バイシャ 8




 廃れた屋敷の庭に広がっていたのは爆薬だった。炭鉱で使われているし、俺も作った事があるから見れば分かる。擬態化させてるわけでもねえから見たことがある奴にはすぐ分かるだろう。


 炭鉱で爆薬が使われ出したのはごく最近で、カクウが色町に出入りするようになってから手に入れた本の中に元になる知識が混じっていたのを見つけて初めは俺とリキで設計図を集めてタツノが作った素人物。あんまり上等な材料は手に入らないが、今まで苦労していた岩盤なんかを離れた位置で崩せるってのは便利で、とてつもねぇヤバイ代物だ。


 町で爆弾を使うのは炭鉱業と、昔リキが喧嘩に使ってえらい事になったのがある。つまりあれは普通に兵器と呼べる。


 その兵器の周りに無数の壺が置かれ、それを運ぶ用意がなされていた。油の臭いが壁の隙間からツンと鼻を刺激するが寂しい通りでそれに気づく奴はいないだろう。


 モーイが静かにと指を口に添えると、屋敷から何人か厳つい賊めいた連中が現れた。裏町やスラムで見かけるようなのじゃない。町を出て森や山に潜む奴隷なんかの標準装備は獣臭い格好。国のルールの全てから手を引き、原始的な生活と奪う事で生きる連中。


「パーティのセッティングは完了したかい?賓客は揃ったんだろうね」


 その中でとびきり目立つ美形の男が屋敷から現れる。遠目からにもこの集団の中では姿も異なり、よく貴族勢にいがちな男だ。いや、あれは・・・。


「ディズ大佐?」


 俺の呟きに周囲を警戒するだけで屋敷に目を向けなかったノベルが目を丸くして塀の隙間へ顔を向けて口を押さえる。


「・・・リリスッ・・・!?」


 中の連中の1人が美形に全て運び出し終わったことを報告した。狂気を含んだ目で楽しげに笑い、美形はクツクツ連中を見回した。


「今夜のパーティのお相手はクシャトリヤ、ダンスは得意な連中さ。いくら化け物級と呼ばれる武国の騎士とはいえ火に巻かれれば血も煮え、ああ、どこぞの跡取りの血でも絶えればそこそこ余興になるだろう。とはいえ今回の賓客は特別、この手でもてなそう。お前達は舞台が出来上がったら後は好きなようにするといいさ」


 辺りは既に夕闇に包まれていた。夕闇の中で狂った笑みを浮かべる男、その中で爆弾を抱えた連中は屋敷の入り口へと歩き出した。


「町の中心にある噴水の給水タンクの水は油と入れ替え完了したようです」


 屋敷全体に配線が巡らされている。油でテラテラと光って、それが歪なイルミネーションとして屋敷の外、道へと束になって伸び広がっている。屋根から水滴を落す液体は黄色く夕日を受けて赤い。油臭い臭気が今になって遅れて肺まで染み入って吐き気を誘った。何処までも伸びる導火線が、本当に何処まで伸び隠れているのかゾッとした。


「近々気づいた奴らが混乱し出す頃だろう」


 何気ない動作でマッチをすり屋敷に放り捨てた。飛び出す間もなく一気に火が屋敷を駆け上がる。俺達は唖然として導火線を凄い速さで走っていく炎を見た。炎は廃れた屋敷を中心に町の外側を火柱を上げて燃え上がった。炎の壁が町を包み焼き縁どっていく。


 黒髪をサラリと掻き上げて楽しそうに月を見上げ、空に手を伸ばし締め付けるように手を握る。狂人そのものだ。


「さあキャンドルに火を灯しに行こうか。十字に広がっていく火は美しい、きっと気に入ってくれる。中々見られない素敵な緋色の舞台を捧げようじゃないか」


 恍惚としてイッた顔がこちらを向いた。


「ねえ?」


 ノベルが身を引いてアックスを構える。


「逃げろ!!」


 悲鳴の忠告にオルゴとモーイに両脇を抱えられて駆け出した。金属で火がつきそうな激しい音に顔を向けかけても引きずられた身が、畜生!!


「北以外の入口が爆破される。自分達が逃げるためだがリリスのゲームだ。ああいう遊びを好む最悪の男だ」


「おい、なんでそんな事を知ってる!」


 憎たらしい表情を変えないモーイは淡々と言い放つ。


「今俺を買っているのがあの頭のイカレた男だからだ」


 火薬の匂いがする古い馬車に見張りが1人。オルゴは軽く身を捻って何か投げつけるとそいつはぶっ倒れた。


「手間が省けた」


 俺を引っ張って馬車に乗り込んだモーイと、後ろから俺を突き飛ばすオルゴにいい加減に腹の虫が収まるか!


「離せ、ゴラアア!!」


 馬車の床にモーイが何か放り出してバウンドする。思わず視線を向けて、首輪だ。内側に針のついた鍵つきらしい。指でモーイがつまんだ鍵が揺れて首輪の近くに落される。


「いつもの報酬はそれで常に流し込まれてる毒の解毒剤だ。今回はその首輪の鍵を報酬にするよう交渉して手に入れた。解毒剤だけなら以前手に入れたものを残してある。俺はこれで自由だ。混乱に乗じさえすれば生死も不明で消えうせられる」


 俺はモーイの襟首をつかんだ。


「そのために連中に黙って作戦を決行させた・・・町の人間を見殺すってのか!」


「なら俺に死ねってのか」


 言い返せるか。


 毒だと?襟首をつかんだモーイの首にはアレが長年刺された穴が開いているらしい。まだ真新しい抜いた後に巻いた布が点々と血で染まっていた。毒で変色した首の皮膚の色は紫、人間の皮膚の色じゃねえ。俺の従兄弟がそういう目にあっていたっていう真実だ。解毒剤が欲しければ非道な命令にも従わざるおえねえさ。


「トキヤ、顔も知らない連中のために俺が見つけたチャンスを潰すか?」


 一度は助けられなかった友の言葉に顔が引きつる。だがこれだけは譲れねえ!


「いつもは余裕なノベルの声が普通じゃなかった。あんなやばそうな奴のとこにあいつ置いていけるか!」


「学習ばせんが男じゃに、あん女な大丈夫ざんで」


 降りようとした俺の襟首に喉を抉る衝撃が走る。オルゴの軽く開いた目と、全てが緩慢に動く視界で振り返った先のモーイ。


「聞き分けの無い所も変わらない。だから俺はお前が干渉してこない隙に全てすまして城下を出たんだ。諦める事も覚えない、いつまでたってもお前はあの頃のガキの」


 もう背後に誰も立たせねえ。


 ど畜生、どいつ・・・も、こ・・・いつ・・・も・・・・・・。










 モーイは従兄弟だが親友だとも思っていた。


 俺が何か見つけてきて、あいつが作戦を立てて、俺が仲間を集めてきて、あいつが役割を振っていく。


 馬車が俺とすれ違って、そいつにモーイが乗っているのを知った時になんで俺に相談しなかったのか怒り狂った。確かにあの頃の俺に何が出来たかっつったら情けない答えしか出ない。あいつに山で賊でもやれって?スラムで暮らせって?それでも駄々をこねて無理を押しつけてくるんだってガキの頃から思われてたわけだ。正し過ぎて泣けてくらぁ。


 何にも力が入らない、何をやってても楽しくない。


 慰めの言葉はこうだ。いつもの事、仕方ない事、政治が悪いからだと締めくくられる。だから俺達には何も出来ない。しょせん裏町なんつうものは非合法の掃き溜めでしかない。俺達はこの国の人間では無いのだと。


 どうやって俺は立ち直ったんだった?


 何故俺はもう一度戦ってみようと、騎士なんざなってみようと思った?


『諦めないって言うのは簡単だけど続けるのは難しいわ。それが出来るのは美点だと思う』


 隣に立つ女。


『1人が挫けず猛進してれば引きずられる人はたくさんいる。何も無駄な事じゃない。でもやっぱり1人は大変だから』


 カクウ・ホクオウ、裏町に現れた変人貴族。


『あたしは絶対に諦めない。トキヤが諦めない限り、あたしは同じだけ戦うわ』


 笑顔を向けられて、俺も自然と笑う。


 そうだ。


 モーイがいなくなった後に俺は最高の親友と答えを見つけた。今までだって俺は無茶もやったが、最後まで必ず隣にはカクウがいた。誰もかれも途中で諦めて手を引いても、文句を言いつつカクウは俺に投げも自分に引き受けもせず同じ場所で戦っていた。いつも一緒にだ。


 無難な答えを出して死んで行くのも諦めるのも『俺らしく』ない。


 そんでもってカクウは俺のそういう所を一番信頼していたし、カクウが俺を褒めるのならそこなんだろう。


 完っ壁に目が覚めた。


 意識が急速に浮上して跳ね起きた。馬車を軽く見回してすぐに外へ視線を向ければ町を完全に囲むように火が空まで壁を作っている。どんな油のまきかたしやがったんだ、あの変態野郎。まだ火の海とはなっていないながら囲まれたっていう圧迫感がパニックを呼んでいる。統率する奴が誰もいやがらねえのか。


 この中に賊が混じって火事場泥棒と血の宴に興じてやがる。


 振るわれた刃と迎え撃ったノベルがフラッシュバックして俺は縄で腕を強固に縛り付けられたまま立ち上がろうとしてコケル。乱暴に馬を操るモーイに素直に恐怖して従う町の連中。や、人轢いて車に血糊でもついてんじゃねえだろうなあ。


「逃げるなら置いてけ、これはずせ!」


「小事を切り捨て大事を取るか。私情を切り捨て・・・ここで奴らのことを騎士に知らせ非常線を張らせると」


「既に警戒してた騎士の連中が何も動いてないなんて事はねえよ。大半は腐ってんが騎士にもまともなのがいてな、仕事をしねえってことはこれが無ぇんだ。俺には最悪の先輩だったけどな。なんせ姫の信頼してる野郎だ。それよりお前のボスが俺の仲間に斬りかかったなんつう、とんでもない場面で俺はなんでこんな場所に瞬間移動してんのかねえ?」


「その引きずった足で何が守れる。俺達は自由の国に行く。出自など関係ない能力が評価される国だ」


「上等だ、お前だけ行け」


 手に力を入れても解けやしない。腕が段々痛みを感じなくなってきた。まったく・・・人の話を聞かないのは城の連中の悪いところだとばかり思っていたがな、人より何か能力がある人間は全部そういうもんなんかな。


「この混乱の中でならお前は逃げ切れる。子供の頃、俺達は無力だった。チャンスがあっても使い方が分からなかった。だが、今はチャンスを見つければ有効に扱う手段を見つけられる。旧友を助けることも、自分を助けることも。妥協点を作る気なんざねえ奴の言葉をいちいち聞いてられん」


 爆音が響く。


 騒然として町の中心に誰もが視線を向けた。それに続いて町を真っ二つに町の外側に炎の壁が斬り割いていった。騒音がいっそう激しくなった。ようやく町の外へ逃げ出そうと人の波が出来る。いや、まだだ。あの男は十字に火を広げると言った。


「忘れろ、トキ。あの傭兵だけはどうあっても助けられん。だからあの傭兵もお前に逃げろと言ったんだろう。あの狂人の狙いの賓客というのはあの傭兵の事だ。そうは言っても諦められんだろうが、それなら俺のせいにすればいいし非情だと罵ればいい」


「おかしいと思ったぜ」


 床に縄を叩きつける。痛む手首を軽く撫でると手綱を持ったままのモーイが目を開いて振り返った。


「お前、あのリリスとかいう男に命じられていた首輪の代償は俺達の見張りと居場所の報告だろう。少なくとも城から俺達を見張っていたな。森の中で俺達を見かけただと?お前やけに迷い無く近づいてきたじゃねえか。俺はずっと会っていなかった昔馴染みだったが犯罪者だぜ?お前だったら様子くらい見るだろう。だが実際はもっと前から様子見てたわけだ。ずっとノベルを追ってやがったな」


 悪さをしてきた歴史で身につけた縄抜けはこんな時に役に立つ。俺に何が出来るかなんて、俺が直面した何かで、その場にあるもので切り抜ける。庶民は元から物が豊富じゃねえんだ。今更それがどうした。


「気配を消すのも随分と上達したんでな」


 手綱を持ったまま俺につかみかかろうとしたモーイの片手を腕と動く片足で跳び避け、俺を縛っていた縄を持って馬車を引く馬2匹のうちの1匹に飛び乗った。手綱をつかんで立ち上がったモーイが器用に手を差し出す。


「破滅と虚栄心で出来た低レベルなこの国の人間はもうウンザリだ。今のお前がどうかは確かにまだ分かってない。だがトキヤならば何かする男だと俺は期待していた。騎士になるなぞ相当異例、ここまで逃げてこれただけでも賞賛する。戻って来い、俺と組め!」


 戻って来い。俺は昔何度お前にそう願ったろう。


「上等じゃなくてもココが俺の国だ。守ると誓った連中なんだ。守りたい女なんだよ」


 俺という足かせが無ければこんなに手間取りながらの旅にならなかったろう奴らだ。既に逃げ切っていればそれでいい。だが信用するには一歩足りねえんだよ。一緒に戦うスタイルじゃねえ奴らでもあるから、俺と同じとこ見てるとは限らねえじゃねえか。


 まだ4つには分断されてねえ。爆発するなら町の中心だ。2つに分断された町、燃え上がった町、一番生存率が低い場所だが起きるはずの爆破が起きない理由はなんだ?


 馬を繋いだ板を取っ払って代わりに俺を結んでいた縄を馬に回し真逆に綱を引く。


「これだけは言っとくぞ、俺は間に合いたかったんだ!!」


 身を乗り出して俺を呼ぶモーイに向かって叫ぶ。


「子供だろうが無力だろうが、無駄だろが自己満足と呼ばれようが、お前を品物にしようとする奴と俺達は物じゃねえって一緒に戦いたかったんだ!あの時にだって全力で!!」


 馬を引いて俺は町の広場に駆け出す。


 足手まといになっても、町と一緒に燃え尽きてたまるか。


「町の北口が無事だ、北に逃げろ!町全体が燃えてる、賊がいるぞ!!北だ、北に逃げろ!!」


 人の流れが出来ればみんな従う。俺は叫んだ。炎の反対区画は閉じ込められてるが、とにかくここだけでも逃がせるはずだ。密閉された別区画も逃げ道がなかろうが周りの壁を壊してよじ登って、人間の底力は逞しいから上手くいきゃ逃げれる。町を焼いてはいるが、こいつら皆殺しを目指してるわけじゃないみたいだからな。逃げ延びている人間は今までも案外多かった。壁を壊す事なら騎士の連中があの反則的な技で率先して外壁をぶっ飛ばすだろう。炎の広がりはそこまで酷くない。人を恐怖に陥れるゲーム、反吐が出る。


「北だ、周りに知らせながら走れ!!みんな北に逃げろ!!」


 声が誰かに届けば、それに従って人が駆け出す。酷い熱気と煙が苦しい。咳をしながら馬で駆けている道すがら、よく見覚えのある騎士と目が合った。


 ゴセルバ・ディズ大佐。


 一瞬声が詰まるが、俺はそのまま前を向いた。


「北に逃げろ!町の外へ!!」


 そして俺は町の中心へ駆けた。










 爆発で崩れた壁が重ね合って壁を作っていた。俺は馬から飛び降りて壁にすがりつく。馬は俺を見上げるが、こいつも逃がしてやらなきゃなんねぇな。悪い、お前は助かるはずだったのに一番危ない所まで足に使っちまったな。


 俺は馬面を蹴る。


 恩知らずな!!と思ったかどうかは知らんが馬はいなないて道を引き返し走っていった。


 それを見届けて俺は岩壁を登り出す。足が重りをつけてるみたいに重たいが腕を使って上へ、上へ。片足だけぶら下げて腕と片足で、いつもみたいにスムーズに進まねえ上に痺れのついでにジリジリと皮膚を焼かれる感覚が服から出ている所を狙ってきやがる。燻製にでもなりそうだ、っつう。


「ノベル」


 食い止めてるのが別の奴ならどうする?騎士なら大量にいたぜ。


 殺され済みで死体引きずってる野郎とご対面だ。獲物を捕まえてご満悦にしてる。


「だからどうした」


 かもしれないで引き返すわけでもねえ。生きていろ。生きてさえいれば。


「どっせええい!」


 瓦礫の壁の端をつかんで体を乗り上げる。上り詰めた先の耳に金属がぶつかり合う音と油臭くて息が詰まる熱気が比較にならんぐらい全身を焼いてきた。周りが封鎖され、中心の噴水が火柱を上げている。


 不味い、空気無くなってんぞ。


 重い金属音が再び鳴る。黒い煙で霞んでいるが確かにノベルと賊の男が戦っていた。俺は下に転がっているビンに目をつけて転がり落ちてそれをつかむ。なんか変な音なったけど無視じゃあ!


 突然の出現者にノベルが相手から目を離した。それを好機と剣を横から切り込んだ男に俺は力一杯ビンを投げつけた。それを足で振り薙いで男がこちらに狂気の笑みを向ける。ノベル相手に一歩も引かず。ボロボロだが化け物揃いの騎士の中でも上位級、なんつう恐ろしい変態だよ。


 奴がボロボロでもノベルも満身創痍。あのノベルをここまでしたかよ。


 顔だけじゃねえ、どういう事か知んねえけど絶対にこいつゴセルバ・ディズの血縁者だろ。


「トキヤ、どうして」


「オルゴはどうした!?」


 死体として見あたらないのは嬉しいがね!話してる暇はなく男が次は俺に凶刃を向けて駆けてきた。その間に滑り込んでノベルがアックスで迎え撃ち攻撃を押し下げた。地面でギリギリと細かく震えあう武器が一触即発の気を散らす。


「止めろ、リリス!トキヤは戦えない!」


「参戦したそうにしているじゃないかぁ。無下に扱う事もないだろう?」


 息をつきながらアックスでノベルが降り飛ばし、リリスも剣を横に一閃して勢いを頼りに後ろに大きく跳んだ。


「はっ、はっ、はっ、んくっ、はっ、リリス・ディズ、はっ、雑魚なんて、相手に、しても、楽しくないだろ。よく見ろ、これが戦力に見えるか?私を見ろ、リリス。お前を国から追い出した女はここだぞ」


 剣と、折れた木の棒をつかんでリリスはニヤニヤと笑う。


「雑魚、だが、君の大事な男なら首を刎ねてみるのも一興だ。以前にやり損ねたゲームをねえ」


 剣でノベルを薙いで上を跳び越え、リリスがまん前に着地した。反応しきれねえ俺に尖った木の切っ先を突く。俺は避けずにそれに向かって身を乗り出してリリスを全身で突き倒す。不意をつかれたリリスは俺の下敷きになり、俺は木で脇腹をやられた。ドクドクと熱い血が奴の上に流れ出す。


 剣を奪おうとしたが、リリスは木を俺の脇腹に捻り込みそのまま蹴り上げられた。すぐさま斬って捨てられかけたがノベルがその刃を器用に差し込みアックスの横面がでけぇ銅鑼みたいに音を鳴らす。横に斬ってかかるノベルの攻撃を体を捻り避けまた激しい斬り合いで火花が散る。


 また距離が開いた瞬間に動きを止め、俺の血で汚れた手を舐め上げてあくまで楽しそうに笑いリリスは小首を傾げる。


「僕とやりあってるのも賞賛するけどね、アックスで僕のスピードについてきてるのには驚かされるな。こんな素敵な舞台でやり合えるなんて最高だよ。腕を上げたものだ。君を捕まえて国を少しずつ噛み千切っていくのを見せてあげようと思っていただけなのに興奮するじゃないか」


「・・・もうあの頃の守られていた口だけのグズじゃない」


「兜が邪魔だなあ。その顔も、とても気に入ってるんだがねえ、僕は」


「逃げろトキヤ。ケホッ、う・・・」


 よろけるノベルを受け止めて俺は兜に手をかける。外した方が良い、これじゃあ余計に息が出来ない。外してもかなり苦しいがしないよりはマシだ。


 だが、慌てて兜を押さえてノベルは俺をはね除ける。顔を晒すことに恐怖を覚えている。


「いいんだ、ノベル。兜を取れ、俺は」


 乾いた笑いで言葉を阻まれる。


「はは、酷いな。汗だくで見られた顔じゃないんだ。女にもなぁ、死んでも譲れないことってのはあるんだ。デリカシーがないぞ」


 アックスの刃を地面に落としてノベルは腰を落とす。倒れたんじゃなく構えたようだ。俺は脇腹に刺さったままの木を引っこ抜いて立とうとしたが片足が脱力して膝をついてしまう。しびれて感覚がなかった。まったく逆に、こいつは人間かと思わせるほどリリスは平然と剣を構えていた。


「この馬鹿らしい世界に鉄槌を。そして我が美しき君に、自由という名の炎を贈らん」


「自由は自分で勝ち取るものだ。そんな炎、打ち消す!」


 ノベルは刃を向けて駆け、リリスは同じく駆けるふりをして油入りの水袋に火をつけて彼女へ向けて投げて後ろに跳んだ。勢いあまってノベルはそれを切り捨てるが液体は燃えながら彼女に降りかかろうとした。その液体をノベルはマントを外し、それで絡め取り捨て去る。


「2度同じ手は食わん」


 アックスの一手はリリスが剣で受け止めようとしても止まらず体ごと吹き飛ばされた。いつもながらみなさんうまく受け止めるが、受け止められなかったら体がまっぷたつだろう。自分の避けられないはずの一手をからめとられて油断したリリスはそのまま起きあがらずノベルが勝利を収めた。


 そしてノベルも地面にくずおれた。


 俺は本当に少しも動かなくなった片足を両腕と左足で引きずってノベルの元まで行く。息が苦しい、全身が痛い。このままだと炙られて死ぬより先に空気が無くなって死ぬ。もしくは喉が焼けて死ぬ。とにかくノベルを背負って瓦礫にへばりついてみるが片腕が塞がって、片足が使えずじゃどうにもなるかよ。


 もう周りは逃げただろうか。逃げてなきゃ馬鹿か。


 それでも弱い人間は確実に死んでいっただろう。そして俺達も。


「勝てたろ。無駄足だったな、トキヤ。死ににきたようなもんだ。・・・信じてほしかったよ」


 掠れた声でノベルが背中から恨み言を吐く。


「死にそうになってんだろ。こんなの勝てたなんざ言わねえんだよ、ボケ。無駄足だよ、本当に足でまといだよ。でも俺は足が使えねえんだから仕方ねぇじゃん。でも俺には足以外が残ってる」


 俺はノベルを瓦礫の壁に預けてリリスに向かって3本足でずっていく。


 そうだ、俺には残ってるだろ。別の物が、大事なもんが、守りたいもんが、俺が信じた未来が。


 リリスの懐から爆薬を奪って俺は導火線へ火柱から火を貰った。


「やめろ、トキヤ!爆弾は不味い。別の方角に爆弾が仕込まれてて1カ所が爆発したら順に爆発していくんだ。止めた2カ所が爆発したら町が!?」


「心配すんな、ノベル。俺だって馬鹿じゃない、少しぐらい脳味噌あるんだぜ」


「だから、爆弾は・・・・・・」


 呆気に取られているノベルをよそに俺はすでに爆発し終わった方角の瓦礫の向こうへ爆薬を投げた。瓦礫の向こうへ飛んでいく爆薬が、隠れたと同時に激しい爆発の衝撃と瓦礫が辺りに飛ぶ。それは当たりそうで当たらずになんとかなったが、リリスは直撃していた。踏みつぶされるぐらいでかいのにやられなかっただけ悪運に感謝しろ。


 開けた道の向こうは炎の花道状態だった。開けた道も地獄でも、行き止まりよりゃいくらかマシ。


「・・・さすが、だな。じゃあ逃げろ。私も後で追うから」


「一緒に行かない意味が無い」


 俺はリリスの体をひっつかんで引きずり、ノベルの体を脇腹に抱えて立たせようとしたが一緒に転げてしまう。


「無理だ、ずっと無理に動かして足が限界に達してるんだろ。道を開けてくれただけで助かった。ありがとう・・・。私は一時的に力が抜けてるだけだ。少ししたら逆に拾ってやるから先に行け」


「こういう窮地で惚れた女を捨てていく男はいないと思うがね」


 俺を見上げて固まるノベルを脇腹で力一杯抱える。刺された脇腹からかなり血が流れ出してるから止血に丁度いいさ。


「ふ、2人も抱えていくなんて無理だ!そいつはせめてここに捨て置いて」


「罪人にだって言い訳さしてやる余分な時間がいるんだよ。最後まで好き勝手していつの間にか死にましたじゃ、殺された奴も、大事な人を殺された奴も、誰に文句を言やいい?俺もちょっと、一発どつきたいしな」


 とは言っても進めた距離は大してなかった。やべぇな。俺も意識が大分やられてきた。動いていた片足も膝をつく。代わりにノベルが立ち上がる。フラフラと俺の腕をとって支え、歩き出す。リリスは・・・あ、無理。


 俺を支えて歩くノベルだが、再び瓦礫が道を塞いでるのを見て笑って座り込んだ。


 リリスがもう一個ぐらい爆弾を持ってた気がするが、この壁が開けても安全な道だとは限らない。どころか、同じ光景が広がってる確率大だ。炎の海から陸に上がるにゃ・・・どうにも遠いな。


「何か考えなくちゃ、いけないのに」


 座り込んで笑いながら、頭を抱えながらノクシャが呟く。


「トキヤと約束、したのに。前に、進みたいのに。どうして何も浮かんでこない?役立たず。私はまだ無力で、こんなにも1人じゃ何も、何も出来ないだなんて」


 笑いを止めて、涙がポロポロこぼれ落ちる。


 燃えさかる周囲は燃えていない物がなかった。俺達という生身だけが残されていた。どうしようもなくて、どう策を練ろうが体が動かなくて、0+0から何かを生み出せというようなもので、どうにも計算が合いやしねぇんだ。ああ、合わねぇさ。


 でもそんな理不尽な状態は今までだっていっぱいあったぜ。


 地面は掘ってる時間なんざねぇ。地下牢みたいに元から下に水路なんて都合のいいのは期待出来ない。じゃあ周りに抜け道があるかっつったら、やっぱり無い。炎を突っ切るにしても足が・・・な。それに瓦礫が崩れて炎だけが壁じゃないし、道があったとしても炎の中を探るのは勝算が低すぎる。


 下駄目、横駄目、前駄目、後ろ駄目。だったら上しかねえ、そうだろ。


「トキヤ?」


 俺は笑ってノベルを連れて火柱の上がる噴水の前まで戻った。


「無理だ・・・」


「乗り物だと思うのが間違いなんだよ。いいか、こりゃ盾だ。直撃さえしなけりゃ上に飛んだ時点で俺達の勝ちなんだよ」


 水を噴き上げるはずの石造りの皿は火柱の中心で真っ黒になっていた。俺はノベルのサラマンダーアックスを体の後ろ横へ一杯に下げたが足を踏ん張る力がねぇからノベルに支えて貰い腰を落とし両腕で噴水の皿の下へ向けて、アックスを投げた。狙いには自信が合った、悪戯には必須能力だったからな。それに、なぁ、直接でうまくいきそうになきゃ投石が定石なんだろ、コルコット中尉。


 皿が燃えながら地面に落ちて、俺はそれに砂をかぶせて火を消した。もう息も意識も絶え絶えにな。油なんか使いやがって、かなり苦労したさ。後ちょっとで逝くところで、かなり熱いけど火は消えたんだよ。


 リリスの懐をもう一度探って、最後の爆弾に火をつけて石皿に入れひっくり返した。バッターン。重量感溢れる音だ。皿と建物を見比べて傾け、ノベルとリリスをその上に乗せて俺もその丸い小山に乗った。ここまできたら俺が何をしようとしてるか分かるだろ。ノベルは無茶だとまた呟いた。


 ああ、無茶だ。


 でもな、計算の合わないことは力ずくで間に合わせろ。


 裏町で生きてきた俺達の、これが合い言葉だ。親から必ず授けられる根性だ。


 炎も届かず青白い夜の月に向かって俺達は飛ぶ。しっかり捕まってろよ、ノベル。


「雑草魂、舐めんじゃねえええ!!」


 俺の腰にノベルの腕が絡まり、俺もノベルの腰を掴んで、リリスを挟んで油を吸い上げていたでかい筒の折れたでっぱりをつかんで、俺達は爆発と共に空に吹っ飛んだ。衝撃と共に体が浮くような感覚がはしり澄んだ空気が肺を満たした。


「不味い、勢いが!!」


「いや、まだこれからだ!」


 放物線を描いて落ちかけた皿は半分割れながら燃える建物の屋根にぶつかりそのまま滑って騎士達が見上げる地上のある対空に踊り出した。俺は燃える建物に手を伸ばしてどっかに引っかかろうとしたが、今度こそ不味い、手が・・・・届かなかった。ノベルが俺を抱えて皿から飛び上がるが、大して飛べず、2人して落下しかかる。リリスは気にする余裕もなく。


 落下する俺は確かに見た。


 遠くから駆けながらディズ大佐とゴキ准将がでけぇ剣を構えて振りかぶっていた。その前でコルコット中尉が跳び、振りかぶられた剣を蹴って、俺達に向かって大砲の如く飛来して、突撃してきた。勢いに押されて俺達は地面にぶつかる寸前に横へ吹っ飛ばされた。息が止まるかと思うぐらい意識が白くなりかけた。



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