シュードラ3





 言葉を覚える。


 忘れて横っ面を殴られる。


 礼儀作法をやらされる。


 失敗してがなりたてられる。


 試験を出される。


 間違った数だけ背中にペンを突きたてられる。


 俺は何をさせられている?


 原点に戻るんだ。原点とは物事の始まり、動く動機、基準という意味。初心を思い出せばとにかく何かが良いのだと本にあった。俺は俺の女神を見つけるために騎士になる。


 何が良いというのか、くそったれ。


「なんでお前は教えてもない口汚いスラングばっかり覚えるんだ!」


「元から頭の中で使ってたからだろう。こいつの元の住処は闇町みたいだからねぇ」


「いいか?絶対に外でその言葉を使うんじゃないっ。クソもピスもその凶悪面で顔を歪めるのも止せ!!もっと上品に常に微笑んでるくらいじゃないとお前の顔は真人間に見えない!」


 顔。


 両指で目から鼻、口に触れていく。


 笑えと言う。


 だが動かないのだ。


 眉は中心に近づけられる。力を入れればいいだけだ。


 口は突き出したり開け閉めが出来る。引き結ぶのも全て力を入れればいいだけ。


 一番分からないのは目を柔らかくしろという。意味が分からない。目は開けるか閉じることしかできない。どうしろという?


「明日が騎士の試験なんだぞ、頼むから人間っぽくしていてくれ!余計なことは喋るな。たいがいのことなら僕が誤魔化すからフォローできないレベルのことだけはしでかしてくれるな」


「これで合格しても次のお題目は間違いなく知能指数がサルじゃないか試される。まあ、頭の悪いナルナがまともな答えを返せないのはわかりきってるけど、僕が教えてあげた内容の範囲での失敗だったら、次は足に錘をくくりつけて庭の池に沈めようかぁ」


 背筋を伸ばし、動く線は真っすぐに、飛ばず跳ねず、床に足をつけて一歩一歩確実に踏みしめて進む。おじぎは胸の前に拳を片方あてて胸を決まった角度まで下げる。ただし、自分より偉い貴族に対して、騎士でない間は両膝をつき両手を小さく額の前に重ねて置き頭を地につける。許しをいただくまでその格好から動いてはいけない。


 体中が痣と刺傷、内出血に火傷、耳タコ、タンコブとなっている。多くは服の中で目立ちはしないが身動きすら痛くて吐き気がする。試験のために学ばされている中で怪我が増えるもっとも辛い時間は礼儀作法でも、剣の訓練でもなく夜の勉強の間だ。


 明日の騎士試験が終われば、この拷問の日々が止まるのだろうか。









 
 騎士試験を受けることになって、しばらく、その日はいつも通り怒鳴り声が響き渡った。


 庭でだ。屋敷で叫ぶと口うるさい方も執事や家庭教師に叱咤されるからだ。自分だって注意されるくせに人にはああだ、こうだと指図する。


「お前と一緒にするな。段階が違う。というか、怒鳴らせてるのは誰だと思ってるんだ」


 グッタリした口うるさい方が身を潜めていた柱の茂みに顔を覗かせる。チッ、最近やけに見つけられる割合が増えた。パターンが読まれ始めている。


「逃げることないだろう。まったく、僕が勉強時間や姫様に会う時間を削ってまでお前がまともになるよう頑張ってるのに」


「笑う練習いらない。ついでにダンスとかもっといらない」


「戦闘訓練だけ熱心にやってたら兵士と変わらないじゃないか。将来、お前が恥をかくんだぞ」


 恥なんてプライドの高い貴族がもつ感覚だ。俺にそれは無いし、貴族が恥ずかしく思うことを俺はなんとも思わないだろうに。


「まあいい。言葉と戦闘訓練は黙ってても熱心だしな。ここ数カ月で作法も前よりは見られる程度になった。・・・まだ他人に見せられるレベルじゃないが、気晴らしにナルナが興味を持てそうな家庭教師を連れてきてやったぞ。僕もいい加減に1人で教えるの限界感じてるし」


 家庭教師。


 嫌な響きだ。


 すぐさま颯爽と体を反転させ逃走を開始した。










 目の前に背の高い貴族の少年とドレスを着た貴族の少女が立っていた。引きずられて放り出された俺は、仕方なく腰に手を置いて地面に視線だけ逃す。


「はあ、はあ、はあ、はあ、また、待たせて申し訳ない。持久力が変にあるから、手間取った」


「ゴセルバ、この子は奴隷じゃないか。剣の指南って、まさか奴隷にか!?」


「はあ、苦しい。はあ。いつも相手をしている僕だと正当な力量が分かり辛いし、最初の試験は手合わせなんだ。別の人間を相手に最終調整したい。最近は剣も様にはなってきたけど不安でね。少年騎士最強の君に是非、頼みたいんだ。後、3か月しかないんだけど」


「おい、まさか例の噂になってる奴はお前だったのか!?いくらディズ伯爵の推薦とはいえ、奴隷を試験にかけて騎士の称号を与えるなんて、よくも受理されて・・・。一体何を考えてるんだゴセルバ」


 目の鋭い少年は口うるさい方に詰め寄っている。隣にいた貴族の少女の方が近づいてきて俺の顎に手をかけ無理やり上を向かせた。妙なデジャブ・・・。


「なんだ、やっぱりナルナか」


 赤い髪に強い目。


 名前に反応して口うるさい方と目の鋭い少年が勢いよくこちらに目を向ける。


「シェーバ嬢、なんでうちのこいつの名前を・・・。名前をつけてから名乗らせるような所に出した覚えはまだ」


「窓を割った赤髪の女か」


「ラキタス・シェーバよ。夜だから色が悪いんだと思ったけど、あんた太陽の下でも真っ青なのね。昼間でも幽霊じゃないのよ」


 パーティの夜に窓に石を投げつけた少女だった。手を撥ねつけようと払った手は空をきり、さっさと赤髪は顎から手を引いた。それからジロジロと値踏みしてスカートを絞り上げて結ぶ。


「要はこいつがどれだけ騎士として通用するか戦闘レベルを測りたいんでしょ。城の上層部が許可した理由なんて簡単、武力を過信している連中ばかりだから試験なんて名目ばかりで力を見せつけたいってとこ。腐れ貴族のお遊びよ。勝つわけないと思いこんでる。いいわ、あたしが相手したげる」


「シェ、シェーバ嬢!?」


「待てラキタス!大人しくしてる約束で連れてきたんだぞ。ドレスの裾を結ぶなんてはしたないマネはよさないか!!」


 いきなりの展開に目を丸くする男どもを置き去りに、赤髪は膝上で結び終えると身を低くして拳を構えた。剣を持たず拳を。


 それから不敵に笑う。


「身長が同じくらいのあたしの方がリーチ差がなくて適任でしょ。ちなみにあたしに勝てたら少年騎士ん中なら全然通用するから」


 草をえぐって赤髪が俺の目の前で拳を振りかぶる。


「待っ・・・!?」


「連れてくるんじゃなかった!!」


 拳を片手で捕まえる。掌に響くしびれに顔をしかめる。なんて馬鹿力だ。すぐさま腹に拳がめり込む。闇街で大人にやられたのと同じぐらいの衝撃に息が全部吐き出される。緩んだ手から逃げた始めの拳が振りかぶられる前に俺はよろけるのと同時に足で強く地面を踏みしめ体を捻って赤髪の肩を蹴り飛ばした。


「やめろ!二人ともやめるんだ!!」


 思い返してみればそういう事を言われていた気がもする。だが、この時は聞こえちゃいなかったんだ。殴る、蹴る、跳んで、払って、避けて、体当たりして。剣なんて少しも使わなかった。


 そして、引き分けた。


 口を切った赤髪と、鼻血を出した俺をそれぞれ口うるさい方と目つきの鋭いのが取り押さえるた頃には、庭の草はえぐれて滅茶苦茶になっていた。










 押さえつけられて消毒液まみれにされ、全身を襲う絶叫ものの痛みにのた打ち回る。盛大に殴られ怒鳴られ追いかけまわされ、宿題を山のように出された。明日までにやらなければ餌を抜くのだという。女を殴った罰だと。


「シェーバ家から処罰を言い渡されれば極刑だぞ!よそのご令嬢に手をあげるなんて・・・まあ、シェーバ嬢は確かにあんな性格ではあるが、やっぱり逃げるなりかわすなり戦闘は避けろ!しかも顔!女の顔を拳で殴るやつがあるか!!せっかく騎士の試験が受けられる算段がついたのに、これで中止の通告がきたら僕の根回しが無駄骨じゃないか!」


 耳を塞いで怒鳴り声を聞き流し、昼間のセリフを思い出してみれば当の本人は切った唇を舐めると笑って帰って行った。


『今度は邪魔がはいらない時にやるわ。あたしの名前忘れんじゃないわよ。記憶に自信がなけりゃあ、さっさと騎士にのしあがってくることね』


 格闘する貴族、ラキタス・シェーバ。俺と力が拮抗した女。騎士になれば再び殴り合うことになる相手なのだろうか。










 昨日いた鋭い目の、ダンドロは今日も現れた。ゴセルバと一緒になって剣での戦い方や女性への接し方の決まりに始まり、卑怯と正当について、目上の人間への態度とかなり口うるさく聞かされた。奴隷を騎士にするなんてやはり危険だとかブチブチ言う割に明日も来るとか。


 既にうんざりしているというのに。


 人の名前はきちんと呼ぶべきだとか、それはしつこく、くどく、ちゃんとするまで諦めない。ゴセルバと同系統の人種だ。


「違う。僕は理屈を通したい性格なだけで、ダンドロは生真面目なタイプなんだ。彼はきちんとするまで奴隷だろうがなんだろうが解放してくれないよ。ちょっと限度を知らないところはあるけど一度引き受けたら義理がたいからお前の味方になってくれる」


「しぃかぁも、少年騎士の中でも位の高い者をわぁざわざ選んできたのは奴隷騎士に後ろ盾をつけておくためぇ、だろぉ?」


 豪奢なソファに寝そべりながら腕を枕に性格の悪い方が、もといリリスが出現する。口うるさい方、じゃなくてゴセルバの部屋には俺と口うる・・・ゴセルバとメイドしかいなかったはずだったが神出鬼没なのは毎度のことなので慣れたものだ。


「勝手に部屋に入らないでくれ、リリス」


「あれが実権を持つのは、あって10年先ってのが遠大な企みだねぇ、ゴセルバ」


「必要なのは今じゃない。騎士になるための手段には推薦状がある。今は高官の方達が特別に試験を考えてくださっている。ナルナにそれを叩き込んでればいいんだ。リリスは何もせずにおとなしくしていればいい」


「それにしても伯爵家の推薦状とはいえ、よく奴隷を騎士に、なんて、馬鹿馬鹿しい子供の思いつきを上層部は認めたねぇ。お父様にしても動きが嫌に良かったじゃないか。面倒事とお母様のヒステリーが何より嫌いで滅多に家にも帰ってきやしない男が」


 ゴセ、口うる、ゴ・・・ゴセルバは涼しい顔を窓の外へそらして溜息をつく。目をキラキラと輝かせて性格の悪、ではなく、性か・・・・。


「何より君だ。急に平民のことを調べだした。遂にはこうして奴隷を飼い始めて、また随分になるけど、いつから、だったかなぁ?」


 あああああ、名前は正確に呼称しろだなんて、なんで面倒なことを命令するんだ、あの男は!?失敗した数だけ馬車を引いて屋敷の外を走れと無茶をいう。馬車と繋がれた腰が縄の模様そのままに紫へと変色している。触れると激しい痛みが走る。


「理由なんてなんだっていいだろう。ナルナの身のこなしは十分騎士になる素養があった。能力が無駄にならないよう導いた方が国にとっても有益じゃないか」


『妙な呼称で人を呼ぶのは失礼となる。城で聞き咎められないよう心の中まで徹底すべきだ。ラキタスと同じくらい力が強いなら訓練にもなって一石二鳥だろう。失敗した数だけ体に覚え込ませてやろう』


「武力として加えるなら兵士でもいいわけだ。手ずから教育なんてしなくても、家の兵士にでも鍛えさせればいい。確かにこれは生きるのに必死でがむしゃらに鍛えてたんだろうねぇ、恐怖を糧にそれだけを一途に。が、それだけじゃ騎士に足りない。算数も戦術も為政も法学すら知らない。最低限の礼儀すらない。社交性もなぁい。奴隷なら当たり前さ」


 明日も本当にあの男来るのか。来なくていいのに・・・・・何処かに身を潜めていたら諦めて帰るだろうか?


「なのに推薦は通った。さて、君の裏にうちの父親以外に誰かいる、だろぉう?」


「・・・・・」


「まあいいや。じゃぁ、今まで通り礼儀は君が教え、ゴキに剣技を、僕からは学を授けてやろうじゃないか。試験まで残り3か月、足りない手を補ってあげよう。君の企みは知らないけれど、トラブルは潰してしまうよりジワジワと広げた方が愉快だ」


「お、おい。お前はいらないことは」


 痛っ、剣を打たれた跡が馬鹿ほどついてる。これの数だけ実践では死んでいる。部屋でもう一度剣の動きを復習しなおして・・・。


「ということでナルナ、今から算数を始めようじゃないか。登城までに時間はまるで無いけど、なぁに、頭の悪い騎士なんて腐るほどいるから、そいつらと同レベルになるだけでいい。まあ、言葉も知らないお前じゃ雲泥の差だけど」


「?」


「い、今から?さすがにこんなにボロボロでそれは」


「騎士にしたいんだろ?」


「算数?」


「勉強を僕がわざわざ調教してやろうって言ったんだ」


 どんな話の流れでそうなった。


 ひとまず俺は絨毯を破る勢いで部屋を飛び出したが、すぐさま伸びた腕に襟首を掴まれ部屋に引き戻された。


 調教と懲罰は同様の意味を持つ。










 今日も明日も明後日も、昨日も一昨日もその前も、朝はズタズタの状態で庭先の井戸で水をかぶり、食事から歩き方から頭の下げ方、敬語を繰り返させられる。昼は剣で滅多打ちにされ、これまた武道とやらや作法を耳が痛くなるまで唱えられる。夜は闇が濃く静まる遅くまで学問を暗記させられる。間違えれば棍棒で背を打たれ、頭の回転が鈍ければ頭を打たれ、文字を書き損じれば針が手の甲に刺さる。


 寝る前には針山となった手から1本ずつ針を抜く作業だ。


 毎日、俺はいったい何をしているのかという思いは確実に膨らんでいた。


 体中の痛みは筋肉痛というものらしい。それも段々と感じなくなってきたが苦しいものは苦しい。夜が100回訪れたら試験があると聞いてから紙に印をつけていった。印は紙にいっぱい増えた。だが、それが100個あるのかは分からない。


「前から聞きたかったんだが、ナルナ」


 ダンドロは俺がひしゃげて倒れている腕を引っ張り上げて立ち上がらせる。だが、膝に力が入らなくなった俺は足をふらつかせ体を揺らして剣を杖にしていた。奴から視線はそらさない。重い頭とまぶたを持ち上げて、身構える。


 だが、眉をひそめてダンドロは剣を腰に戻した。


「いや、今日は傷の状態を確認したいし早めに終りにしよう。剣の扱いは荒いが頑張っているのはよく分かる。奴隷のくせに騎士にも勝る熱心さだ。少年騎士の連中にも見習わせたいぐらいだ。辛そうだな、ひとまず座ろうか」


 兵士がすかさず椅子をダンドロの元に持ってくる。俺は奴が座ったのを見計らって地面に膝をつく。椅子に座り柔らかなタオルで汗を拭うダンドロは、兵士に指示をする。それにチラリと俺を見ると無表情に一礼してその場を退出する。しばらくすると水を持って戻ってくる。そいつはうやうやしくダンドロにコップを渡し、俺にはおざなりに地面に置く。


「俺との剣の訓練はたかだか1刻か1刻半。まあ、城の昼休みを使って来ているからな。それ以外は一体誰と訓練しているから、そこまでズタボロになるんだ。日に日に酷くなっているぞ。よく無表情でいられるな。ともかく体を壊しかねない」


「剣の相手はお前だけだ」


 椅子から立ち上がり俺に近づくと頭を叩きにくる。それを俺は片手ではねのけようとしたが空振り、素早い動きで頭がぶれる。


「目上の人間や自分より階級が上の人間を呼ぶ時は」


「・・・ゴキ様」


「ふぅ。騎士になるかどうかはともかく、戦いにかけての能力が高いのは認めている。ナルナがどう聞かされているかは知らないが、うまくことが運ぶ可能性は限りなく低い。その後の身の振りも考えておけ。ナルナの努力にはそれなりに報いを得てもいいだろう。俺が父上に取り計らい面倒をみてやらなくもない。だからとにかく無理はするな」


 俺は騎士にならねばならない。


 運命を捻じ曲げなければならない。


 奴隷を止める。


 それを面白がるリリスのために、見世物となるために。


 白い手の女神を手を求めて。


 体中が悲鳴をあげていた痛みが、スッと風と共に飛んでいくように気にならなくなる。


 立ち上がり、揺れる膝を止める。頭の先から足先まで冷たく力が抜けてくる。吐き気とビリビリ走る痛みとしびれ。それでも俺は剣先をゴセルバ・ゴキに向けられる。座り込めば俺は奴隷のままだ。騎士になれば会える。こいつを倒せば俺は女神に会える。


 髪をかきあげてダンドロはため息をつき剣を再び引き抜いた。










 強く柄を握り締めれば、手に巻いた血の滲む包帯から血が滴り落ちる。傷は塞がらない。


 白い壁と垂れ幕、高い高い茶色の塀と透き通るガラス。石でできた壁に包まれた何よりも空に近い建物。門は裏町の家程度なら軽く屋根まで阻む高さを誇る。


 柔らかく着苦しい服に靴を履かされ馬車で運ばれ、その大層な門をくぐる。ざんばらの髪は見苦しいと切り落とされ視界が広がっている。馬車を降り前後に白い服を金の飾りで縁取った連中が立ち俺を連行する。


「彼らが騎士だ」


 隣を歩くのはどちらも同じ顔をした双子。門の中に屋敷と比べ物にならない広さと花、彫像をとり並べた道が広がる。廊下を通ることなく外壁に近い小道を進み、回りくどく歩いて行く。屋敷もそうだが、例え壁がなくとも貴族というものは石を敷いた場所だけを踏んで移動する。


 兵士が小さな門の前で2人槍を一度交差させ、それを解いて頭を下げて門を開く。そこに広がるのは土を薄く広げた場所。黄色い地面に目を微かに細めて、そこに入っていく。


 広い場所に数人の大人が立っていた。かぞえろというなら3人。騎士を足せば5人。いや、後5人の子供がいた。その内の1人だけが上着を脱ぎ、ガードをつけ前に胸をそらせ立っている。髭の男がその子供に手で何か指示すると群れから1人離れて俺に向かって馬鹿にした笑いを向けた。


 やけに照かっている髭を撫でて中年の1人が喉の奥で笑って口を開いた。


「その奴隷が騎士として推薦する者であるのは間違いなかろうか?少年騎士リリス、並びにゴセルバ」


 失笑が周りから漏れる。それに大真面目にゴセルバが前に出て頭を下げ声を張り上げる。


「はっ。このたびは卑しい我が奴隷に試験を配慮し設け、お時間いただけたこと、恐悦至極にございます」


「騎士とは諸国より秀でた我が国の誉れ。最強の軍の名を長く歴史に刻むものである。そなたらも幼き頃より武道を磨いてきた通り、卑しい身に並ぶはずもないのは知るものだろう。だが長く仕えし忠臣であるディズ伯爵の推薦とあらば無下にもできぬという国王陛下の申し出を正しく理解し、試験を戴くがいい」


 敵を殺す術なら実践で俺も延々と学んでいたが、何か違うのか。確かにダンドロやゴセルバ、リリスには勝った例がないが。


「相手はディック・ラマニマラが勤める。我が国の少年騎士の中で実力は平均的だそうだ。奴隷にちゃんと、んん、教えてているかは知らんが、我が国の騎士は他国と比べ物にならん最強の猛勇を誇っている。少年騎士とはいえ賊の3人や4人は余裕をもって」


 中年は俺の両脇にいる双子に視線をゆったりとやって、鼻を鳴らす。


「倒すことだろう。奴隷を相手に、時間をとらされた価値があると良いが。ピューツ外交長の特別のお口添えがあっての実現に感謝し、まあ、こうして身の程を知るのも臣民としての自覚を促すのに良いだろう。厳粛に仕合うがいい」


 始まる。


 痛い熱い寒い腹がすく苦しい、それを与えるものは全て大嫌いだ。


 指先に震えが走る。


 本当は剣の訓練とて気に食わない。いつだって戦う前は気持ちが悪くなる。


「ディズ殿、その奴隷よもや震えているのでは?前代未聞の試験を行うに値する、世にもまれな才能を持つという話でしたが。剣があまりにも震えていると、剣の勢いが余ってしまい切り殺してしまわないか心配です」


「控えないか、ラマニマラ。厳粛にと言い渡したであろう、私語は慎むように」


 一番こうるさい男の後ろにいる中年が、口元を片手で押えて笑いながら少年騎士に言い渡す。


 リリスが刃を潰した試験用の剣を俺の前に回って手渡す。少しかがんで俺の視線まで口を持って来て囁く。


「さぁ、お前の運命に邪魔な敵だ。ナルナを切り殺してしまうかもしれないらしい。怖いだろう?殺しても構わないよ、ラマニマラならディズの名の元に握り潰せることだし」


 隣で耳に掠めたゴセルバが弾かれたようにリリスを睨んで身を乗り出して奴の肩を鷲掴みに引き寄せて声をあげかける。


「私語は慎めと言っているだろう。これだから甘ったれた少年騎士は」


 短く小さな潰れた剣先で地面を軽く削りながら敵に向かって距離を縮めて動き始めると、慌てて簡易の鎧をガードの上に更に身につけている。ゴセルバも俺に同じものを着せようとしたが、そんなものは動きを封じる、必要ない。


 骨を折る?


「ガードをつけようと痛みは響く」


 目がつぶれる?


「だが当たった数だけ負けとなる」


 痛みの予感は俺を恐れさせる。


 剣の間合いに入らない位置で立ち止まり、よし、の合図まで地面に剣先をつけて目を瞑ろう。


 さあ、目を開けば運命が見える。


 騎士にならなければ俺の女神は見つからない。


 震えは止まった。










 かな切り声が響いた。


「反則だ!ありえない、こんな、礼儀も知らない奴隷が騎士なんて!!奴隷如きに、屈辱だ、許されるものか!!」


「はあ、はあ、はあ」


 ダンドロに比べて、剣筋がはっきりと目についた。型の通りに剣を叩きあげればガラ空きの横っ面がある。動きは見えても剣で隙を突くのは勢いが許さなかった。だが、懐に突っ込んだ俺には勝つ手段があった。


 地面にひしゃげたラマニマラが下からわめくのを見下ろして立っている俺を、白い服を身につけた騎士が殴り倒した。




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