バイシャ 7





 勝手な行動をした俺をオルゴは責めなかった。いや、怒ってるのか?周りに騎士や兵士がいなくなった途端に重いと言って俺を下ろすやいなや片足が動かない俺に速度を合わせるでもなく片腕つかんで引きづられテイク!しかし道すがらの台詞は飯の話。腹黒いこいつの事だからやっぱ怒ってんのか!どっちだ!


 舗装街道から少しそれた森の中で身を伏せてノベルを待てと、押さえつけられる。


「心配ばすんにノベルんや上手かことやんや。あんが強がっち、一流じゃえて。そんかし飯などがんとしキノコ探ぁよ」


「ええい、ちゃんと人語を喋れ、わけわからん!あのコルコット中尉を相手にタダで逃げおおせるわけねえだろ!お前だって捕まってボコにされてただろうが、あの恐ろしさを忘れたのか!」


「わかっちょーやん。せがばオイラんボコしたんが、あん騎士ばのーて」


「お待たせ」


「って、ただで帰ってきたし!」


 普通に隠れてる背後に滑り込んできたノベルに俺は思わずツッコミが溢れる。あっさり無傷か!?いや、無傷か?ノベルの顔をグワシッとつかんで上に上げる。兜が浮かびかけるとノベルは兜を押さえて慌てる。


「本当か!どこにも怪我してないのか!?ありえねぇ!!無理してんじゃねえのか!?」


「大丈夫だって!ああ!ちょ、怪我してないから」


「ほら、オイラば言っぱ通らんじゃがぁ」


 顔面を押さえて俺は地面に突っ伏した。


 ノベルはまたどっからか手に入れた食料と握り飯を片手に、アックスを肩にかけて周りを警戒する。まだ町には程近いんだ。いや、逃げてどうするんだろうか、俺は。


「そこそこ国境に近づいてきたが、まだ遠いな。足が無いとはいえ馬鹿みたいに遠回りせずに来ているから追っ手も増えてきた。ここらを山狩りでもされたら一発だ。もっと良い道を探したいが」


 そこでノベルは顔を動かさなかったが、見えなくても分かる。視線は俺の足へと向けられた。良い道、逃げおおせるための険しい道は俺のせいで使えない。辛うじて人目を避ける暗がりを通るくらいが精一杯だ。地形に強いわけでもない、地図に頼ればおのずと町に寄らずには道を把握はできない。


「進もう」


 せめてコルコット中尉達に目撃された町から少しでも距離を稼ぐだけしか出来ない。










 寝静まってる暗がり、森の中でようやくの休息が真夜中だ。高い山から見下ろす場所に町はあるが、そこに寄るわけにはいかない。前の町で目撃されているだけにな。あっちは馬だ。俺らがここに到着する半日前には防衛線を張っていることだろう。そこらにあった木をしゃぶって飢えを凌ぎながら見張りをしていたが、こっそり立ち上がって夜営の輪から外れようとした。


「何処に行くんだ、トキヤ」


「眠れないのか」


 目が覚めたっつうよりは起きていたらしい。振り返らずに応えると、起き上がる音が聞こえる。


「野宿は体が痛いんだ。慣れてない。ベッドで眠りたいな」


 体を伸ばしているノベルの間接が固まっているらしく、ゴリゴリと音が聞こえる。確かに実家の板間で寝てる方がまだマシだ。包まる程度の布1枚程度じゃ冷える森の中では役に立ち難い。


「疲れているとロクな事を思いつかないものだ。見張りは代わる、先にトキヤが眠れ」


「なんでそうも親身になれるもんかな。俺を庇って一緒に逃亡生活をする程、長い付き合いでもなかろうに」


「つれない事を言う。とにかく座ったらどうだ。無理をしている分だけ足が悪くなっていってるだろ。早く医者に診せたいが、こうなっては取り合うのも難しいだろうな。とにかく亡命さえすれば金は私がなんとか用立てして」


「足なんざ、もうどうでもいい」


 考えないようにしても、ふと考えていたらしい。歩くのすら辛いこの足は腐った木が軋むような音を立てる。もう長く放置しているがマシにはならない。なるはずがない。足がある感覚が無い。この足では亡命して1から何かの職につくのも難しいだろう。俺はいつの間にかこの足が治らない予感がしていた。


 それ以上に、足を治す必要が無いのに気づいちまった。


「1人の人間が起こすトラブルはどれだけでも取り返しのつかないでかい事が出来る」


 だが、1人の人間が解決出来るトラブルはとてつもなく小っせえ。


 当然、城下で俺が逃亡をしている事は知れ渡っているだろう。そして城下の俺の知り合いは片っ端から匿っていないか責められている。下手したら痛めつけられたり、意外に意地っ張りなリキや喧嘩っ早いタツノは大怪我をしているかもしれない。最悪殺されかねない。カクウだってどうなってるか予測出来たもんじゃねえ。姫の後ろ盾もなく、あいつは家との折り合いも悪い。俺を推薦して城に引き入れたのはあいつだ。大人しくしてれば貴族にも支持者が多い奴だからフォローだって期待はできるが、大人しくしている奴じゃない。


「捕まるだけじゃ足りない。あいつらが助けられると思えば来ちまうかもしれない。いや、思わなくても来る。俺の仲間はそういう馬鹿な連中だ」


「何言い出すんだ」


「終わりにするんだよ。思えば中尉の提案は悪くなかった」


 死ねば俺の心配は全て終わった話になる。姫のためにも、裏町の連中のためにも俺が生きている事は良くねえ結果をもたらしている。だったらいらねえよ、こんな命。


「納得いかない。そう結論を急がずにさ、最後まで悪あがきはしてみるもんだぞ。意地の悪い騎士共相手に張り合って今まで頑張ってきてたじゃないか。何か理想があって騎士になったんじゃないのか?弱気になることはある。でも、いつだってどうんかしてたじゃないか」


「しょせんは薄汚い1匹の家畜さ。国で買われて食われるために生まれてきた庶民が、ちょっくら自分に角があることに気づいて1人で突進したから叩かれちまった。通用するかも分からなかったのにな。後味が悪いのは分かってる。巻き込んでおいてさっさと死んじまおうなんてムカツクかもしんねぇけど。楽になりたいんだよ、俺なんかどうせ、どこにいったって厄介ごとで周りを不幸にするしか能の無い男なんだから。俺がいなくなりゃノベルだって追われる理由がなくなる。お姫様にちゃんとしたお迎えが」


「ふざけるな!!」


 背中から無理やり腕を引っ張り下ろされ地面にケツが叩きつけられる。土の上で顔をしかめれば、胸倉をつかまれて乗りかかるようにノベルが立っていた。歯を噛み締めて小刻みに震え、月明かりの下でその姿は影になっているのに眩しい。


「自分が死ねば無駄な抵抗をする友人が傷つかない?逆だ、馬鹿者め!!そこにあるのは絶望だと気付けないか?そんなはずない、頭の良いトキヤが分からないはずなんて無いだろ。つまり投げ出すんだ、自分が楽になりたいからって。他に重荷を押しつけようとしてる!!トキヤのために戦って傷ついているとすれば、それは裏切り以外の何だと言う気だ?」


 歯を噛みしめて胸を押さえる。それでも痛みは消えない。


 だけど、今は麻痺しろ。


「案外感情なんざ長続きしないもんだ。絶望なんてすぐに忘れられるさ。時々は思い出すかもしんねえが、死ぬよりゃマシだ。出来るだけ被害を押さえたいんだよ。カクウは俺よりアフターケアがうまい。最後まで尻拭いさせてばかりだが、あいつなら綺麗に片づけてくれる」


「じゃあっ、そのカクウの傷は誰が綺麗に片づける?お前を祭り上げて立派に死にました、武勇伝を作って語る、あのこの傷は」


 俺は押し黙るしかない。


「ミア姫がなんだ。あんな女、ただ顔が良いだけの我が侭癇癪女じゃないか。せいぜい役に立つと言えば政略結婚の餌か、どこぞの貴族へ褒美としてやられる程度。国庫を食いつぶし税を凝らして飾り立てられるだけのお飾り!ああ、そういえばトキヤに惚れていたっけ?じゃあ、死んだとしても本望だろうよ!!」


 皮肉げに口角を上げる。俺が搾り出せたのは一言だけ。


「可愛いお姫様だと、思うけどね」


「それだけだ。そんなことのために、楽になりたいがために、心に壁を作って投げやりになんてなるな。どんな時でも真っ直ぐ突っ走れ。周りを巻き込んででも、自分のしたいように、幸せを作る努力を惜しまないのがお前の良いところなんだよ。そういうトキヤだから遠くでずっと見てた。応援してた」


 言葉が詰まる。


 泣かせたかもしんねえ。酷いねぇ。マジで、俺、最悪。


 オルゴは起きあがって水筒から水を飲んで頭をボリボリ掻いて半眼になる。


「もっか2人共寝ぇ。こっそり野宿せんが意味あなあ。黙っち横ばなんで体力に回復しょう」


「追っ手が増えてばかりだから変な事を考えるんだ。一直線に行くのは止めて明日は道を1つずらす。少し足並みが遅れるが、このままじゃ投降しそうな奴がいるからな」


 どうしてついてきたりなんかした。


 何時間も経って、ようやくノベルの寝息が聞こえ、俺はしばらくノベルの兜をかぶったままの顔を遠くから見詰めていた。










 獣道を歩み続ける。


 オルゴは明るい調子で『安全で困難な道』とやらを案内していく。とろい俺を置いてあっちこっちに先行して誘導してんだ。ちょっと進路をそれて追っ手を少しでも撒く事になったらしい。とりあえず、ここでは見つかる心配はないだろうとオルゴが時々姿を消すせいで、黙々と俺とノベルは淀んだ空気を進んで行く。


 そら、誰も追ってこようと思わんだろうなと後ろを振り返る。人間が逃げ込むとは思われない、そんなうっそうとした場所だ。


 今までも鈍行だったが、本当に情けない話、俺はちょいちょい根を上げた。片足と、杖代わりの剣、あいてる片手でかきわける深い茂みと険しい斜面に体が重い。崖に落ちかければ器用にノベルが黙って支える。


 力尽きて膝をついても誰も馬鹿にすることなく立ち止まり、ノベルが休める場所をアックスで斬り開く。


 怪我の無い酷使している膝の悲鳴を聞きながら木にもたれかかる。寝ている間に一度町に自首してやろうとしたのを見通され、あれからノベルの目は厳しく俺の動きを見張っている。俺を無実だって言ってくれるのはひとまずノベルだけだ。だが俺は本当に無実か?牢を守る任務を与えられ、油断し、逃げられ、俺自身は姿を消し、姫の姿が消えた。与えられた任務をこなせなかった、これが俺の本当の罪じゃないのか。仲間を危険に晒して、他人巻き込んで。


 そこから逃げている今の姿は正しくない。彼らは正当かどうかはともかく、受けるべき報いを俺にくだそうとしている。


 騎士になるというのは、そういうことだったのかもしれない。


「またつまらないことを考えているな」


 兜の下から俺を睨むノベルが木の枝を投げつける。


 転がった枝をなんとなく眺めているとノベルが立ち上がって声を低める。


「怒れよ」


 怒っているのはお前だ。ただ濁った目でノベルを見返す俺に、彼女は立ち上がり俺の腕を引っ張り上げて突き飛ばす。そこまで力は込められてねえけど力ねえから木にぶつかって片足で立つ。オルゴは疲れた顔で片手を振って、そりゃもうウンザリだろうよ。長めの棒を引っつかんで別の方向に逃げ出した。


「道ば探ってくっと」


 残されたノベルに目をやると、静かにアックスを構えて俺に振りかぶってきた!目で捉えられる粗雑な一閃を座り込んで見上げる。今度は大きく振りかぶるので横に跳ね転がった。そこを斜めに斬りこんでくるので更に転がれば元々が険しい斜面だ。体制を崩して坂を転がり滑り落ちた。


「おぶっ」


 落ちて周りにブワッと舞い上がった鮮やかな色に目を見開く。ゆっくり近づいてくるノベル、そして落ちた先に広がる湖のようにクレーター状に咲き渡る花畑。


「これは、また見事なものだな」


 花の中に埋もれた俺に歩み寄ったノベルが側で膝をついて俺の頭を柔らかくかき抱いた。一緒に彼女は大量の花を両手で抱え込んで俺の胸に全部押しつけ花びらを散らす。彼女の後ろに無骨で物騒なアックスは捨て置かれて。


「なあ、トキヤ。頼むから死ぬなんて言うなよ。自分が誰かの心配をしてるように自分も想われてるって自覚してるんだろ?お姫様なんかよりずっと大事なものがお前にはあるはずだ。殺されかねない騎士になったのだって王族を享受したからじゃない、手段だろ?目的は別にあったはずだ。オルゴは少なくともトキヤを認めてる、あの言葉を信じたから」


 頭の上に降る優しい声。


「何かを諦めて別の何かを犠牲にしない、囚われない心はとても強くて愛おしい」


「ただの裏町で量産されてるゴロツキだぜ?俺」


 笑ってノベルの背に軽く手を添えると、ビクリと一度背が震えたがノベルはそのままの体制で応えた。


「薄暗い世界の中にも届くくらいに眩しい、私には太陽の花だった。見てたよ、遠くからずっと、応援してたんだよ。遠くから見てるだけでも眩しいぐらい輝いた、トキヤは私の太陽の花だった。それがくすむぐらいなら、この空に登る淡い月すら太陽のように燃やしてみせるから。角が足りないなら私のだって添えてやるから」


「ありがとう・・・」


「礼なんて聞きたくない。私の言葉が少しも響いてるように感じない。違う、これじゃいつもの繰り返しだ」


「いや、そうでもねえよ」


 なんかちょっと、おかしくなってきた。なんで俺慰められてんだ。


 ちょっと抱きしめる腕に力を込める。こんなに細いのに何処にあんな力があるんだよ。カクウは元より病気の母ちゃんより細いのは問題あるぞ。


 足の痛みと、花の香りと、微かに香る火傷の匂い。


 ノベルを目だけで見上げる。


「亡命した後に城下が気になるというのなら私が戻ってなんとかしてみせる。トキヤの大事な人が泣くよりずっと良い方法で、トキヤの納得のいく終わりにしてみせる。後少しで良い。輝かなくたって良い。道が塞がれば私が全て切り開く。だから生きて歩いて」


「後悔するぜ。重要なことを一時の衝動で言うもんじゃないんだろ?」


 ノベルは口角を上げてニヤリと笑う。


「責任とってやる」


 ノベルの腕をほどいて膝に溜まっていた花を俺は彼女に向けて投げ散らした。驚いて見上げるノベルは花にまみれて座り込む。ほれ、男が花に埋もれても、ちょっとな?それにこんなもん女に告白されるような内容じゃねえよ。


 そろそろ、あんよ位は一人でやんなきゃなんめえよ。










 変装をすることにしてみた。


 町に忍び込んで装い一新。フードをかぶって体の悪い傭兵の格好で同情を誘う良い感じだ。オルゴの頭も相当目立つカラーだからな目元まで隠れるような帽子をつけた。こんなんで盗賊よくやってられたな。ノベルは顔を隠したままでとのことなので、兜その他を新調した。なぜかマントを所望したのでそれを取り付けると本で見るヒーローのような感じになった。えらい小柄だがな。


 金はどうしたか?


 裏町に生まれて裏町で生きてたなら、勝手は違うが仕組みはお手の物だ。知らない町でも裏路地を通れば当然のように闇市に通じる。俺は姫から贈られた剣を手放した。賞金首の俺だ、足元見られるのは当然として捨て値でも少し金が入れば十分だった。が、意外にこれが大金に化けた。そりゃ、凄ぇ良い物っつうのは分かってたけど足がつかないように剣の良さなんて分かりそうもねえ商人へ売った。


 つまり足下見てこの値段なのか。さすが王族の財力。


 俺はまだ迷っている。だが、その迷いがノベルやオルゴを危険に晒していたし、晒すことになるだろう。とにかく今はただ逃げることは腹に決めた。にっちもさっちもいかん俺が誰かの心配なんざ、しゃらくせぇ。てめぇの事も出来ない俺がやることじゃない。ああ、逃げてやろうじゃないか、最強騎士軍団から裏町出身の庶民如きがよう!やけくそとでもなんでも言えばいい。町中に張られた俺のポスターを平手で叩く。


「トキヤん」


 ちゃんとした服を着てみれば、みすぼらしい奴隷ではなく怪しい男くらいに見える。これ、忍ぶには前の方が良かったか?いや、俺はこいつの事を常にうさんくさく思ってるせいかもしんねえけど。


「オルゴ、城下のガキんちょは大丈夫なのか」


 牢で話していた事を思い出した。


 嘘にしろ本当にしろ、こいつ本当に俺なんか認めてついてくる気なのか確かめたかったのもある。オルゴといえば、急になんだって感じで笑って優しい顔で城下の方角に目を向ける。


「こがあ事がなん前にゃ餌たっぷり置いんで。シュベルトじ面倒みん任せちゃぁし」


「・・・お前、俺を突き出して報酬貰おうとか思わんの?」


 そういうつもりなのかと思ってた、一部。


「酷かあ!恩ば一生分売りゃーに、チビチビせびっち思うちょんだきゃあに」


「計算高いんだか、馬鹿なんだか微妙な奴だな。恩なんざ一生どころか酒の1杯も返してやれるか分からんぜ?」


「見返んば絶対ば貰うに。そがんじゃに騎士ばおろうぜ、見たんおったんが」


 腕を引かれる。見たんおった?見たことがある騎士って。


 嫌な予感。


 そう・・・決心した所でたいがいトラブルが見つかるんだ。カクウはいらないレーダーがついている、俺が悪いと言うが、俺だって好きで見つけるんじゃないし、好きで巻き込まれるんじゃない。勝手に目に入るんだよ。


 化け物級の戦闘力を誇る騎士、つって身内にその化け物をばったばった倒すノベルがいちゃったりするけど、その騎士達の中でも出会いたくないのがディズ大佐だ。もちろん他の連中もヤバイが現場でばりっばりに活躍しまくる騎士の中で出会ったが最後はこの人だろう。ノベルが強いのはよく分かったが、あの人も同じくらいはやってのける。前から命の危機は感じちゃいたが、もう俺を生かす理由が無い。なんだかんだできっと痛めつけるつもりの剣から殺す剣に変えてくるはず。何より姫への忠誠心や信頼度はなんか知らんが確実にトップクラスだ。


 撹乱させるためにそれた道にいるなんて運が悪い。だが逆に先に目についた今回はまだ幸いだ。


 引きずられて来た路地から覗いた先に俺の一番恐れていたディズ大佐が町の中で騎士を指揮している姿がよく見えた。間違いない、大通りで奴に近づいてくる騎士はこれまたゴキ准将。超若手だが将軍クラスまでいるってどういう事さ。


 ゴキ准将、確かあの人も姫の・・・。


 まあ、こんな時に城には引っ込んでられんわな。そうじゃなくても一大事だ。一国の姫君がさらわれてるわけだ。わけのわからん男に。


 何か話し合っている。遠くから俺は路地の隙間に身を隠しながら伺い、買い物袋を短く持ち直し逃走準備をする。子供の頃と違って図体がでかくなったので狭い路地は少々きつい。なんとか地獄耳を働かせて、こっちの動きが知られてるのか、何か企んでるのか、都合良く俺の追ってじゃないとかいう展開なのかを知りたいが、あっちも警戒しているだけあって声はそこまで詳細に拾えるわけもない。


「だが確定されたという事だ!城での爆破が奴の手引きだと。牢から逃げた罪人1人が変死体で見つかった報告があった。口止めと考えて間違いない」


「コルコット准尉の報告が確かなら、よりによってこちらを選んで逃走している。だが事が起こる前に捕まえてしまえばいいだけのこと。ディズ、お前が責任に思うことなど」


「辺境での不穏な動き、大々的に町を焼きまわって城を手薄にしてまで仕掛けてきた。後に接触を図ろうとしなかったはずがない。中枢に入ろうと思えばあいつ好みの惨劇はいくらでも図れる。騒ぎが静まっている理由は?奴の標的になりそうな人物が城にいなくなった。ならば次にどう」


 要領を得ないな。いや、城での事件と辺境への遠征が繋がっていたという事か。


 大佐が舌打ちする。准将が静かにたしなめるが怒りと焦りが滲み出ていた。


「落ち着け、再びこういう事態になったが時のために姫に」


「奴はそれに興奮して喜ぶ性癖だ、ゴキ准将。抵抗しもがき絶望する獲物を好む。あんなものが俺の」


 俺は静かにその場を後にし、ノベル達をひっつかんで馬車に乗り込んで逃げようとした。だが、既に兵士により町には検問ができあがり馬車は厳重にチェックされていた。コルコット中尉に一度見つかってから大して進路を変えていないからな。まあ入ってきた時に使った裏町の裏出口から出りゃ済む話だ。乗り物は惜しいが、あんな検問如きで裏町出身の人間が捕まったらとんだお笑い種だぜ。


「どがんすっと?強行突破しん。トキヤん?」


 だが、大佐達の話を聞いて思い当たった。ここ、あの事件で焼き払われていってる町とそれほど離れてねえ。段々と国境に近づくにつれ事件現場に向かっていたんだ。なんて間抜けな!!ある種、意表はついたろうが別件で既に警戒網が張られてる一番危険な方向へ飛び込んでた。だが、その怖いもの知らずな迷惑野郎はどうやら城下まで潜り込んだらしいし、今更現場に戻ってきたりはしない?いや、へまをした奴を捨て駒を特攻させただけ?


 しかしあの口ぶりは敵が分かってるのか?


 もう少し話が聞きたいが、反対からやってくるノベルを見る。そのどでかいアックスが若干壁に傷を作っているのを除けば、狭い路地も小柄なので楽々と軽やかに近づいてくる。何度見ても武器と体格がアンバランスだ。


「トキヤ、早くここを離れたい。誰かにつけられた」


「ああ、あんまりゆっくりは出来なゴフッ!?」


「キャッ!」


 んだ!?


 背中に勢いよく衝撃がきて壁とノベルにぶち当たって2人して座り込む。見上げれば路地から大通りを塞ぐ場所で目を細くそばめて見下ろしてくる男が仁王立ちしていた。


 こいつ、今蹴りいれやがったな!?


「とにかく警戒を厚くする。馬車の荷まで細かく、後は外壁の出られそうな場所まで全て見張りを」


「ミア姫、どうかご無事で」


 路地を塞ぐ男の後ろをゴキ准将とディズ大佐が通り過ぎて行く。ノベルに気をとられて近づいたのを感知し遅れたらしい。気づかれないにしても視線を向けられれば分からない。騎士が通り過ぎた瞬間に仁王立ちの男が騎士を横目で見た。そして俺達を見下ろしてニヤリと笑った。


「どうせ捕まるんなら俺に捕まえさせろ。役人に捕まるような一銭にもならん無駄なマネするな」


 ノベルがアックスを器用にというか力任せに構えて壁を抉り、オルゴも口封じしようと物騒な物を出した。とんでも豪快な音に、目の前の男が一歩退き口元に指を当てる。


「馬鹿な真似は寄せ。だがやはりそうか。政治犯で第一級罪人、懸賞金がかかってるぞ。いつかやると思っていたが、ついにやっちまったという感じだなトキヤ」


 みすぼらしい格好の無精髭の男に名前を呼ばれ唖然とする。いや、裏町だとて城下、今まで幾多の人間がやってきては去っている。特に俺の地元に出入りしたとなれば俺の顔を知らないはずかないつうか自分で言うのもなんだが視界に入らないわけない。まあなんだ、派手にやってたからな!


 だが、頭のどっかで違うと記憶が叫ぶ。


 そんな他人なんかじゃねえ。


「覚えていないか。まあ10年以上前になるしな」


「モーイ、か!?」


「久しいな、兄弟」


 昔、人買いに自らを売った従兄弟だ。










 よく俺のことが分かったもんだと関心すればモーイは俺を模写した手配書を手渡した。まあ俺の名前があるしガキの頃からあんまり顔は変わってねえかもしれねえ。この絵よく描けてんなあ。


 人気の少ない場所ということで、寂れた屋敷裏に連れてこられた。そこで割れた壁なんかに腰掛けて話した。傍らに警戒するように壁に背を預けたノベルに遠慮した距離でモーイが、少し身を隠すような木の上にオルゴがいて余所に視線を向けている。


「で、パッと見で俺達だと分かったって?だけどこれでも変装してたブウェ・・・」


 口元に手を伸ばして頬を鷲づかみにされた。しばらく黙って俺を見ながらモーイはため息をつく。


「変装する前に森でたまたま見かけたんだ」


「あんな道から外れた森の中で何してたんだ、お前」


「奴隷っていうのはそういう危険な場所に使い走りにされるものなんだ。そのお陰でお前を助けられなくもないんだがな」


「助けるっつって」


「将来は何かやらかす奴だと思っていたが、騎士になっていたなんて驚かされたな。結局収まったのが罪人というのは情けない話だが攫ったとかいう姫はそんなに良い女だったのか?攫ったなんて余程いい女だったのか?それとも派手好きなお前の事だ、姫を利用して革命でも起こそうといきりたったか」


 ノベルがムッとして体を起こしてモーイに実力行使で黙らせようとしたノベルがモーイの自嘲の様子で留まった。


「俺達は大人になり無力なガキじゃなくなった。黙って奴隷に成り下がる時期は過ぎたんだ。いま一度俺と手を組め、トキヤ」


 俺の生きた場所は貧しかったし色町だった。売られてくる女子供は多かったし、それを連れてくる人身バイヤーも出入りする。逆にあそこで子供を買って売ることもあった。


 ガキの頃だ。馬車が通り過ぎるのを横目で見ていた。病気の母親の代わりにいつものお使いだ。ただし今回は特別で、山に花を狩りに行っていた。ついでにウサギも捕まえた。花は昨日死んだ叔母に。ウサギは従兄弟達にやるつもりだった。悲しんでいるだろうモーイとアーチはこれから大勢の子供がそうであったように路頭に迷う。


 誰も彼も金が無い。


 血の繋がった兄弟みたいなもんだった。他の大勢の子供が無理でも父ちゃんが引き取ると信じて疑ってなかった。だが難しい顔で首を振る父ちゃんはそうは言わなかった。ただ母ちゃんが病気で、俺や兄貴がいて、5人目からは受け入れられないんだというのが無性に腹立たしかったのを覚えている。


 母ちゃんがそんな俺に授けたのは知恵だった。出来る事は何か?そう、俺が出来るのは慰めること、哀悼すること、何か食える物を手に入れてきてやること。何も出来ないと想う暇を行動に移せと背中を押されたな。


 だから探し回ったんだ。裏町に入って駆けずり回ってモーイとアーチを探した。気晴らしになるなら、またヤクザ共の家に爆竹しかけにいってもいいし裏町に迷い込みそうになってる余所者をからかいにいってもいい。泣いたところを見たことが無いあいつが泣くのを横で慰め続けるのでも構わない。狩人の縄張りで目をかいくぐって密漁したウサギも全部やるんだ。


 息を切らして周りを見回して、汗を拭って立ち止まった。


 家にはいなかった。


 俺の家にもいなかった。


 だが1件の遊郭でアーチだけ見つかった。


 勝手に商品を連れ出すことは許さないと店の外に突き飛ばされ、呆然として店子を見上げる。おっさんは俺が無茶苦茶をするガキだと知っていたから容赦なく真実を説明した、こうだ。色町で体を売っていた叔母は病気だった。これは知ってた。だが、死因は病死じゃなく体を本当の意味で売り払っちまったからだと言うんだ。もう身動き出来ず稼げないとみるや叔母は息子に闇医者へ連絡させた。


 闇市場に並んだグロテスクな母親と一握りの金でモーイは遊郭で妹を働かせてくれと頼みに来た。アーチが4歳の頃だ。幼過ぎて店に出れないため割りに合わないと断られるや否や人買いに自分を売った金を更に上乗せして奉公を承諾させたんだそうだ。


 大人になれば遊女として働く。幼くはあるが持参金のある労働力だ。生かす努力はしても良いと。


 想像が出来た。淡々とこなしたんだろう。そういう従兄弟だ。ガキの癖にやたらと合理的に。


 もう人買いに連れられてさっき馬車でモーイは行ったと、アーチが人事のように告げた。まだアーチはよく分かっていなかったんだ。俺にも分からなかった。こういう友達は少なくない。大人ですら仕事にあぶれる。タツノのように奴隷まがいでも仕事につけた奴もいれば、リキのようにチンピラやってくしか生きていけない奴もいる。何人もいる不幸な子供に手を差し伸べる余裕があまりにもない、俺の故郷。


 だがこうして生き残る術をあんな幼い頃に選んで動いた、モーイはその母に似て合理的で隙の無いガキだった。カクウと出会うほんの少し前までいた俺の従兄弟。カクウだって結構な策士家だが爪も情も甘い奴だが、こいつにはそれがあった記憶がない。


「もうすぐ追っての騎士も『あの連中』も、俺達に目を向けられなくなる時が来る」


 冷徹な策士家は俺達の座るボロボロの壁に親指を向けた。


「国境近くの町を次々に焼いてまわってる賊が、今どこを狙ってるか知ってるか?」


 そして選択を迫る。



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