バイシャ 3




 町の中でも裏と呼ばれる北方地区隅にある遊郭博打屋が並んだ更に奥の貧民居住区に生まれ、そこでのさばってたヤクザちんぴらその他踏みつぶして色町の頂点俺が大将なんて屋根の上で叫んでやったのは幾つの夜だったやら。


 北じゃ割と強い方だっていうのは今でも自信がある。それなりにガキの頃から勝ち取ってきた裏世界での人脈と信用、貧民としての結束力、そいつが俺の強みってわけだ。何も俺は強兵武国で有名なうちの国の騎士に混じって最強目指してるわけじゃねえし、従軍して痛い経験から実感するわけだがぜってぇ無理。


 はっきりさせよう。


 俺の目的はあくまで仲間の救済だ。城下町のちいせぇ地区のほんのちょっとの生きる権利を勝ち取りたい。色町っつうところは、ともすればイメージ悪ぃけど売られてきた奴隷とヤクザなオーナー、低賃金の過酷労働者が血反吐も飲んで税金絞られながら生きているわけだ。スラムよりは幾分人間らしくは生活してんだろうが、働けどまともに暮らせやしねぇし、スラムに追いやられるか死ぬかは結局紙一重なのに変わりがねぇ。


 税金だ、身分階級だ、住み分けだと俺達を管理する国の制度が仕事にしても給料にしても良い方に働かない。俺や少ない仲間とで力づくに押さえつけて治安が多少良くなった、しょせん個人的に出来るのはこれが限界なんだろうよ。でも死んだ、売られた仲間を思えばもっとどうにかしちまいてぇじゃねえか。情熱的だ、無謀だ、馬鹿だ、若いだ、夢見がちだ言われて諦め切れるか?


『だったら次はゴロツキじゃなくて貴族を相手にしてみない?』


 正直、ノリで頷いてなかったとは言い難い。が、カクウのお嬢様的理想の裏町改革レベルまではいかないまでも地元の連中が悲観する程には出来なくもないんじゃねえかってのが最初の打算だった。ただこの調子で目的までいけんの?ってのは俺も最近不安だがなぁ。結果がどうあれ、俺はやってみるだけなんだがな。それに貴族連中の突き刺す殺意にもめっきり慣れてきたしな。


 なーんて、油断したある日に兵舎であのイベントがきてやがったんだ。


 騎士っつったら何度も、何度でも言うが俺とコルコット中尉を除いてオール貴族だ。連中は当然豪華な屋敷を貴族街に持ってるから兵舎には住んだりしない。そもそも基本的に兵舎は普段から住む場所ではなくて騎士や傭兵の戦時中の寝泊まりが本来の用途な建物だ。庭師や兵士に召使、料理人、ついでに俺がちょっと例外で特別に共同生活してたりするのはご愛敬。


 ここに住んでる連中は城じゃ絶対目も合わせない他人のフリしやがるけど、平民の独身ばっかだし顔も合わせりゃ、くだらない会話くらいする。常々、俺の周りの負のオーラに巻き込まれるのだけは嫌だと抜かしては『まともじゃねえ』『鉄の心臓』『神経が太い』と敬遠されている。随分な言われようだぜ、カクウの差し入れにはきっちり手を出す癖に。


 んだもんで職場と違い住処は気楽ってなもんだ。その3階廊下を、夕飯腹におさめてプラプラ歩いていた俺は部屋の近くで一枚の掲示に目を止めた。こんな掲示あったっけ?


『闘技大会開催のお知らせ』


「ああ、そういう時期か」


 そうそう、3年に1度開かれる闘技大会は俺も近所の仲間と連れだって毎回観戦している国家行事だ。他国にあるという罪人と猛獣の殺し合いショーと違って白熱した剣と剣との純粋な力を競う真剣試合で、殺し御法度な健全で気楽な見せ物。


 この日から数日は町でチャンバラやってるガキが続出して、数年後に憧れのこの大会に出場しちゃったりするんだよ。参加者が傭兵や騎士達もいるんだから職業柄、優勝なんて到底無理だけどな。


 それでも記念にと参加する奴らは毎回後を絶たない。俺だってこの職についてなかったら絶対出ただろうし。


 それにしても貴族が横暴なのはガキでも知ってる事だがよぉ、今更ながら切ねぇよなぁ。性格根性うんぬんはともかく戦う姿だけは純粋にかっちょいいと思ってたのにだぜ?端から端まで姫様にかまけて頭ん中はお花畑。ピンクなオーラは女が出す分だけで十分だっつの。


 よくよく観察して見ていると若い世代と古参の世代で温度差はある。上級騎士は老齢や中年ばかりで現国王に近い年齢であり、さすがに姫様の姿を見て熱い溜息なんて吐いてる奴はいない。


 何事にも例外はいるけど。


 されど、中級騎士以下であるディズ大佐を始め次世代の騎士団の実態は姫様親衛隊じゃねえか。確かに俺から見たって姫様が可愛いのは喜ばしいさ。憎たらしいよりゃ可愛い方が仕事も楽しいってもんだ。


 ただ、その可愛いのが俺の人生に仇をなしてるんだよ。


「はあ、でも大会かぁ。賞金いくらだろうな」


 自分の継ぎ接ぎのある普段着を見下ろす庶民。優勝出来るなんてもちろん思ってないさ。別に賞金貰えたらなぁなんて妄想ぐらいいいじゃないか。


「なんだ、今頃チラシを見てるのか」


 背後から聞こえた淡々とした中尉の声に跳び上がって振り返る。


「こ、コルコット中尉!なんでこんな所に!!?」


 風呂上がりと言わんばかりに頭にタオルを被る中尉が手に腰を当てて右手に酒瓶。初お目見えの私服といえば黒基調のラフなものをお召しになっている。俺より小柄で普段は細く見えるのに、生で見る筋肉のしまりがまた凄い。中尉脱いだら凄い。


「兵舎にいるのは当たり前だろう。俺には家が無いんだから」


 ってか、家ないんだ!?


 まさか奴隷だっつっても中尉クラスがいるなんて思わんだろう。俺でも本当を言うと平民だったらありえねえ給料貰ってんだぜ。本来なら貴族の仕事だからな。それでも最初の契約でやたらめったらさっぴかれてるから貴族のマネごとなんて出来るレベルじゃねえけど。


 それにしたって俺は地元の方で金が要りようだから節約してるのであって、一人暮らしくらいやろうと思えば余裕で家が手に入る。


「部屋が馬鹿ほど空いているのに、いちいち家を買う借りるなんて金の無駄だ。こちらの方が城に駆けつけやすいし、管理も楽だ」


「俺1年以上も気づきませんでしたよ!?」


「俺は部屋にいる方が珍しいからな」


 兵舎にいないなら駆けつけやすくないじゃん!!てか、珍しいって何処にいるの!?


「ツッコミは口に出して言え。ああ、それとお前今年は間違いなく大会に出場する事になるから覚悟しておくんだな」


 さっさとチラシの斜めにある部屋のノブに手をかける中尉、部屋もめちゃご近所じゃん!?


 違う、今それに驚いている場合じゃない。


「大会に出場!!下っ端のヒラ騎士でなんの実績も初陣もしてない俺がエントリーもしてないのに出場!?」


 扉を開けて振り返った中尉は口角を上げた。


「考えてもみろ。堂々と久しぶりにお前を痛めつけられるチャンスだぞ。勝手に申し込み手続きぐらい計画してるだろう。それが逆にお前のチャンスでもあるが」


「いた、いた、痛めつける!?」


「まぁ、どさくさで殺されんようにな」


 中尉は特大の爆弾発言を残し、パタリと扉を閉めてしまった。


 泣きたい。










 そして大会の日は来た。もうあっさりと来た。殺し御法度ったって、骨折、意識不明、重傷は当たり前だぜ?前回の大会を数日かけて思い出していけば恐ろしげな光景ばかりが記憶から呼び起こされていくこの恐怖。


 出場者の席で死を覚悟し頭を沈める俺の横に誰かが座る。


「ふーん。あんたがトキヤ・シッポウか」


 顔を上げると赤毛で吊り目な女がいた。大きな刃物を重ねた得体の知れない武器を背負っている。露出度が高くて派手な風体でカクウには劣るものの巨乳で、傭兵だろうか?騎士連中の間ならともかく無名の俺の名前を知っているってことは。


 ジロジロと頭から足先まで遠慮なく値踏みして、結論ショボイと判断されたんか嘲笑された。


「どちらさん?もしかして一回戦の相手が俺を偵察にきたとか?」


「コネで入った下級騎士を相手に?傑作、逆にあんたがすべきじゃない?」


 まー確かに初心者だし情報は事前に取り込みてぇよな。いやちょっと待て、それにしたって俺がコネで入団したなんて内輪の情報を知ってるなんて城勤めの兵士か一部のダチ位だぞ。城の兵士か?


「あたしはラキタス・シェーバ。そんじょそこらの騎士なんざいつもは興味無いんだけど」


 多少女にしては丈夫そうな指が俺の顎を鷲掴みにする。


「才能がありそうだって珍しくあいつが褒めるから見に来てやったのに、これならどっかの色ボケ女の方が手ごたえありそうじゃない。


「あいつ?色ボケ?」


「あたしは階級と実力が比例しているとか、騎士の方が強いだなんて勘違い野郎には癪が触るわけ。だから馬鹿共にどっちが格上か身体に教え込むのよ、派手にね!」


 顔をつかむ手を振り払って問いかけるが、このラキタス、人の話を聞く気が無いのか話を変えやがった。


「あー、俺は別にそういう階級がどうのって偏見無いつもりだけど、この国の騎士ってマジで洒落にならない身体能力してるから大怪我させられんよに気をつけた方がいいぜ?死人がでたっつう話は聞いたことねえけど大怪我で運ばれるみたいな派手なのはバンバン出るから」


 釘を刺した俺を一笑してラキタスは足を軽く上げた。その動きに目をやったと同時に凄い音が鳴った。周りの人間がギョッとして後退り下を見れば粉砕されていた。石床がおもっくそ粉々にだよ!!


「油断っていうのよ。あんたに忠告してやるとしたら一番はこれでしょうね。女は無害だって偏見も辞めた方がいんじゃない?特にブッてるどっかの誰かは並の騎士よりゃサンドバックになるわよ」


「ラキタス、そういう危険発言は心の中でしておけ」


 俺は目が点になった。


「こ、コルコット中尉、出場してたんですかっ!?」


 ラキタスの横に見た顔が並んだ。それぞれ大会では仕事外ということもあって制服ではなく、誰もかれも私服で来ている。着ている物と態度でおおよそ貴族だ平民だくらいの判断はつくがパッと見、誰が誰か見慣れないせいで分からなかったりする。コルコット中尉のもそれでいつもはオールバックにしている髪がおりているせいで誰かと思った。私服はツギハギこそないがそこそこ上等な黒っぽい服で、ともすれば裏町の中でも特に暗黒街とか闇町と呼ばれる方の裏町の方の人間に見える。


 まさか出場しているなんて。こんな行事ごとに興味あるように見えないから、安心してたのに!!


 そんな俺の心を知ってか知らずか中尉はこちらを振り向き喉を鳴らして失笑する。


「そりゃ出場するさ。言っただろうが、堂々とお前を痛めつけられるチャンスだと」


 瞬き。


「え・・・・・・・・・?」


 俺は凍り付いた。


 それを見て無表情に戻って中尉は明後日を向く。


「冗談だ。親の七光りで自分の階級が高いから偉いなんていう馬鹿な貴族を黙らせるのに効率がいいから毎回出てるんだよ、俺は」


 ホントかよ。ってかものごっつ、どっかで聞いた台詞だな。しかもついさっきに。


「お、お手柔らかにぃ・・・」


 ラキタスは素知らぬとばかりに喉を鳴らした。俺より少し身長が低いのにもの凄く見下されてる感じだ。いや結構背はでかいな。コルコット中尉よりちょっとでかいかもしれないくらいにはあるぞ。


 なにはともあれ俺の脳裏には激しく痛い嫌な予感がひしひしと湧いてきていた。棄権しちゃダメなのか、腹痛とかで。










 選手用の席で俺は頭を抱えて地面を睨んだ。脂汗がダラダラと地面で水溜まりを作りそうだ。


 どうするよ、本当にもう逃走しかなくね?よりにもよって一回戦の相手が誰だと思うよ?コルコット中尉や前にからんできた3人組より何ランクも高位の、俺にいつか『これで終わったと思うなよ』と殺気バリバリに言って去られたディズ大佐ですよ貴方。


 位が高いから偉いとか強いとかの段階の人じゃねえ。訓練ではもう何度しばき倒されたか。マジ強ぇんだよ。何より目が怖い!俺に殺気を放つ連中の中でも一位二位を争ってるんだよ!


 ああ・・・だからって棄権してみろ、勝手に俺をエントリーした先方が満足するだろうか?っていうか、仕組まれたんだとしたら逃走を妨害する用意も出来てんだろうな。希望的観測で推測風に言ってみたけど、試合表で優勝までの俺の対戦相手はどう転んでも優勝候補みたいな豪腕の大粒揃いにされているのを確認させられた。コルコット中尉は冗談だと言ったが3回戦には当たっとるやんけ。


 最悪のシミュレーションをしてみよう。


 ギリギリまで俺を痛めつけて、わざとディズ大佐は負け次に回す。アレン中佐かキリニング少佐に滅多打ちにされて、やっぱりわざと負けて次に回す。これを繰り返して優勝までに意識不明の重体に陥る俺。


『言っただろうが、堂々とお前を痛めつけられるチャンスだと』


『お前を痛めつけるチャンス』


『痛めつける』


 頭の中で中尉のエコーが響く・・・。


「まだ死にたくねえ!!」


「こらこら、この国の大会は殺し御法度だぞ」


 天を仰いで嘆く俺に鈴を転がすような心地良い声が耳を撫でる。


「でも確かにちょっと運が無かったな、棄権するのか?」


 横を向くとミア姫がドレスを脱いでどっかで見たような庶民風の服と帽子で観客席の柵からトキヤを見下ろして笑っていた。叫びかけた俺の口を姫はバチンと押さえる。


「お忍び中!」


 痛ぇっす。


 それはともかく、小声で何事かと問いつめる俺。何せここは王族のアリーナ席とは真逆の汗くさく胡散臭い連中までたむろす出場者用ベンチ横。庶民もいる場所で護衛も連れずに貴族がいたら騎士でも無い限り安全とは言えない。暗がりに連れ込まれて悪漢にイヤンな事をされたらどうするんだ。


 いや、カクウの事はさておき。


「とにかくこのままではか弱いご婦人の方には危険です。身元のハッキリした人間ばかりではありませんし、邪な気持ちの者もいないとは限らないんです。せめて護衛をおつけにならないと」


「だって、護衛なんかつけたらトキヤに会いに来るどころか妨害されるもん。それに危ない人間に会った時の護身術や逃げ足だって自信あるぞ?大丈夫だよ。それと、あのさ、仕事中じゃないんだし煩い連中がいるわけでもないだろ?普通に喋らない?その・・・今だけでも」


 姫様の走ってる所なんか見た事ないから分かんけど、護身術っつったってどうよ?いやもうホント、金的、目潰し、なんでもありの頼もしいカクウのことはさておき。


 不安げにこちらの顔色をうかがう姫は段々と表情を曇らせていく。分かってはいるんだ、カクウみたいな友達や慕ってくれる騎士やら何やらはいても同等の立場で喋れない姫。俺達には分からない孤独感や寂しさがあるんだろうな。イベントがあったって奇声を上げて馬鹿騒ぎなんてせずに、お上品に静かな空間で座ってるんだろう。


 カクウは武道大会で興奮こそしないが卑怯だの可哀想だの、別の意味で奇声を上げて騒ぐ。そういうのに姫は憧れているんだとカクウから聞いた覚えもあったか。


 姫が沈黙の間を押して頬をピンクに染め、グッと身を乗り出してくる。


「あ、えっと、あのさ、トキヤは無理だと思ってるかもしれないけど私はちゃんと勝てると思うぞ、ディズ大佐にだってな。もちろん戦うんだったら応援する・・・けどもし、もしも棄権するんだったら・・・私と観戦」


 言いかけた所に騒がしい声共が割り込む。


「いよう!トキヤ、闘技大会に出場なんてやるやーん!!」


 ミア姫は咳きこんだ。俺は出場者用の席と区切られてる柵から身を乗り出して近づいてくる見慣れた集団に目を剥く。あれ?なんで出ること教えてねえのにって、カクウか!ああ?ってことは、あいつ俺が勝手にエントリーされてるの知ってたってことかぁ!?


「さすが俺達の出世頭、なんで黙ってっかなぁ。事前に言わねえから休みとれなかった奴らめちゃくちゃ怒ってたぜ」


「もうカッコいい!トキヤくーん!!抱いてえー!?」


 ざっと数十人か、兄貴と父ちゃんまでいる。お祭りの好きな兄貴はさっそく俺の顔に拳を押し付けて楽しそうに騒ぐ。


「まったくうちの弟は何でも急というか、言えよなー、こんな面白そうな事」


 父ちゃんはのんびりとため息をつく。


「なんとなく母さんと今年辺り出そうだって話はしてたがな。うちの息子達はハタ迷惑なぐらい派手好きだからな」


「おい、止めろよ馬鹿兄貴!つうか父ちゃん俺は進んでエントリーしたんじゃねえんだよ、今回は。それに別に派手が好きなわけじゃ。それより母ちゃんは・・・混雑嫌いだからやっぱり来てねえか。なんで、みんな仕事どうしたんだよ」


「そんなん色町と長屋の貧乏人らやで、力業で休んできたったわ。そやかて、仲間の晴れ舞台や見逃したない。一日おまんま抜いたって応援に来るて。もちろん、優勝賞金で奢ってもらえると思ってるけどさ」


「シノ・・・・・・」


 感動だけど優勝は無理だ。


 突然背後から囲まれる形になり固まっていた姫に、ようやくリキが気づいた。


「あ、なんや、えろぉ美人な姉ちゃんおる・・・逆ナンかいな!?」


「やだわ、トキヤくんにはあたいという人がいるのに。男が欲しいなら他を当たってよ。っていうか、何、この娘もしかっ」


「おいいい!!」


 俺は心臓が背後から打ち抜かれる勢いで柵から身を乗り出しそっ首を捕まえる。


「もう、ほんと黙れ、頼むから黙れっ」


「ああーん」


「痛い!凄い痛い!僕だけ締めすぎトキー!!」


 周囲を素早く見回すと近くに騎士も傭兵もいねえ。騎士に両脇固められるのが恐ろしゅうて一般客席が隣接してる出場者席端に座ってたんだが、何が功を奏するか分からない。知らないってのは恐ろしい。下手なことを口走ったのを見咎められてぶった斬られるかもしれねえだろうが。まして貧民や隷属集団、殺されても軽く器物破損扱いなのはご存じの通りだ。


 ぎゃいのぎゃいの騒ぐ2人を横に我が父ながら父ちゃんはマイペースに姫と静かに見つめ合っていた。ああ、これ以上の失礼は止めて!焦る俺を余所に父ちゃんは軽く頭を姫に下げた。


「すまないな。あの子達はみな教養のない区域から来た若者なので悪気があるわけではないんだ。気分を害さないで欲しい」


 ナイスフォロー父ちゃん!姫は手と首を振って否定する。


「いえ全然気にしていないから謝罪なんて・・・(逆ナンってなんだろう)。トキヤの、お父様ですか?」


「初めまして。俺も教養があるわけじゃないから敬語は勘弁願いたい。トキヤと違って正しく扱えるか分からなくてな」


 さすが俺の父ちゃん、若者とは違うね!だがしかし、姫がただ者でないことにも気づかれているな。このままでは王族出現で一帯がパニックになってしまう。姫の意向じゃないだろうし、どうしたもんか。引き替え、姫はキョトンとして父ちゃんを見上げ、フワリと柔らかく笑って見せる大物ぶりを魅せた。


「私のような若輩者に敬語などいりませんよ。友人のキャシルと申します。いつもトキヤにはお世話になっていまして」


「ひ・・・めじゃなくて、え?キャシル?え?あいや、そんな俺はお世話なんて」


 動揺しすぎて不味いことを口走った気がするが、今はミア姫に注目が集まっていて誰も俺の言葉なんて聞いてやしなかった。ニコニコと笑顔を振りまく姫にある者は見とれ、ある者は鼻を伸ばし、ある俺の兄貴は眼鏡を上げて姫に顔を近づける。


 って、こら兄貴。


「この娘キャシルっていうのか?俺はてっきりあれだと思ったのに。ほら、トキヤの心の恋人の」


 俺は顔面から一般観客席に落下、すぐさま兄貴に跳びかかって首を締め上げる。


「本当に頼むからいらんこと口走らんでくれへん!?」


「ギブギブ!!」


 思わず地元訛りにもなるわ!


 兄貴を解放すると俺は痛い胸を押さえる。なんて孤軍紛争する俺の背筋に冷たい視線が突き刺さる。恐る恐る見上げるとミア姫とシノ他女達からの冷たい視線が俺を見下ろしていた。


「心の何って?」


「へ、あ、な、何言ってるかなキャシルってば、んなの兄貴の冗談だって!もう馬鹿な事ばっかり言う奴で、俺に恋人なんて出来た事ないのに。思い込みも激しいから、あは、あはは、はは」


 て、人が必死に話をそらそうとしてんのにタツノが口を開こうとするので俺は素早くすねを蹴り上げた。


「はうあっ!?」


「さぁ、さてと俺すぐに試合だよ!ディズ大佐は強敵だから作戦練らないとな。キャシルも俺の友達がいれば危ない事も無いし、できれば父ちゃんや女の側がより安全ということで!!」


 サッサッと俺は柵を跳び越えてフィールドに向かって走っていく。


「トキヤ」


 後ろからミア姫の声が追って来て、後に消えるように頑張ってと微かに届く。


 せっかく総出で応援にまで来られたらもうやるしかねえじゃん。そろそろ入場場所で待機して、そこでほんとに作戦練って、無様になってガッカリされんぐらいには良い試合が出来るよう食い下がってみるか。気力で勝とうなんて甘い相手じゃないけど俺も最近はコルコット中尉相手にそれなりに鍛えられたもんで、地味に持ち技は増えている。普段の制約だらけの試合ならともかく、今回は異種格闘技の割となんでもありな試合だし、まあ騎士としての出場だからマジでなんでもありやるわけにはいかねえけど少しぐらいなら。


 そういえばさっき自然とため口きいてしまったが良かったんだろうか。敬語は無礼講よ、みたいには言ってくれてたけど。


 姫、わざわざ来てくれたのにろくに喋れなかったな。ちょっと素っ気なかったんじゃないだろうか、俺のために来てくれたのに。


 俺のために。


 楽しそうに笑うミア姫の顔が浮かぶと身の危険も忘れて口元が緩む。俺は姫に貰った剣の柄を走りながら握りしめた。
 

 試合、無謀だけどやるしかねえ。気合いを入れ直すぜトキヤ・シッポウ!


「貴方に、勝利を捧げるために・・・なんつ、ってのわあ!?」


 足下が何かにけつまずいて壁に横っ面激突。痛っぇ、んだ何で引っかけたんだか頬をさすって俺は振り返り、見つけて顔が引きつった。笑みの形で痙攣する口角、緋色の炎が燃える眼光、その彼の長い足は惜しげもなく廊下に突き出され俺に殺気を放っておられます。腕を組みながらゴセルバ・ディズ大佐登場。


 お久しぶりですね、なのにかなりご機嫌麗しいご様子。


「いっぺん逝っとくか、貴様」


 あかん。


 やっぱ無理。










 一般の観客席となるとやはり少し見えにくいけどトキヤの友達が早くから席を確保していたらしくて、お陰で顔が見えるぐらいの場所では観戦が出来る事になった。


 うん、それは良いんだ。


「キャシルって何処に住んでるの?」


 ニコニコと聞いてくるのはシノという女。同じ年だというがやはり平民なせいか、いや見下すつもりはないけれど、どうしても何処か自分と違うと感じてしまう。ピッタリ張り付いて話しかけてくるし、この中では一番多く会話していると思う。かつてこんなに初対面で積極的に話しかけてきた女は今までになかったし好感を持ってもよさそうなものなのに顔が引きつりそうになってしまう。


 それでも私は猫かぶり用の笑顔でニッコリ返せた。


「町かな」


 確かにこの城下町の中で居住しているとはいえ住んでるのは城だから半分嘘だ。不親切だが正直に答えてはいけない気がする。


「うふふ、そう、村じゃないの。ちなみに町ってこの町かしら。ところで町のどの辺かしら?」


 笑顔のまま聞いてくるシノ。そんな事を言われてもカクウに聞いた話と地図だけで地理が出来てる私にはボロを出さずに嘘を吐けないから曖昧にしか答えられない。だって城の外は馬車でしか行けないのが基本なのだ。城内でしか自由行動は許されない。たまに脱走したりぐらいはするが、それだってせいぜい貴族街で、カクウいわく治安の悪い裏街は元より平民街には足が伸ばせない。昔にやり過ぎて城内に徹底隔離された思い出は最悪のものだ。


「ここから東の方面」


 笑顔のままでシノに答える。


「そう東なの。貴族連中の方面・・・キャシルってもしかしてカクウちゃんのお友達だったりするの?」


 そうだ、カクウってトキヤだけじゃなくてあの辺一帯で友達作ってたんだった。私が友達だって言ったら少なくとも貴族だと判断されるな。でも違うと言ったら後の会話でヘマして尻尾を掴まれるかもしれない。ん?尻尾を掴まれるって、そういえばシノはあからさまに私の事を探ってる感が。


 しばし考えて張り付かせた笑顔で頷く。


 この女の違和感が分かった。


 黒いんだ。


 笑顔の裏が黒くて友好と真逆の意があるんだ。


「カクウとは仲良くしてもらってるよ。シノとも友達なんだよね」


「そうね。偉ぶったりしないし仲良しよ。でも今はキャシルの事が聞きたいわ」


 と言ったところでタツノがシノを押さえる。


「おいおい、トキヤが出てないからって試合観ようぜ。で、キャシルは俺とお喋りをば」


「お黙り」


 シノの眼光によりタツノはあえなく撃沈。そして、私に戻した視線はもうニコニコしていなかった。崩れて戻すのを止めたらしい。ついに本性出したな。


「ちょっと、貴方一体何処でトキヤと知り合ったわけ。カクウに綱渡しでもしてもらったの?」


「うふふ、何が言いたいのかなぁ?」


「ふ、ふふ、分からないなんてキャシルったら、頭が弱くていらっしゃるようで」


 私とシノの間で高らかにゴングが鳴った。


「僕やっぱ友達やしトキヤに200円かなぁ」


「まさか。大佐だろ、俺は300円」


「あ、俺も混ぜろ。トキヤの奴、すね蹴りやがって俺も大佐に100円だ!」


「オラは大佐に15円で・・・・シノに20円」


「せやったら僕は女の戦いは引き分けに終わるが50円やな」


 貴賓席じゃありえない騒がしい戦いが今、激しく熱く燃え上がる。



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