バイシャ 6




 目が覚めた場所は草原だ。


 おいおーい、三途の川はお花畑なんじゃねえのかよ。確かに今は春じゃねえかもしんねえけど、どの四季にも死人はつきもの、花咲き時は散らしておくべきだろ。名所なんだから管理ぐらい誰かしとけよ。


「目、覚めたか?」


 古兜を軽く上げて俺を見下ろす女傭兵。目元は陰になっていてよく見えない。


「やー・・・ノベルか。あんたまで死んじまったとはね。悪ぃ、俺なんか庇ったせいで。本当は騎士の俺がそうすべきだったのに」


「あっはっは、こん騎士また寝ぼけとーよ」


 振り返ったらオレンジ頭の王族誘拐犯がおんなじように俺を覗き込んで朗らかにケラケラと笑っていた。


 訳は分からなかった。まだ状況は少しも分からなかった。だがなんとなく奴のどたまを一発どついてやった。


「な、何すっちょ!?トキヤン、恥隠しゃんの殴りぃ最低ぞー!」


「いや、なんでか身の危険を感じたから」


「オイラなアブノーマルば趣味持っちぃない」


 記憶を辿ると、最後に残っているのはパイプを振り上げたこいつの姿。


 顔を押さえて口元を引きつらせつつ、ノベルが立ち上がる。


「とにかく城に帰った方が良い。城が騒ぎになってるだろう、随分と流されたからな」


 ノベルが立ち上がり服をはたいた。俺は自分の姿を見下ろすとトランクス一丁だった。余所を向いてノベルが服を差し出してくる。


「脱がしたのはオルゴだ。乾かすのに必要だった。足の傷も酷かったし」


 派手に血を吹いたらしくどす黒く血に染まっている。酷いと言う割りに応急手当された片足にはまったく痛みが無かった。足の指を動かすが、その感覚すらない。久しぶりに見た眩しい太陽から目元を庇いながら空を見上げる。


 状況はやっぱり、さっぱり、わからん。


 ひとまず俺は服を着た。鎧は砕けて穴があいた酷い有様になっていた。鉄パイプや石壁も砕いた爆発の中だったんだ、これですんだのはひとえに凄い。


 王族誘拐犯が語るには、パイプを振り上げた後はこうなったらしい。


 あいつは俺に向かって攻撃を仕掛けるつもりだったんじゃないらしい。不発弾が入り口にあるのを見てとり俺達を助けるため、もろくなった床へ鉄パイプを突き立てたんだそうだ。


 なんでも、野郎、ずっと城からの逃走経路を推し量っていて牢獄の下が空洞で水が流れているのに気づいたらしい。城を素直に出るよりも意表をついて逃げ出した方がずっと効果的って寸法だ。悪知恵を働かすためにある脳味噌だな、と言ってやりたい所だが命を助けた発見だ。馬鹿に出来ん。


 その空洞は想像に反して、しっかりとした石トンネルで上がる場所もない水道だったようだが。


「王族の隠し通路だろうな。城の地下から舟にでも乗って逃げるんだろう。追ってこられないように、いざという時のな」


 ノベルが俯いて呟く。


 俺は力が入らず感覚の無い足を無理矢理立たせてノベルを覗き込む。


「そんなことよりお前は大丈夫なのか。俺を庇って直撃しただろ。手当てしたのか?見せろ」


「大丈夫、何も無い。ちょっと肌が火に炙られてヒリヒリはするけど、これぐらいどうってことない。全身が棒で殴られたみたいに痛くはあるけど、骨折やなんやは無い。普段鍛えてるから」


「丈夫過ぎんわ」


 王族誘拐犯が軽く呆れた溜息をついた。


 水路で流れに流され、どうやら海近くまできたようだ。よく生きてたよ。脇を流れる浅く細くは無い三途の川。俺がしぶといのは言わずもがなだが、ノベルや王族誘拐犯の悪運にも驚かされるわ。とにかく何処かの町で体を休めたい。


 俺達は満場一致で町に向かった。


 医者にかかる金も無くて、ひとまず鉄くずになったとはいえ高価な鎧を売っぱらって宿をとった。とにかく帰る段取りをつけるのに。気絶して目が覚めて状況も分からず闇雲に強行軍もねえだろ?


 王族誘拐犯・・・もういいわ、長ったらしい。この、脳天気オルゴは当然のように付いてきた。まあ、牢でのホラ話臭いのが本当だったと仮定して、こいつには養っている子供が10人以上いるらしいから戻る気なんだろう。つっても、分かってんのか?俺に付いて来たら牢屋まで連行せんわけにいかんぜ?たった今なら見逃してやれんこともないのに拘束も見張りもしてねぇ状態で逃げやしねぇ。人がせっかく隙だらけにしてやってるっつうのに。そりゃ俺は罰せられるだろうが、こんだけ罪人をみすみす逃しまくっといてオルゴ一匹連れて帰ったところでどうよ。俺の一存で決めるこっちゃねえけど、今なら別にノベル1人だ、俺がなんとか誤魔化してって、な。


 まあ寝静まった頃にこいつは追い出すとしてだ。


 今はとにかく飯だよ。何をするにも腹が減ってちゃ生きてられねえのが人間。たかだか壊れた鎧を金属として売っぱらった財産でやっとこ手に入れた金で、ノベルにゃ悪ぃが宿も雑魚寝の大部屋をとって、飯を手に入れて床に座りながら適当に食いながら借りた地図で帰り道を模索だよ。円を囲んで床に座っているオルゴはいわずもがな遠慮なく食いやがるがノベルは手をつけずに黒糖パンと、宿の裏で作ってるらしいキャベツを見下ろすだけだ。


「んー」


 俺は左手でキャベツに塩をつけてボリボリ食いながら右手でパンを差し出す。手をつけるかどうか迷ってるノベルに、遠慮っつう言葉が馬鹿らしくなってくるオルゴを顎で指す。


「分かっちぃにトキヤン、ノベルはダイエットっちゃ」


 手をつけないノベルの取り分に手を伸ばそうとしやがるオルゴの指を捻り上げてやる。


「貧民街の女並みに痩せた体して貴族みたいなマネせんでよろしい。ただでさえ無い胸が抉れるぞ」


「エグ・・・!?そん、なん、ぐっ」


 胸元を押さえてノベルは口をあんぐり開ける。言葉にならず歯噛みして拳を震わせ、マジ怒らせになったかと思ったがノベルはグッと呑みこんだ。んでもってキャベツを鷲掴んで、口をへの字にしつつ小さな口でモゴモゴ食べ始めた。器用なやっちゃなぁ。オルゴはこいつで残念そうに人の飯を見やがって。リスみたいに両手でポリポリキャベツを齧りながらむくれるノベルは明後日を向いて、しばらくしてからやっと言い返してきた。


「カクウ・ホクオウを見慣れていれば、それは私なんて抉れて見えるだろうさ」


「なん。トキヤンばデブ専き?」


「お前はどうしてそういう悪意ある相槌をあえて選択するの」


 デブじゃねえし。まあ、俺もよく喧嘩した時にカクウのその禁句ワード使って応戦すっけど。


「つうかノベル、カクウが俺の友達だってよく知ってたな」


「自慢だが城のゴシップと有名人はよく把握してる。あそこじゃ、そういう娯楽しかない」


「そりゃどうも。でも今回はそのゴシップにあんたも名を連ねるってわけだ。あー、俺、帰った後に城でどんな目に合うか恐ろしくて泣きたくなってきた。帰りたくねえええ」


「帰らない、か。そういう選択も」


 宿についたっていうのを未だに外さない兜を下に引いて片顔に手を当ててノベルは囁くように呟いた。


「あったな」


 口に突っ込んだパンを噛みながら、一人なんか思い悩んでるノベルの顔に手を伸ばす。気がついて手を離して目を上げたノベルの頬を片手で潰す。固まったノベルに、まあ噛んでる最中に喋るもんでもねえから、ちと待て。


 乾いたパンっつうのはなかなか飲み込めねえもんでな。まあ、そのお陰で長く味わえるという利点があって、腹が膨れやすいっつう。


 んー。


 馬鹿正直に捕まれたまま動かないノベルに笑いがこみ上げる。


 ようやくパンを飲み込んで俺は口を開いた。


「こんな非常時に悩み事か?とりあえず困った時は寝とけ。食って寝たら案外次の日には答えが出たりすんだよ。だから飯の時は何も考えるな。特にお前みたいに贅肉貯金の無いタイプはな」


「オイラん贅肉貯金ぎゃ無いじ、飯足んりゃん」


 物欲しそうに指を咥えてアピールするオルゴの手を払う。


「煩ぇ、お前は食い過ぎなんじゃ、遠慮しろ」


「ケチめ」


 ほー、そういう単語だけ綺麗に発音すんのか。


 ノベルは小さく笑って再び堅いパンを小さく千切って口に運ぶ。そうそう、城に着くまでこれで自給自足だからな、今のうち食っとけよー、人間らしい飯をな!おれも帰ればクビの危機だが今は何も考えるめえ。










 とか言ってられなくなった。


 朝方、日が明ける位にノベルが起き出して物騒にも室内で剣を引き抜いた。雑魚寝の大部屋、まだ寝ている周りは騒ぎこそしないが俺は間近の気配に目を覚ましていた。寝る時分にも兜を外さずにいたノベルは座って俺の近くの壁に寄りかかっていた。剣が俺の頭の上にきらめいている。窓から光る逆行で表情は読めない。


 殺される?


 寝ぼけ頭の夢うつつで思う間もなくノベルはそこから窓の脇に身を隠したまま立ち上がった。剣を構えたまま鋭い気を放って窓の外を睨んでた。なんだ?って思ってたら聞こえた音は鎧のこすれる音だ。ああいう金属系のものを着込んだ奴が何人か揃って動いている。こんな早朝に、たかが町中の宿屋でだぜ?


 飛び起きようとして片足が思う通りに動かずよろけてオルゴの腹に倒れこむ。潰された蛙の小さな悲鳴を無視して気を取り直し俺も剣に手をやって起き上がる。声に出さずにノベルと目を合わせたが何も言わないので俺も静かに窓に寄って外を見る。いたのは騎士だ。


 宿を包囲している?


 頭に浮かんだ意味を考えかけた瞬間、見ていた騎士が突然俺の隠れている窓枠を睨んだかと思うとノベルに蹴り飛ばされた。


「の」


 バアアアン!!


 痛む足から軽く受身を取り損ねて床に転がった俺のわめきは窓の破壊音に塗りつぶされた。一気に周りの相部屋連中が飛び跳ねて悲鳴が入り混じる。宿の大部屋壁に突き刺さっているのは豪奢な飾りがついているが貴族が好む殺傷力を持った懐刀だ。


「トキヤ・シッポウ!!」


 怒りの滲む声に何事かと目を丸くする俺含めた連中が座ったまま窓へ目を向けた。あらあ、俺がご指名!?


「誘拐及び脱獄幇助、城内爆破テロ、殺人により騎士の解雇処分、及び処刑の勅命が出た!」


 足が動かないまま窓に取りすがって俺とノベルは身を乗り出して叫んだ。


「「はあああ!?」」


「貴様も平民とはいえ一時は騎士と成った者。すべからく尋常に投降せよ!」


 投降せよって、さっきの確実に殺す気満々だっただろうが!?


 見下ろした騎士はアラン少佐。本来は城に常駐している。何がどうなった罪状か知りたくもねえが普段から俺を大嫌いな騎士だ。話し合えるもんじゃねえ。穏やかでない張り紙を突きつけて見上げるアラン少佐を残して宿へ兵士が乗り込んでくる。状況を理解出来ない周囲がパニックを起こしている。逮捕状には俺の似顔絵が描かれたビラが目の前に突き出されていた。


 どの罪にも覚えが無い。


 少佐は怒りと必死の形相で俺から目を離さずに一歩前に出て剣を抜き放つ。


「さあ、姫様は何処だ!吐け!!あの方に、傷の1つでもつけていてみろ、叩ききってやる!!!!」


「姫様・・・?」


 いや誘拐ってまさか、冗談だろ。


 大部屋の扉が乱暴に開き放たれて振り返れば兵士を押しのけて、殺気立った騎士が前に仁王立ちしている。窓の外と扉を見比べてノベルとオルゴが顔を見合わせる。


 城が爆破されて牢が破れ脱走して行った連中がどれだけいたかは分からない。霞んでいく意識の中で逃げいてく後姿は幾人も見た。城に忍び込んできたのがあの変体野郎以外にいなかったとは限らねえし、姫様は城中どこでも歩き回ってる。なんせ恐れ多くも襲撃されたのは城内だ。連中が道すがら、彼女に何かしないとは・・・・・・・・。


 頭が真っ白の俺は言い訳するのも忘れて唖然としていた。乗り込んできた騎士は一直線に俺の腕を掴んで後ろに腕を回して捻り上げる。足の怪我のせいで自由に動かない俺は呻き声を上げて、んでもって剣を喉元に突きつけられる。泊り客連中にも問答無用で剣を向けて姫様を捜し求め、共犯者かと脅しまわり。


「我が姫君はいずこにおわす!目を抉り出し、指を1本ずつ切り落とさねば喋る気にもならんか?ただで死ねると思うなよ」


 ノベルがその騎士の手を払った。


「馬鹿が!トキヤにそんなことをする暇は無かった!牢獄下の水路に落ちて命からがら戻ってこられた所で」


「なんだ、貴様は!邪魔だてすれば女といえど傭兵、そうか、お前共犯者だな!?」


 オルゴが顔をショールで巻いて隠し、そこらで混乱する他人を騎士に突き飛ばして床に何か叩きつける。煙幕玉だ!途端に周囲を叩き飛ばす音と金属のぶつかり合う強烈な打ち合いが耳元で鳴り響く。


「こっちゃ!」


 引っ張りあげられてノベルとオルゴに脇をとられ俺達は窓の外に身を躍らせた。窓から伸びる幾本かの腕と、我先にと反応した騎士達が窓で詰まる姿がフィードアウトし、隣の屋根に背中から叩きつけられる。下に残っていたアレン少佐の罵声が響く。


「逃ぎょうじ!」


「ここで逃げたら国にいられない!とにかく捕まって、私が無実を釈明した方が」


 窓から飛び移ろうとする騎士を前にとりあえず2人は俺を引きずって屋根の上を走って逃げ出す。騎士や兵士を乗せてきたらしき馬車に向かってオルゴが俺の襟首をつかんだまま飛び降りた。首を絞められた状態でほぼ引きずられた俺はなされるまま落下だ!ノベルが泡食って追っかけて着地し、馬車を見張っていた兵士を殴り落す。そして兵士の1人が持つ柄の長いごつい斧を奪って華奢な体が振り回されそうに不釣合いな武器で周囲を警戒する。


 オルゴが暴れる馬を鞭でいなすとがむしゃらに馬車が暴走して町の外に駆け始める。馬車の上に落ちた俺ごとな。それを追って更にノベルが馬車にギリギリ転がりこんだ。遠くから走ってくる血走った騎士が一時遠くなっていく。城とは逆方向に駆けていく馬車。咳き込みながら俺はやっと一言口が利けた。


「おい、何処に行く気だよ!」


「国ば外じあんか?亡命ばしっと書状ぐ訴えはん!姿くらまさんば」


「亡命!?トキヤに国を捨てろっていうのか!?」


 ノベルが甲高い声をあげる。


「そんなことをしたら二度と帰ってこれないぞ!もし無罪とされたって騎士に戻ることは出来ないし、逃亡すれば釈明が難しく」


「見ようが。城ん奴じ話すっと?良うち独房入ってノベルば訴えん前なトキヤん処刑がよ。亡命しょっとま場所が知りょっと、あん剣幕らんじゃ引き渡せっち要求さんね。国際問題っちあげんよ。騎士がなん解雇されよったば関係なかし危険冒す意味なんし。トキヤん見りい、無理ばできよっか?」


 馬車は滅茶苦茶に木にぶつかって破壊しながら馬が暴走しまくっていく。車の中で振り回されながら俺は俺の足を見下ろす。ボロボロだった。たかが怪我ってんなら治療すりゃ治るかもしんねえが今はそういう場合じゃねえ。今、無茶する時だっつうのに、ピンチなのに、いつもみたいに動かねえ。


 俺の足なのに別の物みたいじゃねえか。


 ため息をついて膝の間に顔を埋めた。多分、この馬車もすぐ追跡される。その前に多分壊れる。いつも、こんな時には側にカクウがいたことを思い知らされた。あいつがいればいつでも何か解決策があった気がする。俺達は良いコンビだった。カクウの策略と、詰めの甘い所を押す俺の力で適当になんでも切り抜けていた。俺の無理な策にはあいつが修正して、補佐して。


 俺の強みは仲間がいてこそだった。だから城ではどうしたって何も出来なかった。強がっても自分のために自分だけじゃ何もできねえ。


「確かにそれしかねえわな。あの連中なら問答無用で殺されるし抵抗できねえ。このまま隣国に逃げる」


『怪我だけはしないでよね。あたしは姫様のお世話しなくちゃいけないのに、あんたの看病に時間なんか割くのは嫌よ?』


 カクウの本気みたいな冗談が浮かんでくる。


「トキヤ」


 ノベルはそれ以上は何も言わなかった。


「そんりゃ、馬ぁ、縄切って逃がん!ぶつかん!!」


 馬が馬車から逃れて単独で駆けていく姿と、振り回されて木に叩きつけられる光景。俺を引っ張って馬車の外に飛び出すノベルと、周りの荷物を持って逃げるオルゴ。


 町を離れた深い森の中、馬車が木にぶつかって派手に全壊した。










 あれから無茶な強行軍で森を抜け、隣の町に着くや否やノベルが何か売っぱらって金を作ってきた。剣が無くなったりしていたが奪ってきたアックスは手元に残している。それですぐさま別の馬車に乗って更に夜通しで行けるとこまで遠くに運ばれながら眠りにつく。別行動したって構わないのにノベルもオルゴも結局着いてきた。


 罪人として名前の挙がっていないところを見ればノベルは城に戻っても問題は無いだろう。オルゴだってそのまま自慢の足で逃げた方が面倒がなさそうなもんだ。見捨ててくれて構わない。巻き込んでしまう罪悪感よりよほど。


 ほとんど会ったばっかりと言ってもいいぐらい義理なんてねぇしな。


 馬車を乗り継ぎ遠くまで逃げたそこで俺達はひとまず隠れて野宿。ノベルは外で寝るなんてと嫌がったが金も無いし馬車代も尽きた。


「もう何も無いんだよ。悪ぃな」


 空を見上げると朧月夜でも無いのに暗く霞んで見える。ガクガクと震える足を耐えて木にもたれて座り込む。どこかで拾った布を体に巻いて寒さを凌ぎながら。


「宿は我慢する。こういう野宿っていうのも、あ、えっと、オツなもんだしな。それより足を医者に見せた方がいい。金は私がまたなんとかして・・・これを売るとか」


 唯一残った武器のアックスを掲げ、ノベルはしきりに足を気にした。だが、そんなことをすれば『あし』がつく。オルゴは慣れた手つきで俺の足を診て応急処置をする。それは表の傷に多少効いても治しきるものでもなけりゃあ痛みにも効きやしない。傷は既に膿んで麻痺しきっているのをノベルには知らせない方が良さそうだ。


「金の尽きよりま不味かこりの。町ば中が相変わらん手配書にチラシありゃあぞ、血眼が探しちょりさんな」


 落ち着くには酷く遠そうだな、そりゃ。行く末の道中は真っ暗だ。


「姫様は」


 俺が呟くと、ノベルがピクリと肩を振るわせ振り返る。どうしたと聞き直してくる。


「あの爆発で逃げ出した罪人に連れ去られた、そう考えるのが妥当だろうな」


 だったら見張りである俺が悪かったんだ、あながち罪人として追われるのは仕方がないことなのかもしれない。入り込んだ奴に気づいたのは俺じゃなくて、爆発するのを察知したのも俺じゃない。逃げだす連中を掴まえることも出来なくて気を失って、俺は何もできなかったんだ。


 コネか。


 しょせん俺は騎士になるべきじゃなかった。表面上の知識はあっても経験や実例や仕事に対する情報が薄く、一人でなんでも出来るほど器用でもない。


「トキヤらしくないな。あれはどうしようもなかった。あえて言うなら警備体制全体の問題で、あそこまで踏み込まれた時点で」


「俺のことを何も知らないあんたが、らしくない?どの口が言うかな」


 口を閉じてノベルはそっぽを向いた。代わりにオルゴが半眼で俺をたしなめる。


「ホンマんらしくあらんじ。トキヤんば自分あ国か病気ん何やせんちゅらっと、そこまで凄か実力無かっち。ただの新人虐められ騎士じゃってな。女に当っとり時や無かんが?今ば這いばって逃げらん時と」


 剣を持ってノベルは立ち上がる。


「見張りをするから眠って、早く体調を戻して」


 情けねえ話、頭がぐちゃぐちゃなわけよ。爆発しないように息を潜めて逃げている内に、もういいんじゃね?って呟く俺がいる。もう、諦めて捕まればいいんじゃないのかと。


 確かに寝た方が良さそうだ。










 気まずい空気を俺が放ち続ける中、嫌になって見捨てるでもなく3人の状態で旅を続ける俺達。一方的に喋り続けるオルゴの声は風の音のようにしか感じないぐらい上の空だ。悪いが空元気も出ない。痛ぇし、気力体力共に限界だ。正直、トラブル前の牢番だけで体調崩すくらいコンディション悪かったっつうのに追い討ちかけてこれなんだから仕方なくね?


 んな事を言ったって、しんどいのは俺だけじゃねえのは承知してる。だからこれ以上他人の気力まで削ぐような弱音一言でも吐けるわけねえ。口を噤んで黙っている方がまだマシだ。


「なぁ、ノベル外さんが?」


 オルゴが諦めてノベルに標的をかえ、寝るときまでつけている兜を指さし、寝にくいだろうに取ったらどうかと勧めだす。既に何度か同じ話を繰り返していたが話をそらすノベルにしつこくオルゴが掘り返すのでため息をついてノベルは兜に片手をやった。


「醜い顔を晒したくないんだ」


「醜かこっち、別が誰ん言うちょうわ。トキヤん捕まりょうじ顔晒すん強制さんぞ?」


「じゃあ、何がなんでもトキヤには逃げ切ってもらう。私は誰にも顔は見せない。醜い顔を晒せば誰もが私を厭わしく思う。なんの価値も無いゴミのように煩わしくなる。そして・・・聞きたくもない台詞を聞くはめになる」


「作り笑ぁや、顔ばどがんしっと。ウザかー!」


 オルゴは先頭に立って臭い物でも前にしたように鼻の前で手を振る。さすがに嫌になってきたらしい。ただ笑みを作ろうとしても、きっと歪んじまうんだよ。


 笑う門には福来たるという。


 暗い門には、泣きっ面に蜂が来る。


 何をしても駄目な時は、何かしら厄介ごとが重なってくる。うまく、避ける術を忘れたように。


 杖代わりに俺は剣をついた。それを横目にオルゴが、それも売ってしまえばどうか聞いてきた。武器は確かにここまで高価な物を使う必要は無いし、馬車代にして安い剣を買った方が安全に早く移動はできる。だが、俺にはもうこれしか残っていない。


 剣を見下ろして俺は、それに額をつけ姫を想った。


 俺の安全を想ってこれを贈った姫は、今どうしているのか分からない。立ちはだかっている俺の敵となった騎士達も、身を引き裂かれる想いで俺を追ってるんだろう。俺が犯人だと信じて。俺を・・・犯人と信じて・・・?


 ちょっと待て。じゃあ、なにか?今、本当の犯人を追って姫様を助けようと動いている人間は誰もいないってことか?


「トキヤ?」


 自分のことで手一杯で働いていなかった頭で、大変なことに気づいてしまった。 










 馬鹿じゃない、カクウは馬鹿じゃないし俺を信じてる。断言しても良い、なんらかの手を打っている。ただ馬鹿な思い違いをたまに叩き出すだけに駆け落ちしただなんて竜巻思考で宇宙の彼方に妄想巡らせてなけりゃだけどな!ただ、こうなったら本当にタダ捕まるというわけにはいかなくなった。俺が拷問を受けている間、いや、俺が今まで逃げ回ってる間にどれぐらい時間を稼いだ?既に手にかかった可能性も考えて全身の血が引く。


「他人のことを考えてる場合じゃないだろう!殺されそうになってるのは誰でもなくトキヤの方なんだぞ!?」


「プライドにゃ信念がって捨てんや。誰ん褒まんぎ捕っち詰りようがオチじゃて」


 幸か不幸か、追っている犯人が無罪なことを知ってるのは本人である俺だけだ。そして、長期間牢番をして脱走した連中がどいつでどこ出身でどんな罪を働いたどういう人物かも分からなくもない。分かってるだけでも牢が破れて脱走したのはオルゴを始めカーリー、ヴァイア、ユイス、エイゾフ、ダイエン、シュイ・・・。


 多い、多すぎる。どれだけ逃がしたんだ、俺。


 いや、ここから絞る事だって出来るはずだ。姫を攫う程の強者だ。馬鹿か、それなりに自信があって脱獄しているはず。一番怪しいのははっきりオルゴと言い切れるが。


「なん?」


 本人ここにいるし。


 どうすればいい、どうすれば姫を助けられる。俺から意識を外して姫を助けるよう騎士達の目を向けることができる?


 そんな時だぜ、たまたま寄った町でコルコット中尉を見かけた。そう、病人みたいな顔色で無表情で酒飲み脱いだら凄いんですのあの平民騎士ナルナ・コルコットだ。今までの悪運ひっくるめてもこんな幸運あるか?


 人気の無い方向へ歩いていく彼を・・・ノベル達が目をそらしている間に俺は追った。なんて都合の良い状況だろう、俺が今騎士の中で信用出来るのはあの人だけだ。姫様を大事に考えている中尉なら。


「俺の話を聞いてくれると、思っていた」


 兵士に囲まれ、剣を向けるコルコット中尉の目は冷えていた。騎士になった1年目のあの時よりもずっと。はめられたと知った時には既に遅し。厚い包囲の壁を前にして俺は今回で一番の絶望を食らう。


「死ぬか、捕まるか、2つに1つだ。お前にやる時間は無い」


 マジだ。


 剣を向けるコルコット中尉は剣圧だけで俺の髪を靡かせた。


「単刀直入に答えろ、ミア姫は何処だ」


 何処かだと?


「知らない!中尉、俺の話を聞いてください。俺じゃない、貴方達は見当違いの場所を探してる。このままじゃ本当に姫様を行方不明にしてる原因を見つけられなくなる!手遅れになるまえに少しでもいい、俺の話を」


「そんな事は分かっている」


 中尉は剣を下ろさなかった。


「念のために聞いただけだ。だからこそお前に割く時間が惜しい。連れ帰る手間を考えればここで殺してやりたいぐらいだ。脱獄犯を追う人間の方がお前を追う人数より少ない。さっさと終わらせる」


 死か縄かと聞きながら、中尉の目にはほぼ殺気で固まっていた。俺が無実だって分かってて剣を向けてる、この事実に愕然とした。ほとんどの人間は俺が犯人と考えて疑っていないらしい。違うと思っている人間にとっても俺は姫捜索の煩わしい障害になっている。


 俺の腕をつかんで地面に叩き伏せようとする兵士、これで終わったと思った。だが、その兵士は俺を張り倒しかけて横に吹き飛んだ。ものっそい勢いで壁にぶつかり、くずおれると俺の腕をつかむオルゴと、俺の目の前で紅いアックスを構えるノベルが構えていた。


 別の騎士が声を張り上げる。


「何者だ。その者は国家の政治犯、大罪人である。仲間であるなら容赦せんぞ」


「トキヤは無罪だ。指名手配を撤回しろ。むやみに証拠なくこのような乱暴を働くのなら、こちらもそれ相応の対応をとるのみだ」


「無礼な。傭兵如きが!」


 騎士は大きく斬りかかってくる。


「危ねえ!ノベル!?」


 俺は剣を引き抜いてノベルの前に出ようとしたが、足が動かずに上半身ばかりが先立って倒れかかる。その体をオルゴが引っ張り上げて後ろに引きづり戻し、代わりにノベルがその華奢な腕で騎士の一撃をはね除け、更にその巨体を後ろに跳ね飛ばした。


 そこから兵士や騎士や入り交じり乱戦になった。その手腕と速度で正確に連中を打ちのめし、見事な跳躍でもって攻撃をかわすノベル。その動きは俺が今までみた戦士の中でひけを取らないどころか、張り合うものだ。変態侵入者を打ち負かしたのといい、並大抵の腕じゃない。何より、こんな酷い状況の時に気になってしょうがないのは、この娘、華奢な外見して吹き飛ばしやら投げ飛ばしやら容赦がないやら力業やら。


「そこまでだ」


 中尉の声と剣がノベルのアックスを止める。さすがというか、耳の鼓膜を破るような甲高い音を鳴らして耳に痛い静寂が落ちる。ただ、中尉の剣は弾き飛ばされ壁に突き刺さった。周りは中尉以外に無傷者がいない程、ノベルは暴れてくれちまった。オルゴが掠れた口笛を吹いた。


 さすがにオルゴもびびるわ。


 壁やそこらに突き立つ剣や斧なんかの物騒な物、通常石やレンガに食い込むようなもんじゃねえ。非常識でシュールな光景に、更にノベルが斬りかかる。ストップをかける間もなかったが武器を弾かれたはずのコルコット中尉はその馬鹿でかいアックスを逆手に持った何かにもう片方の手も添えて受け止めジリジリと押し合っている。分厚いがナイフだ!アックス相手にさすがと褒めるべきか、コルコット中尉相手に均衡しているノベルに驚愕すべきか。


「なるほど」


 コルコット中尉の声は激しい鍔迫り合いにも関わらず、いつもの変わらぬ感情がこもらない物。


「お前がいるということは、あながち無駄足だったわけでもなかったというわけか」


「なんのことだ」


 中尉の言葉にノベルは剣をはね除け構える。だが中尉は剣を納め呼笛を鳴らそうとした。だが、それを安っぽいナイフが壊す。俺の体を支えるオルゴが投げたかっこうから、足の動きが悪い俺の腕に肩をかけて逃亡にかかる。


「悪んが行かせっちいな」


 身軽さなら誰にも負けないと言ってのけてたオルゴだが、俺は姫のように軽い体じゃない、これは無理だ!


 いや。


「ノベル、いざお相手つかまつる」


 長い柄を引いて重い刃を軽々と振り上げた。


「よせ、逃げろ、ノベル!!」


 駄目だ、あの鉄骨粉砕、壁をも拳で砕くあのコルコット中尉相手じゃいくらなんでも。なのにオルゴに抵抗する力も残ってない。俺はただ無様に手を伸ばして名前を叫ぶことしかできなかった。


「離せオルゴ、残して行けるか!ノベル!ノベルー!!」


 振り返って、あの古兜からのぞいた顔下半分が笑みを浮かべた。


 俺は一体、何をしてるんだ!!



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