バイシャ 9




 意識とばさなかったのはなかなか奇跡だ。ノベルは一転するが着地しかけ、へたりと転ぶ。弱っても受け身はさすが俺みたいに無様じゃない。


 騎士が一斉に俺達へ剣を向けた。刃の囲いってのはなかなか壮観なもんだ。まだ炎の迫る建物を背後にしているが、一端は窯焼き状態は逃れ、お次は串刺しときた。


 暇がねぇ。


 さっきよりかわすのは難しいな。いや、むしろやばいのは俺1人なんだからかまわねぇけど。俺は本気でもう立てねぇ。なんか右腕もうまく動かなくなっちまったな。


 ノベルがへたったまま俺の前で両手を伸ばして庇う。いつもみたいに力業で押し通る武器もなけりゃ、歩くのもやっとだったのに健気にも程があるぜ。


 俺は中尉達を見上げてなんとか動く左腕だけで体を起こして頭を下げた。


「ありがとうございました」


「お前を助けた覚えは無い」


 コルコット中尉が傍らで立ち上がり呟き、騎士の囲いの向こうにいるリリスの方に目を向けた。ディズ大佐がそちらに向かって気絶しているのを確かめもせず手早く拘束する。同じ顔の男を緊張感のある顔で捕らえて。ああして並ぶと顔は一緒でも顔つきが違うわな。


 訳も聞かずに捕まえるったぁ、穏やかじゃねえ間柄ってか。


「剣をおろせ。トキヤは無実だ。善良な国民に問答無用で剣を構える奴があるか!だからこの国で為政者が国民に蔑まれるんだ!!」


「邪魔をするな、傭兵風情が。無実かどうかは城で裁く」


 取り押さえようとした騎士の手を払うノベルの手を俺は止める。このままだとこいつまで殴られかねねえ。


「ボロボロだなあ、おい。早く治療した方が良いぜ。こりゃさすがに降参だろ。意地を張っても火に巻かれてしまいだ。俺は誰か道連れにしてまで勝ちてえなんて思ってねえよ」


「嫌だ、嫌だ、トキヤは何も悪くない!このまま捕って殺されないと思うか!?そんな傷をほっとけば死ぬに決まってる。だけどこいつらに治療する意思なんてあると思うか?城を爆破したのはリリスだ。この町を火に包んだのも何もかもリリスがやったのをこの耳で聞いた!それでも他に裁かれるべき者がいるとすれば、むしろそれは私が!!」


 悲壮なノベルの声を止める。


「泣くな」


 ノベルの手を引き、振り返って涙を流している細面を両手で包んで首の後ろに指を回す。簡単に包めてしまう華奢な体であんな破壊力と速度で敵を殲滅しちまうんだから、そら恐ろしい女だよ。


「城は確かに爆破しちゃいねえし手引きした覚えもねえが、完全に無実ってわけでもねえんだ。悪いのはあんたじゃないさ。俺を庇ったせいで傷物にしちまったのに責任とらねえわけにもいかねえだろ」


「何を」


 もうぶっちゃけてもいい頃合いだ。


「牢で襲撃してきた奴が投げたもんで顔を焼かれただろ。あん時にちゃんと無理やり確認しときゃ良かったよ。分かってたのにどっか見ぬふりをしてたらしい。処置してりゃあ、あそこまで傷が残ることもなかったのに。まあ、これのせいで引き返しがつかなくなっちまったんだろ、お前は。俺にもどうしていいか分からなかったし、いっそ気づかなかったふりして一緒に逃げちまうのもいいかなって思って、な?途中からは有罪だろ」


 この意味に気づく前に俺はノベルの顔を引き寄せて、始めはあんなに艶々してたのに荒れちまってる唇にキスをした。あっけにとられてるんじゃねえよ、もう言ったろうが。


「参った、降参、好きだ、全面降伏。責任くらい取りたかったけどよ、もう怖い迎えに捕まっちまった。お前は引き返せるよ。傷があってもくすんだりなんかしない、カクウが言ってた通り最高に良い女だ。楽しかったなんて言えたもんじゃなかったけど、ここで終わりってのは残念だよ、お姫様」


 顔を包んだ両手をそのまま上に滑らせると兜が落ちて、肩の辺りでナイフか何かで切り刻まれたガタガタの銀髪が揺れた。どっから金を持ってくるのかと思ったら、髪を売ってやがったってわけだ。久しぶりに何にも阻まれずはっきりと見えた顔の4分の1は焼け爛れてたけど、この程度じゃ国宝級の美姫は少しだって醜くなったりしちゃいねぇ。


 目を大きく見開いたミア姫が大きく息を呑んだ。


 周囲の騎士はそれ以上に呻き慄いてざわめきをあげる。


「黙ってたのはお互い様だろ」


 その直後にノベルの、いやミアの首元にゴキ准将の手刀が入り彼女は衝撃で気を失った。フワリと舞った彼女の体を受け止めたのは俺じゃなくて正真正銘正統の美形で鬼神の如き強さを誇る騎士様だった。


 炎の勢いを増して空もミアの銀の髪も月も赤く照らし、今んとこ死体の見当たらない町を見回した。


 後悔はしないさ。


 ここは地獄にならなかったんだから。










 いつぶりか、俺は生まれ故郷の城下に帰ってきた。懐かしい質素な風景ってわけにもいかなかったけどな。


 ひとまず俺は殴られた。殴った騎士は軽く処罰されたが、他の騎士も気持ちが分からない訳じゃなさそうだ、たこ殴りにされなくて助かったぜ。処刑の前に私刑で先に天に召されるんじゃねえの?なんて笑えない冗談を隣の囚人に聞かされた。


 俺がここを追われる前にぶっ潰れた牢はまだ代わりのものが出来ていないもんで、俺が転がされてるのは倉庫だ。まるで1人1人が珍獣かなんかのように鉄格子の箱に突っ込まれている。並んでるのはほぼ顔なじみばかりだった。一度は逃げ出した連中もちゃっかり捕まってるんだから、笑えない。


 見張りは一緒に苦労の日々を過ごした兵士だったり、病欠してた兵士だったり、元の鞘に戻ってきた兵士だったりだ。ちょっと感動したのは俺が訴えた囚人への扱い改善が、ちゃんと行き渡ったままだったことだな。さすが城に雇われてるだけあるよ、優秀な兵士だったってことだな。


 ただし、俺だけは別腹ってのはいかがなものか。


 優秀な兵士は元同僚みたいな俺だけ他の囚人と区別して扱ってくれている。飯はいつも床に投げられたパンのみ。水なんかション便でも飲んでろって勢いだな。こっそり顔なじみの囚人が水を回してくれるぐらい哀れなもんだ。こいつら絶対に騎士連中に何か言い含められてるぅう。


 まあその騎士連中はまるで俺を見なかったが。目があったらうっかり剣で斬っちまうから、俺がいないと自己暗示かけて我慢してるらしい。騎士の誰もが険しい表情を止められずにいる。


 そうそう、俺の牢屋に1度だけ意外な人物が面会に来た。怪力軍医のラキタス・シェーバだ。裁く前に死なない程度に治療をする任務だって言いながら、かなりきっちりやってくれた。ずっと動かなかった手足まで補強してくれて、土産話まで置いていった。ミアの顔は元通りにはならないが手入れをして、かなりマシになっているらしい。


 まあ、吉報だったな。


 そっからは何か状況が変わるって程そう長い間、放置はされなかった。


「出ろ」


 倉庫の扉から光が入り、鉄格子の檻の鍵が開いた。顔を手で覆い擦って髪を一度掻きあげ顔を上げる。









 ぶちこまれてストレスが溜まる暇もなく、俺はすぐ裁判を受けることとなった。すぐに抜けれそうな手錠につながれて城が基調の豪勢な廊下を歩いて行く。距離を開けるように立った連中は眉をひそめて俺を信じられない者を見るように目で追ってくる。


 力を抜いてニヤニヤ笑って前を向いて歩いていく俺を。


「なんて不遜な」


 騎士じゃない俺が騎士らしくする必要はあるか?


 唇を舌で舐める。


 屁理屈ぶっこかして俺に勝てると思うなよ、貴族共が。


 廊下から庭先の草の絶やされた広間に出る。貴族ではない者を王者が裁く時に距離を置くため、城に汚らわしい罪人を入れないための、最も不名誉とクシャトリヤが呼ぶ断罪の間だ。地面に座らされた俺は初めて王を見た気がすらした。遥か上のベランダで椅子にふんぞり返り地べたで這い蹲って生きる家畜を見下してな。


 俺は負けたんだ。


 騎士となって国を変えようとしても、まるで言葉が通じない空回り。バイシャにとって一番大切なものは、クシャトリヤが繁栄を築くのに必要な要素の1つでしかない。それを掻き回す俺がウザくないわけがない。例え姫が俺に心を傾けなかったとしても、この瞬間は遅かれやってきただろうさ。


 それまで全力でやってくつもりだった。その器があるかどうかなんて問題じゃねえ。ただ、何か掴めるだけでも。それも叶わなかったのは俺が1つ時代を間違えて生まれちまったのかもしれないな。ミア姫が王女としてたった時代だったら、あの耳に庶民の声は届いたのかもしれない。


 いや。


「御身に傷を残したこと許されるものではなく」


 遅かれ早かれこの時が来たのなら、これが俺の戦い。


「以上によりトキヤ・シッポウへの罰として姫と同じく熱した鉄の棒で手を焼き、硫酸で顔を焼き、姫をかどわかしたその舌を切り落とした後に国外追放とする」


 罪状を読み上げるカクウの父ちゃん、俺を長年目の敵にしてきたんだからせいせいしてることだろう。ただ、俺がいなくなろうがカクウがお嬢様に戻るかっつったら無理な話だと思うがね。


 おっちゃんが喋りきってから、俺は一言だって喋ってない王様を見上げた。貴族らしいミア姫に似た美形なおっさんだ。貴族の割に地味めな大臣が横に並んでるせいで際だったロマンスグレーだな。そういえばカクウは父親似だな、目元。


「さぁ、罪人を連れていけ」


「少し時間もらいたいんだけど、カクウのおっちゃん。ちょっといいか?」


 公共の場でおっちゃん呼ばわりされた大臣は目を白黒させた、面白いぐらいに。俺を1人の人間として扱わないのなら、俺も相応に素でやったるわ。貴族代表の王族へ目を向ければ否定するでもなく目を薄っすら細めた。


 許可と取るぜ。


「まずお宅の娘連れまわして悪かったな。顔の傷を手当てさせるのが遅れたのも俺のせいだ。そこは弁明する気はねえ。手が焼けたのも傷だらけになったのも連れまわしたせいだしな」


「無礼な!口の利き方に気をつけろ」


 横合いからどつき倒される。腕が縛られてる上に座っているせいで肩で頭を庇ったが頭も勢いついでにガツンと打ったじゃねえか。容赦ねえ攻撃で頭がヌルリとした感触を伝う。


「騎士でも部下でもねえのに、なんで敬わなきゃなんねえんだよ、騎士様よう。あんたにも散々どつき回されたが尊敬出来る部分はまだ見たことなかったんだがなあ」


 舌を出して挑発すれば目を見開いて血管を浮き上がらせる。


「あんたらからしたら自分の領分に家畜が我が物顔でばっこしてる気分なんだろ。豚共が人間様に口利いてんじゃねえってか?まあ聞けよ、庶民は自分達が生きていけりゃ金でも物でもいくらでもやるし、それこそあんたらに関わらないように生きたいんだよ。家畜が望んでんのは当たり前に生きていける保障、それだけよ。そこで引き替えに税金であんたらの生活費を必死で稼いでるってわけだ」


 これは俺達庶民全員の声だ。


「家畜は残念ながら本当は人間でなあ、人間ってのは知ってっか?無闇やたらに顔も知らねえ虐げるだけの他人なんざ養ってやろうとは思わねえ生き物なんだよ。ましてそんなもん敬う奴はドM以外にいるかよ」


 岩のように低い渋い声が響く。


「国を治める事の何をも知らぬ愚かな民よ、周囲の国から戦争を持ちかけられないのは何の治世を持ってするかも分からぬか」


「おうよ。じゃあ色町の治世を守ってんのは猿山の大将このトキヤ・シッポウ様だ。俺の手からは物心付いた頃から何人も零れ落ちて今も地べたに転がってんぜ。治世ってのは、こんなもんをどうにかしようって動くもんだとばかり思ってな、いっちょ俺達より上だっつう王様んとこまで俺が来たっつうわけだ」


 嘲笑う顔がミアと親子だとは思えねえな。可愛い娘を親父なんかと一緒にすんのが間違いってか。


「国を統括する人間の責任だよな、なんとかしてくれよ。出来ないってんなら俺も一緒に考えるぜ、自分達のことだからな。そう思ったことが罪だっていうなら、俺達はどうすればいい?身を守れずに売られた子供は運が悪かったのか?で?治世を敷く代償に支払ってる税金の見返りに何をしてん」


 大きく息を吸う。


「だっつう話をしようじゃねえか!」


「この、ゴロツキが!」


 誰もがまるで自業自得のような目で裏町を罵る。微かに垣間見えた世界を哀れと思うか他人事に思うかは知らないが、自分とは違う汚れたもののように扱う。


「金だけとって扱いがこれじゃフェアーじゃねえよな。おい、これがまともな裁判か?確かに俺のやったこたあ無罪じゃねえかもしれねえ。たが人の言い分も聞かねえってのはどういう了見だ?ああ?」


 直球に礼儀知らずに口をきく俺に騎士が再び拳を振り上げた。が、それを止めたのは場に飛び出してきた女の体当たりだった。軽く揺らいだだけだが驚いた騎士が固まったのを良いことにカクウが騎士の代わりに俺の頭をつかんで押さえ込んだ。


「お許し下さい!この愚かな男を教養の無い者と思うのなら尚更。この城に推薦したのは、招き入れたのは私でございます。代わりに私はどんな罰でも受ける覚悟でございます。お願いです、お願いでございます、シッポウにどうか慈悲を」


 割り込んできたカクウにざわめきと大臣の叱責が飛ぶ。


「止めないか、カクウ!!お前はどれだけ我がホクオウ家に泥を塗れば気がすむ。うちから出ないように見張らせていたはずだ、何故こんな所に現れ、く、恥知らずめ!!何をしている、誰かつまみ出せ!」


「いいえ、引きません。もしも彼を厳罰に処すというのならば私は全て彼に付き従います。手でも顔でも口でもお焼きになられるがいい。このような不実な裁判を強い、誰が恥かお考えあられませ国王陛下!」


「なんという無礼な!」


 やつれたな、お前。それでも勢いだけは衰えたりしない、まったくとんでもないじゃじゃ馬だ。手綱を引ける男がいるのか俺はとっても心配だね。だけど今回ばかりは連れてくわけにも・・・いかねえだろ。


「帰れよ、カクウ。不敬罪で死刑にされても言いたいことをぶっちゃけて、端から何の疑問も抱かずにふんぞり返ってる連中の記憶に残れば意味はある。こんなことにお前が巻き込まれることはない。ミアは良い姫だ。俺なんかより国を変える助けを表に影に頼りになる味方になってくれる」


「何言ってるの。もし立場が逆で、あたしが黙ってろって言ったら実行できる?国が良くなっても親友がここで死んでそれで気持ちは晴れるの?諦められる?自分に出来ないことをあたしに強要しようとしないで、ぶつわよ!!」


 腹の底から笑いが漏れる。もうこれどう見ても俺が悪役だよ。俺と共に王様を見上げるカクウを止める術なんてあるわきゃない。


 苛ついた王様が声を張り上げる。


「ならば共に罰せられるがいい。愚かな娘よ!」


 大臣公爵の令嬢を相手に躊躇しながらジリジリと輪を縮めてくる騎士達。俺はともかく相手は貴族の女だ、出来るだけ丁寧に捕まえたいところなんだろうが。


 ドレスのまま令嬢もへったくれもねえ形相で大の男相手に威嚇して腕を振り回す。


「当事者の意を汲まぬ裁判をなそうとされる傲慢な父よ」 


 朗々と声が響き渡る。


「学ばぬ者に得るものは無し。もはや存じて心得ているかと思っておりました。カクウ・ホクオウの城への召喚禁ず、ナルナ・コルコットの僻地への出兵命令、親類からのテロリスト輩出によるゴセルバ・ディズの処刑。全てにおき私は大事な者なので奪うことなきよう警告してきたはずです。何故ご理解いただけないのでしょう、そのような事をすれば」


 ヒラリと上階から俺達の側の地に着して銀の髪が空に舞って肩に降りる。遅いかかろうとしていた誰もが動きを止めて魅入る姿には真っ赤などでかいアックスが抱えられ、良質な布でありながら身動きの取りやすいようにあつらえられている服で登場した。爛れていた右目の周りは痛々しくも隠されることなく、それでいて、前より良い女なんじゃねえの?


 ミア姫がアックスを構えて2人の前に立ち、彼らを押さえていた騎士を鮮やかに押し広げる。


「私が姫へ納まりえぬと!」


 国王はついに立ち上がった。


「誰よりも愚かな我が姫が。醜い顔以上に醜悪な俗世に冒された哀れであるな。どうやって抜け出した。騎士の見張りめは何をしていた。情けなくもなったものだ、このような小娘1人諌めてはおけぬとは。もはや傷が多少増えたとて変わらぬ・・・ひっ捕らえよ」


 若い騎士が躊躇う中、古参騎士が飛び掛かるが、更に2つの陰が参戦してはね除けた。


 白い騎士服に剣を構え周囲に剣先を向けていく貴族の中でも飛び抜けて綺麗な顔立ちにガッチリとしたマッチョ、それからおもむろにナイフを握りこんで獣じみた体制で拳を構える青白い顔の無表情を保った男が立っていた。


 んで矢が足元に投げかけられ、とっさに見上げれば国旗を吊る棒の上からウインクする派手な頭の賊がいる。


「ディズ大佐、コルコット中尉、オルゴォ!?」


 手を振るオルゴは見た感じでは傷1つ見当たらない。火に巻かれて大人しく人助けなんつうキャラでもねえから、さっさと逃げたんだろうとは思ってたが。


「手駒らしか素晴らしん働きじゃが、ボーナスちゃんち貰うけえなあ姫さん!」


「何やってんだ、お前!」


「仕事な決まっっちょおう。オイラば姫さん専属の雑用やきに、おっさんな命令がっち知あんや」


「専属の雑用ぉ?」


 オルゴはふと、ニヤニヤし始める。


「なんで得ばせんがトキヤんな助けんど。姫さんば雇われようよ、トキヤんな牢番来ようや前んオイラ釈放されちょいろよ。仕事引き受けっち取引きしゃんし、あんたんこつ牢屋かん見守っちゃいしな。退屈やき遊んじっちゃいがば」


 俺はミアをサッと見たが、すぐに目をそらされた。


 こら、待て。


 将軍クラスの騎士が血管を浮かべて怒鳴り込み斬りかかって来た!重い地面でも割れそうな音をディズ大佐が受け止める。目で追いきれない恐ろしげな音を立てながら、他の連中もろともコルコット中尉の横槍というど突き飛ばした騎士で周りから打っとばした。


「ぐぬう!?ディズ、コルコット、貴様等どういうつもりだ。騎士でありながら王の命令に弓引くなどあってはならぬこと!」


 中尉は腕を捻り上げられかけたカクウの後ろに回った騎士を足蹴にふっとばして、もうこいつら人間を何処までも箒で葉っぱ散らすが如くだな。中尉はカクウを俺の側まで腕を引っ張り下げてのたまった。


「申し上げにくいのですが俺の忠義は姫のみにあります。トキヤはともかくミア姫とカクウ様に手を出すのが騎士であるのであれば、こちらからお断り申し上げたく存じます。反吐が出ますゆえ」


 無表情でなんの躊躇いも無くひょうひょうと。


 轟音を鳴らして大佐も騎士の襲撃から距離を一度とると、周囲を睨み上げて吼えた。


「騎士としての誇りを捨てようとも我が姫に仇なす事こそが大罪。陛下への忠義を持ってしても我が魂はミア姫のたもとにあり。私が何故姫への忠誠を誓っているかご存知であれば致し方なき物だと思われましょうが!」


 なんっつう頼もしい味方。だが緊迫してるガチのやりあいで2人がいくら強かろうが若手の中だけの話だ。ここには古参騎士も大量にいる。数々の英談あるおっさん共がジリジリと構えて若手は後ずさりし周りを厚くされていけば。


 カクウが俺にソッと袋を俺に渡す。っていうか、どっから出した。


「ひとまず一時退散よ。ここで粘っても百害あって一利も良いことないわ」


「退散っつったて、ここを逃げるのがまず難しいんじゃねぇの?」


「そのために2人に協力してもらったのよ。ああ言ってるけどミア姫がトキヤの側にいる限り、陛下の命令だろうと無茶が出来る騎士なんてそう数なんていやしないわ。あたしが何も策を考えずに突っ込むわけないでしょ。石橋は崩れる前に走って渡れのトキヤやミア様と一緒にしないでよね」


 でかい胸を張るカクウはミアに頷いて見せると、ミアも頷いて手を上に上げる。


 それを受けてオルゴが指笛を鳴らすと城壁外から縄が国旗近くまで飛んでくる。ギョッとして王様の周りが警戒を厚くしたが、それをキャッチしたオルゴは、その先についた矢をつがえて今度は俺の側に打ち込んだ。中尉がぶっとい縄の先の矢をぶっち切って先を固結びにいた。それを俺に手渡した。周りを牽制していたミアをカクウが呼び寄せ俺に身を寄せ同じように縄を握るとカクウは口早に言った。


「この国を一緒に変える約束は反故にしないけど、死んで花実は咲かないわ。だから全快して体制立て直すまで待ってる。あんたはひとまず、その手を絶対離さないでよ!!」


 急に体が浮く感覚がして、国旗に向かって俺達は飛んでいた。急な事にっていうか予想はしてたが縄から手を離しかけつつ国旗をたなびかせる棒に近づいて空を舞った。


「ずっと城から見ていた。カクウが語ってくれる城下、そこに現れる1人のヒーローはずっと私の憧れだった」


 薄っすらと儚げに笑うミアに、初めて出会った日につかまれた手を思い出す。


 オルゴが縄を操作して振り子の如く体が揺れると、城壁の外に向かって揺られ投げ出されていく。俺は塀の外で縄を引く裏町の連中が一丸になって見えた。城壁にかかり壁に沿って縄で地面に下ろされた瞬間、みんなの腕が次々に押しくり回して1頭の馬の前に誘導されていた。


「俺らのことは心配すんな、ぱっぱと行っちまえよ!」


「タツノ」


「後のことは僕に任しとき。駆け落ちぐらい見事に成功させてきや!」


「リキ」


 高い塀にオレンジ頭とカクウを抱きかかえたオールバック、鋭い殺意を沸かす美男が軽やかに脱出して立った。


「後払いやきに。絶対ば取り立てんや」


 オルゴ。


「ガキできるまで帰ってくんな」


 コルコット中尉、っておい。


「一時預けるだけだ。帰ってきたら殺す。姫様、どうかご武運を。後ナルナ、ちょっとこっち来い」


 ディズ大佐はもっと待て。


 ちょっと待て、ほんと待て。感動的な所悪いが、この間の事件では馬に乗ったが、あれはこう、野生の感的なものでなんか動かしたけども俺は馬の乗り方はカクウに習った事はあれど走らせたのも前回の1回きりで、まして2人乗りなんてどうやったらいいんだ!?


 トントンとミアが馬にまたがって俺に手を伸ばす。


「あの時はノリで好きだなんて言った?それともミディアムレディはやっぱり嫌か」


 でかい城の門が割れんばかりの大音響で開いた。


 俺は足かけに片足を乗せてミアの手を握る。


「いや、そりゃ俺の台詞だろうが。・・・俺、まだミアから俺をどう想ってるのか返事もらってないんだけど」


 馬に乗ったらミアが手綱を持ってアックスを片手で振り回す。っていうか、そんなでけぇ重そうなもん軽々と振り回すな。


「さぁ、文句がある奴はこのミア・ノベルが相手だ。愛の力って奴で目に物みせてやるからな!!」


 大通りで追ってくる騎士達と蜘蛛の子を散らす仲間、町の人間。


 城下を飛び出す一騎はけして騎士と姫との逃亡劇というよりも、猛将の一騎駆け旋風の伝説として語り継がれることだろう。


 その後、俺達がどうなったかは・・・。



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