭になって治安最低の俺の町を守るんだよ。剣塚さんみたいに」


 目を輝かせる要くんは岡っ引きによく見かける剣塚シンパなんだね。確かにあれだけ強ければ憧れるかなぁ、男の子は。金髪少年も頷いて納得するそぶりだし。


「確かに番頭兄ちゃんは凄かった」


「まあ、纏めてるつっても実質トップは舞阪さんだけどな」


 サンデーを食べ終わった今子ちゃんがゴミを捨てに立ち上がって口を挟む。


「どうして?長官さんが一番なんじゃないの?普通」


 少年達が盛り上がっているところで僕にメールが来たので身を引きつつ確認する。題名に社員旅行の出発日が明日となりました。と律儀に報告があった。前置きに連絡先や携帯は常にオンにしておくなどの諸連絡が数行続く丁寧な文面だ。


「長官は公の場に出てきたことがないし、いっつも舞阪さんが代表つって色んな事をしてるぜ?大掛かりな任務の時に舞阪さんには時々会うことがあるけど。まあ警察に感謝状とか受け取りに行ったり直接の指揮をとったりする舞阪さんや、派手な剣塚さんはともかく、他の誰が改方かなんてお互い知り合ってるわけじゃねえけど、どんな人かは知らねえな。指揮官つったら舞阪さん、ほら、トップじゃん」


 耳に痛い『私の仕事を全把握しているのは貴方だけなのですから、フラフラしていないで3日の間は堅実にこなしてくださいね。お願いですから』目が滑る。『後は田中今子氏のストーカーについてですが、預かっていた写真で盗撮していたポイントは全て把握しました。また資料は回します。本当に、こんなの警察の仕事ですよ。貴方は越権行為に抵触し過ぎです。いいえ、抵触なんて生温いですか』また目が滑った。


「えー、じゃあ長官って何処にいるの?何をしてるの?」


『とにかくポイントは絞りました。警戒をワンランクあげるようにも連絡をまわしてあります。くれぐれも堅実に仕事をこなしてくださいね。私がいない間に何かあってもフォローいかねます。でも、私がいない間に面倒な仕事がいくつか処理されているというのは大歓迎ですので』


 もちろん、いち改方として名乗っているからには。


「俺は知らねえよ。でも改方の広報HPでは連絡手段あるし、意見回答なんかとかでネットでは見かけるかな。頭の良い引きこもりかって喋ってた事もあったけど、やっぱ部屋から出られねえ病床人とか足腰立たない爺さんとかじゃねえかってのが有力説」


「「へー」」


 ところで、見回りいいの?要くん。




 





 学校の玄関先で警備員さんに筆談で訪問の趣旨を伝える。本日は2回目の授業。職員室に警備員さんが電話をかけて確認をとってくださる。僕は待つ間に高校の方の校舎を観察する。中学と向い合う校舎は一見は同じような概観だね。


 迎えに来た耕一が片手を挙げる。同じように返して携帯を出して筆談する。


『おはよう、浅田教諭。なんかヤツれた?』


 校舎に向かって歩き、廊下、階段と進む。教室に行く前に予定の確認をするため職員室の隣にある来賓室に行くのだろう。


「教師ってのも疲れる仕事なんだよ、春先。田中さんの問題は解決したのか。やっぱ警察には」


『言ってない。解決したかどうかは不明かな。で、耕一、今子ちゃんの様子どうかな?血の気が引いてた泣きそうな顔が良い笑顔に戻ったと思わない?』


「・・・そうだな」


 ハタリと足を止めて耕一が僕にわずかに顔を向けて睨み付けてくる。僕は言葉を促すのにちょっと首を傾げて見せるだけ。


「何が信頼してるだ。思いっ切り疑ってたんじゃねえか」


『分かってくれるって信じてたよ?だから警察に話が回らないようにしたわけだ』


 今子ちゃんから預かっていた写真、昨日、調べ終わったからと受け取った数十枚をカバンから出して耕一へ返す。学校での写真は必ず、ある場所から取られているのが大半だった。それは最初から中学の校舎だ。窓側からでは取れない場所、写っている景色からの角度を考えれば、わざと正体を隠すためでもなければすぐに分かる話だ。その裏は協力者によって確実になった。


「最初から俺がストーカーだって目星つけて俺にカマかけてやがったな」


『いや、耕一が写真の主だなって感じたのは昨日だよ』


「はあ?」


 静かな授業中の廊下で横に並んで顔だけを向ける。ただし、僕の言葉は携帯の画面を見てもらわないといけないわけだが。


『中学にいるというだけじゃ耕一だとは分からないだろ。写真を調べてもらった人も、中学校舎側にいる可能性が高いって話だけだった。ただ、僕は写真を見てて別の事を思い出しただけ』


 一枚の写真を胸ポケットから取り出す。


『これ、中学の頃に君が撮ってくれた写真。耕一が好きなアングルはいつも上から空を見上げているものだ』


「それだけで俺が犯人だって言い張るつもりかよ。改方ってなあ、随分と横暴で荒いんだな。警察と違って責任がないつったって、名誉毀損で訴える事だって出来るんだぜ」


『別に耕一が犯人だなんて言わないさ。ただ、問題が解決してるか、してないのか。今子ちゃんに笑顔が戻ったのは何でなのか、それを周りが気づければいいんだ。気にかけてくれていたんなら、変化にだって気づくはずだから。だって好きな人の話なんだから』


「そりゃ、あれだけ様変わりするのを見せ付けられたらな」


 自嘲して耕一は噴いた。


 廊下を再び歩き始めたのでそれについて歩き始める。


「ちょっと写真撮って満足するだけのつもりだったんだけどよ、エスカレートして後ろめたさはあった。はっきりストーカーってお前に言われてヤバイなとは思ったよ。でも大人しくしてりゃ俺の悪さなんて無かった事に出来る、もう止めりゃいいってタカくくってたのによ、まさか自首の方向で持っていかれるとはな」


『別に自首しろなんて言ってないさ。止める気があるか言質が取れたらいいなと思っただけ』


 手を伸ばして携帯の画面を見せると耕一がもう一度振り返って僕をマジマジと見つめる。


『別に襲いかかったり不法侵入かましたわけじゃないだろう?』


「あ、ありかな?」


 んー。


『ありでしょ。代わりにお詫びしておいてあげるよ』


 頭を落して耕一は糞むかつくと呟いた。なんでだよ。


「春先は常に反則だろ。なんで写真のアングルとかで、あ、これ俺だとか気づくわけ?第一、俺が犯人だと思うなら俺に情報を流すなんておかしくね?被害者に近づくような事を頼むとかさあ」


 それはというと、実は。


『改方で見回りを始めたら必ず見かけるはずのものが無かったんだ。好きな人の周辺の変化なんだから気になってしかるべきだろ?なのに見回りをして一日目から気配が僅かにも無かった。その後も結構たったよね。情報がいってなかったらそんなに急な対応できるはずがない。そこでこの情報がいっているのは改方のメンバーと、耕一ぐらいっと』


「うわー、凄ーい・・・」


『後、大事な事だから確認しておきたい事があるんだ』


「もう俺、死にたくなってきたんだけど」


 顔を覆って小さな声になる耕一の手をはがして画面を向ける。


『女子高生の靴箱に18禁に当たる物を入れたりした?』


 怪訝な顔で覆った手を離す耕一の顔を見て、嫌な予感は当たっていたのだと分からされる。今更、僕にそれを隠す意味は無い。


『無いんだね?』


「は?俺、道具嫌いなの知ってるだろ」


 写真を愛する浅田耕一。彼は、グッズ使用反対嗜好者だ。僕は場合によってはやぶさかではない。



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