ライフオーバー 10




 胸をトントンと手の平で叩かれて目を開ける。あちらの世界からこちらに来た時のぼんやりと馴染まない意識の中、横から覗き込んだノーディアは心底不思議だという顔で目覚めを促した理由を口にする。


「窓の外が崩れてるんだ。夜の間に獣の群れでも突撃したのか?」


 起き上がったアツシは伸び上がってから頬に手の平を当てて軽く撫でる。当然、アカリが殴られて腫れあがった顔はそこにない。周囲を見回すと宿屋に戻っていた。裸のままな上半身は縄で縛られた後のような痕が不規則に残っている。


「SMでもやったみたいな状態だなあ」


 木の枝で切れまくった肌が痛痒くて、ポリポリ指で掻く。


 ベッドには薄っすら目を開けたケオンが声もなくグッタリしていた。外は消火活動やら、潰れた家屋に追い出された人で夜も騒がしかったのだろう。神経過敏なケオンが寝れるはずがない。ノーディアはケオンの顔を覗きこみ短い髪を撫でつけた。


「あれだけ酒飲んどいて眠れなかったんだとよ。いつもは酒で落ちれば朝まで寝てんのに」


「寝て起きたの。あんなに大騒ぎしてたのに目を覚まさなかったノアとオトはなんなの?俺は宿屋が潰されないよう必死だったっての」


「よく分からんが、俺は酒が駄目だから飲んだら起きない、いつもだろ。不眠症って可哀想だよなあ」


 外を気にすれば、ケオンでなくとも眠れぬ人がいそうな大雑音だ。この調子なら夜まで落ち着くかどうか怪しい。森で昼寝した方が余程マシだろう。


 繰り返しノーディアの手がケオンの髪を撫で、その手で目元を覆った。


 その近くで見慣れぬ金髪がベッドからオズオズと起き上がり、長めの前髪をかき上げて手を挙げる。


「意識を落とす薬なら持ってるよ」


 起き抜けでボンヤリとしているらしいオトは掠れて低い声だ。更に小さく「眩しい」と呟くので、アツシは近くにあるタオルを頭にかぶせてやる。目を覆われたままケオンは手を振って辞退した。


「オト、悪いが言い回しが不安になる薬はちょっと」


 お互いを見えていないケオンとオトだが、どちらも意識がハッキリしていないせいか伝わっていない。ゴソゴソとしているオトが何か出しそうだ。


 ケオンがノーディアの手をつかんで軽く持ち上げ、アツシに目をやる。


「昨日俺が追いついたら倒れてたから焦ったぞ。ジンもかなり心配してたな。眠いっていって意識落ちたって聞いたから、アツシは所構わず眠る病だって説明しといたけどな、納得してなかったぞ」


「面目ない。この通り元気なんだけど」


「その姿を見るまでは俺だって心配してたよ。子供じゃねえんだから、せめて微妙な場面で誤解を生む眠り方すんなよな。どんだけ叩き起こそうかと」


「それは・・・ゴメン」


「お前はすぐ謝るけど、まったく同じ事を平気でやるからなあ・・・。後、公守がキメラ討伐に協力して欲しいとか言ってたぜ。なんか今回町までキメラが侵入した事で作戦を早めるとかなんとか」


 そこまで言ったケオンの鼻先に手が伸びてきた。


「お待たせ」


 オトが片言で口にして指を鳴らした。ケオンの顔に何か蝶のリンプンみたいな粉がキラキラ舞う。ノーディアは少し身を引いて、それを見つめていたかと思うと手の平でパタパタケオンの顔に向けて扇ぎだした。


「むぐっ!?」


 一瞬、ケオンは体を強張らせたかと思うと、魂が抜けた人形のように脱力する。静かになったケオンをアツシとノーディアは見下ろした。ケオンの顔から手をどけると意識はなし。


 ノーディアが笑顔でアツシを振り返った。


「寝た」


「俺は今この瞬間をノアちゃんの無邪気さが恐ろしいと感じた瞬間ベスト3にランクインさせたい」


 オトは顔を擦りながら「胃が重い」と呻いていた。タオルが半分ずり落ちて見えている顔は、まだ半分夢の中の模様だ。


 アツシは裸の上半身をいささか落ち着かない気分で撫で下ろす。










 宿屋の娘が疲労感を漂わせながら井戸の水を汲み上げている場面に出くわす。アツシはその背中に近寄って、井戸の縄に手を伸ばした。


「あ、アツシさん」


「よっと」


 井戸の中に手を伸ばして一気に垂直へ引っ張ると、縄の先に繋がった桶が飛び出してきてアツシの片手に乗った。


「おはよう、フェイズちゃん。体調が優れない時の井戸での作業は危ないよ。俺の故郷じゃ落下して怪我じゃすまない話が時々あるくらいね」


「アツシさんこそ昨日はケオンさんに背負われて帰ってきてましたけど、怪我は大丈夫なんですか!?例の巨大キメラを追い払ったって。あんなの公守にやらせとけばいいのに」


「あはは。まったく平気だよ。フェイズちゃんの方は寝不足みたいだね」


「そりゃあ、あんな騒ぎですから。うちは無事だったけど家が壊された人もいて、こんな時だから部屋もあいてるから借家にするんです。こんな時ですけど休むわけにもいかなくて」


 大量のシーツを積んだ洗濯桶に溜息をついている。その桶にアツシが水を注いで、軽々と井戸から水を汲み上げていく。フェイズがアワアワと手を泳がせてアツシを見上げる。


「うわあ、私がやりますよ!怪我してるのに、そんな軽がると逞しい」


 階段から駆け下りてきたノーディアがアツシを見つけて大声で呼ぶ。


「旅支度の買い物しに行くんだろ。何してんだよ!」


 アツシは「水だけ汲んでしまうまで待って」と手を休めず答えた。フェイズが「えっ」と目を丸くする。


「しゅ、出発しちゃうんですか?いつ!?」


 宿の扉が開いて町の人間がドッと入ってくる。家を壊され、持てる物をできる限り持っての風体だ。「今日行く予定なんだ」と答えると、客に少し目をやりながらフェイズはアツシを哀しげに見上げる。


「こんな時期じゃなかったらもっと長居したくなる魅力的な町なのに、罪子や公守とかキメラみたいなのばっかり居ついて。こんな時じゃ引きとめたりする言葉もでないですけど、町が落ち着いたらまた来てくださいね!あの、あの、私」


「はい、終わり」


 ノーディアがアツシとフェイズの間に割り込む。


「出発が夜になるから、さあ行こう!」


 フェイズの言葉に声をかぶせる不自然なノーディアに苦笑して最後の水を桶に流し込む。


「食料買うだけだから、そんなにかからないだろ?変なノアちゃん。フェイズちゃん、それじゃあ、失礼するね」


「くっ」


 ノーディアに引っ張られて宿を出て行くアツシに、フェイズが顔を引き攣らせているわけだが気づかれる事はなく外へ。


 その出た目前で大勢の傭兵が横に流れていく。何事かと道を見回すと、無秩序に町の外を目指して集合しているらしかった。ケオンの眠りに落ちる前の『出兵』という単語を頭の中で拾う。


「キメラを退治に行くんだろうね」


 後ろから近づいてきた声に振り返ればオトが現れた。身支度をすませて顔もフードで隠した格好だが、まだ眠いのか口調だけはボンヤリとしている。


 そこにまた別の声があがった。


「ああ!こんな所にいやがった、マワラ族!キメラ襲撃中によくも好き勝手して消えやがって!?」


 傭兵をかき分けてウィリアムが目の前に怒鳴り込んでくる。その後ろにチャンドラも続いて口を歪めながら黙って現れた。アツシは肩をすくめる。


「キメラを逃がしたこと?ジンを巻き込んだこと?クォーレルの戦士はまともにやりあえなかったみたいだし、別に怒られることはしてないつもりなんだけど」


「あの弓使いだったら射殺せただろうが!子ウサギとは違うんだぞ!?また襲われたら責任取るんだろうな」


 ノーディアが前に出る。


「マワラ族は非道殺生をしないって何度言えば気が済む。2度目か?まだ2度しか言ってなかったか!?クォーレルの事をあれこれするのはクォーレルの役目じゃねえか!文句言われる筋合いはねえよ!迷惑だっつうなら、今日には町を出てってやるから安心しろ!!」


「な、こんな時に出てくって、どんな神経してんだよ!おいおいおい、こんな状況なんだぜ?クォーレル人だとか関係ないだろ?今からキメラの巣窟があると考えられてる辺りで山狩りして掃討戦なんだよ。普通の化物相手なら多勢無勢でなんとか出来ても、あんな超ど級の巣があったらどうする?死体の山ができるのを黙って見捨てるなんざ、それこそ非道ってもんじゃねえのかよ、な?」


 周辺でケオンの活躍を見た傭兵達が立ち止まり始める。騒然として大事になり始めて、アツシはノーディアの肩をつかんだ。ただでさえ乱暴が目立つ傭兵が殺気立っているのだ。


 チャンドラが口を開く。


「どれだけ金を積んだら協力するんだ?あ?公守に口利いてやるから言ってみろよ」


 周囲の傭兵が一層ざわめいて道が開いた。


 人が嫌悪し、避けられながら現れたのはジンだった。騒ぎの中心を見つけて、アツシと目が合うと安堵した顔で近寄ってくる。


「無事だったか」


「驚かせたみたいで」


 チャンドラがジンを肘で押しのける。それに大きく反発せずにジンはたたらを踏んで後ろへ下がった。目もくれずにチャンドラが二の腕を掴みあげる。


「マワラ族ってなぁ腰抜けらしいな。不意打ちで横槍入れるのは得意でも、最初からやりあうのはチビりそうですってか?」


 ジンが後ろから「無関係なマワラ族を巻き込むのは」と口を挟もうとしたのを、ウィリアムが突き飛ばす。


「罪子は引っ込んでろ!」


 表情を変えないジンに、アツシは急に走り寄って腕を引いた。無理な体勢で引きずり倒されたジンの背後から、アツシの側頭部に瓦礫が当たって落ちる。


 崩れかけた建物の窓を見上げると、瓦礫を握り締めた男が狙っていない人物の頭から血が流れるのにひるんで口を引き結んでいた。ノーディアが表情を強張らせて彼を睨みつける。


「お前!!」


 だが、怒りが戻った男は再び瓦礫を投げつけた。


「そんな大罪人を庇うなんて頭おかしいんだろ!お前が罪子!キメラの襲撃だってそいつが裏で操った結果に決まってる!そいつが化物を連れて森に逃げようとした所を見たって奴がいるんだぞ。公守は一体何を考えて税金で罪人を養ってるんだ!」


 少しずつ町の人間が、ジンを罪子と認識して注目が集まり出す。


 町中から「罪子」「どれが」「あの男が」と声を上げ始める。


 アツシは引きずり倒したジンに手を差し出す。


「俺一人なら、ジンのために戦ってもいいよ」


「アツシ!?帰るって約束しただろ!!」


 ノーディアが悲鳴を上げるように口を挟む。ジンは目を見張った。だがアツシは少し迷いながらも続ける。


「キメラの脅威が続けば町の人達は疲弊する。いずれは追い詰められていくよね。本来なら町を放棄すべきだけど、財政的に生活が成り立たない人が町を出ない例が出てくる。これは広義には人を守る戦いって言えなくもないと思う」


 アツシはノーディアの信じられないという批難の目から顔をそらせる。


「ノアちゃんとケオンは先に町を発ってくれれば、必ずすぐに追いつくよ。だから少しの間だけ2人きりで行けるよね?」


 ノーディアが唇を噛みしめ、アツシの首に腕を回して肩に顔を埋める。


「どうして、こういう時に限って言うこと聞いてくれないんだよ」


「ごめんね」


 そう口にしながら、複雑な顔のジンを見る。彼の目元にはクマが浮いていた。休まずクォーレルの人間のために動くジンを罵る声は危険な程に高まっていた。罪人と呼ばれるにはあまりにも真摯なたたずまいは、痛々しくて胸を刺す。


「ケオンを起こして準備する。アツシ1人は駄目だ。俺達も行く。マワラ族が仲間を置いて行ったりしない。絶対だ」


「うん。そうだったね」


 最後にオトとフード越しに目が合った気がした。口元だけが『どうして』と動いていた。アツシは苦笑いしか返せない。恐らく、単にジンのバランスを取りたかっただけなのだ。


 コマキが言っていた様に。










 ケオンは頭をガシガシとしごきながら眠そうに半眼で弓の先で草を押しのける。騒がしい人間の来訪で鳥や虫が飛び去って逃げ惑う。


 周りは既に森の奥深くなってきていた。視界は酷く悪く、いつの間にか先行はマワラ族がしている状態。後ろを傭兵が剣で草を刈りながら歩いている陣形だ。ただジンだけがマワラ族と同じく危険な先見を保持していた。目指す場所を知らないマワラ族だけで進めるわけがないのだ。


 それにも関わらず、前を行くのがノーディアだ。


「あんまり先に行くと危ないよ、ノアちゃん」


 返事がない。アツシがしょんぼりと手を下ろすと、ケオンは溜息をついて代わりに口を開いた。


「ありゃ、相当怒らせたな」


「うん。どうしたら許してくれるかなあ」


「悪いなアツシ、俺も怒ってる。自分で考えろ」


 笑顔で告げるケオンにアツシは閉口して頭を落とす。ジンが気遣わしげにアツシを見る。


「あんな状況で罪子の俺を庇い立てすれば、あまり良い立場ではいられまい。君は寛大で気優しく損な性格をしているようだな」


「生真面目で大損喰らいのジンには負けるはずだよ。そんな良いものじゃないよ。俺、割とトラブルメーカーなんだ。あんまり闘争好きじゃないマワラ族には迷惑な性格だって自覚してる」


「しかし、俺は感謝している。血生臭い仕事を好まないのは君とて同じだと理解している」


 アツシは微笑む。


「初めて会った時、ジンはキメラを調べてるって言ってたよね。それはキメラの生態について?それとも生息地についてだったのかな」


「どちらもだ。キメラはどうやって生まれるのか、何故あの化け物がファシャバに固執して多種多様な外見をしながら群れをなすのか。罪深き異能者の考えはまだ闇の中だ」


「キメラに詳しい人に少し話を聞いたんだけど、キメラって滅多な事じゃ繁殖したりしないんだよね?だとすると、やっぱりここでキメラを作ってる人間がいるって事に」


「ちょっと待て。誰からそんな話を」


 ジンが訝しげになったので口を滑らせ過ぎたとアツシが言葉を飲み込む。「ああっと!」ケオンがジンとアツシの肩に腕を回して空気を崩す。


「今から猛獣を相手にするって時に、難しい話で頭の中ばっかりに集中してたら不意を突かれるんだぜ!狩りの基本を教えてやる。獣は基本的に標的の進行方向に先回りして身を潜めてるんだ。待ち伏せをして自分が動かない方が気配は断然消しやすいからな。いいか、つまり思考に没頭するのはヤバイって事だ。こういう時は軽い世間話だけにしろ」


「しかし、これからの段取りの話もまだ」


「ジン、お前達が調べていたのはキメラの出現ポイントだろ。獣を探すには巣穴を探すのが定石だ。初めて会った所はキメラのテリトリーだったはずだ。獣は外で勝気な態度なんてそうそうとらないからな。位置までは特定できていないが、そうも言ってられなくて人海戦術に出た。できる限り巣穴ごとキメラは退治したい。そんなところだろ」


 ケオンは「本来なら違う外見をした獣が一緒の巣にいるとは思えないけどな」と付け加える。


 だが、実際にジン達を襲っていたキメラは全て違う容姿をしていた。奇跡的に繁殖して自然に増え、群れを作っていると考えるにしても違和感を覚える。それともキメラにはキメラという種族とお互いを認識できているとでもいうのだろうか。


 それでは獣の知能以上のものが必要となる気がした。それとも、魔法使いがキメラを作りだして人間を襲えと命じているのか。


「キメラを作っている人間って、もしかして今でもいたりするのかな」


 ジンは眉を寄せる。


「・・・異能者は昔、キメラを生み出した。その術を継承した者はいないとされている。誰かがキメラを飼い慣らして襲わせているという説も確かにあるがな。それならば疑わしいのはまず俺だろう」


「自虐推理をどうも」


 キメラ達のでたらめな体を思い出す。あれの製作過程に人が関わっていないわけがない。だとすれば、今から相手にするのは人間なのかもしれない。


 ケオンは溜息をつく。


「だから難しい話は止めろって。普通、男が集まってやる軽い話題はエロ話だろうが!」


「はっ。辺境の自然豊かな未文明地帯出身じゃ、それしか娯楽がねえんだろうからな。屋外で獣よろしく乱交してた思い出でも披露すんのかよ」


 チャンドラが口を挟んでウィリアムが「それ、ちょっと行ってみたくなった」と爆笑する。ジンは口を挟むわけでもなく口を閉ざした。


 ケオンが特に反論するでもなく溜息をつく。


 それでも勝手に話は進展する。


「つったって、未開地帯じゃどんな岩女が出てくるか分かったもんじゃねえだろ。こいつらの非常識な身体能力考えれば分かるだろ」


「毛深いサル女じゃ、勃つもんもたたねえか!」


「えーっと」


 強めにアツシが声を上げる。


「人種は違うかもしれないけど十分美人だよ。少なくとも俺は集落では美人しか見た事が無い。チャンドラはノアちゃんの女装見た事があるだろうけど、あれそっくりなお姉さんもいるから基準にしてくれていいよ」


「そうそう。イレリアはクォーレルから来る若い商人によく口説かれてたな!なんだ、今までアツシはイレリアをイメージしてノアに可愛いって言ってたのか。俺は何か変な」


 何故かちょっと安堵したケオンに、アツシは「ん?いや、普通に可愛いでしょ?」と答えてケオンを沈黙させた。


「男を基準にしろって、気持ち悪いしか感じねえよ。線が細いつったって男の体だろ。やっぱりゴツイ岩女が好みなんじゃねえか」


「俺は・・・賢くて料理上手で、面倒見がすこぶる良い女性が好みだよ。外見はどうとでも」


「へぇ?」


 馬鹿にした様なチャンドラの声にかぶさって怒鳴り声が響いた。


「おい、木の上を!?」


 叫ぼうとした傭兵の元に何かが跳びかかって草原に姿が消えた。あちらこちらで悲鳴と怒号が飛び交う。武器を構えた傭兵達が周囲を見回して混乱の空気が膨らんだ。周囲で人影がいくつも立つ。


 囲まれた。


「なんだ!キメラじゃねえ、こいつら」


 チャンドラは周りの襲撃者を見て表現しようとした。だがその異様な姿に言葉を変えた。


「いや、キメラか」


 世間で一般的にキメラと呼ばれている動物の体が継ぎ接ぎされている個体も何匹かいた。けれど、その中にどう見てもサルではなく人の頭を持っている者がいるのだ。視線や表情は確実に意思を持って人間らしく殺意を向けている。


 ウィリアムが声を裏返して吐き捨てる。


「マジで人型のキメラかよ!?しかもこんなにたくさん。噂通り世界制服でもやらかそうってのか。化物共が!」


 その直後、ウィリアムの胸に剣の刃が貫通する。それを見下ろしたウィリアムは即死できなかったらしい。血の泡を口から吹きながら視線を後ろにやった。そこにはズタズタの兜をかぶった小柄な少年傭兵がいた。


「なんの、つもり・・・」


 その剣からラーフが手を離すとウィリアムは声もなく草原に倒れこんだ。そのまま傭兵の間を抜けたラーフがジンに向かって走りながら命じた。その手にナイフを構えながら。


「オブリ、ここにいる人間共は敵だ!皆殺しにしろ!!」


 不安そうに周りを見回していたオブリがラーフの指示に反応できずにキョトンとして、周囲の傭兵達を見回した。舌打ちしたチャンドラが素早くラーフの小柄な体を横から蹴り飛ばす。木に体を叩きつけられて跳ね返ったラーフが地面に転がった。下手をすれば内蔵破裂している。


「ラーフ!」


 アツシがたまらず名を呼べば、それを見たオブリが吼えた。


 頑丈にも身を起こしたラーフが憎しみに燃えた瞳で睨みすえながらジンに指を差し向ける。


「あいつが罪子だ、サフラン!あいつが、あいつが」


 その声で木の上に立っていた人に近いシルエットの男が飛び降りてきた。その足は猛禽類の鳥。アツシはジンに体当たりをして鋭い爪をかわした。


 だれかれ構わず正気を失ったかの様にオブリが人を投げ飛ばす。あまりにも簡単に人間が叩きつけられて動かなくなっていく。非常識な破壊力に周りは目を見張った。ケオンが「止めろ、オブリ!」と名を呼んだがまったく反応もしない。人間の頭と腕をつかんで引っ張るオブリ。ありえない力で引き千切られようとしている傭兵が「ひ、ひぎ」と声を漏らしてのたうつ。


「落ち着け、オブリ!」


 木の上からノーディアがオブリの首に着地する。傭兵から片手を離したオブリがノーディアを鷲づかみにしかけるが、その手を仕方なく蹴り飛ばして首に足を巻きつけた。


「そのまま首をへし折れ、マワラ族!」


 キメラの襲撃に防戦一方だった傭兵の誰かが、叫んだ。


「できるか!?相手は子供なんだぞ!!」


「この、糞マワラ!お前らなんのために雇われたと思ってやがる!?できねえだ?こっちに黙って死人出させろってのか!?」


「止めればいいんだろうが!」


 ノーディアは捕まえにくるオブリの腕を手甲で叩き落し、それでも衰えないオブリの戦意を落とすために首を両足で絞めて落としにかかった。ケオンも強靭な異形の襲撃者に玉の汗を浮かべて足や腕を貫いて打ち落としていく。


 ここまできて殺しを避ける頼みの主戦力に、傭兵はトドメを狙って剣を振るう。この混乱で散り散りに崩れた列で、各個撃破されている状況だ。


「罪子おおおお!!」


 猛禽類の足を持つ男が蹴りと鋭い爪でジンに切りかかってくるのを、アツシが手を引いてかいくぐる。寸前で全て上手くかわされてイラつきを見せる男。その後ろからナイフを握り直したラーフが飛び込んでくる。


 その横合いから熊手の男が加勢して殴りかかってくる。その脳天を矢が撃った。それに刃先は無い。ケオンがこちらに向けた弓をすぐに別の方へ向けて連射する。異形の襲撃者達はそれで脳震盪を起こしてひっくり返っていく。正確に射止めていくケオン。


 傭兵達はなんとか体勢を立て直して、次第に戦況が拮抗し始める。


 乱暴に振り回すラーフの持つナイフをアツシがリズム良く蹴り上げれば高い木の幹に飛ばしてしまう。更には足払いをかけて転がされたラーフが頭を地面に打ち付けられる。それでもラーフは首を振って立ち上がった。少し目を回してはいるが恐ろしく頑丈と言う他無い。


「畜生っ」


 拳を固めてラーフが殴りかかってくる。これには猛禽類の足を持つ男の方が「おい、引っ込んでろ、ラーフ!てめえの役目は終わりだ!」と押しのけようとするが止まらない。


「いつもヘラヘラしてるくせに邪魔ばっかりしやがって!目障りなんだよ!死ねよ!!」


 アツシに引っ張られて翻弄されていたジンが一歩足を踏み出して剣を突き出す。


「それはできない」


「うっ!」


 剣がラーフの胸に突き立てられて体が半分に折れる。息を呑んだアツシだが、固い音だけで剣を持つジンの手が止まり、ラーフからは血が流れない。剣は正面に進めず刃を横に滑らせると、ラーフの服だけが裂けて素肌が露わになった。

 人の肌ではなかった。頭を繋ぐ首と肩のラインで赤黒く腫れて腐った地肌を境目に、爬虫類を思わせる銀の鱗が剣を通さずに鎧となっていた。


 ジンの肩が振るえ剣筋が乱れる。


 動きを止めたジンに、猛禽類の鉤爪が振り下ろされる。アツシはジンを突き飛ばし、両腕で防御しようとする。


「マワラ!?」


 ジンの緊迫した声が横に倒れ、その次には肉を裂く音が聞こえる。


 そう覚悟した瞬間に爪は届かず、真横から白い服が男に投げつけられて勢いを殺される。視界を失った猛禽類の足を持つ男はそのまま横合いから蹴りを入れられて吹っ飛んでしまった。


 身を包む分厚いフードを失った乱入者がアツシの横に着地する。


 金髪のソバカスに青い瞳の青年の横顔は苦しそうに歪み、アツシの方に目を向けはしなかった。ファシャバの町でアツシ達を見送って別れたはずの歌謡い。


「・・・オト?」


 返事はなかった。


 ただ、その背には透明な4枚の薄い羽があった。異形の襲撃者同様に、白い衣装を失ったその下に。




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