野球しようぜ




 廊下を蹴ってグラウンドに飛び出した俺は腕を振り上げて叫んだ。


「補習終わったあああああああああ!!」


 座って軟体体操を始めている敦先輩はいつもの緩い顔で笑った。


「じゃあ、4人でキャッチボールでもやる?」


 道具がお行儀よく隅に固められてユニフォーム着てんのが3人きり。俺は勢いをなくした腕を持ち上げたまま固まった。





 基礎練習をするしかないなくて敦先輩、立川先輩、バルリング先輩とグラウンド走る。どういうことだ、コレ。野球部じゃなくて陸上部じゃんか、おい。


「だいたい3年のケオンとオト部長が補習とかどうなわけ?進学やら就職できるの?死ぬの?」


「自分も補習だったくせに生意気な口聞いてんじゃねえぞ、1年」


「なんだよ。バルリング先輩はちょっと頭がいいからって威張ってんじゃねえよ。俺より足遅いくせに!」


「ノーディア、先輩に敬語くらい使えないと就職できないよ」


 少し後ろを走っている立川先輩が注意してくる。


「へーい。あーあ、早く他の連中来てくんねえかなあ」


 野球部の中間テスト赤点組みが各学年に2人ずつ。顧問すら補習監督とかで不在、完全にクラブ活動が成り立ってねえ。『テスト前後は毎度のことだ』とか堂々と言うケオンもどうかと思うけど、運動部は他も同じ有様らしい。馬鹿校にも程があるっての。


 ・・・俺も補習だったけど。


 全滅する運動部も出る中でテストを軽くクリアーする方が異常とか言われてるレベルで、毎回テストをクリアーしてる常連者が人数の少ない野球部に3人も揃ってるのを逆に奇跡って呼ぶべき?


「俺は妹にノート見せてもらってるからテスト対策万全。お陰で野球に集中できてるんだよね」


「敦先輩はいいよなあ。俺にも頭の良い双子が欲しい。灯先輩って、なんでこんな馬鹿高に入ったの?圧倒的な差で学年1位なんだろ。全教科で満点とったって伝説マジ?」


 立川先輩の方が答えた。


「それは入学当初の実力テストだね」


「兄妹でね、同じ所に入ってた方が親が安心だって放り込まれたんだよ。灯は知っての通り何処でも良いみたいな性格だし、授業が簡単な分だけ好きな独学が出来て充実してるんだって。それに立川君と同じ高校に行きたかったから結果オーライらしいよ」


「え!?立川先輩、灯先輩は彼女じゃないって言ったじゃん!」


「走りながら元気だねえ、あんたら」


 後ろ向きで走りながら立川先輩振り返ったら、息切れしてんのか首振って返事しない。付き合ってんの!?付き合ってねえの!?


 トラックのカーブに差し掛かって脱線しかけた俺の二の腕を敦先輩につかまれて誘導される。くるりと回されて再び前方駆け足。


「エルドラや有川君も同じ2年なんだから灯のノート借りればいいのに、あの2人はプライド高いよねえ」


「かといって勉強しないのが、男らしいと言い切れない」


「おい立川、彼女登場」


 バルリング先輩が指摘して視線がフェンスに集中する。笑顔で手を振る女子が首を傾げてる。俺目が悪いから顔わかんねえけど、あれ多分灯先輩だ。


「彼女じゃなくて友達だつってんでしょ。エルドラとか有川に突っかかられるんだから止めてくれる?」


「でも灯は立川君にずっと片思いって言ってるけど」


「敦先輩、片思いの相手へ勝手に暴露とかいくらなんでもデリカシーないわ」


 諦めた様に立川先輩が首を振る。


「バレンタインのたびに告白されて断ってホワイトデーに兄妹そろってクッキー要求してくるから知ってるよ」


 クラブ活動が成り立たない4人きりでトラックを15週くらいしたら各自勝手に解散になった。灯先輩は待ってましたとばかりに立川先輩に「帰りにクレープ食べて帰ろうよ!」と言って腕をからめてニコニコ引っ張っていった。


「妹にガン無視されている兄の心境を一言でどうぞ」


 さっさと帰る用意をすませたバルリング先輩が拳を敦先輩の前に差し出したら、先輩はニコニコしたままバットを振りつつ答えた。


「どうでもいいよー?」


 俺は空に向かって叫んだ。


「せっかく補習頑張って終わらせてきたのに、なんなんだよ、これええええ!」


 野球まったくしてねええええ!!?




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