改方9





 それはもう飛脚は出ずっぱりさ。


 空き巣対策と言えば見回りを入念にする他ないものねえ。後は空き巣にあいやすい時間帯の警戒、警告宣伝情報収集。改方の広報担当者は燃えに燃えているようだけれど、常の見回り強化された飛脚にすれば消耗や気力が心配だ。


 なんせ出来る範囲でがもっとう。善意の組織。プライベートの仕事だからね。


 引ったくりにしても交通整理で、これにも飛脚は引っ張りだこ。ここでも引ったくりにあわないための荷物の持ち方、不穏な動きとは?という注意喚起に広報担当が以下省略。飛脚には辛いところなんだよねえ、高校生以下の担当をはずしているというのは。飛脚は基本的にご老体や女性、未成年が多いのだから打撃が大きいから。


 しかも定期的にやる必要があるものときた。期間限定でなければ負担の大きいものは続かない。それに成果が分かりづらいというのもヨロシク無いよね。


「離せ!てめっ」


「かーえーせー、観念しろ、この、御用だつってんだろうが!」


 買い物帰りらしい自転車の女性が戸惑ってキョロキョロしていらっしゃる、その下には戸惑って当然の少年の取っ組み合いがいる。取り合っているのは女性物のバックで、貴重品が入っていることが予測される。それも戸惑っている女性のね。近くに通りかかって立ち止まっている何人かの一人が携帯で警察に連絡してくれているらしき声が聞こえた。


 近くにバイクが静かに横倒しになっており、どうやら、まあどうやってか力ずくで引きずり倒したんだろうなあ。相変わらず無謀な手段をとると思ったのは取っ組み合っている片方に見覚えがあったんだよね。つい最近、僕に殴りかかってきたとか。


「やってらんねえ!!何が改方だ、馬鹿じゃねえ!?調子こきやがって」


「ってぇ、あ」


「どけ!」


 バックを取り合っていた少年の1人が獲物を手放して岡っ引きの少年の腕を弾いた。僕がいるのとは違う小道へ駆け抜けようとして現れた人影に体当たりをしかける。


「ぶふぁ!?」


 弾き飛ばされたのは逃げ出した引ったくり少年らしき方だった。地面に転がったところを、弾き飛ばした新たな男は踏みつけた。ガムを噛みながら不審げに少年を見下ろして。


「騒がしいと思ったら何だ。暴力少年か」


 女性物のバックを持って取り残されていた岡っ引き少年は、隣にいる女性にバックを渡しながら目を剥いた。


「剣塚さん!」


 ニヤリとして自分に親指を向け、少年を片足で踏み台にしながら彼は顔を上げた。


「おうよ。翼ノ草改方番頭、剣塚守彦26歳、絶賛彼女募集中だ」


 残念。男子高校生にそれをアピールしても恋は始まらない。


「ちょっと道を開けてえ」


 自転車をこいで現れたおまわりさんが道に現れる。いやあ、お疲れ様です。


「おい、何をしてる。人は踏み台ではないという事を幼稚園で習わなかったのか、そこの男」


 僕は習わなかったかなあ。おまわりさんに叱られても彼は頭を掻くだけで足はどけなかった。


「体当たりしてきたもんで、つい、だよ。さっき来たところなんだけど今も俺の足に肘鉄してくれちゃってる少年はなんなわけ?痛」


「あの人のバックを引ったくった現行犯っすよ!バイクの後ろ引っつかんで捕まえました!!」


「危な!?ちょっと君きなさい」


「げえ」


 うむ、危険行為はいかんね。説教されてきなさい。とはいうものの改方として頑張った結果に放置もないだろう。大人として付き添いは必要だよね。叱られる大人がもう1人必要だろう。


 もう1人到着したおまわりさんが自転車を止める。先に到着したおまわりさんに腕を捕まれても逃げようと暴れる少年は一喝されて罵倒を吐く。僕は高山少年に近寄るために歩き出す。


 近づいた僕を見た後から来たおまわりさんは眉を寄せて口を歪めて僕をうんざりとした顔で迎えた。


「またお前か、葛城!!」


 叱られ常習犯で申し訳ない。


「あ」


 岡っ引き少年が僕を見て声を出さずに口を開けて指を差した。










 自警団としてのあり方うんぬんや、未成年者を巻き込む組織的な造りの批判を含めて叱られ、交番の外に出た3人は溜め込んだ重い息を吐いて外の空気を吸い込んだ。


 いやあ、長かった、長かった。


「つか、すんません。ほとんど葛城さんと剣塚さんばっかり怒られて」


「マジでとばっちりだぜ。駅前の乱闘の事とか今回は関係ねえじゃん、橘ちゃん。しかもガキの前で!勘弁して」


 交番の雷親父橘さんは改方の組織自体があんまり好きじゃないからねえ。未成年うんぬんの所は痛かったなあ、確かに危ない行動をさせてしまってるわけだし。熱心な人が多いとカルト宗教的って言われてしまうと立つ瀬無いと言うかねえ?


 交番から離れるために歩き始める。あまり扉の前で話してると悪巧みしていると橘さんが再び


「春先くん、俺まだ会話できる位に手話覚えてねえから携帯出して。何言ってるかサッパリ分かんない」


 少年もサッパリ分からない顔をしていた。これは失敬、失敬。ポケットを探る。


 僕が携帯を出して文字を打ってる間に守彦くんは、今子ちゃんのストーカー事件以来の岡っ引き、高山少年を屈んで見下ろす。


「それにしても、葛城さんと剣塚さんって知り合いだったんすね、名前で呼び合ってるし」


「ん?ああ、まあ改方の初期メンバーだしな。で?お前、バイクの後ろつかんで横にゆっくり倒したって言ってたけど本当に怪我してないのか?あんまり俺達が言えた口じゃねえけど無茶な事は止めておけよ。特に未成年の内だと何かあったら全員に迷惑がかかるしな」


 本当に言えた口じゃないね。自分だってやった事あるでしょう、似たような事。


 高山少年の頭を守彦くんがガッツリつかむ。


「よく覚えとけ。長官が俺に厳命してるものの1つだ。俺らはあくまでプライベートヒーローだが、おまわりさんの仕事を邪魔した瞬間から即座にタダの迷惑な業務執行妨害者になりおおせてしまう。長くこの組織を続けていきたいなら忘れるべからず、おまわりさんとの仲にも礼儀アリとな!」


 萎んでしまった少年の頭を撫でて携帯を打つ。


『人助けしようという粋は良し。やり方を次から考慮という事でこれ以上は何も言わないけど、未成年うんぬん関係なく怪我がなくて良かった。相手にも高山くんにもね』


 携帯の文字に苦い顔で頭を落して少年が画面を両手で塞ぐ。それを守彦くんがつかんで持ち上げる。僕の場合、それは口を塞がれるようなものなので会話できないではないか。


「春先くんは甘いねえ」


『大丈夫だよ、この子は悪い事は悪いと改められる子だから。橘さんに散々しごかれた後なんだから、無闇に虐めちゃいけないよ』


 凹んでしまって、どんどんと少年の身が低く顔が地面に近づいていく。そんなに縮こまらなくても。


「うう」


「それはそうと俺はちょうど春先くんに用事があったんだよ。捕まえに行かないとあんた俺には全然時間割いてくれねえんだもんな」


 話を変えた方が良いと思ったのか守彦くんが話題を切った。


『そんな事は無いつもりなのだけれど、申し訳ないね。しかしそれで守彦くんは一緒に高山少年に付き添って来たのかい?交番嫌いだろう、君。後で連絡してくれても良かったのだが』


「あんたが喋れないからだろうが。マシンガントーク橘を相手にどぉするつもりだったんだ。モロ苦手タイプだろうが」
 

『うん、ありがとう』


 僕も心配されていたのか。これまた申し訳ない。


「う、爽やか君め。あ、お前もう帰ってもいいぞ」


 悔しさを押し込めた苦い顔のままの高山少年は、まだ落ち込んでいた。叱られたとはいえ、頑張った結果にご褒美もなく素っ気無く帰される。ふむ、可哀想ではないかい?


『高山くん、結果的とはいえ今回、君は怪我人を出す事無くひったくりを防いだ。積極的に改方の仕事を頑張ってくれているのには感謝しているよ。この町の人間の1人としてね。あまり恐縮しないで欲しいのだよ。実際、何も盗られる事がなかったカバンの持ち主はホッとしていると思うしね』


「でも俺、こんな所ばっかり葛城さんに見られてる気がするし」


『これはお願いなのだけれど、改方を辞めるなんて言い出さないでくれないかい?』


 驚いた顔で高山少年が顔を上げて視線が合う。そんなに意外だろうか。こんなに懸命に町を守る事へ心を砕く少年が辞めてしまうのは、あまりにも痛いのだが。


 守彦くんが片手で高山少年との間を切って割る。


「はい、たらしタイム終了。そろそろこのお兄さん俺に頂戴よ。早く確保しないと誰かさんから連絡が入ってまた取り上げられ・・・」


「おっさん!」


 よく聞き覚えのある声が遠くから聞こえて、守彦くんは言葉を切って額を押さえる。道路の向こうで信号は赤。車は通っていないが、ああいう規則をちゃんと守る辺り、やはりプリン少年は見た目に反して真面目だよねえ。


「いい加減にプリン呼ぶの止めええ!今日もう染め直してる!!」


 信号が変わって走ってくる、よく見るとプリンじゃなくなってる少年に、高山少年は驚愕する。


「うわ、あの距離でも手話分かるのか」


 金髪少年は僕に近づくと自主的に腕をひっつかんで、たった今渡ってきた横断歩道に引っ張る。いつもは僕が話しかけるまで近寄ってきたりしない金髪少年が。


「おい、あっちで多分改方のおばさんが男に囲まれて苛められてんぞ」


 どっちだい。


 金髪少年が手を離して走り出す。それに続いて走り出すと、後ろから追いかけてくる2つの足音。距離としては3つ向こうの道に出てすぐにトラブルだと分かる一団を見つける。向こう側の歩道で一方的に言い募っている男達の話を黙って聞いている女性がいる。


 守彦くんがガードレールから身を乗り出す。車に首持って行かれるよ。


「ありゃ、舞阪の姐さんじゃねえか。トラブルか」


 高山少年は顔を引きつらせて金髪少年を見下ろす。


「小学生とは言えおばさん言うなよ、お前、恐ろしい奴だなあ」


「あ、岡っ引き高校生。いたし」


 怒鳴り声を耳で拾う。


 男の人数は2人。


「なあにが答えさせていただきますが?だ。誰もお前の理論武装なんざ聞きたがってねえんだよ!」


「誠意を行動で示せよって言ってんだよ。辞職とかどうだよ。やっぱり反省は痛みを伴わないとなあ?」


「そりゃそうだ。改方以前に銀行職員として、こんな女が社会に出てるのが頭おかしいんだからよ」


 大きく息を吸う。


 逆に吐き出して掠れた声を出したのは高山少年だ。


「あいつら」


 だいたい推測できた。銀行強盗の犯人を逃がした件で囲まれているのか。それも意見を聞く気は最初からなさそうだ。嗜虐的な笑みが見て取れた。なんとも情けない話ではないか。おそらく見ず知らずの女性を取り囲んで、でかい図体をした青年らがそろって言葉攻めとは誰得ではないか。昨今はこういうプレイが主流だとでも言うのだろうかね。


 あまり刺激しないように道路を渡ろうとして、背後でタイヤの音がキュッキュと地面を蛇行する怪しい音が耳につく。振り返りざまに少年2人の腕をつかみ、今まで通ってきた道から勢いよく突っ込んでくる車を見て横に体を投げ出す。同時に音にならない声で叫んだ。全身に冷たいものが走る。車が寸前のところで体をかすめ、車は彼女達のいた場所に正面から突っ込んだ。


 唖然としている中で信号が再び赤に変わる。


「な、ん」


 誰かの呟きがすぐ脇でした。


 車体の前をへしゃげさせた真横に腕を広げて男達に覆いかぶさるように突き飛ばしている女性を見る。


「全員無事か、舞阪姐さん!」


 守彦くんが飛び出そうとして、車が再び勢いよくタイヤを回した。バックする気か!?


 少年らをつかんで車のタイヤの向きを見る。こっちにハンドルを切るつもりはないようだが、守彦くんは飛び退き、車は登場と同じく危険な勢いで交差点に迫った。そこに直進で別の車が飛び出し横に車が突き刺さった!


「不味い!!」


 危険車はそのまま爆音で真っ直ぐ走り出した。追突された車は浮き上がり冗談のように真横になると、そのまま交差点の真ん中で普段見るのとは天地逆向きとなり、窓が派手に割れてしまう。


 金髪少年の肩をつかんで揺らす。呆然としていた視線をとらえて手話に注目を集める。君の口を貸してくれ。高山少年、救急車と警察を呼んで。番頭は警察が来るまで交通整理を。


「あ、え、兄ちゃんは救急車と警察呼んで、番頭の兄ちゃんって何処!」


 金髪少年を置いて車に寄る。


「なんだよ、なんなんだよ!?」


「大丈夫、落ち着いて。失礼しますよ」


 後ろでの会話と、同じく車に近寄ってくる人の気配を感じる。割れた窓から中を覗くと運転席の方は狭いけれど手前に上下逆になったままの小学生程の子供がいる。頭と脇に手を添えて真っ直ぐに引きずり出すとすぐに泣き声が爆発するように始まった。手をついて起き上がる小学生、この子は今は大丈夫そうだ。


「な、何がどうなったんだ?あ、足が、右の足が」


 説明をしようとして、今のつぶれた車の狭い空間で僕には伝える術が無いことに気がつく。すぐに別の声が割って入った。


「車が横転したのです。私は改方の舞阪。現在、救急に連絡をしています。辛いところを教えてください」


 ほとんど這いつくばるようにして彼女が対応してくれる。けれど僕は彼女の肩をつかんで手を見せる。あの車からの避難誘導をしなくては被害が広がりかねない。他の改方に協力要請をして指揮しなくては。


 唇を噛んで電話を取り出し、頷く。


「舞阪です。一斉連絡を、伝令です。すぐに鷹低の25号線付近、道路から人の避難誘導を。車が暴走しています。近くのルートを巡回している改方も全て向かわせてください。鷹低の25号線付近、暴走車からの避難誘導です。連絡網を繋いで!」


 子供を引きずり出す程度の隙間、一人が入るのがやっとか。二次災害になると目もあてられない。しかも交差点とは。車が激しく走り回る時間ではないとはいえ、近くを車が避けて通り過ぎる。電話をしながら彼女も守彦くんと対角線上で喋りながら誘導を始める。


 金髪少年が駆け寄ってくる。ためらいながら泣いている小さな小学生の女の子の側にしゃがんで動揺しながら辺りを見回す。


「あ、後、後どうしたら良いんだよ。車を戻すのか?」


 中の人が大変な事になるよ。車自体はこれ以上の異変はなさそうだ。とにかく、無理やり上半身を突っ込んで見れば、男性はどうやら足が折れていそうなのが見て取れる。


「麻耶は、うちの子は何処に」


 顔がこっちを向いていないからジェスチャーも見えない。興奮しているが、意識ははっきりしている。無理やり車を押し開くのも素人がおかしな衝撃を与えかねない。ここなら救急隊が辿りつくのも困難ではないし、なら。


 車から体を抜いて金髪少年に向き直る。その時、金髪少年の顔が真っ青になって女の子の肩を抱えていた。グッタリして白目を剥いて、微動だにしない少女だ。


 息が、止まって?


「あ、なんかいきなり」


 小さな頭を手の平で受け取る。その頭にコブが出来ている。片手で上の服を引き裂いて脱ぎ、頭の下に敷いて鼻をつまみ息を確かめる。駄目だ、やっぱり止まっている。のど元の血管に指を当てて指で顎を引き上げて息を吹き込む。小さな胸が膨らんだ。脈も無い。


「死ん、死んで」


 ここは良いから中に父親がいるんだ、君は彼を勇気付けていてくれ。


 車の中から子を心配してパニックを起こして悲鳴を上げる父親の叫びが聞こえた。体を震わせて、少年が窓に顔を入れる。僕は幼い少女の心臓の上に片手を乗せる。まいったよ、大人の応急なら習ったが子供は確か少し違うと注意書きがあった気がする。両手で無理やり押せば肋骨をまるごと折かねない。久しぶりに後悔したね。何故、あの時に調べておかなかった。


 力を抑えて、心臓を圧迫する。呼びかける事は出来ない。


「麻耶!外にいるのか、麻耶!返事をしてくれ!!」


「い、いるよ・・・おじさん。もうすぐ救急車が来るから、落ち着いて、落ち着い・・・」


「なんで泣き声が急になくなったんだ!?大丈夫なのか!!」


 目を覚ましてくれ、麻耶ちゃん。


 息を吹き込む。


 ジワリと頭の下に敷いた服に赤が滲んできた気がする。野次馬の声がわずかに回りに聞こえだした。父親の呼び声、ざわめき、車のクラクション。


「大丈夫だよ!!」


 裏返った金髪少年の声が響く。回りはうっすらと夕闇が落ちてくる。


「おじさんの娘には何でもかんでも出来ちゃう男が付いてて」


 小さな体の足がわずかに震える。


「む、無茶振りだろって事でもなんでもサラってやっといてさ!は、反則的な解決ばっかり見せるようなムカつく奴なんだよ」


 少女の口から小さな声が漏れ、首に指を当てると弱い脈が感じ取れた。頭を服ごとそっと包んで、そうと分かる位に滲んできた血のでどころらしき位置を圧迫する。


「だから、だから、おじさんは任せて自分の心配してりゃ良いんだよ!」


 サイレンが聞こえる。


 薄っすらと開いた少女の瞼の下から焦点の分からない視線と出会う。


 目を覚ましてくれてありがとう、眠り姫。










 応急処置の本を開きながら、ああ、ここ間違ってたなあと反省と内容を頭の中で反芻する。


「そうは言うけど俺の事はともかく、警察がちゃんとしねえから代わりにやってやってんのに、葛城さん達には感謝しても良いくらいだと思うだけどね、俺は」


「前に悪い事してるから怒るんだろ警察が。またかーって言ってたし」


「井坂、お前は何も分かってない。あれはどう考えても人命救助で、警察の領分とか関係ないだろ。それを見るなり、あれだけ言ってもまた何かトラブルを引っ掻き回しとるのかあ!はないだろ。大人の決めつけって奴だよ。っていうか、井坂は小学生のくせに何で俺より大人みたいな口をきく」


 まあ、線引きって難しいからね。うーん、小児の心臓マッサージは1分に80〜100回か。普通に成人の回数と同じなのか。乳児だと若干足りないなあ。どっちにしても100回ならOK、と。


「高山の兄ちゃんが興奮し過ぎなんだろ。っていうか、なんでうちの畑にいるの、あんた」


 顔を上げると、いつものドブ川沿い、いつもの家の裏から見える畑に金髪少年以外に高山少年が鍬を持っている。金髪少年のラジオがニュースの時間を告げる。


 額の汗を拭いて、高山少年は何を今更と今更聞いている金髪少年に肩をすくめて拳を握る。


「葛城さんに応急処置の仕方を教えてもらうためだ。やっぱり改方の一員たるもの、応急処置くらいサラリとやれて然るべきだと、俺はあの時に悟ったんだ」


「ちゃんとした人に習えよ」


「実践で心肺蘇生してんじゃん」


「いや、だから、あのおっさん、何気に自分流多いっていうか、マネできないっていうか、し辛いんじゃないかとか」


 蘇生の自己流って、僕に一体どういうものを編み出せと言うんだい、金髪少年。君は相変わらず、僕を一体なんだと思っているのやら。本を傍らに置いて携帯を取り出す。それだけやる気があるのなら応急手当の講座を探してあげた方が良い。ちゃんと練習できるグッズなんかがそろっていた方が覚えるというものだよ。


『先日に翼ノ草で起きた轢き逃げ事故で、翼ノ草署は自動車運転過失傷害と道交法違反の疑いで梅野市に在住の無職、田迎良太郎被告を拘束しました。この轢き逃げ事故で意識不明の重態を負っていた小学2年生の山井麻耶ちゃんは病院で意識を取り戻し回復に向かっているとの情報が』


 少年2人がラジオを一斉に見下ろす。


 携帯を開いていると、別の情報がメールで届く。ああ、改方関連だね。中身に目を通せば、あまり気の良いものでもなかった。相変わらず銀行強盗の行方は知れず、引ったくりや痴漢や空き巣が何処にあったとか。工場の仕事の方も忙しくてなかなか帰してくれないから、相変わらず夕方の見回りは駄目だけれど、明日は仕事も休みな事だし、もう少ししたら夜は僕も見回りの散歩としゃれ込もうか。


 それにしても、少し本を読んで目を離している隙にメールが何十件も溜まるねえ。緊急連絡マークは無いけれど、亨くんがヤキモキしてパソコンに噛り付いて歯がみしながら処理している姿が目に浮かんでくる。問題が山積みというわけなんだねえ。


「おっさん、あの子はもう元気で歩いてるって」


 キラキラと目を輝かせる高山少年の横で、ホッ息を吐いている金髪少年がいて、もう少しだけ休憩したら仕事にするとしようかな。改方の方の。



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