ライフオーバー 6




 町の辺縁にザハとは違う意味で騒々しい職人の工房が並んでいた。商売の中心地であるファシャバであるからこそ腕のいい職人が歓迎される。金属を打つ音、気を切る音、黒い煙を立ち昇らせる屋根上。


 依頼を告げる雇い主か職人の関係者でもなければ、あまり迷い込む人は少ないだろう。しかも原住民さながらの民族衣装で突撃した日には都会の視線は露骨に独り占めだ。ここに限らず町に到着した時点で毎度注目を浴びてはいるが。


 一応目立ちたくないアツシが郷に入ったデザイン寄りな物を着ているのに比べ、新しい物好きなノーディアが参考程度に気分で取り入れた物を作り、ケオンは物ともせず伝統的な服を貫いている。


「はあ」


 視線など物ともしないノーディアは『絶対にそれ歩きにくいだろう』というポジションで、具体的にはアツシの背に両腕を回して背中に張り付いていたが、溜息をついて工房を延々と素通りして行くアツシを肩越しに覗き込んだ。


 この状態なら視線は服装だけが問題ではないだろう。


「どうしたんだよ。工房覗いて、いつもみたいに職人に設計図見せないのか?」


 この世界にカラクリはあれど機械は存在しない。織り機など複雑で繊細な物が存在するのだ。鍛冶師ならば能力的に機械の部品を作ることも可能だろう。だが旅をする中で出会った職人に協力を取り付けられた試しはない。


 金銭的な問題だ。複雑な物を数多く依頼するのだ。ネジ一本と言えど一日にいくつも作れはしない。その間の報酬、生活が保障できないようでは、というわけだ。


 機械を作り上げる間の、ということでは実質ノーディアの稼ぎに依存すれば可能だが、その空白の時間に職人としての評判が喪失し世に忘れられ仕事を受けるのが難しく云々とリアルな話になってしまうとお手上げだ。持込みのプロジェクトは振られて終了。もはや企業を立ち上げるしかない。


 もしくはアツシが鍛冶師に弟子入りし、自分で作るという選択だ。プライド高い職人達は欲しい知識だけを授けてはくれないだろう。部品作りに着手できるまでの道のりはさぞや長かろう。


「これだから就職活動ってやつは」


 プルプルとアツシが遠い目で打ち震えるので、ノーディアは回した腕で胸を叩く。


「俺、この町で機織りするなら住むとことか道具とか立派なのやるぞって言われた。生活保障がどうの言ってたけど冗談じゃねえよ。部族を出て草原を捨てる暮らしするぐらいなら俺なら死ぬ」


「ああ、うん、そうだろうね。いまだかつてマワラ族の織り女を集落から連れ出せた商人はいないから」


 商人が集落を訪れ手段を選ばない誘惑を娘達に仕掛けるのはマワラ族の集落ではお馴染みの光景だったりするのだが、誰もなびいた試しはないらしい。他部族に嫁いで集落を出るというだけでも決死の覚悟が必要な一族だ。集落を出る花嫁と同胞の悲壮な顔と壮絶な引き止め合いを思い出して苦笑する。それも滅多にある話ではない。


 ケオンがくわえていた串を口から離して刺さった肉ごと振る。


「おい、就職ってなんだ。まさか旅に飽き足らず、仕事をここで見つけるつもりじゃねえだろうな。帰るって話どうなったんだよ」


 警戒心を露わにしたケオンにアツシはノーディアを背中にぶら下げたまま向き直って両手で否定する。


「え!?いや、ちちち、違うよ。ああそう、あっちの世界でね!そろそろ学校も卒業だし、就職先を探さないといけないんだけど、いまいちピンとこなくて見つけられないんだな、これが。ママも心配してるし早く決めて安心させてあげなければと思いつつ」


 訝しげだった2人の顔が呆れに変わる。


「さっきから夢の中での仕事について悩んでたのかよ」


「お前なあ」


 少し罪悪感で血の気が引きながらアツシは乾いた笑いを漏らす。


「就職氷河期で不景気な世情なんだから気合いをいれて就職活動をすべきだよね。不安定な職だと親に迷惑かかるし、そんな事になると颯爽と見合い話を決めかねないんだよね、うちのママ」


 ノーディアは溜息をついてアツシの前にクルリと回り込んだ。立ち止まってキョトンとしたアツシの両手をつかみ、ノーディアは真剣な顔でのたまう。


「旅に出る時、アツシが俺に言ったんだろ。悩むってことは選びたい選択肢を井戸から引っ張り出しているとこだから、すぐに決めようとせずにもうちょっと悩めば良いよって。旅に一緒についてくれば何も関係の無い所にいるから見えてくる物もあるかもよってな。焦って決めるもんじゃねえだろ、そういうの」


「3年前の俺のナンパ文句なんてよく覚えてんね」


 素直に言葉を受け入れてしまう同胞の目を見ていられず、アツシは空を見上げる。ノーディアは純粋なマワラ族にしては旅に抵抗感を持たない。それは集落で身の置き場がなかったからだろう。ノーディアは生活には困らないが狩り手としては致命的な弱視だった。親から受け継ぐはずの役目を果たせず、成人しても子供に与えられる役目をこなす日々。


「そっかー。そんなこと言ったか、俺」


「俺、あれで衝動的に誰にも告げず身一つで集落から出てきてるからな。まあ、半分以上ケオンから逃げるはめになったからだけど」


「夜中にいきなり同胞が荷物抱えて集落から出て行くの見たら普通追いかけるわ!!しかも旅に出るなんて尋常じゃねえこと言い出すんだぞ?コソコソと夜に集落を出たからには反対されるようなことしようとしてる確信犯じゃねえか!」


「つうかさ、ヘムナにも黙って旅に出てきたのかよ。今まであえて聞かなかったけど」


 母の名前まで出てくる。乾いた笑いを漏らして返答せずとも追撃は終わらない。


「アツシは兄弟いねえし、もしかしなくても今ヘムナって一人で役目を果たしてるんじゃないのか?」


「うぅ、俺が生まれる前も再婚したくなくて一人でバリバリやってたらしいから母なら大丈夫なはず。物凄く怒られるだろうけど」


「だからってヘムナもいい歳だし体力的にかなり辛いだろうに。守護者なんて本当はもっと大勢に割り当てられる役目なのにヘムナは再婚して子供作らない、って族長がブーブー言ってたぜ?」


 ケオンの言葉でノーディアの握る手が強くなる。


「アツシ、俺、集落を離れてからじっくり考えたんだ」


 真剣な目がグッと身を乗り出して近づいてくる。


「人が多いに越したことねえだろうし、チビ達に混じってるよりは適してると思う。俺、頑張るから集落に帰ったらアツシとヘムナの仕事手伝っていきたいんだ!」


 金属が叩き上げられた音がキーンと鳴り響く。


 つられて打ち上げられた物を見上げれば剣がクルクルと回転しながら屋根に向かって放物線を描き、見事に突き刺さった。「てめえ!」甲高い怒声で地上に目を戻せば、アツシ達の少々離れた後方に素手の小柄な少年がいた。


 見た事のある少年だ。それもこの町に入る直前に。


 鎧や兜がないので簡単に記憶と一致しなかったが、見た事のある少年ではないだろうか。それも町に入る直前に。


 少年の後ろには稚い顔をした巨体の傭兵が立っていた。体は大きくとも彼も幼いと一瞬で分かる。このデコボコなコンビ。たしかジンと共に会った少年傭兵だろう。その少年傭兵と相対している傭兵はハッキリと覚えている。一行の中ではよく話しかけてきていたウィリアムという青年だ。


 ウィリアムはニヤニヤしながら小柄な傭兵の眉間に剣先を突きつけている。どちらも全身に包帯が見られ怪我が癒えた様子ではない。


「ガキが自分最強つって粋がる気持ちはよーく分かるぜ。男なら通る道ってもんさ。そんでそれが病気だって悟った傭兵だけが生き残れるわけだ。上の人間に逆らわないって教訓はな、なかなか親切には教えちゃもらえねえもんよ」


 挑発しながら剣の平面で少年傭兵の細い顎を叩けば、焼き殺さんばかりの鋭い目がウィリアムに向けられる。喉元に剣を突きつけられた小柄な傭兵に、巨体の傭兵が「おやびーん」と駆け寄ろうとした。それを素早くウィリアムが制す。


「おっと、動くなよ、子豚ちゃん。子リスの親分をもっと小さく持ちやすくして欲しいんなら別だがな」


 巨体の傭兵は悲しそうに困りきった目で小柄な傭兵に指示を仰ぐ。


「そこで動くな、オブリ!この腐れ傭兵は俺が殺す!」


「罪子なんぞの下で爛れた金を稼いでる腐れはテメエも一緒だろうが、ああ?」


 ウィリアムはゲラゲラ笑って剣で小柄な傭兵の頬を叩いた。職人達は蔑みの目で建物にどんどん身を隠していく。


 ノーディアは建物に向かって壁に手をついて「人がせっかく真剣に」と項垂れて何か考え込んでいたかと思うと、ウィリアムを睨みつけてズンズンと突撃し始めた。アツシとケオンが慌てて追いかける。ウィリアムの行動に我慢ならなかったか。最後には駆け出していたノーディアが小柄な傭兵の頬を叩く剣先へ無造作につかみかかる。


 目を丸くしたウィリアムが剣を引きかけるが、その剣はノーディアではなく身を乗り出したアツシによって捕らえられていた。押しのけられたノーディアも不意をつかれて口を開いたままアツシを見上げる。


「よしなよ、ウィリアム。クォーレル国は法治国家だろう。殺傷沙汰にするつもりがなかったとしても凶器での恫喝・脅迫は罪だ。特に君は現状で法を守る立場に身を置いている。あまりに清廉を欠いて高待遇に漏れるのは望まないところなんじゃないか?」


 刃から手を離すとウィリアムが剣を収める。


「無法地帯の辺境部族に法律がなんちゃら言われる筋合いねーんだけど。なんで首突っ込んでくるかねえ」


「マワラ族では子供への危害は一番に厭われる。傭兵として生きていく教育のつもりだったかもしれないけど、悪ふざけかどうかの判定が微妙かなってね。どっちだったのかな?」


「はん」


 興醒めしたという顔で首を振り鼻で息をついたウィリアムが身を翻して手を振る。


「これにこりたら先輩様に楯突くんじゃねえぞ、ラーフ。どうせお前らなんて盾としてキメラの餌になるくらいしか役にたたねえんだからよう。まあラーフじゃキメラがつまづく小石くらいにしかならねえけどな」


 小柄な傭兵が目を吊り上げて拳を固めウィリアムの背を追いかける。その前に巨体が飛び込んだ。


「おやびーん!」


「のわああああ!!」


 クッションに飛び込んだみたいに全身でぶつかった小柄な傭兵は巨体の傭兵に包み込まれて抱きしめられる。「おやびん、意地悪されたとこ痛くないかー」「てめ、離しやがれオブリ!この能無しデブ!」「怖かったー」「く、この、肉、畜生、離せ!!」「腹減ったー」ジタバタする少年傭兵を抱きしめながら座り込む巨体の傭兵は兄貴分の抵抗などビクともせず無邪気に笑った。兜をしていない巨体の傭兵は明らかにおぼこく幼い。


 ノーディアは気が抜けた顔をして中腰に少年らを見る。ケオンが腰から矢を一本取って細い縄をくくりつけ「よっ」と屋根に突き立つ剣に向かって弓で放った。緩やかに飛んだ矢を縄で引くと器用に剣に巻きつき、更に引くと剣が一本釣りにされてケオンは柄を受ける。


「おい、お子様ども」


 ケオンが団子になっている少年傭兵らの前にしゃがみ、剣を差し出す。動きを止めた2人が剣に視線を向けた。巨体の傭兵が剣を受け取り、目を輝かせて小柄な傭兵を見下ろした。


「おやびん、この人剣くれたぞ。儲けたなあ」


「そりゃ俺の剣だ、このうすらボケェェ!!」


 血管でも切れそうな金切り声で抱擁を抜け出し、剣を引ったくってケオンを睨みつける。


 ウィリアムを追いかけるには既に遠く、曲がり角で見えなくなった姿に小柄な傭兵は歯軋りをして怒りに震えて真っ赤に顔を染めた。


 巨体の傭兵はそんな兄貴分とアツシらを見比べて明るく名乗りあげた。


「この人達おやびんの友達なの?おいらオブリ」


「おー、そうか。俺はケオンだ。おやびんだけじゃなくてオブリとも会ったことあるだろ。ここに来る途中で」


 一度口を開いてしまえば存外友好的でのんびりしていた巨体の少年傭兵が手の平を出した。ケオンは笑顔で握り替えそうとしたが、それを小柄な少年傭兵が細い全身を使って全力で叩き落した。


「誰が友達か!こいつらは未開の大地から来たサッパリ他人だ、自己紹介なんてしてんじゃねえ!だからお前は馬鹿だって言うんだ!この馬鹿!馬鹿キング!」


 マワラ族の誰が反応するより早く、オブリが顔色を変えて泣きそうになりながらションボリと巨体を縮こまらせて謝り倒す。


「ごめん、ごめん、おやびん怒らないで。おいら何か悪い事した。ごめん、ごめん」


 オブリの態度に小柄な傭兵はますます表情を強張らせて口はへの字に、眉は深くシワを刻み込んでいく。


「もうしないから」


「違う!・・・別に」


 小柄な傭兵が怒鳴ってから、言葉に詰まったらしく静かにうつむく。急速に怒りの形相が反省と罪悪感に塗り換わった。


「違う。別にオブリは何も悪くない。俺はすぐお前に酷いことばかり言う。ごめん、そいつらはこの町に来る時に側にいたマワラ族とかいう連中だ」


「そうかー、近くにいた人なのかあ。そういえば、ここは何処かなあ。凄く人がいっぱいいるみたいだぞ」


「ここはファシャバって町だ。傭兵の仕事で連れて来られたんだ」


「そうだ!おやびん、おいら腹減ったよ。もう太陽があっこだ。そろそろ飯が食いてぇよ」


「昼飯はさっき食べたああああ!!」


 小柄な傭兵は再び烈火の如く吼えた。


 オブリはオロオロとしながらも空腹には耐えかねるのか、反論に出る。


「で、でもおいらはまだ食べてねえよ」


「うるせえ!俺が食ったつったら食ったんだよ!!」


「うう」


 再び雲行きが怪しくなった少年傭兵らに、ノーディアは以前のように無礼を怒るでもなくゴソゴソと何かを取り出して少年らの前に差し出した。


「飴なら持ってるぞ」


「飴!」


 ベソベソ泣いていたオブリが火を灯したように喜ぶ。反対に小柄な傭兵はオブリの前に滑り込んで両腕を広げて怒りをノーディアに向けた。


「勝手にこいつに餌を与えんな!てめえ、こいつが200kgデブから300kgデブになったら責任とって養うのか!?」


 複雑な顔でノーディアが手を軽く引き、オブリが後ろでショックを受けて固まる。


 アツシはノーディアの手から飴を受け取って小柄な傭兵の前に屈みこむ。警戒する彼の方に飴を差し出して笑いかける。


「じゃあ、君が管理するといいよ。市販じゃなくてマワラ族の手作りだ。低カロリーでダイエット中の口寂しさが紛れる優れもの。多少薬草チックな味が都会向けではないんだけど」


 飢えた目で訴えるオブリに、小柄な傭兵が舌打ちをして飴を受け取り彼に投げてよこした。目を輝かせたオブリが「飴だ!ありがとう。えーっと」とアツシに向けようとした言葉につまり、小柄な傭兵に助けを求める。


「飴くれた人、おやびんの友達?」


「「え?」」


 妙な近視感のある質問にノーディアとケオンが声を重ねて眉を寄せる。確かに少年傭兵らの会話はずっと奇妙だ。しかもこの町までアツシ達と共に歩いていたのは間違いなく彼らなのに、幾日かたった今更でここが何処か聞いているのも間が抜けた話だ。


 同じ問いを繰り返すオブリに小柄な傭兵は律儀に「糞不味い飴を食わせようとしてる史上最悪のマワラ族だ」とそらぶいていた。


「ありがとう、マワラ族」


 疑問はとりあえずで、「俺はアツシでこっちはノーディアだよ」と名を告げる。それを冷めた目で小柄な傭兵が吐き捨てる。


「無駄だ。オブリは俺の名前だって覚えられねえ。軽い記憶なら一瞬ですっ飛ぶ。記憶できねえ病気なんだよ。大抵の事は次の日に真っ白になってる」


 キョトンとしたオブリが小柄な傭兵とマワラ族を見比べながら三度目の「おいら腹減った。そろそろ昼飯食べよう、おーやびん」で口を開く。苛立ちに小柄な傭兵がギラリと歯を剥き出した。










 ようやっと聞き出した小柄な傭兵の名は、ラーフと言った。ウィリアムにも確かそう呼ばれていた気もする。オブリがうきうきと屋台を見回しながら大きな声ではしゃぐ。


「なんでも食べていいのか?」


「いやあ、でもなんかオブリ君はラーフ君に確認してから注文してね。体重管理されてるみたいだから」


 結局『腹減った』を連発する欠食児童ぶりに『財布くらい持ってやるから食え!1食程度じゃ体重なんて変わるか!!』と言うマワラ族に少年傭兵らは引っ張ってこられていた。ラーフは開き直ったのか、ここぞとばかりに注文を並び立てる。財布を出して一切待ったをかけないアツシに、店員の方が冷や汗を浮かべて心配そうに口を引きつらせた。


 ノーディアとケオンなどは、自分達もメニュー表を見ながら合間に「これとー、あ、それ俺も」「あそこの丸い食い物なんだ?それも」と声を挟んでいく。どっさり持ちきれない量を買い込んだので、とりあえず広場の隅に座って手を開けようといざ食べ始めれば、オブリが物凄い勢いで胃の中へと消費されていく。


「こりゃ、確かに食料困窮するわな」


「それで薬も買えないのか?まだ怪我治ってねえじゃん。俺、薬持ってるぞ」


 ノーディアがカバンを探る。ラーフが顔を跳ね上げて、くわえていた焼き物から口を離す。


「あんなゴミ屑食わねえからなっ。未開の低級な怪しい薬なんか使う方が悪くなる。なんでも手を伸ばすな、オブリ!!」


 素直に貰おうとするオブリを殴りつけるラーフ。肉が寄っただけで少しもダメージを受けていないが、怒鳴られてビクリと体を震わせたオブリが手を引っ込める。


「他国の薬は嫌だって言えばいいだろ。わざと貶める口効くな」


 ノーディアは町に来る前の様には怒鳴らず、静かに手を引っ込めてアツシの膝から財布を取って突き出す。


「だったら信用できる薬を自分で買えばいい」


 手を出さずにラーフはノーディアを睨みつける。ケオンが眉根を寄せて口を挟む。


「お前らの雇い主ってジンなんだろ。治療できるくらいの金も出さないとかってどうなんだ?町中で散々聞いたけど、傭兵が公守の名前で暴力振るったり迷惑かけたりしてるらしいし、公守は知らないけど、もっと道理の通った男に見えたのにな」


「第一に子供を危険な仕事で雇うクォーレル人の感覚が理解できねえよ。子供は保護するものじゃん」


 ノーディアが憮然と付け加えて串にかぶりつく。ケオンは苦い顔で「まあな。あっちからすれば、こっちが過保護に見られるみたいだが」と一応他国事情を顧みたものの、やはり納得いかず「あの兄ちゃん現状知ってるのか?」と少年傭兵らに問うた。


 憎悪でラーフの表情が歪む。


「罪子に恵んで貰うほど地に堕ちろってのか!?同じ空気を吸わなきゃならねえだけでも息の根止めてやりてえってのに、金が良くなきゃ誰があんな奴の護衛なんざっ」


 意外な単語を聞いてマワラ族はラーフに注目する。通りすがりの誰かが「何、罪子?」と嫌悪の籠もった声を残していく。


「ツミゴ?」


 ピンときていない顔のマワラ族を見回したラーフは、悪意の籠もった笑みを浮かべる。


「知らないのかよ。さすが未文明の低級部族だな!罪子ってのは罪人の子孫って意味だよ。しかもあいつはとびきり最悪な事をしでかした異能者の罪子だ。何をした奴なのか知ればお前らだって、あの時に見殺しにしておけばよかったと思うさ」


 オブリもピンときていない顔で同じ様に話を聞いているが、体を揺らしてパンに噛り付いている。


「それって、つまりジンの血が繋がった誰かが悪い事をしたって事だろ?別にあの男は関係ないじゃないか。確かにあいつらの態度は好かなかったが、非道殺生をマワラ族は厭う。守らなければ良かったなんてマワラが言うのは穏やかじゃねえぞ」


 拳を固めてラーフは立ち上がった。


「その異能者の罪状がキメラを生み出した事だとしてもか!?」


 誰もが驚いて目を丸くしラーフを見やる。オブリすら口に運びかけたスープの器を止めてだ。


「異能者って意味、解ってるのかよ?奴らは異世界からやってきて異質な能力を振るい世界を狂わせる悪魔なんだぞ。キメラが何処から生まれたと思う?異世界の能力を振るった異能者が作り出した。あの野郎、ジンの祖父だ!」


 罵声を洩らしてラーフは腕を振り下ろす。まるで演説をする為政者の様に。


「そいつは処刑された。異能者は危険な知識を振りまき取り返しのつかない負の異物を残していった。キメラの事で存在が周知されてからは、異能者ができるだけ早めに始末しなければいけない存在だってのは常識なんだよ。だが、この事態の尻拭いをする責任は誰が負う?そんなもん決まってる。罪人の始末は罪人につけさせればいい。キメラを生み出した異能者の邪悪な血を引く罪子は国の監視下で責任を取らせればいい。狂人と身近な存在なら解決する糸口もつかむかもしれない」


 アツシは顎に指を当ててうつむく。


「それが」


「罪子のシステムか」


 ケオンが後を引き継ぎ、不愉快だと身を引く。


「ありえない。子供に罪を継がせるなんて、ジンに罪なんて無いじゃないか」


「はあ!?何を言ってるんだ?当然の報いだろうが!!キメラが生み出されてどれだけ凄惨な事になった?殺しても殺し足りやしねえんだよ。あんな生温い環境でキメラの調査をする程度で許される罪なんかじゃねえんだよ!!」


 その反論にケオンも立ち上がりだし、ラーフを見下ろす。


「親を処刑したなら子は守るべきだろう。保護するどころか断罪して責めるなんて間違ってる。罪人は冒した者につけられる呼称で、罪を冒していない者につけられるべき名前じゃない!」


「だが同じ血が流れてる!俺に仇なした血だ!!」


「そん・・・・・」


 言葉を詰まらせたケオンにアツシは立ち上がって腕で押さえる。どう言い返せばいいのか困った顔を向けるケオンに、言葉はいらないと首を振って座らせるために肩を下に押さえた。ケオンは促す通りに座ったが苦い顔のままになる。


 キメラを作った異能者。


 異世界から訪れた。


 つまりジンの血縁者はあちらの世界と繋がりを持っていた。そして、その繋がりを持つ存在を、少なくともクォーレルでは悪として捌いている。異能者は危険な存在だと。


「キメラと同じだな。ジンとアレを生み出した存在は同じってだけで憎まれているんだろ」


 黙って聞いていたノーディアが食事を口に運びながら、沈黙を破った。


「は?」


 ラーフは目を揺らして肩を震わせる。


「キメラはただ生まれたってだけだ。特別な姿をしているってだけで疎まれて殺されるなんて非道殺生の極みじゃん。キメラによっては猛獣の類がいるとしても、この辺りのキメラが人を狙って次々と襲うのは、人が己を狩る対象だって事を経験上知っているからじゃないのかよ。それ以外、俺には思いつかねえ」


 アツシは拳を軽く握る。


「人は、自分に理解できない者を嫌う」


「でも変わってるって事は殺される理由になるかよ。俺はキメラ好きだぜ。お得感あるもんな。1匹で何種類も肉が手に入るし」


 その話題にケオンがよそを見ながら付け足す。ラーフはビクリと体を震わせて慄いた。


「待て、マワラ族ってキメラを食うのか!?」


 それにはノーディアが指を折って答えた。


「別にマワラ族だけじゃなくてトワトワ族だってガザル族だって食ってるぜ。別に食べないって話聞いた事無いよなあ?」


「それよりキメラかそうじゃないかんなんて見分けついた事ないけど、俺。年かさの狩り手があいつはキメラだなって言ったら、ふーん、そんなもんかとは思ってたけど」


 あまりの認識の違いに眩暈を覚えたらしい。ラーフはうんざりと顔を背けたが、すぐに憎しみは戻ってきた。


「キメラじゃない。もっとも忌むべきは異能者だ。一族郎党、罪子はキメラで引き起こされた悲劇の報いを受ければいい。苦しみぬいて、ずたぼろになって、死ねば」


「おやびん・・・」


 ケオンが息を大きく吸って口を開き、顔を歪めて何も言わずに結ぶ。


「これに反論は無いと思うけど」


 アツシは呟いて荷物を持ち上げる。食事は多く残っていたが、もはや食欲があるのはオブリだけだろう。手を止めて押し黙った仲間を連れて帰るべく、話を閉めた。


「血生臭い事は、早く終わるといいよね」


 それに返事をしたのはラーフではなかった。


「おいらも血生臭いのは嫌だなあ」


 口元をソースで汚したオブリに、アツシは微笑んで頷いた。










 宿への帰り、それぞれが襲撃の傷跡を町に見る。軽い物から重い物まで簡単に怪我人が目に入る。壊れた荷箱や、血を拭き取った痕跡のある商品、少し寂しい商品棚。キメラによって壊され、奪われ、怪我ですまなかったという話をいくつも耳にした。訪れた時には活気があるとさえ思ったファシャバの町は重い空気で満ちていた。


 ケオンがアツシの肩をつかむ。


「なあ、いつ頃集落に帰れる?」


 鉄の精製をする鍛冶屋の技術。型さえ作れば正確な大きさで量産はできる。だがその型を作るのが難しい。ゆえに特注には金がいる。鉄だって安くはない。優秀な技師に弟子入りするか、マワラ族として事業を開き、金の力で工場を作るか。


「そうだね」


 旅で得られた情報なんて結局それくらいなのだ。ここで粘ったところで、これ以上の物を知り得る確率は低い。


「ノアちゃんが今ある糸を全部織り終わったら、ファシャバを出発して一気に集落に帰っちゃおうか」


「じゃあ俺、明後日までに仕上げる」


 即答が返る。そしてアツシとケオンの手を取ってノーディアの足が宿に向かって加速した。


 キメラの襲撃。


 罪子のジン。


 異世界と繋がる存在。


 まるで科学なんて進んでいないファンタジーとも思えるようなアツシの世界にとって、不可思議で受け入れがたい魔法の世界であるのはアカリの世界の方なのだ。


「異能者だって?」


 瞳を閉じればそこに在る、もう1つの世界。




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