改方7





 勝手に学校の来賓室で写真を選り分ける真剣な顔をした耕一。3分の2位が横に避けられ、残った今子ちゃんの写真は家宅内の物が含まれた本当に犯罪的な奴だ。


「帰り道を家まで付いていって激写しても家の中でのこんな、覗き写真までやってねえよ!こんな犯罪的なの俺じゃねえし」


 いや、帰り道に潜んでるだけでも十分に犯罪的だけどね。反省していたので恋する変態ということで掘り返さずにいてあげよう。


「それに18禁グッズとか送ってねえし。いや・・・・・・ラブレターちっくなのはちょっとだけやったけど」


『非常に言いにくいのだけれど、同じ事をやらかさないためにあえて苦言を呈すれば、そのラブレターも相乗効果で恐怖に拍車をかけていたよ』


「ああああああ」


 頭を抱える耕一に、残った写真を受け取る。


 あれをラブレターと呼ぶ友に、ラブレターの書き方のなんたるかを後々考えさせないといけない。


 ひとしきりカオスに墜落していた耕一だけど、チラリと時計を見て授業時間を確認する辺りは立派なんだけどね。とりあえず授業というものが待っているし、頭を切り替えようか?浅田教諭。










 5限目の授業で名残惜しくもっと手話について知りたいという熱心な子に頼まれて茶を啜りながら客間で時間を潰している。待っている間にメールのチェックと返信もしないと叱られるから黙々と作業もしているわけだけれど。社員旅行中なのだから亨君もゆっくりすればいいのに、勤勉なんだから。改方の仕事が楽しいのならいいけれど旅行では旅行中にしか出来ないお痛があるのだからと勧めたてみたい今日この頃だ。


 ストーカーは基本的に自分がやっていることが分かっていないから、注意を受ければ大抵の場合は静まるのだという。以前のケースも耕一のように自制して行動を改めてくれたものだった。それでも恋心、完全というわけにはいかなかったから、しばらくは距離を置いてもらったんだけれど。


 姿を見せないストーカー。


 物だけが残っている。耕一が嘘をついていない証拠は無いけれど友人の僕がついていないと感じている。なまじ嘘だったとしても耕一ならこれ以上の害にならないのは友人の贔屓目にしても確信できる。タダ気になるのはちらつかないという事実。手を引いた?これなら解決に近い。ただそうでない場合には。


 学校をグルリと見回した時の景色を思い出す。


 低い塀をもっと高くして、門に3人くらいを配置して、教室前に1人ずつの護衛を・・・なんて要塞じゃないんだから。やっぱり高山少年の意見を取り入れて今子ちゃんに護身術を教えるのが一番効果アップかも。


 考え事をしながら見ていた携帯画面にメールが届いたと文字が占領する。内容を見て窓の外に目をやれば、高校では今が休み時間らしく高校生達が廊下に溢れているのだけれど、窓を開いて今子ちゃんが身を乗り出している。横にはお友達が何人か物珍しいかな、一緒になって覗き込んでいて。今しがた僕の携帯に声をかけるのに使った今子ちゃんの携帯が握られていて笑って手を振ってきている。無邪気で可愛らしいよね。とか思って笑って手を振り返したら写メられた。


 今子ちゃん・・・。


 学校っていう懐かしい空気が記憶を揺さぶる。僕がこの町を好きなのは、やっぱり記憶の中の誰しもが優しく思い出されるから。


 と、メール着信音が鳴ってまた今子ちゃんかなと思って携帯を見ぃ・・・『殺す』とかってストーカーが親指下に向けた絵文字使って送って来た。耕一よ、うん、授業中じゃないのかな。何処から見てるのか知らないけど、もう少し時間をかけて反省していくんだって信じているけど、再教育だけは絶対に必要だね、あの大人。


 もう一度視線を今子ちゃんに向けて、ふと違和感のある人物に目が留まる。同じ階層にいる今子ちゃんの校舎の階段のところに警備員さんが見えたんだ。思わず校門に目を向けると無人。その警備員の顔が酷く強張っているのを目にする。その視線の先に今子ちゃんが入っている。嫌な予感というのはこういう時に使う。


 窓を開けて手で逃げろととっさにやって後悔する。今子ちゃんは僕の顔を見て困惑しただけだった!警備員が足が速くなる。


 高校の校舎から悲鳴が上がった。


 扉を蹴って廊下へ飛び出す。誰もいない廊下、同じ階層だというのに渡り廊下が通っていないことを理不尽にも理不尽だと訴えたいね。頭の中にこのまま隣の校舎まで跳んでやりたいと出来もしない考えまで入ってきて、出来なくなくもないと考え直す。目指すのは一番端にある僕がさっきまで講義していた教室。


 力加減も出来ずに勢いよく数学を受けている教室を叩き開けて駆け込む。


「葛城先生!?」


「何だ、春先!?」


 耕一が教壇から身を引き気味に、僕は窓にぶち当たって窓の鍵をはねあげて窓を全開にした。その時に、高校の方の校舎の悲鳴で異常に気づいた中学生達が窓の方に注目して寄る。説明なんて出来もしない、窓の外枠を跳び超えて少し出ている出っ張りをすり足で駆ける。目指すのは中高の校舎間にある体育館の屋根だ。


 壁を蹴り上げて宙を舞う。


「良い子は絶対にマネしたらゲンコツぅー!!」


 という耕一の叫びと中学校舎からも上がった悲鳴で高校校舎の方も数人がこちらに目をやった。騒ぎに教室から出てきていた3階から階段を駆け下りる男子生徒と目が合う。


 高山少年。


 悲鳴に向かってすぐに行動とは、高校生ながら凄い行動力だよ。窓を開けろという手の動きに目を丸くしながら高山少年は窓にぶつかるようにして勢いよく窓を開いた。そこに窓を割りそうになりながら転がりこむ。


 突然の闖入者で生徒が襲撃者と僕とを見比べて無防備になった、そこに階段のすみにある消火器を持って走りぬけ栓を引き抜いてナイフを向けてきた手と交差し肘の距離から顔面に消火器を噴射した。ナイフを持ったまま勢いに後ろへ倒れるのに、横へ消火器を転がしてナイフを押さえ込んで教室のゴミ箱に放り投げる。これで、襲撃してきた彼には何処に行ったのか目ではおえなかったろう。だけど目が見えないながらガムシャラな蹴りを腹に決められて一瞬息がつまる。体制を保てず後ろに距離をとると、顔を拭いながら相手も立ち上がって構えていた。僕をようやく認識したところだろう。


 これで素手同士なわけだが。


 逃げ惑っていた今子ちゃんを視界に入れた襲撃者は目を開いてガン見している。怯えて壁に張り付くのに、高山少年が彼女の前に立って身構えている。この襲撃者の目的がやっぱり今子ちゃんなのだと知る。彼が第2のストーカー。


「またお前か、改方め!!ずっと彼女の周りをウロウロして、今度も邪魔をするつもりなんだな、分かっているぞ!?」


 僕を改方だと確信している。


 ああ、そうか、この警備員が記憶の中の誰かと合致して、やっと僕は別の場所でも彼を見た事があるのに気づく。名札にある名は秋原啓二さん。


 以前、改方に男に付回されていると助けを求めてきた女性がいた。その時にもストーカーだったのが、そうだったね、彼がそうだった。

 今子ちゃんにしたように見回りをして、僕は彼と出会っている。説得してもそんな事はしていないとはねつけて、フラフラ引き寄せられるように女性の元に通おうとする。最後には警察に協力してもらって注意を受けてからは諦めてくれたようだと耳にした。


 だけど、同じように次の恋をしたんだね。


「前にも見た。お前が邪魔に入ったのを覚えてる。講師だと?お前が俺を邪魔するために潜入してきたんだという事くらいすぐに分かったぞ。いなくなるまで待とうと思った。なのに誰でもかれでも手を出して見境のない奴が。力に任せて俺の愛した人を寝取っていく気なんだろう。見詰め合って俺に見せ付けて、また惨めな思いをさせるつもりか。今子は、今度こそ俺の運命の相手なんだ!」


 殴りかかられて、周りがちゃんと遠巻きになっているのに気づく。


 こんな時だ。


 言っても無駄かもしれないけれど、そうじゃないと伝えたくて出来ない。そうだね、僕にはこういう時に傷つける拳しか持たないのに歯がゆくなるのは。大体、校門から見えた今子ちゃんと僕の姿が刺激したのなら、僕の方に来ればいいのに、ナイフを持って好きな女性に何をするつもりだっていうんだ。


 足払いをかけて背を下に強く押して勢いをつけてやれば廊下の硬い床に胸を強打されて秋原さんは呻きをあげる。


「ちく、畜生」


 その背に膝を乗せて体重をかけ、背のザックから板を抜いて目の前に叩き落す。驚いて目を開いた彼に見せたかったのは一言。


『見て』


 板でゆっくりと秋原さんの視線を誘導して今子ちゃんに真っ直ぐに向ける。その真っ青になって怯え震える目が向けられる己に気づくんだよ。


『見て』


 板をクルリと回して強調してから辺りに板を向けて腕を下ろす。


 見なければ何も気づけない。どうして好きだというだけで逃げられると思う?そうじゃない。好きだという想いを盾にしても何でもしていいわけじゃない。好きという気持ちには相手がいる。


 もう1本板を出して、そっと彼の脇に下ろす。


『何故?』


 以前にも会った。だから僕が喋れないのは覚えていてくれていると思う。一度の機会で人の愛し方なんて変えられなかった。でも、もっと話すべきだったのかもしれない。もしくは、もう少し頑張ってもらうべきだった?彼女と話す機会があれば良かったのかどうかは分からない。


 でも考えてくれ。


「ちょっとずつ知ってもらおうと思ってただけだったのに、まだ高校生だし、大人になるまで待ってようと。でも我慢できない。だって愛してるんだ」


 顎を抱えて顔を今子ちゃんに直面させる。後ろに下がる今子ちゃんは首を振る。


 サイレンの音がようやく聞こえてくる。


「まだ俺の事を何にも知らないだろう?嫌かどうかなんて分からないじゃないか。まだ何も分からないじゃないか」


 もう一度板をかざす。


『見て』


『何故?』


 彼女が泣くのは何故か、よく見て。


 秋原さんは涙を流す。


「だって愛してるんだ」


 教室の外にいる教員が押さえる協力に集まってくる。泣きながら秋原さんは今子ちゃんに救いを求めるように見つめる。その今子ちゃんが僕に目を向ける。


 傷ついた理由を教えてあげて。


 手話の意味を理解出来なかったのか、困惑したのか泣き顔を一層濃くする。高山少年の制服を握り締めて、だけど今子ちゃんは秋原さんを真っ直ぐ見返した。


「ナイフを持って脅されて、周りの人を傷つけられる愛は、怖いし、私、嫌だもの。勝手に写真を取られたり、知らない人に気持ちの悪い物を渡されたら苦痛だもの。知らない人に付いて来られたら何をされるか分からない。私の事を傷つけようとしてるって、嫌いなんだって思うわ」


「違う」


 警察が現れる。


「違うんだ」


 呟きながら連れて行かれる。


 ざわめきが戻ってくる。










 遅めの晩御飯になった。散々警察に事情聴取を受けて学校で注意と感謝の2重層でお話することになって、気づいてみれば中学生と高校生に囲まれて帰ってきたのはご覧の時間ってわけさ。また後日呼び出されるんだけれど、はは、目立ちすぎたなあ。料理を並べると、複雑な目で僕を見上げる金髪農家少年が何か言いたそうだ。


 育ち盛りにはひもじかったよね、遅くなってごめんねー。


「おっさん、仕事なんなの。コックだっけ?」


 そんなに感動した?家事は自然と身についただけだし僕は工場勤め。そんなに絶賛されると照れるなあ。


「してねえよ。俺は毎回おっさんが食事作る時はなんでいちいち店に出てくるみたいに盛り付けられてんだよって言いたいんだ。おばちゃんや真夏姉ちゃんが作ってくれるのはもうちょっと家庭的なのに」


 家庭的つまるところ大皿にどばー、ってやつだね。あれでも美味しいわけだし、和気あいあいとしてオツだけれど盛り付ける練習をしておきたいタイプなんだ僕は。どうすれば一番美味しそうかな、綺麗かなって考えてさ。それでそういうセンスが求められる時に場に応じたものが出せたら喜んでもらえるだろう?実力を出せるかどうかは日々の積み重ねというわけなのだよ。


「きもい」


 努力全否定型かい?よくないぞ少年、そういうの。魔法使いの叔母が『たゆまぬ努力が空を飛ぶコツであり、人生を自由にするの。覚えていなさい』と酒の席でよく拳を握って熱弁する格言が。


「酔っ払いの戯言を格言に昇格すんなあああ!!」


 しかし。


「なんだよ」


 んー。


「ジッと見つめんな。きもい」


 いや、筆談も携帯も必要としないって有難いなっと少年の素敵さを噛み締めているところ。


「マジきもい!」


 いつもの事って言えばそうなんだけど、おまわりさんやら教諭さん達と意思疎通をするのに骨が折れたもんで。僕が喋れないっていうところをなかなか理解してくれなくって、そこから中学生達が周りで説明しようとしてくれるのは嬉しいんだけどお祭り騒ぎ状態になって話が進まなくなっちゃったりしてね。こんな事件の後だし早く帰りなさいって教諭と鬼ごっこまで始まって、やっぱり僕は人前で目立つのは苦手だなあ。


「今回何をしたのか知らないけど、今までのおっさんを見る限り目立たないようにしてるとは思えないんだけど」


 なんて言いながら少年と2人で夕食の席につく。父も母も真夏も今日は僕にも増して帰りが遅いらしい。手を合わせて少年の「いただきます」だけ室内に響く。なんとなく音が寂しいみたいでテレビをつけっぱなしにする少年。テレビの音が無いと落ち着かないという現代っ子だなあ。とはいえ僕も食事中は両手が塞がるから会話なんてままならないし黙々とするのは可哀想かと思う。


「改方ってだいぶ有名になってるよな」


 口を動かしながら頷いて、軽く行儀悪いが箸を持った手でちょっとの手話を返したりしながら会話を少しかわす食事。


「万引きとかして、改方が捕まえに来るかもって家に引きこもってる奴が学校にいるんだとさ。じゃあ、そんな犯罪やんなきゃいいのに」


 それもちょっと改方の仕事じゃないしね。でも大丈夫だよって訪問してあげなきゃいけなさそうだね。親御さんが対応してくれればいいけれど。店に謝りに行って、もうしないって約束をして改方は別に罰を与えに行く処刑人じゃないんだからって教えてあげないとかな。


「そんで引きこもってた奴の話だけど冗談で改方が捕まえに来たぞってクラスの奴が行ったら、包丁持って出てきたんだってよ。どんだけビビってんだっての。まあ前に一回本当に捕まって絞られてたから余計に怖かったんだろうけどな」


 ケラケラ笑う少年に絶句する。改方はけして誰かを追い詰めるためのものではない。人を戒めるのは都市伝説的なホラーでよろしいじゃないか。平和を願う想いで出来た有志の集まりにその扱いは不本意に過ぎるというものさ。ストッパー的なものになるならともかく。


 改方が見回っているのは一見して分かるものじゃない。何故か派手な事件に出くわしたりもするが、基本的には見回りをして困っている人を助けつつ犯罪を見張り合う事で手を出しにくくするに過ぎない。探偵でも警察でもないのだからね。そう、手を出しにくくして効果は上がっている。だから悩んだり焦ったりしなくても良いんだ。それは解決できれば気持ちは軽いかもしれないけれど、捕まえる事が目的ではなかったんだからね。


 それはそれでその引きこもっている小学生について詳しく聞かねばなるまい。改方に怯えているというのなら、改方として安心させてあげなくてはなるまい。あわよくば万引きをしない約束を取り付ければなおよしだね。後その改方を騙った少年らにも厳重注意が必要かな。


 仕事っていうのは減るよりも増える方が多いんだね。もうそろそろ僕の頼りになる亨君が社員旅行から帰ってくるから、手分けをして処理していかなきゃ。もうちょっと仕事を手分けできる人手が欲しいところだよ。


 ・・・好かれるためにやっている改方ではないとはいえ、恐怖の対象として人を追い詰めている側面があるのだと思うと、なかなかやりきれないものだね。



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