バイシャ 5




 俺は首根っこを掴まれてカビくさい牢屋に乱暴にぶち込まれる。錠の鳴る音がやたら地下に響き渡る。すぐさま俺は鉄格子にすがりついて泣き叫ぶ。


「お、俺が何をしたー!?どんな言いがかりもつけられないように誰よりも緊迫しながら仕事をこなしてた俺が一体、何の容疑で!!」


 俺は鉄格子にすがりついて泣き叫ぶが鍵を持つ騎士は厳しい目で俺を見下し、恭しく膝をついた。カビ臭い地下牢、その俺の前をミア姫様がカクウと煌びやかな騎士を従え通りすがったんだ。ミア姫はチラリとこちらに目を向けるが、それは軽蔑の眼差しで、すぐさまそらして去っていく。その姫の手には世界に一本しかない姫から俺が頂戴した剣・・・!


 自分の腰を見ればそこには剣はもちろんなくて。


「犯罪者は騎士にいらないよ・・・裏切り者。行こうカクウ、そろそろお茶の時間だね」


「今日はゴージャスフルーツミックスポンチを作ってみましたのよ、姫!パンベリーにしようかとも思ったけど下町のパン屋で100円売りしてる食物なんて姫にはそぐいませんものね。ふふふ」


 それでも俺には奮発した時の好物じゃい。


 いや、今はそれより犯罪者だと?身に覚えなんかねえよ!陰謀だ。そりゃちょっと俺は態度がでかいって母ちゃんにも言われるぜ?でもなあ、これでも殊勝さを心がけてだなあ。職場だから下手な手使えねえって我慢してプライド丸っと捨てて、畜生、畜生、畜生って笑顔で反撃こらえて縮こまって城に留まってんだよ。


「待てよ」


 去っていく煌びやかな貴族達。俺と違う世界。遠くの連中に向かって檻の中から腕をいっぱいいっぱいに伸ばす。


「せめて何の容疑で捕まったのか言えよ!こっち向けミア姫!!誤解だから、絶対誤解なんだよ!!つうかカクウちゃん、親友が困ってますよおお!?」


 腕は空振り叫びも虚しくミア姫の姿は消え去る。体中から血が抜ける絶望感で唖然として膝をつく。その俺の肩を誰かがポンと叩いた。


 振り返れば武道大会のあの日に捕まった王族誘拐犯がいて、奴はやたら爽やかな笑顔で俺に言い切ったんだ。


「あんたはこっちの世界のひーと」


 頭を両手で挟んで心の底から絶望の悲鳴を上げた。










「ぎゃあああああ!!」


 容赦なくどつかれて俺は壁に頭突きをかました。ズルズルとくずおれる俺に後ろから男の声が面倒くさい気持ちを隠しもせずに投げられた。


「煩いぞ」


 ハッと目を覚ませばカビくさい壁。


「無実だあああ!!」


「あっはっは。こん騎士寝ぼけちょーや」


「仕事中に居眠り?お前は仕事をなんだと思っている!騎士の品格を貶めるのもいい加減にしろ、姫様に気に入られているといい気になって重役きどりか!?」


 指さして笑う鉄格子の向こうの朗らかな盗賊を涙目で見返し、ふと、俺は鉄格子の外の人である事に気づく。腰に目をやれば俺はちゃんと姫からもらった剣と牢の鍵を持っていた。俺をどついた廊下にいる男は城の見回り騎士で、俺は、俺は・・・・・犯罪者を監視する見張りだった。


 夢・・・なんちゅう夢みてんだよ、俺。


 そりゃそうだ。昔は若気の至りで悪戯しまわったり大臣のお宅訪問『ドキッ、夜中の不法侵入』とかやったりしたけど、いくらなんでも暗い路地しか歩けない人生歩んだ覚えはねぇ。


 ・・・・・見つかってたらおっちゃんに喜んで処刑されただろうがなあ・・・・・。


 とにもかくにも居眠りという失態にいびり踏みにじる見回り騎士へひたすら平謝りする。


 さて、俺がなんで牢の番人なんて本来なら兵士がやる業務についてるかっていうと28日前に遡るな。


 遠方の辺境で不穏な事件が起こって国をあげて鎮圧しに行く事になったのが発端で、司令塔の騎士と大量の兵士が派遣された。普段の任務より兵士が圧倒的に多くとられたせいで、普段兵士達がやってる業務に人員不足きたして城のシステムが滞っちまったんだ。まさか捨て置くわけにもいかねえっつうことで、一時的に騎士が一部肩代わりすることになった。そして俺に回ってきたのがこの仕事というわけだ。


 騎士全般じゃなく、俺に。


 居眠りが非常識なのを承知で言い訳をさせてもらいたい。


 俺はここ何日もまともに睡眠を取れないまま休日返上で太陽を何日も拝まず、カビくさい中で質の悪い囚人を相手にしている。しかも本来スケジュール上ではいたはずの兵士が身体を壊し、あいつの分まで勤務を請け負わなくてはならず通常では考えられない過密スケジュールなんだ。


 この仕事場は24時間俺ともう1人の牢番ベテランのみで構成されてる。だったら12時間ずつだからしっかり眠れるだろうって?甘い甘い。申し送りだってありゃぁ、掃除に洗濯、生理現象なんつうもんだって人間なんだからあるだろうが。やっと寝たって、その場を離れる時にゃあ代打で起こされちまう。それに掃除中だっつって見張りを休憩するわけにいかねえんだから、寝る前にこの広い地下を一人で掃除しまわるってわけよ。


 この国は兵役ではなく10年契約で傭兵を雇って兵士にしている。悲しきかな、バイトを雇って労働条件をもっと軽くしようという考えを持つ者はいないんだ。人手が足りなくとも、たかが兵士を厳しいテストで厳選するもんだから簡単に大量雇いしない城内。


 俺の勤務状態を改善するには辺境の事件が解決して派遣された連中が帰ってくるしかないというわけ。


 目の下にクマができるぐらい疲れてんだよ!!


「あんじゃ、おっさん、そがにゃ虐めらんだらや。あいがい兵士ばしょしょの居眠りしやんどん怒らんべに。ほれか代わっちゃんさいな、ほいの元気じゃいに」


 そんな絶望と悲哀に打ちひしがれてる俺を庇うのは何故か牢屋の中の人、もとい、この間の武闘大会で姫を攫おうとした王族誘拐犯という重罪人のあの男だった。


「騒ぐな罪人、何を言ってるのか分からん!!」


 不快そうに見回り騎士が顔を歪めて吐き捨てると突如言い合いが勃発。騎士のおっさんの方には言葉が通じていないから噛み合ってねえけど。味方されても姫を誘拐しようとした盗賊なだけに正直複雑だけど今だけは盗賊の方を心で応援しても罰は・・・・・。


 夢が頭を過ぎる。


「誤解だ!?俺こっちの世界の人じゃありませーーーん!!?」


「いい加減にしろーーーーーー!!!」


 見回り騎士の怒声と拳が再度俺の頭を地下の壁に再会させる。










 確かに別の騎士と交代すれば問題は軽く解決するやもしれん。ただ、囚人の見張りなんて気位の高い奴らの一体誰が来たがる?とかく兵士の方は交代する話が出てるみたいだが、騎士の替えは取り合ってくれる希望すら湧かんわ。


 徐々にそれとなく仲良くなってきた感のあるコルコット中尉が一度だけ見回りに来た時に半泣きで頼んでもみたが、特にトラブルはないなと階段辺りでサッサと引き返しやがった、あの冷血漢。中尉ですら代わってくれんかったのに誰に頼めばええと言うんじゃ。


 地下牢に見回りに来る騎士達もピリピリと機嫌が悪く俺へのイヤミ口上はまさに絶好調。休暇返上で働いているのは同じなんだろう。


 ってか、こんだけ働かされてるの牢番だけだとかぬかしたら俺は暴れる。


「トキヤんば虐らりょんや?来る騎士来る騎士イヤミ連発されとーな。さにしこたん殴るんおりようば」


 馴れ馴れしく誘拐未遂の極悪人は話しかけてくるしさあ。


 さっき殴られて切れた唇を舐める。今までは服で隠れるような場所ばかりであんま顔面狙われなかったからって油断しちまったな。今までも暴力だなんだはあったが地下で潜りきりになってからはエスカレートしてっし、あんまり気を抜いてるとそろそろ殺されるかもしんねえな。


 下手に反撃して過剰防衛でっちあげられたら夢の通りになりかねないのが怖いんだよ。


 貴族なんざヤクザと何も変わんねえぜ。反撃出来ない状態なのを考えれば今は貴族の方が性質が悪いくらいだ。


 仕事が終わったらひとまず掃除して、体拭いて、在庫なくなっちまったから医務室に湿布取りに行って貼って、飯食って、寝てだ。あんまり離れている時間が長いと見回りの騎士に持ち場離れてるのばれるからな。休憩時間くらい外に出たいもんだわ。まあ、ただでさえ人数削減で牢番が少ないから人の気は地下にできるだけ多くいた方がいいだろうがな。


「無視じゃし。あー、太陽ば見たなあ。縛り首んか晴れんけなぁ?」


 あー、また始まった。


「あぁ、哀れんかこち心残りでオイラん稼ぎば待っちい子供とぉ今頃餓えっちゃ。孤児院な兄弟達とひもじく死んじょろいで。だに長いこっちゃ捕まっけぇ、可哀想に、あー、世知辛い世ん中。あー、可哀想に!」


 何が一番ストレスって、狭い地下牢に閉じこもらされてることでも、睡眠がとれないことでも、体を思いっきり動かせないことでも、ストレス解消にボコられまくってる事でもねぇよ。最後のいつも通りだし。


 こいつだよ!!


 心身疲労してる所にこの同情引いて神経すり減らすようなワザとらしい精神攻撃。この囚人が寝覚めの悪い夢と勤務時間を苦痛にしている5割方の原因なんだっつの。黙らせようにも鉄格子の向こう側の奴に何が出来るんだか。


 挑発に乗って近づくなり、下手に身の上話を真に受けようものなら想像に難くない。飯を渡すのですら隙を窺う目が爛々としているのが地下牢だ。


 騙されんからな。こいつらはアレだ。性質の悪い人間の吹きだまりである闇町にいそうな類の連中だ。つか何人かは知った顔いるし。


 誰か俺に癒しをください。










 もそもそと食事をしながら剣を引き抜く。使って無くても毎日の手入れはもちろん欠かさない。っていうか、俺にとってこれだけが今の支えだ。この地下で腐ってる俺にゃ世界中にある伝説の剣すら凌駕する価値を持つわ。あー、そういや姫様どうしてっかな。城勤めになってからっつうもの3日に1回は必ず見かけてたもんな。


 そういや、もう働き始めて3年か?


 掌を見下ろすと今までとは違う剣ダコが出来ている。肩から肘まで撫でれば筋肉も以前よりついたし。それでも貴族のああいう、品っていうのか?そういうものは身につけてるわけじゃねえから、やっぱ騎士っていうより傭兵か兵士って感じだ。


 姫、カクウの父ちゃん、ディズ大佐、貴族に話を通すためには地位や名誉、認められるだけの実力が必要となる。少しずつ貴族への処世術と見下されないだけの身の振るまいも覚えなきゃなんねえだろう。それはまったく俺らしさを捨てる事になるだろうが。


 パンを口に丸めて放り込んで剣を砥石にセットして水を入れた瓶を引き寄せると、気怠そうに俺を鉄格子の向こうから囚人が呼ぶ。無視してもいいが、虐められても気の優しめな俺は口だけ応える。


「なんふぁ用ふぁ?」


 ヘラリと笑って鉄格子を握り地面に座って俺を見上げる王族誘拐犯。


「やー、別な重要ば用ちあんが、あんたん非番ばいっとぉいつん?囚人にちうに毎日な地下おりよん、体壊さはん?だいてぇなんば騎士やの牢番やりょう、左遷さらん?」


 本当にくだんねぇ。


 世間話は囚人同士でしてろ。顔の見えるのが見張り番だけなせいか、囚人はしょっちゅう俺に話しかける。もう1人の兵士はそうでもないらしいから懐かれてるって事になるのか。まぁ、ここの環境は俺が来てからすこぶるよくなったし、そのせいだろうけど。


 俺が来た初日は食事も野良犬に餌をやるような扱いで、劣悪な環境下のせいで死刑になる前から弱った囚人がいるような悲惨な状態だった。番人もこんな空気が濁った場所じゃ性格尖るのも分かるが、悪を罰する側がそれじゃいかんでしょ。とりあえず、俺がここで始めにしたのが教育的指導。仕事の合間に目に見えて酷い部分を紙にグリグリ書き殴った報告書作成して提出しておいた。


 つうか、そういうことしてるから余計に睡眠時間減ったんだが目に余っちまったんだよ。


 今は兵士が1人しかいないから即時改善が出来てるけど、勤務態勢が元に戻ったら元の木阿弥だろうな。書類1枚で兵士全員の態度改善なんてとても無理だろうし。どうしたもんかね。


 口の中身を飲み下して俺は剣を研ぎ続ける。


「さっさとクソして寝ろ。無駄なエネルギーは出来るだけ使いたくねぇ」


「そがな言わんに教えちゃーてええんが。最後んあんたん会えん、いつぐらぁな知ぃたんじ」


 目を見開いた。ゆっくり男を見るとなんてことはない笑みを浮かべて、世間話をしてますって顔して俺を見ていた。姫を攫おうとしたこいつはA級犯罪者だ。刑がどうなるのかは聞いていないが、まず縛り首ならラッキーだろう。気が短く直情的なお国柄の武国だ。あまり手間をかけた死刑をする国ではないが罪が重すぎれば残酷でグロテスクな刑がないわけではない。


 個人的にこいつにはムカついたし、完全に罪を犯した人間だ。だが、痛まないわけがじゃねえ。姫様の誘拐を成功させてりゃ死ねや、くそったれとも思ったかもしれねぇがな。


 そもそも俺の目的は・・・・・。


「はあ」


 俺は砥石に目を戻して早口に言った。


「当分はねぇよ」


 盗賊は軽く相づちをうって寝転がる。


「はーん。んにゃクソはもうしたけぇ、寝るが。トキヤんばもうちい頑張りぃなー?」


「うるせー。馴れ馴れしくあだ名で呼ぶな、王族誘拐犯」


 盗賊の名前は知らない。囚人はただ無縁仏として葬られるだけ。










 短い眠りの後に再び回ってくる監視の仕事。挫けちゃいけない。ひとえに国のためだ。城の警備を手薄にしてまで兵力を送ったのは事件がでかいって事。いざとなったら遠征が増やされる事だってありえる。そうなれば、この国の要である城が賊に狙われる確立は高くなる。警備を確保するには誰かが仕事量を増やすっきゃない。


 これが1年続こうが与えられた仕事を全力でこなすのみよ!


 そう自分を励ますこと数十回目の見張り時、ふと石階段を下りてくる音が響く。見回りにしては時を大幅にずらした時間に俺も囚人も階段に目を向ける。脱走を助けようとする賊の仲間である可能性を考え、俺はわずかに顔を緊張させ剣の柄に手をソッと添える。階段の入り口でそんな俺を見た人影が手を挙げた。古兜で目元の隠れた細面の華奢な女だった。片手で書類をポケットから出して見せて立ち止まる。


「剣を納められたし。城の人員不足から倒れる者が相次いでいるため現場の状況調査を行っている」


 聞いてない。いや、聞く暇もないし連絡をいちいち回すものかも知らないが仕事が仕事なだけに、はいそうですかともいかない。書類を受け取り蝋燭ですかし眺めて戸惑いながら彼女を見下ろす。


「ノベル二等兵?」


 書類にある名前から彼女を呼ぶと地下牢を見回しながら頷くノベル。


「えーと、汚い、掃除が出来てないぞ」


 なんの状況調査してんだよ。


「したいって言うなら掃除道具を用意してやるが?」


「・・・職務怠慢じゃないのか」


 ノベルは頬を膨らまして下を向く。


「囚人の入ってる牢屋に掃除に入るのか?おい、そこの囚人A、俺が掃除に来たからジッとしてろって言ったらジッとしてるか?」


 女の声に鉄格子に寄ってきた浅ましい囚人のおっさんに声をかけてみるとニタニタ笑いながら頷く。


「おうよ、隅の方でジッとジッとしてますぜ」


 俺が半眼になっても囚人のおっさんは何度もニタニタ頷くだけだ。


 俺はノベルに目を戻す。


「まず間違いなく掃除してるそばから後頭部殴られるな。命が惜しかったやめとく事を勧めるね」


「でも・・・うー、ここ空気も濁ってる。構造が悪すぎるんじゃないのか?」


「通気性が悪いのは脱走しにくいよう意図されてるんだよ。ここは囚人を閉じこめておく場所なんだぜ?住まわす場所じゃねえよ。」


 こちとら、そんな場所でここんとこずっと働いてんだぜ。俺だって出来れば掃除で環境がよくなるならやってやらーな。天井までびっしりと生えて石壁の割れ目にまで根を這ってる苔と長年の汚れを見てみろって。


 俺の実家の長屋中を大掃除して廻るぐらいの根気と体力と友情がいるわ。


「さて、あんまり世間話する元気が無いんでさっそく調査すましてくれ。仕事内容は単純だけど、ずっとこの劣悪な環境下に休憩なしで12時間とプラスαはぶっ続けて働くし、飯も簡素で仕事しながらだ。申し送りやら書類書き、一応騎士なもんで日々の訓練だってやってるし、まだ新米騎士なもんで勉強することもある。業務状態っつったら俺ももう1人の兵士もへろへろ。出来ればでいいけど応援が欲しいってところ」


 ノベルは質問を加えながら紙にペンを走らせ、一通り聞き終わるとバインダーを閉じる。いくらか業務調査に関係の無い事も聞かれた気がしたが、まぁ別に世間話の一環として聞き流す。


 調査が終わると、ノベルは会話中に卑猥なヤジを飛ばしていた囚人に近づいていき鉄格子を蹴り飛ばす。衝撃で囚人が手を離すが、俺は急いで牢からノベルを引き離した。


「牢にあまり近づくな。挑発して誘い込むのは奴らの常套手段だ。同情を買おうと画策する質の悪いのもいるがな。特にアレ、オレンジ頭で色黒の頭悪そうな奴」


「オイラ嘘ば言うらんちぃ、トキヤん信とらんに。アレとか指すん酷かー、オルゴじゃっちゅう名乗らんが」


 それにぶーぶー不満を言うのは例によって王族誘拐犯。


「親しそうにあだ名で呼ぶな、王族誘拐犯」


 錯覚するだろ。


 一歩間違えば確かに俺はこいつら囚人となんら変わりない道を行っていたはずだ。仕事が未だに見つけられなくて生活に苦しんでるダチだっていくらも知ってる。


 俺は、カクウのコネと他の奴より少し優れた頭と剣術で騎士になれた。そうじゃなきゃ、この少し優れた力を使って賊になってたって断言できる。それ以外に仲間をとり零さずに守る集団が作れるか?苦痛に耐えかねて、そしていつか良心を麻痺させて、カクウや姫にも牙を剥いたのは俺かもしれない。あるいは、この国でのうのうと暮らしてる事を逆恨みしたかもな。


 この仕事は辛過ぎる。


 俺は夢を見る。


 この牢に入っている俺の姿を。


 ノベルが興味深げに地下牢を見回して、話しやすそうだと思ったのだろうか。王族誘拐犯の前に進み出る。


「そういえばお前王族を誘拐しようとしたんだったな。成功していたら人質として国を相手に金でも取るつもりだったのか?」


 おいおい、んな話をふっかけるな。俺がノベルの腕をつかんで止めようとしたが、時既に遅く嬉々として口を開くんだよ、こ・い・つ・はっ。


「一介の盗賊ばそがぁしぃで頭悪ぅで。オイラば信用すんと直接取引しょうじ商売で。国ぞ曖昧よお相手すがぁな大きょお組織なしぃ事だっつう。そうな、姫さん攫っちょーた売り飛ばさらな。値打ちば普通と高ぉ売りょん」


「お前、女を売って生活してたのか」


 ノベルの声が低く固くなる。盗賊はあっけらかんと笑った。


「人攫あん実ゃ初めたん。王族じゃってんじっとうに。可哀想なんは分かっぱ、そがあ何な?裕福ん暮らしゃっと?なぁん危機感も無く。少し分けてくりゃんや。変わっちくりいや、こん女1人ん犠牲じ孤児院な兄弟達やもう干し草食わなんどようが。大人んなるまでなんとか生きてけん、オイラが!いつか捕まっても、大人になるまでちゃんと」


 俺は囚人の顔すれすれの壁に剣を突き立てた。


 堅い音が鳴る。呆然として立ってるノベルを後ろに軽く押しやるとフラフラと廊下の壁にぶつかった。最後だけやけにはっきり喋りやがって。挑戦的で、こっちを傷つけようとしている意図が腹黒い。


「やめろ。いい加減にしないと猿ぐつわかますぞ」


 盗賊が笑みを深くした。


「聞ぃに堪らんか?優しい騎士さん。オイラば話ゃいっつもいっつも辛そうん顔歪よんに。もいに非情ばならんや。せがっと騎士とやっちいで。こん程度で苦痛感じょ国ば病気な切り捨てらん。誰んも生きっと何ば持っちぃ。そがば殺しゃぁ仕事っちゃけモラルなんば麻痺せいよ狂ったい。慣れんや?」


 俺は無言で壁から剣を引き抜いた。それにノベルが慌てて俺の腕を掴む。盗賊は鉄格子から身を起こしただけで笑みは消さない。


「ホンマは見回りん騎士共ばおまんじ嫌味言ん気持ちわかりぃで。心な荒んじ人間ばトキヤな言葉っち澄み過ぎとぉせいで、無茶苦茶胸焼けすんじな」


「待て、挑発には絶対のっちゃいけないんだろうが!?」


「確かにお前らは国の病気だ。騎士である限りそれを斬り殺してくのが俺の役目さ。騎士になった時点で覚悟はしてる」


 一歩間違えれば俺はそこにいたんだ。


 牢から離れて俺は太陽のいる外へ続いた階段を見上げた。


 ああ、俺はいつ友を手にかけるか分からない場所にいるんだ。


「でも俺が守るのは国だ。お前も含んだこの国に生きる全ての奴らなんだ、良いこと教えてやるよ」


 俺は振り返って囚人に笑みを向ける。見上げるノベルの手が緩んだ。椅子じゃなくて、俺はこいつらと同じ床に座る。今まで背けていた目線を合わせたかった。


「病気ってのは治るんだよ」


 そうだ。


 いつか少しずつ良くしていく、じゃねえ。俺はこうやって目の前にいる馬鹿共を未来に連れていくためにいるんだ。何も考えずに従っちまった時点で大事なもんが欠けていく。何かのために別の何かを捨てたり諦めるなんて、そもそも俺らしくねえ。刃を向ける先を、守るもんを間違っちまわないように。


 選択肢を勝手に増やすのも反則やるのも、俺の必殺技だからな。


 王族誘拐犯は無表情で体を牢屋の暗がりに倒す。上半身が暗闇にのまれ、奥からクツクツと押さえた笑い声が漏れる。いつもの笑みよりよほど囚人らしい笑い方だった。


「いー年こいち夢見過ぎょうよ。現実ば厳しゅーね。オイラんば更正すって?ホンマん癪じ触ん男っちゃ。気障ったらしか」


「お前の反吐の出るようなお涙頂戴話よりゃマシだっつう・・・」


 調査をしに来たのに余計な話で地下に引き留められ、更には無視されていたノベルが途方にくれるか呆れているかと思っていた。


 突然、彼女は剣を引き抜いた。


 反応一泊遅れで俺が振り返ると、そのままノベルは隙のない構えを地下の階段に向けてとっていた。女だてらに戦力上位騎士にも劣らない気迫に俺は唾を飲み込んだ。


「誰だ。顔の見える所までゆっくり歩け」


 今まで気づかなかったが、暗い階段をよくよく見れば足だけがかろうじて蝋燭の光を受けている。


 俺はすぐさま警笛を口にくわえるが、あろうことかノベルにその笛を奪いとられた!!まさか、なんて疑う暇もなくノベルは正体を見せようとしない侵入者に斬りかかっていた。甲高い音は確かに剣と剣のぶつかる音で、俺はすぐさま剣を引き抜いた。


 遅いかもしんないけど、パニックになるわけにはいかねえだろ。


 階段向こうの侵入者がノベルの横を駆け抜けようとして邪魔され、手元の何かをノベルの顔に向けて投げた。肉を焼く時の音ってあるだろ?ゾッとする音が人間の顔面からもれたんだ。


「づっ!?ふうあああああああああああっ!!?」


 彼女が顔を押さえて怯んだ隙に今度こそ横をすり抜けて俺の目の前に奴は姿を現した。そいつはタイツをかぶって顔を引き延ばし斧を持ったパンツ一丁の完璧な不審者だった。


 むしろ変質者?


 怯んだ俺は斬りかかってきた奴の剣を受け止めた勢いで階段からずっこけて転がり落ちた。変質者が跳躍して俺に向かって剣を振り上げる。


 やべ、俺こんなのに殺されるのマジ嫌。なんて命の危機に叫ばずにいられんかったが、奴にどぎつい回し蹴りをノベルが放って大の男が俺の上を吹っ飛んで牢の鉄格子にぶち当たり、俺は目ん玉とびでるぐらいびびる。


 そのままノベルは俺を引きづり起こして牢の奥に走った。


「お、おい!不審者を縛らないと・・・っていうか笛返せよ!人を集めないと」


 ノベルが俺の頭を掴んで身を伏せる。


 耳から刺さる爆発音と甘い匂いと共に一気に後ろにぶっ飛んで、壁に直撃する!?思わず壁に足を向けて真横に着地したが耐え切れずに背中が叩きつけられた。いや、腹か!?痛みが全身にきて一瞬ゲロりかけた。


 火薬の臭い。


 白くちらつく意識を左右に振って俺の頭を抱きすくめる女の体を引き離す。岩壁や鉄棒が歪んでいる向こう側はクレーターと化して牢の一部は開け放たれていた。そこは変質者がいた場所だった。奴は元の形も分からないぐらい酷い有様で埋まっていた。


 唖然とする出来事だろ? 


 でも、連中にとってはスタートの合図だ。開いた入り口から一斉に罪人達は脱出劇を開始した。


 なんとかしなくてはと思って立ち上がろうとすると足に激痛が走り肩口から女の体がずり落ちる。俺なんかより酷く衝撃にやられちまってる。


 ノベルは、俺を庇ったんだ。


 彼女に奪われた呼笛を震える手で取り上げ、今度こそ口にくわえる。さっきこれで仲間を呼んでいたら駆けつけた途端に一網打尽にされていたというわけだ。考えが足りねぇ俺もしょせんはタダのゴロツキってね・・・へへ。


 だが、今はどうしても来てもらわなきゃなんねぇ。


 逃げた罪人はどうでもいい。


 直撃だったろう爆撃から逃げられなかった罪人とノベル。


 一刻を要する、なのに、息が吹き込まれた呼笛はならなかった。何度吹いても、吹けているのかも分からない。耳がいかれてるのか、喉がいかれてるのか、笛がいかれてるのか、きっと全部いかれてるんだろう、俺も。


 意識が遠のきながら、目前に茶色い陰が立ったのが分かった。


「あ・・?なんだ・・・」


 胸の中にいるノベルを片腕で抱きしめて剣を構える。鉄パイプを持った王族誘拐犯が俺を見下ろしていた。真ん前の牢で爆発したから直撃したかと思えば無事だったらしい。逃げる前に一発かましにきたってわけか?


「お前が無事なら」


 俺は剣を構えてノベルの頭を庇いながら体を捻って笑う。ボヤけた視界じゃ奴の表情は分からない。


「他の奴も大丈夫、かな」


 鉄パイプが振り上げられた。金属のぶつかる音が頭に響く。










 ああ、これが俺の人生の終末なんだとか走馬燈なんて感慨深いものは少しもねえ。


 ただ1つ、あまりグロテスクな死体にされるとお袋とカクウが泣くから止めて欲しいな、なんて頭の隅で考えてた。



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