バイシャ 4
さぁ、やってまいりました処刑の時間。
選手入場であります。
拝啓、お母様。最後にご尊顔拝見できず誠に残念であります。思えば俺という息子は色町を牛耳っていたゴウトに襲撃をかけて病気の母親を大激怒させ、闇町で人肉用で売られた奴隷のダチの脱走に手貸して裏オークションの元締めんとこと派手にやりあって親を泣かし、羅列していくとアレな息子だったろうけど、親孝行らしきことも一切せずに先立つ不孝をお許しください。
でも仕方ねえだろ、目の前で殺気バリバリのディズ大佐が剣を素振りしてるんだけど。あの風切り音が激しいんだけど。これ鎧とか砕けるんだけど。
ああ、姫、この人はご法度破る。破る気満々だって!!
大佐が剣を構えて俺に目を据えた。
「試合前に言っておく」
大佐が審判の開始合図を前に口を開いた。
「このゴセルバ・ディズ、相手が平民出の優男であろうと手加減などという無礼な行い一切せず油断なく全力でもって獅子を倒すが如く剣を振るう事を宣言する」
「要約すると・・・徹底的に痛めつけたるから覚悟せえや、コラァ!!・・・って事ですか」
「ふっ。曲解を」
直訳出来たと思う。
素振りを止めた大佐が構え、俺も慎重に姫から貰った剣を構える。ただ、騎士として鍛えられた構えは止めておいた。腰を低くして剣を持たない手も攻撃に備えて、喧嘩殺法が剣技に勝るとは思わんが。
「では、試合始め!!」
なんて、戦略も死線の回避方法も考えさせちゃくれんまま鐘は鳴って戦闘が始まっちまう。
「どらああああああああっっ!!」
殺気もりもりで大佐が剣を横に振りかぶって突撃してくる。もう、騎士の優雅さとか一個もないから。この人なりふり構わないから嫌!
応援の声がいくつも俺の耳に届く。
きゃー、格好いい!死ねートキヤ!!とか一部不適切な応援があったような気もするが、俺はグッと足に力を入れて体を横に、剣を斜めに構えて拳を剣の腹に打って剣先をいなし、その場を凌ぐ。力負けする重い剣でも切っ先の向きを変えるだけならなんとかなる。にしても完全に喉笛に真っ直ぐ突いてきやがった!!
視界に入るのはそっと手を組む心配そうな姫。
攻撃の後は隙を狙い、横薙ぎに胴を狙えば甲高い音を立てて大佐の鎧が鳴って一撃。
浅い。
しばし、会場に沈黙が落ちる。
決定的な一撃の判定はとれず大佐はその中で剣を切り返して俺の剣を払いのけた。横から斜めに鎧の隙間目指して突きが繰り出されて慌てて俺はその剣を上から叩き落とし体重をかけて高く飛ぶ。沈黙の会場から歓声が上がる。
上から勢いをつけて俺が斬りかかれば大佐が身を低め上に向かい突きを構えた。
逃げようのない空と攻撃を繰り出す地からの応戦、これで勝負が決まるか!という雰囲気の中で俺は突きが出る瞬間を見計らいガチンコせずに切っ先を払い捨てた。真っ正面からのぶつかり合いを予想していた場面をするりと滑り落ち、俺は全力の攻撃で腕を伸ばしきった大佐の首筋に剣を滑り込ませる。
ガチで正々堂々斬り合う気だった大佐は呆気に取られたままの顔で動きを止めた。再び会場が静まりかけた時、再び聞き慣れた声が場違いに素っ頓狂な歓声を上げた。
「マジっ!!?ちょお、僕の勝ちやで金寄越しや!!」
「うっわ、リキの1人勝ち!?ありえねえっ!!」
人が命を賭けて戦ってたっつうのに、にゃろう。
審判が俺と大佐を繰り返し見て、恐る恐る旗を上げた。俺の勝ちだって示す白い旗を。
旗が上がった途端に観客席が揺れるぐらいの歓声、歓声・・・微かに聞こえるブーイングが選手席から。信じられない成果だ。舐めて油断してたのか、それとも俺が強くなったのか。どちらにせよ勝った。姫の方を向けば柵に足を上げて拳をガッツポーズして喜んでいる(男らしいです、姫)。
それから、あんまり向きたくないけどディズ大佐の方を見れば負けた代わりに殺人光線を・・・向けているかと思えば剣をしまって真っ直ぐと立っていた。俺も礼儀に従い一礼をして並んで選手席へ戻るも、ディズ大佐は黙してこちらに殺人光線は向けてこない。
お、おお、おかしい。
ここ1年半で学んだこの大佐の行動パターンから言ったら、歯でハンカチを噛み千切らんばかりに歯噛みして悔しさに発狂ぐらいするはずなのに、なんだこの礼儀正しい騎士っぽい人は。いや、なんかいつもより手応えもなかったし本調子じゃないのか?
「なんだ、人の顔をジロジロと」
客席から隠れる廊下に入ると大佐の顔がいつもの根っから俺が嫌いだという歪んだものに戻った。でも俺の方は見ない。
「は・・・いえ。申し訳ありません」
「負けた男の顔を勝者がジロジロ見るもんじゃない」
まともなこと言ってる。
「油断はしていない。始めにそう言った。疑わずともちゃんとお前の勝ちだ。言い訳などすまい」
そういえば、コルコット中尉を騎士に推薦したのはディズ大佐だと言ってたな。
隷属のコルコット中尉を差別するどころか騎士に推薦までした貴族。それこそ当時が前代未聞の話だっただろう。貴族以外に騎士の位を与えるよう上申したんだ。それもディズの家柄は上級騎士大将位が当主で正真正銘の大貴族。俺は嫉妬でちょい酷い事もされたけど、仕事はきっちりしてるし下働きの連中にも評判が良いらしい。姫からもよく話しかけられて信頼されているような節も見かけた覚えがある。
「さすがは騎士となった者だ」
中尉みたく根は意外に凄く良い人なのかもしれ・・・
「次は殺す」
ない、なんて都合の良いお後はくれないディズ大佐。分かれ道でスッと俺と逆方向に歩いて行き去り際には殺人予告。
あの人の残す捨て台詞っていつも怖ぁ〜い・・・・。
ああ、俺に幸あれ。
両腕を抱いてお空に視線を飛ばしガタガタ震える俺。その背中にトドメを刺し込むが如き鋭い一撃が炸裂して俺の体は後ろに折れた。なんだか意識が飛びそうになったが正気は保った。後ろで攻撃しておいて晴れやか爽やか鮮やか笑顔な女が視界に入る。
「あれ、気絶しない?うーん・・・タフね。さすが平民からのごり押し入隊者。あたしも推薦してあげたかいがあるってもんだけど」
「お前がなんでこんな所に・・・ってかナニでどついてんだ、お前は!!」
カクウは壁に石でできた剣のレリーフを戻して肩を少し上げる。
「ちょっと問題が起きてね。あんたみたいな下っ端に独断で言っちゃっていいのか知らないけど、ぶっちゃけ賞金が盗まれたの。目撃者もなくね。あたし姫の居場所を誤魔化すために個室バルコニー席を陣取ってたんだけど、緊急で連絡がきてね」
知らないなら言うなよ。
「ってサラッと凄いこと言ったな。賊が闘技場に混じってるってのか」
お祭り時は事件が起きやすい。だからいつも以上に厳重に警備網が張られてるはずなのに。
「問題はそこじゃないのよ。いい?厳重警備、なのに賞金がまったく気づかれずにいつの間にか消える。これは外部犯じゃないなって話しになったの」
外部じゃない?まさか、腐っても忠誠心だけは溢れてるこの城の騎士が?不忠義者なんかいたら凄ぇ目立つだろ。もしそうなら容疑者の名前なんて軽くあがりそうな気が。
「でね?姫様を回収しないといけないわって、ギャラリーに向かってる最中にちょっとここからは盗み聞きした情報になるんだけど、その路線で行くと貴族がはした金に目がくらむはずないだろうって、にべもしゃしゃりも無く容疑者にあんたの名前が挙がったてたわよ」
「なしてええええええ!!!?」
俺は真面目に推理するのをやめて自分のピンチに素直に全注意を向けた。
「あんた嫌われてるもんね。あっさり名前が出たし担がれてるか、良い機会だから潰そうとされてるのか。せめて背後からボロボロにされて医務室に運ばれれば賊にやられたと思ってくれるか、良くて時間が稼げるかと思ったの。てへ」
「てへ、じゃねえよ」
「・・・まぁ、どちらにせよ」
背後から第三者の声が割り込んだ。先ほど別れたばかりのディズ大佐が騎士を2人たずさえていつの間にか背後で腕を組んでいた。更にはにべもなく号令をかけ、騎士2人が俺の両脇を挟んで拘束。大佐は片腕を挙げる。
「とりあえず連行」
「む、無実だああああああ!!」
ハンカチで目頭を押さえて手を振るカクウ、少しぐらいフォローしろや。
石壁の取調室に座らされ、何故か拷問道具が並ぶ壁を見ないように俺は訴えた。
「今日、大佐は大会のため休業とちゃいますん?」
「怪我もなく1回戦で負けたお陰で問題もない。休日など忠誠の前には有って無きが如し」
「仕事熱心ですね」
泣けるわ。
「さて」
ディズ大佐はギラリと目を光らせて机を叩きつける。
「国外追放と鞭打ちによる殉職とどっちが良い?」
「すでに処分の話ですか」
「大佐、隣部屋に拷問の道具を一式追加しました」
「選択肢が拷問にロックオン!強制イベントも甚だしいな、おい!!」
どうせ大会でも同じ様な運命だったんだろうが、何が悲しゅうて不名誉な私刑に処されとるんじゃ俺は。涙目で打ちひしがれていればノックが。返事を待たずに扉が開かれたそこにはオールバックの無表情騎士。おお、友よ!!
中尉は扉に背中を預けて肩を上げた。
「貴族でない騎士を袋叩きにするサブイベントがあるらしいから参加しにきたんですが、どうせ呼ばれるだろうから自主的に」
そうだ・・・俺以外に1人だけ貴族出身じゃない騎士。一部の貴族に中尉が疎まれているという事実をこの目で見たのは久しくない。くっ!あんまりじゃないか。俺は机を叩いて立ち上がり大佐に抗議の目を向ける。
「コルコット中尉の忠誠心が強いのは今まで見てきて誰の目にも明らかじゃないですか、犯人なわけない!第一、中尉を騎士に推薦したディズ大佐が信じないで」
が、中尉は扉にもたれたまま手を横に振っていつもの無表情で無下に言い放った。大佐の方は冷めた目で俺を見ている。
「いや、殴る方で」
・・・・・・・・・・・・・・・・え?
「ちょっと」
なんだか泣きたくなる今日この頃、入り口に手をかけて廊下から無駄に偉そうで派手な剛力戦士ラキタスが姿を現す。
「ゴセルバ、ダンドロが例のの捜査で探してたわよ。こんな所で馬鹿からかって遊んでないで負け犬はとっとと仕事しろっつうの。今日中に解決しなかったら城の穀潰しって呼ぶわよ!試合は中止になるわ事件があるごとに面倒に巻き込まれるわっての分かってるわけ?」
「冗談はさておき全騎士招集命令の拝命賜りました。まぁ、例の如く容疑者はここに投獄、事件解決まで留置処置ですが」
中尉に淡々と言われた容疑者の単語が俺の頭を重く打った。
大佐が部屋を出て行く前に何かを言ったが頭に入らなかった。部屋の中には俺と、全騎士招集のはずなのに何故かコルコット中尉と、更に何故かラキタスが部屋に残って外にはかんぬきがかかる。窓は鉄格子で狭く逃げ場はない。圧迫された狭い部屋は隣の拷問道具の揃った禍々しい部屋にしか通じておらず開け放つ気にもならない環境だ。
冗談じゃないぜ、陥れられたのだとしても誤解なのだとしても真犯人が見つかる率ってどのくらいだ?騎士だから疑われて平民だから留置。よりにもよって父も友も応援に来てくれた大会で。
「んでだよっ!!」
石壁を拳で叩きつける。生活していくのに確かに金は必要。必要だけどっ!
「俺は金が欲しくて騎士になったんじゃない!!この国が、少しでも誰でも生きていけるように変えたくてガラにもなく貴族に反抗もせず従ってきたってのに、こんな馬鹿な疑われ方があるかよ!!」
拳を握り締める俺にラキタスが机の上に座って顎を上げる。
「狭いんだから騒がないでくれる。たかが一回捕まったぐらいでギャーギャーと、これだから男は」
今の、今だけは溢れてくる感情を抑えられなかった。俺は気持ちに任せて怒鳴りつけていた。
「他人事だと思って、逆境で仕事してねえ奴はいいわな!誰にも認められずにいるのがどんなに重くて辛いかなんて考えもしねえんだろうよ!?粗末な扱いにも限度っつうのがあるってんだよ!」
その言葉にラキタスは眉を寄せて皺を刻んだ。机から降りてこっちに歩いてくると彼女は俺の殴りつけた壁をど突いた。
「ガァタガタとうるっさいんじゃ、このなんちゃって騎士が!!こっちもせっかくの祭りに茶々入れられてブチ切れてんのよ、分かるかいこの玉無し野郎っ!」
俺の壁につけたままの拳が沈んでクレーターが出来る。
「なんっ」
「あんたの騎士の宣誓なんざ聞いてねえわけ!それともここで特別に相手してやろうか?ああ?次に同じ事を言わせたら顔面埋めてやる」
俺にプライド?はは、無いし!
「粋がってすんませんでしたあ!!」
泣きそう。体がガタガタ震えますがな。あら不思議、上ってた血が逆に足りなくなって貧血起こしそうだよ。まいったね、これ。あは、あははは。
「ふん」
クレーターから拳を引き抜いたラキタスは盛大に崩れた石をばらまきながらツンと顎をそらしてテーブルの上に腰を落ち着け足を組む。その横で地面に手をついてこっちは人生のなんたるかについてを考えりみた。俺の日頃の行いはそんなに悪いだろうか?ちょっと不満漏らすことすら俺には許されないんだろうか?
この想いを今すぐ誰かにやつ当たりたい。
「お前が逆境?それだけカードがそろえば悠々と追い風にでも出来るだろうが」
中尉が机に直接顎をのせた、ちょっと普段見ないぐらいのだらけぶりで指を折る。ってか、無表情で全然動揺しない上にくつろぎタイムかよ、この人。ああそうでしたよ。この人もそういや鉄のハリボテ叩き折る人種だったよ。
「後生大事に誰も利用しない、宝の持ち腐れだな。国王の側近の娘、花町にいる手下、一国の王女、出自が格下の先人。利用の仕方次第で俺ならストレートフラッシュだ」
だらけたままポケットから中尉はカードを取り出して軽く振る。それをラキタスが奪ってシャッフルしだした。
「はん、あたしコネは嫌いよ。特に親の七光りなんて糞ね。やるなら実力でロイヤルフラッシュ」
手慣れた感じでラキタスはカードを3つに分けて5枚ずつ配り真ん中に束を置く。
「差しあたって面倒な仕事をやらずにすんだんだ。むしろ良い休憩時間だろ。たかが誹謗中傷如きで糞真面目に立ち向かうな。貴族なんてまともに相手をしても馬鹿をみるだけだ」
「休憩時間って、え?それまさかポーカー始めようとかしてたり」
「で、今回は何賭けるの。中尉になったくせにしょぼい物なんか出したら身ぐるみ剥ぐわよ。ちょっとそこの馬鹿犬、サッサと座りなさいよ」
何故かそこは傭兵の詰め所か酒場の片隅と化した。
確かに、確かにここにいるのは騎士と言ってもスラム出身だったり?黒い遊びが売りの色町出身だったりするさ。後はといえば何者かも分からないおそらく城の関係者らしき怪力女だ。考えてみりゃこれどういう組み合わせよ。ってか、中尉仕事行かないの?
マジでポーカーやり始めた2人を前に色々疑問も沸いたが聞けもせず、ポーカーに混じるはめになった。やることもねえからなぁ。
・・・ぅっし。言っとくけど俺、賭博場の本場出身だから強いぜ?
ダラダラとポーカーは続いて、飯の時間になれば昼飯が配給された。それはまあ忘れられてなかったんだなぁって感じなんだが、内容がおかしかった。いや、一応犯人扱いされているわけなんだから干し肉でも投げつけられるかぐらいに考えてたわけよ。飯だーって言われた瞬間。それがどうよ。何故かかつて食った事ないような豪華な名も知らない料理がテーブルに並べたてられ、清廉な布の上に大量のフォークとナイフが並べたてられるわけよ。コックの代わりに兵士が運んでくる以外には何処の貴族だってもんだ。
ただ、運ばれた料理の横に並ぶ大量の食器を前にテーブルマナーという単語で喉が詰まる。その俺をよそにカード片手に2人とも手づかみで味付けられた分厚い肉にかぶりついた。相手にカードの中身を見られることを警戒しながら。
って、ちょっと待てい。俺だってフォークぐらい使うぞ!?
「見咎める奴がいないのに人間のフリをするのが面倒」
なんだか中尉の出自が丸見えだった。もういっそ野生動物か。
そんなことをしていてどれくらい時間が経ったことやら。いつまでここに拘束され続けるのだろうか。捜査をしているらしい騎士連中は俺が犯人だという証拠物件を探しているのか、新犯人を捜しているのか。一体どういう流れで事が進んでいるのかすら分からない状態はイライラとする。知らされる権利も与えられない。ただここにいろっていうのはあまりにも勝手じゃね?誰が納得すんだよ。
まあ、それが世の常識か。貴族様の言う通りってな。
やっぱり俺が犯人だって言いがかりつけられて処分されるようなら俺は暴れてやる。
溜息も出るだろうが。昼飯も過ぎてそろそろ陽も落ちてくるだろう手前に差し掛かって、ラキタスはまたイカサマしようとしている。賭博の本場ということはイカサマの本場でもある。ヒョロリとしたソバカス顔の一見人畜無害そうなダチのリキは身体的には優れていないが詐欺やイカサマに関してはプロフェッショナルでよく騙されていた。おかげで俺も手口にはかなり詳しくなっちまって。
ラキタスが袖口からすり替えようとしたカードを止めようと口と手を出そうとした所で、中尉が小さく手を挙げて口元に指を立てる。足音だ。廊下で誰かが走る音がした。
それはこの部屋の扉の前で止まる。
扉が強く叩かれた。
「トキヤ!?」
この声は・・・。
「ミア姫?」
「やっぱり、予想通りかっ。すぐに出してあげる」
もう一度扉が叩かれ、カンヌキに手をかける音がした。中尉がすぐに立ち上がって扉に手をかけ、そのまま背を預け立ちふさがる。
「お止めください、ミア姫」
そうか、中尉が残ってる理由は見張りを申しつけられたからか。そりゃ、カンヌキをかけたっつっても見張りは当然いるわけで。
「うるさいな!残りたいならお前は残ればいいだろ!だいたい、私は前から嫌だって言ってるじゃないか!それを意地になって拗ねて」
「ん、前から?」
話が見えねえまま中尉が扉の向こうに言い返す。
「タイセ様も言ってらしたでしょう。連中に逆らって不穏分子をわざわざ煽らずとも大人しくしていた方が良いと。下手に動けばミア姫とて反感を持たれることもありましょう。たまには大人しく引き下がるマネくらいしていただきたい。ラキタスだって納得しているのに当のミア姫がそれでは望まぬトラブルも招こうというもの」
やっぱり大事にされてんだな。あんま無駄に言葉を重ねるタイプでもねえ中尉でもミア姫には真摯に訴えている。
「あたし誤魔化された覚えはあるけど納得した覚えはないわ」
「・・・ラキタスはそう言っているようだが?」
台無しにされてるけど。
姫の冷たい切り返しで中尉とラキタスが半眼で見つめ合い、お互いが襟首をつかみ合っ、ぎゃあっ!!
「ストップ、ストップ!あんたらが暴れたらここ壊れるし、その前に俺がとばっちりで死ぬし!!」
「何!?こらぁっ、お前ら何をしてるんだ!もうっ、ここ開けるからな!!」
「ちょ、今開けたら危ないですって姫様!」
騒ぎが騒ぎを呼んでるパニック状態で俺ももう何がなんなんだか!!
そんな事をしてたせいだ。
「姫様?」
扉の向こうに誰か別の男の声が参入した。声のすぐ後に姫の呻き声がして、衣擦れの音が。
倒れた?
誰がって、扉の向こうにいるのはミア姫だ。ミア姫と、もう1人の知らない男。その男の方が笑う。良い笑い方じゃない。好感嫌悪の問題じゃない。溢れてくる悪意と自分の幸運を疑わない挑発的な。
「活きの良いもんじゃ、よう造りばええ娘じゃ思うたら、ほう噂の傾国ば美姫じゃけ高嶺の花じゃがこがなとこに落っこちよん。賞金ばどげんか落としよーて間抜け過ぎよっちゃ危険ば冒しよお割に合わんが思うちょっげな、オイラも悪運ばよかとね」
この滅茶苦茶な法則で喋くりまくる話し方は裏町の訛りとはまた違う。耳でなんとなく言葉を覚えたスラム育ちにありがちなものだ。そんな奴が闘技場なんかにいるわけがない。あいつらはその日に生きるだけで精一杯だ。それがこういう場違いなところにいる理由はだいたい1つ。
賊だ!こ、こ、こ、こいつよりにもよって姫を攫おうって気だ!?
「やめとけコラーー!!姫に手を出したらただじゃすまねえぞっ!?」
縛り首はもちろん火炙り、ギロチン、引き裂き、王族誘拐なんて。それ以前にミア姫に何かあれば個人的にも許せるこっちゃねえ。扉の取っ手に手をかけるが表のカンヌキでガツンとでかい音が鳴って終わる。
「なんね、あんさ閉じこめらりょんや。誰か来ん前にゃ逃げたるが。絶対、捕まりよんべ」
「てめえ!!」
何言ってんのかいまいちさっぱりわからん余裕をかます賊に扉を殴りつける俺を中尉とラキタスにどけられる。言葉も中途半端、体も中途半端に後ろに投げ出されている俺が、その後見たのは2人が扉の横の石壁に向かって拳を振り上げる構え。それが石壁に向かって振り切られれば壁が、拳で石壁に穴がどデカく粉砕されてかっぴらかれていた。
扉は両脇を失って一枚板が地面に立っている状態で残されていた。それも軽い振動で俺が元いたこちら側に倒れると、後ろに隠れていた褐色の肌をしたパサパサ髪の男が姫を肩に担ぎ上げて目を丸くして立ち尽くしていた。俺とそう年が変わらない若造。
賊が冷や汗を流して俺達を目で逡巡し唇を舐め、時間が一瞬止まった。床に手をついてそれを見ていた俺と目が合って、賊は不意に姫を担いだまま逃げた。凄い逃げ足の早さに慌てて俺は追いかける。
「う、うおああああ!」
「ま、待てえええ!!?」
「ぜっっったい捕まんゆうたんが捕まっちバリ間抜けあん!そういいあんたの一回戦うっかり観戦しちもうよで賞金袋落としたんじゃ。見張りまで揃いに身乗り出しちょんや、びっくいで。大佐の方と目が合ってもう時ん、オイラ心臓出るか思いにな!」
え、やっぱり実力で勝ったんじゃなかったわけ?っていうか、犯人目撃したのに俺を掴まえたの大佐!?
「そがーてタダで帰るんは死んだが同じゃい。足やったらオイラ負けんや!!」
窓に飛び乗った賊が窓から飛び降りる。
「なあーーーーー!!」
こっちこそ心臓が止まるかと思った。俺と、すぐ後ろに走ってきていた中尉が窓に駆け寄る。そこからは花壇に飛び込んで花弁を空に舞い上げ、姫を担いだまま着地している賊の姿があった。ちなみにここは2階だが、闘技場は天井が高く少なくとも3階の高さはあろうもので・・・。
俺達を見上げて得意げに笑ってから賊は走り出した。安堵と憎らしさに顔を歪める俺の隣から中尉が窓に身を乗り出して外に出る。え、まさか中尉も跳ぶの!?と、思ったら壁づたいに器用にロッククライミングで降りていく。跳んでないけど結構な早さでないか?
俺も?
冗談じゃない!出来ない事はせずに急がば回れだ。無理をして落下して怪我したら助けにいきたくてもいけやしない。焦る足は階段をかっ飛ばして走り、闘技場ただ1つの門に急ぎ走る。だが、門の前には表情の硬い騎士達が顔を付き合わせていた。その1番前にいた騎士と最初に目が合う。俺に難癖をつけて剣を折ろうとしたレイヨン中尉。
「シッポウ、脱獄を」
そういえば今はそういう事になるんだな、時間がないってのにっ。
立ちふさがるレイヨン中尉らと距離を開けて立ち止まる。息は切れそうだが心臓を押さえて義務として、希望を賭けて騎士達に告げた。
「姫が攫われましたっ。賊が、姫を連れてもう闘技場から逃げてるんです」
「はっ。賊ごときが姫様を?」
「闘技場の出入り口はここだけだ。ここは俺達がずっと見張っていたさ。観客すら子供1人外には出していない。ああ、猫すらな。それに賊ならここにいる。脱獄したのが良い証拠だ。覚悟しろ」
こいつじゃ話しにならない。姫が、姫が連れてかれたっていうのにっ!!
唇を噛みしめた。目の前には8人も騎士がいた。とてもまともに通れやしないし、俺の実力で押し通れるものか。こんなんで間に合うのかよっ。それでも、無敗と記された剣に手をかけるしか。
「トキヤ?」
声がして、俺は俺が来たのとは違う通路から現れたリキとタツノと目が合った。笑顔で歩いてくるあいつら。中尉の言葉がリフレインする。
「タツノ、リキ」
ああ、確かに強力な俺の大事なカード。門を塞ぐ連中を見据えて俺は余計な心配を捨てて姫を助ける事だけに神経を向けた。
「急いでるんだ!ここは押し通らせてもらう!!」
剣を抜かずに俺はど真ん中に走り出す。それに剣を抜く者、抜かぬ者で取り押さえにかかる騎士達にタツノとリキがすかさず足を伸ばして騎士達を足払いする。局部を狙った多少卑怯極まりないと言われる攻撃を加えながら。勝つことはない。その開いた隙間に滑り込んで俺は外に。
「しっつれーい」
「おー邪魔さーん」
3人共抜ける。
並走してすぐに2人は別々の方に体を向けた。
「なんか知らんけど頑張りぃなー」
「急げ、顔覚えられて良いこと無し!!」
速やかに他人に紛れてリキもタツノも姿を消す。トンズラにかけちゃ裏町じゃガキの頃からの必須種目だ。人混みの中に叫んでもきっと聞こえまい。
「サンキュー」
俺は逃走するわけにゃいかねえ。賊が逃げようとしていた方向に走り出す。追いかけてくる数人の騎士はこの際丁度良い応援になるだろう。賊を見つけられて尚且つ追いついて姫を見てくれれば、だけど。
しかし、破壊音が闘技場の方から上がる。俺も、追ってきていた騎士でさえも背後を振り返りそちらを見た。
爆弾?いや、ありゃ火薬の煙というよりは軽い土埃が空に舞ってる感じだ。ついさっき見た石壁を拳で砕かれた光景を脳裏に浮かべた。それはつまりだ。
「足止め成功してんじゃんっ」
取って返し騎士の間を再び滑り込む。鬼ごっこなら任せろってなもんだ。走って、走って、そこに辿り着いた時には庭の壁にもたれて座っているミア姫と、壁を背に真っ青になって片手を上げて降参している褐色肌の賊がいた。何故か片腕がおかしな方向に曲がっているのはこの際・・・見なかった事にしよう。
そして、姫と賊の前には無表情にため息をついてばらついた前髪をかきあげるコルコット中尉に、両拳を叩きつけ口角を上げて仁王立ちする恐ろしき覇者のラキタスがいた。
「コルコット中尉!シェーバ軍医!」
後ろから駆けつけた騎士の言葉に俺は真っ白になった。コルコット中尉の後に凄い単語がア・リ・マ・セ・ン・デ・シ・タ・カ?
「今回の犯人はコレだ」
「そいつが自分で盗んだっつってたのよ」
「容疑者がここにいるのが問題で」
中尉とラキタスが騎士と何か言い合っている。ついでに俺は追ってきた騎士に後ろ手を拘束されているが驚愕の表情のまま固めたまんまな。
「警備は完璧、外部犯は不可能とか言ってたんですって?はっ、この能無し共がバリバリよそ見してたらしいじゃないの。自意識過剰ったら、あー恥ずかしい恥ずかしい。それより報告まだ伝わってないの?ったく、仕事が遅いのよね、愚図なんだから。外壁を移動してるこいつをしっかりゴセルバが目撃してたらしいじゃない。ばっかみたーい。毎回何かあるとすぐに証拠もなく人を疑って」
「シェ、シェーバ軍医!貴様っ」
やっぱり今ラキタスのこと軍医って言った?
賊を連れて行く騎士達。なんだか無実が晴れたみたいなのにトキヤは門での態度がどうのこうので一緒に連れて行かれた。唖然とした顔のままで無抵抗に連れてかれてしまった。止めようと思ったけど人が集まりだしてギャーギャー周りが騒ぐからトキヤを見失っちゃった。
落ち込んでいたとはいえ、私もまだ愛が足りないな。
せっかく助けようとしてくれたのにお礼もまともに言えなかったなんて情けなさ過ぎて落ち込む。だいたい不意をつかれたからって賊に簡単に気絶させられたなんて!!
「ああ、私は姫失格だ・・・」
「いや、普通は助けられてなんぼでしょうが。正直、俺達は必要なかったな」
「クックック、あの賊もまさか攫った姫にどつきまわされるとは思ってもみなかったでしょうよ」
「それを言うならラキタス、お前の登場の方が酷かったろ」
気が付いて、抱えられてると認知した瞬間に首を絞め地面に叩きつけ、みぞおちに肘を打ち込んでひるんだ所にナルナが到着。ナルナが腕一本捻った所にトドメにラキタスが闘技場の中から壁に穴を開けた。そのせいで賊の腕が骨折。確かに酷い。
「何よ。入り口が固められてるだろうからって、わざわざ下に回ってドンピシャで登場。最高じゃない」
「そういう事ばっかりやってるから貴族の令嬢なのに俺達と同じ扱いされるんだ」
「うっさいわね。騎士の連中が馬鹿ばっかりなだけでしょ?この元強盗少年が。いつでも容疑者1のくせに」
「何か事件があるごとに容疑者扱いされてるのはラキタスも一緒だろうが。この容疑者2が」
ああ、こんなのと同じ分類されてるトキヤが不憫でならない。どうか染まらないでそのままでいてね。もう攫われるような失態はきっとしないから。
今日はトキヤの勇姿は1回戦しか見られなかったけど、この続きは近い内に計画させてみせるよ。せっかく勝ち抜いたんだから2回戦にも出たいよね。2回戦の相手は双方引き分けになったから不戦勝で、次は多分そのままラキタスかレインシア少佐だったような。
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