<名前>


 マワラ族ノーディアの名前の由来は彼が姉ばかりの末っ子という部分に集約される。ダンとエペは5番目の子にして唯一息子を授かった。だが息子の名は娘のようになってしまった。マワラ族の命名手段はユクレイユ地帯の中でも特殊な部類に入るだろう。自分の名前は自分で決める事になっているのだから。それまでは幼名があるわけでもなく、その子を呼ぶ時は大抵「誰それの家の末っ子」だ。特に仮の名前が無い間は親も自分の子を「やや」と呼ぶ。


 ノーディアが自分の名前をつけた春の前の季節、冬の寒い日には1つ年上のヘムナの息子が名前を決めた。物心もついて自分も名前をつけたくなったノーディアは考えに考えた名前を見張り台の上で声高に宣言した。


 子供の感性で考える突拍子の無い名前に関してマワラ族は基本的に止めない。ただノーディアの一番年が近い姉イレリアだけはノーディアに「女の子みたいだからノアにしておきなよ」と説得した。その時には良い名前だと思っているから反発したが、口にはしないものの確かに成長してから少し後悔した。


 姉ばかりのために身近な名前の響きが全て娘の物だった。親から特別の名前を呼ばれる姉が羨ましくて同じ響きの名にしてしまったのだ。ノーディアは自分の少し前に名前を決めたヘムナの息子に「カッコいい名前でいいよな」と言った事がある。だがとうのアツシは「あっちの世界では僕もアカリちゃんって女の子の名前で呼ばれてるよ」とよく意味の分からない返しをされた。


「あっちの世界って何ー?本当の名前はアツシじゃなくてアカリなの?」


「パパが男の子だったらアツシが良かったんだって。だから僕アツシ」


 父のいない1つ年上のヘムナの息子は頭の方が変わり者だった。










 ノーディアの姉は一番上からマール、リリィ、デボラ、イレリア。姉弟の仲はマワラ族として当然良かったし、小さな弟を姉達は可愛がったが長女とは年が7つも離れていたので、一緒に遊んでくれるのはもっぱら4女のイレリアだけだった。


 マワラ族はそれぞれ役割を与えられ、集落全体で生活を形勢している。男の大部分は狩り手、女は織り女として働く。マールとリリィは一番古い記憶の中でも既に織り女として手習いを始めていたし、デボラもすぐにそうなった。


「ほら、私服を作ったのよ!小さいけどノーディアにはピッタリでしょ!?」


 デボラが練習で作ってくる服は女用ばかりだ。「ノーディアを妹だと勘違いしてるんじゃないか」とマールが笑いながら「これも着てみて」と女物を持ってくる。新しく作る服のデザインや模様の練習だという理由でノーディアは着せ替え人形で遊ばれる弟という典型的な宿命に当たっていた。


 可愛い可愛いと褒め育てられて、しばらく、当然ノーディアは不貞腐れてしまった。ただマワラ族の悪い癖で、子供ながらに同族が喜んでいると拒否出来ないという特性を発揮して黙っているからずっと遊ばれる羽目になったのだが。そんな中で一番幼い姉は「私、練習してノアにカッコいい服作ってあげるからね」と随分早くから織り機を教えて貰い、ノーディアのために不細工な服を仕立ててくれたりした。小さい体に織り機を余らせて一生懸命に仕立ててくれる小さな織り女に、弟は満面の笑顔で嬉しそうに「これ座布団?ありがとー!」と言って姉を泣かせた。


 名前も姿も可愛らしいと評判のノーディアは、せめて名前だけでもカッコ良くつけていればと本格的に後悔し始めていた。


 そんな息子を膝に乗せた父ダンがノーディアの両手を包んで手の平を見せた。


「男がカッコよくなりたいなら狩りを上手くなる事だ。頑張って獲物が獲ってこれるようになったら、きっと皆がノーディアをカッコいいと思うぞ」


「父みたいに大きいの獲ってきたら嬉しい?」


 息子の栗色の髪に頬ずりして父は声を大きくする。


「嬉しいに決まってるじゃないか!!ノーディアは根性があるから、きっと頑張って俺より大きい獲物を狩ってきて女の子にキャーキャー言われるぞー!?」


「あ、姉も喜ぶ!?母も!母も!?」


「もう凄く喜ぶ!!でも父が一番凄く凄く凄おおおおく喜ぶ!」


「じゃあ、俺、絶対一番弓が上手くなって狩りで大きい獣が狩れる様になる!父より凄い狩り手になる!!」


 キラキラと太陽が昇る様な明るい満面の笑顔でノーディアは腕を振り上げた。


「絶対だ!!」


 その小さい拳が力強く父の顎を振りぬいて強烈な一撃を与えた。


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