まな板の上の人魚姫





 ある日ある夜ある海の底、海王の末娘の誕生日を祝うパーティーが盛大に行われていました。楽しい音楽と月の光が広がるそこには人間のように階級などで分け隔てたりせずに、様々な来客を招待して人魚姫の誕生したこの日を祝福しています。ただ1人、異端者である海の魔女以外を除いて。


 別段、パーティーに招待されなかったことを魔女は恨むつもりはありません。下半身にウミヘビの体を持って生まれたせいで迫害されてきたので今更なものです。人目の多いところに出向いてタコに墨でも吐かれるぐらいなら、綺麗な月夜を散歩していた方が気持ちも良いもの、のはずなのですが、


人魚姫「よ!」


 今夜の主役であるはずの今年10才の人魚姫が魔女の目の前に漂っているのです。魔女が散歩しているのは海上近く。気まぐれな夜の海には嵐の気配もありました。


魔女 「こんな所を子供が出歩いちゃ駄目じゃない」


人魚姫「誕生日になったから海の上を見に来たんだよ」


魔女 「その許可が出るのは16才です。もぅ、送ってってあげるから、さっさと帰るのよ!嵐が来たら行方不明になって、そしたらあたしが誘拐疑惑かけられるんだから」


人魚姫「ええー」


 とにもかくにも、王族の軍勢に押し掛けられては困る魔女は長い尾で人魚姫を無理矢理確保すると海底に向かおうと方向を転換しました。


 しかし、それに人魚姫は抵抗します。


人魚姫「やだやだー!海上に出るんだー!肺呼吸するんだー!!」


魔女 「はいはい、16になったらねー」


人魚姫「魔女め、言うこと聞かないなら思い知らせてやる」


 尾で捕まえられた人魚姫は魔女の背後に近寄り両手を回して乳を鷲掴みました。


魔女 「きゃあああああ!!!」


人魚姫「おお、でかい」


 尾で巻くのをやめて魔女は人魚姫を前に抱き、疲れ顔で月を見上げます。


人魚姫「うわーい、海上だ海上だ」


 海の上に出た人魚姫は非常に喜んで空を見上げ、ふと海の上を走る騒がしい船を見つけました。興味を持った人魚姫は魔女の腕を擦り抜けてイルカも驚きの速度で船に突進します。


 慌てて追いかけた魔女の苦労も虚しく、興味津々で船を見上げた人魚姫は船員によって発見されて即効で捕まっていました。


船員 「こりゃ良い!王子の誕生日に人魚がいるぜ!」


船長 「謙譲すれば報酬はたんまりだな」


魔女 「ぎゃああああ!!?」


 呑気に船員につままれながら周りを見回す人魚姫と、物珍しさで集まった野次馬達。その中には王子らしき男も混じっていました。


 急いで魔女は手を組んで呪文を唱え、嵐を予定より早く呼び起こします。船は狙い通り揺れて沈没し、人魚姫は魔女の手に戻りました。


魔女 「はあ、はあ、はあ、はあ」


人魚姫「お前はしゃぎ過ぎだよ」


魔女 「このくそガキァ・・」


 そんな魔女の横を美しい人間の女が手に薙刀を持ちながら泳ぎ過ぎました。


美女 「おーい、この程度の嵐で溺れるんじゃないぞー」


 彼女の後ろから大量の荷物の入った鞄を背負わされた男が必死に足をばたつかせます。


男  「し、白雪!せめて荷物を捨てさせてくれ!!」


美女 「馬鹿を言うな。貴重な旅の資金だぞ」


男  「こ・・このアマ・・・・・」


 なんとなく関わってはいけない気がしたので溺れている人間の間を縫い2人から魔女は離れます。そこで人魚姫が船の上で見つけた王子らしき男を指さして笑います。


人魚姫「この男はキンキラしたものを付けすぎて沈んでるぞ」


 呑気に眺めている人魚姫。


 しかし、王子は魔女の長い尾の先に藁にもすがる気持ちで掴まったのです。


魔女 「んなっ!!」


 信じられない重さと嵐にもみくちゃにされ、海の魔女はつい人魚姫を手放してしまいました。哀れ、小さな人魚姫は嵐の波に呑まれ吹き飛んでいきます。


魔女 「ぎゃあ!!!」


 人魚姫を追ってなんとか泳いだ魔女ですが、岸近くまで来て人魚姫を見失ってしまいました。


 人間に姿を変え、気絶しても魔女の足に縋り付いていた王子を蹴り飛ばし魔女が人魚姫の行方を岩場から探していると、身なりの貧しい若い漁師が現れました。


漁師 「人魚〜?あぁ、そういえばそんな騒ぎがあったな。俺は見てないけど城の方に連れて行かれたらしいぜ」


魔女 「・・・アカン」


 助けに行くかこのまま逃げるか迷っていると、漁師が自分の船に手招きします。


漁師 「見たいなら城のキッチンを覗ける場所に連れてってやるぜ。まだ幼いらしいな、可哀想に」


 何故キッチン?


 そんなのは決まっています。人魚の肉は不老の食材と語られているのです。とにかく捌かれたのを見てからでも逃げるのは遅くありません。


 魔女が海に面するキッチンを影につけた船から覗き見ると、人魚姫はまな板の上で大口を開けて眠っていました。


コック「さて、まず何処から捌いたもんか」


魔女 「待ってえええええええええええ!!!!」


 城のキッチンに単身乗り込む魔女。まな板から姫をかっさらおうとするがコックも負けてはいませんでした。大きい体に包丁を持ったまま立ちふさがるコックに魔女は麺棒を手にします。


魔女 「その子を殺されたらあたしの命が・・!よこすのよ!」


コック「オラだって、こんな貴重な食材逃したら処刑されちまうだ!できるわけねーべさ!!!」


 息を呑む展開。どうなるかという矢先に突然キッチンの扉が開かれました。そこには魔女に掴まって助かった王子と、嵐の中で見た美女と男がずぶ濡れで立っていました。


美女 「曲者、か?」


王子 「ここにいたのか、マイハニー!!」


 多勢に無勢、もう見捨てるしかないと思った魔女は海に逃げかけました。が、王子に両手を掴まれそれを阻まれます。


王子 「探したよ。僕の命を救ってくれたキミよ!ああ、その美しさはまさに我が第7側室に相応しい」


魔女 「え、え!?あんたの人魚はあっちでしょ!!は、離してー!」


王子 「王族に逆らう者は死刑だぞ!」


 魔女は王子の腕を振り回して離そうとしますが、王子はタコのようにしつこく魔女に迫ります。


 その背後で考える素振りをした美女がふと顔を上げて指を鳴らします。すると隣の男が仕方なさそうに王子に蹴りをくらわしました。


コック「ええええええ!!?」


 それに驚くコックも美女の美脚踵落としにより昏倒。硬直する魔女を男が横抱きに、美女が人魚姫を小脇に抱えてキッチンの窓に足をかけると背後から騒ぎを聞きつけた兵士がやってきました。


男  「ちっ、どうするんだよ、おい」


美女 「よし。後で行くからお前は先に逃げていろ」


 美女が海に向かって人魚姫を投げるとちょうどそこにいた漁師がそれを受け取り、男は魔女を抱えてその舟に飛び乗りました。


漁師 「は・・・・・?」


男  「よし、出せ」


 硬直したまま脱出した魔女はそのまま城下町まで連れてこられました。脱出した後に何が起こったのかは分かりませんが、しばらく後、何者かに城は占拠されあっさり国は壊滅してしまいました。


男  「自分の国だけじゃなく、友人の国まで滅ぼすとは」


美女 「同じ王族というだけで友人ではない。パーティに捕まったのも不本意だ。隣国の状態も把握してない馬鹿王子の重税から解放され港の者達は喜んでいたではないか」


国民A「自由の日に降臨なされた人魚様じゃー!!」


国民B「奉れー!めでたいからとにかく奉れー!!」


人魚姫「おお、退屈な海よりココは楽しいな。居心地が良いから帰らないでしばらくいてやるぞ」


 平和になった国で忘れられた漁師が浜でポツリと呟きます。


漁師 「・・・あんた、もしかして隣国の英雄、白雪姫なんじゃ」


美女 「次はどこで暴れるかな」


男  「俺の平和は一体いつになればっ・・・・」


 ちなみに人魚姫が行方不明で海王は怒り、3日3晩海は大荒れだったそうな。






魔女 「もうイヤだ、王族なんて・・・」
                 


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