<握り締めた弓>


 ノーディアは可愛らしい物が嫌いというわけでもない。子供の頃から男達より色鮮やかな服をまとう女達の裾をつかんで眺めるのが好きであったし、物心つく前から無造作に炎に近寄って触ろうとするぐらい色鮮やかな物へ寄って行く少し困った子であったぐらいだ。


 それが何を意味するか分かったのは、幼い時代が過ぎた随分後の話だった。











 弓を射ると外れる。するとノーディアの周りにいた仲間達が一斉に「ノアはいつも狙いが上過ぎるんだよ」「ちょっと左に寄ってるから右にしてみ。違う違う」「射る時にきっと狙うとこから視線外して手元見てるんだよ。的からは目を離さずに」構えを修正しようと手が伸びてくる。


 口を尖らせて何度も矢を射るのだが、ノーディアだけはどうしても的を大きく外してしまう。他の少年らが既に狩り手として活躍する中でノーディアはまるで成長していない様な状態だった。焦燥感に押されて顔を強張らせるノーディアに、年下でノーディアよりも後に狩り手に加わったラオが見かねて「もっと近くから練習してみようよ」と提案されて息を詰まらせる。既に馬鹿馬鹿しい程の距離まで近づいての結果なのだ。


 ケオンが慌ててラオの手を引く。


「今日はもう終わりにしようぜ!ぼちぼち飯の時間だしさあ」


「そうだな。今日ダンが獲った大物のお陰で今夜はご馳走だろうぜ、ノア」


 爽やかな笑顔でルペがノーディアの肩を叩いて励ます。


「・・・ああ」


 弓を下ろしたノーディアはなんとか返事をした。その大物を見つけた父が、これだけ的が大きければという想いでノーディアの前に追い込んで「射れ!」と叫んでいたのがフラッシュバックした。結局ノーディアの矢は獣からすれば見当はずれな所に飛んで、逆に襲いかかられそうになった所を父が矢を射て事無きを得たのだ。


 苦笑した父が「無事で良かった」と。


 唇を噛んで、ノーディアは同年代の優秀な狩り手達を振り返る。


「明日には俺が獲ってみせるさ!」


 帰り支度をする仲間達が顔を合わせて、ノーディアに笑顔を向ける。


「おう!その意気だぜ」


 むしろ、人より多く練習をした。一度帰ってから、父に付き合わせて太陽が落ちきるまで弓を射た。手のひらは誰より血マメだらけで、姉達がこぞって薬を煎じて手入れしてくれた。だが矢は幻を射ている様に的に当たらない。


 朝が来て、狩り手達が再び今日の糧を得るため草原に出る準備を始める気配がしだす。


 ゲルの中で人の動く気配がしだせばノーディアもベッドから起き出し、夢うつつに身支度をしようと首を巡らせる。その弟の前にイレリアが目を擦りながら服を押し付ける。


「おはよ。これノアに新しい服繕ったのよ。着ていって」


 受け取った服を広げて見る。最初の頃は下手くそだった生地も丁寧に織られている。可愛い弟のために早めに織り機デビューをして熱心に機織りをする姉は、もう立派な織り女である。


 服をつかんでいる部分を握り締めてノーディアはイレリアを見返す。


「ありがとうな。お礼に今日、絶対に獲物捕まえてきてやるから」


 眠そうな夢うつつ顔でイレリアはニヤニヤと頷く。


「今日じゃなくてもいいけど、待ってるわ」


「獲ってくるって!!」


 部族で狩り手としての役を与えられたノーディアの年齢はその時で14。マワラ族が子供で通じる最後の時期になっていた。

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